前回は「一定の年齢になったら各がん検診を受けて、親子で検診の結果を伝え合うようなコミュニケーションが出来ると良いですね」というお話でした。
その時に「がんの疑いがある」という結果が帰ってきたら如何でしょうか。落ち着いて家族とお話することができるでしょうか。今回は親御さんが「がん」だと言われても落ち着いていただくためのお話をしようと思います。
がんがどのくらい治るのかというのを見る指標として「5年生存率」と言う言葉を使います。手術や放射線をしてすぐに「完全に取り切った」「完治した」という言葉は使えません。
前回の繰り返しになりますが、がんは1つの細胞からゆっくり成長します。従って、例えば手術でがん病巣を取り切ったと見えても、実は一つのがん細胞が周囲に残っていたりする場合があります。そうするとそこから1年、2年で徐々に大きくなって「再発」として認識されます。
再発後は他の臓器にもがん細胞が行き渡っていることもあり、死亡するに至ることも往々としてあります。このことから、5年という長いスパンをもって生存していれば、(もし腫瘍が残存していればこの間に亡くなるため)もうほとんどがんは「完治した」といっていいだろうと判断するわけです。
ただ、今は抗癌剤などの治療の質が良くなっており、延命の期間も延びているため、10年生存率という指標もみられるようになってきました。
例えば乳がんⅠ期(しこりの大きさが2cm以下で、脇の下のリンパ節に転移がない状態)の5年生存率は100%であり、10年生存率95.4%となっています。
「5年生存した=完治」とは言えないのですが、それでも私たちが最も参考にしやすい指標の1つです。今回はがんの影響がわかりやすいように、5年生存率を「相対生存率(※)」で見ていきましょう。
※相対生存率:がん以外で死亡した場合の影響を除いた指標。
さてこの5年生存率ですが、医学の進歩もあり、少しずつですが上昇しています(*1)。よく患者さんの中には「がんになったら終わり」「がんは不治の病」と勘違いしてしまって、なかなかショックから立ち直れない方も見受けられます。実際の数字を見てみましょう。
2009年から2011年にがんと診断された人の5年生存率は男女計で64.1%(男性62.0%、女性66.9%)であり、おおよそ6割程度はがんをコントロールできていることを示します。
※参考:国立がんセンター がん統計 年次数位(*1)
このグラフを見るとそれぞれのがんが少しずつ伸びているのが分かります。治療薬も少しずつ良くなっていること、また検査機器の機能向上で早期発見がしやすくなってきたことに起因します。
男性のがんの前立腺がんだけ異様に生存率が伸びていますが、これはP S A検診という早期発見可能な血液検査が普及してきたからです。前立腺がんはもともとゆっくり進行する性質があり、早期で見つけた場合は治療をしてもしなくても5年生存率はほぼ100%のため検査の普及のために伸びています。
ただ前回の記事で説明した5つの検診にP S A検診を含めていないのは、見つけなくても良いがん(進行がとても遅く、がんの悪影響が出る前に寿命を迎えるタイプのもの)を多く見つけているという性質もあるためです。
しかし、国民の寿命自体が伸びてきたことにより、今後は国が推奨するがん検診の1つになるかもしれません。
当然のことですが、この生存率は診断されてからの期間から計算されています。診断された時に「そのがんがどのような状態であったか」は反映されていません。
本来、発見時のがんの進行度でかなり生存率が変わります。がんは進行度に応じてⅠ期~Ⅳ期と分類されますが、検診で見つかる場合は多くがI期、Ⅱ期です。この場合の5年生存率はどうなるでしょうか。特にがん検診の対象になっている5つのがんの生存率について見ていきましょう。
(*2より筆者作成、オレンジは女性のみ)
いずれのがんも早期発見によって、7~8割はコントロールできるのがみて取れます。肺がんはまだ難しいのですが、がんはすでに不治の病ではありません。早めに見つければ制御できる病気ですので、がんに対してどっしりと構えていただければと思います。
逆に言えば、進行してしまうと現在の治療を持ってしても難しいことが分かります。検診を積極的に受けていただき、早めに見つけることが大事ですし、胃がんの予防ならピロリ菌の除菌、肺がんなら禁煙、子宮頸癌ならH P Vワクチンの接種などの予防も大事です。
予防と検診でがんはコントロールしやすい病気になってくれます。
がんと聞くと不安になってしまう方も多いと思います。世の中には、残念なことに、そのような不安につけ込むようなサプリメントや、治療を進めてくる輩が多くいます。私もそのような患者さんを大勢みてきました。
輸入サプリメントをはじめ、水素水、古代の水、奇跡の壺、オーガニックハーブ、秘境の漢方、自由診療クリニックの免疫治療など、効かないであろう治療に数万円〜数百万円をかけている方も少なくないです。知人・家族に勧められて、あるいは家族は効かないことはわかっているけれどもご本人の強い思い込みを否定するわけにいかずというパターンもありました。
お金を失うだけならまだ良いですが、そのような治療に傾倒してしまうばかりに、がんの病期が進行して治療を困難にしてしまうケースが散見されます。しばしば流れる、芸能人のがんでの訃報の中にも、そのような明らかに誤った治療でお金も命も失ったケースも見受けられます。
それでは、私たちはがんと言われたらどのようにしたら良いのでしょう。それは標準治療を確認することです。
標準治療とは現時点で最も医学的に良いと認められている治療のことです。例えば、胃がんⅠ期なら内視鏡治療、肺がんⅠ期なら手術や放射線治療といった具合です。不安な気持ちになるのは、多かれ少なかれ誰でも持つ感情です。
しかし、がんは早期発見できれば治る病気です。途方にくれて不安の海に彷徨い、藁をも掴む精神状態になるのではなく、標準治療では何をするのだろうと頭を切り替えていただければと思います。
特に検診で発見をされた場合はそこまで大変な治療を受けることが少ないので、落ち着いて病状を聞いたり、将来の予定を立てることができると思います。
それでは最後に、検診を受けてからの実際の流れを紹介します。
検診では、答えが返ってきた時にいきなり「がんです。こういう治療をします。」とはいきなり告げられることはありません。まず「がんの疑いがあり、精査の必要があります」というような結果が返却されます。
例えば大腸がん検診の場合、便潜血検査を受ける訳ですが、それが「陽性」となれば「がんの疑いがある」ということになります。がんの疑いがある場合は、内視鏡検査やC T検査に進み、がんの診断に至ります。
この「がんの疑いがある」と言われた場合も、通常は数%程度しか「がんである」と診断されませんのであまり気負わずにいてください。そして、もし親御さんががんと診断されても、「大丈夫」という心持ちで臨んでければと思います。
参考資料
(*1)国立がん研究センター がん情報サービス
(*2) がん診療連携拠点病院等院内がん登録2012年3年生存率、2009年から10年5年生存率公表
親が乳がんになったら――注意すべきは検診、治療、詐欺、保険
親が前立腺がんになったら――放射線科専門医が解説する負担が少ない治療と、注意すべきぼったくり検査
九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。
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