国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の年間死者数は「戦後最多」を更新し続けており、2040年前後に約168万人のピークを迎えるという。
「超高齢化社会」の次にやってくる「多死社会」を、私たちはどのようにとらえればよいのだろうか?
人生の最後を支えるプロフェッショナルたちと一緒に、その答えを探って行こう。
前編から引き続き、司法書士さえき事務所代表の佐伯知哉先生のインタビュー。
「自筆証書遺言」、「公正証書遺言」という2つの遺言書の作成方法と、認知症対策としての「法定後見」、「任意後見」、「家族信託」について解説していただき、人生の正しく美しい締めくくり方を教えてもらおう。
──前編のインタビューでは、「遺言は、財産を持つすべての人の『義務』である」ということについて、語っていただきました。そこで今回は、遺言書の作成方法について、わかりやすく解説していただきたいと思います。
わかりました。
遺言書には、作成する状況やその方法によって、いくつかの種類があります。中でも一般的に利用されているのが「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2つです。
まずは、前者の自筆証書遺言について説明しましょう。この形式の遺言書の最大のメリットは、遺言者本人が自筆で作成するため、いつでも簡単に作れるということ。
自筆証書遺言に求められる要件は、次の3つです。
①本人が全文を自筆(手書き)で書く。
②作成日、氏名を自筆で書き、捺印する
③相続発生(死亡)後、家庭裁判所の検認(遺言書の状態確認)を経て開封する。
──自筆証書遺言は、いつでも簡単に作れるとはいえ、①の「全文を自筆で書く」というのは、大変ではないですか?
確かにそうですね。
遺言書には遺産の分け方を示すだけでなく、相続財産にどんなものがあるかを示す「財産目録」をつけなければなりません。
預金であれば銀行名、支店名、預金の種類、口座番号、不動産であれば登記所に記録されている登記事項証明書に書かれているすべての情報を目録にするんですが、一字一句の間違いも許されないので、手書きで写すのはけっこう骨の折れる作業でした。
ところが、相続法が約40年ぶりに改正され、2019年1月13日以降、財産目録についてはパソコンで作成したものをはじめ、登記事項証明書や通帳のコピーなども認められることになりました。
遺言書作成後、財産の内容が増えたり、減ったりすることはよくあることですが、その際の書き直しの手間がかなり軽減されたんです。
──約40年ぶりの法改正は、日本社会の超高齢化に対応するためのものだったのでしょうか?
それは、間違いないと思います。
自筆証書遺言は、基本的に作成した遺言者本人が保管していましたが、そのため、せっかく作った遺言書が死後に発見されなかったり、自分に不利なことが書かれている相続人の手で破棄されたり、偽造されるリスクがありました。
ただ、法改正によって2020年7月10日以降、法務局が自筆証書遺言を保管してくれる制度が始まり、そのリスクも軽減されました。
遺言者本人が保管していた自筆証書遺言は、開封する前に家庭裁判所に申請をして、遺言書の状態確認をする「検認」の手続きをする必要がありますが、法務局が保管していた遺言書については、検認の必要がなくなりました。
──相続法の改正は、自筆証書遺言の作り方を簡単にすることによって、多くの人に遺言書を作ることをうながしているように見えますね?
私もそう思います。裁判所が発表している司法統計によると、家庭裁判所での検認件数は1995年には約8000件だったのが、5年後の2000年に1万件を超え、今も増え続けています。
──逆に、自筆証書遺言のデメリットは、何でしょう?
自筆で作成するため、簡単に作れる反面、先に述べた3つの要件に不備があると、法的に無効になってしまったり、せっかく書いたのに手続き的に使えないことがあるんです。
──具体的にはどういうときですか?
とても多いのは、財産の特定があいまいなケースです。
例えば、夫が妻に住んでいる家を相続させようとするとき、「自宅を妻に相続させる」と書いたとします。
ところが、「自宅」という財産の特定の仕方では、さまざまな解釈が生じてしまいます。
というのも、自宅の前に私道があった場合、近隣の家と共有しているものですが、この「私道」が「自宅」に含まれるのかどうかは「自宅を妻に相続させる」という記述では特定されていません。
住んでいる家とは違う場所に別荘を持っている場合でも、「別荘は自宅に含まれるのか」ということが問われてしまうんですね。
──どうすれば正しく特定できるのでしょう?
できれば、登記所が発行している登記事項証明書に記されている通りに書くことです。土地なら地番、建物なら家屋番号まで書いておくと、特定の仕方として理想的でしょう。
──遺言書のもうひとつの形式、「公正証書遺言」について、解説していただけますか?
公正証書遺言は、公証役場で証人2人以上の立ち会いのもと、公証人が読み上げた遺言に署名・捺印することで作成します。
遺言書を自分で書くのではなく、公証人の先生に書いてもらうというのが大きな特徴です。
──公証人は、どういう人がつとめているんですか?
裁判官や検事などを退職された方が多いです。
法律についてはベテランの方々ですから、遺言の内容に間違いが生じることがないことが大きなメリットです。
デメリットとしては、相続財産の額に応じて公証人手数料などの費用がかかるということ。ただ、公証人手数料についていえば、相続財産の額に応じて全国一律で定められていて、それほど多額なものではありません。
例を挙げると相続財産が3000万円以下なら2万3000円、5000万円以下なら2万9000円です。
公証役場に通ったりする手間がかかるというのも、デメリットと言えるかもしれません。病気などで公証役場に行けない場合、病院や自宅などに公証人の出張を頼むこともできますが、その場合は公証人手数料が50%加算されます。
一方、開封の際、検認の必要がないというのはメリットだと言えるでしょうね。
自筆証書遺言、公正証書遺言のメリット・デメリットをまとめると、次のようになります。
【作成方法】
本人が自筆で作成し、本人で保管するか、法務局の保管制度を利用する(2020年7月~)
【メリット】
・費用がほとんどかからない
・いつでも自分で書き直せる
【デメリット】
・要式を満たさないときは無効になることがある
・本人が保管する場合、破棄や偽造、発見されないリスクがあり、開封する際は家庭裁判所で検認(遺言書の状態確認)をする必要がある
【作成方法】
公証人が作成した遺言に署名・捺印して作成し、原本は公証役場で保管し、正本と謄本は本人が保管する
【メリット】
・公証人が作成するため、無効になる可能性がほとんどない
・公証役場で保管されるため、破棄や偽造、発見されないリスクがほとんどない
・開封する際は家庭裁判所の検認(遺言書の状態確認)の手間がかからない
【デメリット】
・公証人手数料などの費用がかかる
・2人以上の証人の同席の上、作成する必要がある
・書き直しに手間と費用がかかる
──生前の相続対策として、遺言がいかに有効かということがよくわかりました。でも、本人が望まない場合、家族からうながすのはむずかしそうですね。「自分が死ぬことを考えるなんて縁起が悪い」と考える人はまだ多そうです。
イメージとして、死の直前に書く「遺書」とか、「辞世の句」などを思い浮かべてしまうと、抵抗感があるのかもしれませんね。
そうではなくて、遺言は「家族を相続トラブルから守るもの」として考えて欲しいところです。
一度書いた遺言書は、絶対的なものではなくて、何度も書き直すことができます。家族の状況に合わせて自由に変更することができますから、「遺書」とは性質が異なります。
──配偶者や親などに「遺言書を書いてほしい」と説得したい人に、何かアドバイスをしていただけませんか?
最近、書店に行けば「遺言書キット」のような書籍が発売されています。空欄に自分の情報を書き込むだけで、簡単に自筆証書遺言を作ることができるのがいいですよね。
自筆証書遺言は、そういうものでもキチンとした遺言書を作ることができますので、購入して薦めてみてはいかがでしょう。
あと、一度書いた遺言書は、「何度も書き直せる」ことをしっかりと説明するとよいでしょう。
──書き直すことができるというのは、遺言書のメリットのひとつだと言えそうですね。
そうですね。ただし、メリットとデメリットは表裏一体なところがあって、「書き直すことができる」ということが、デメリットになることもあるんです。
これは、公証役場の公証人の先生に聞いたことですが、認知症になりかけの人が遺言書の書き直しの申し込みをするケースも多くあるそうです。
認知症になりかけですから、判断能力がまったくないわけではないんですが、遺言書の内容を常識からかけ離れたトンチンカンな内容に書き換えてしまったり、特定の相続人にそそのかされて、その人の利益を増やすような遺言に変更してしまったりすることがあるそうです。
──厚生労働省が発表したデータによると、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症を発症する見込みだといいます。認知症対策こそ、すべての人がやるべきことだと思いますが、どんな手段がありますか?
前編のインタビューでも語りましたが、認知症になったときの困りごとナンバーワンは「資産の凍結」です。
資産が凍結されると、本人名義の不動産を売却できなくなったり、預貯金口座が文字通り凍結されて引き出しができなくなるんです。
こうした状況を受け、1999年の民法改正で制定され、翌2000年4月1日に施行されたのが「成年後見制度」です。
この制度には、認知症になってから申請する「法定後見」と、認知症になる前に申請する「任意後見」に2種類があるんですが、まずは前者の法定後見から説明しましょう。
──はい、よろしくお願いします。
本人が認知症になると、家庭裁判所に申請して成年後見人を指定してもらいます。成年後見人は、本人のかわりに財産の管理を引き受けます。
本人が認知症によって判断能力がなくなったとしても、その財産は凍結を免れて成年後見人が管理してくれるのです。
とはいえ、この制度がすべての問題を解決できるような完璧な制度かというと、そうではないんですね。
成年後見制度の困りごとで一番多いのは、成年後見人として親族が就任することを望んだとしても、裁判所の判断で適確ではないと判断されれば、司法書士や弁護士といった専門家が就任するということです。
専門家が成年後見人に就任すると、報酬が発生します。本人の財産規模によってまちまちですが、だいたい月額3万円の報酬を本人が死亡するまで払い続けなければなりません。
──月額3万円というと、年間で36万円。5年で180万円、10年で360万円になります。馬鹿にならない金額ですね。
そうですよね。成年後見制度のもうひとつの困りごとは、財産を自由に扱うことができないということです。
本人名義の不動産を売却するにしても、成年後見人に申し出て、最終的に裁判所の許可を得なければなりませんし、更地にアパートを建てて運用するようなことは、成年後見制度ではそもそもできません。
預貯金についても、同じことがいえます。孫が訪ねてきて、一緒に外食しても、預貯金を自由に引き出すことのできないお爺ちゃんやお婆ちゃんは、お代を払うことができないんです。孫の入学祝いにランドセルを買ってあげたり、誕生日祝いやクリスマスプレゼントを買おうにも、銀行口座から出費することはできません。
成年後見人の「財産管理」という役目は、財産の目減りを防ぐことが目的ですから、認知症になったあとの財産を自由に動かすことができないんですね。
──後見人を選ぶこともできないし、財産も自由に扱えない、おまけに専門家に報酬を払い続けなければならない。成年後見制度は、確かに完璧な制度とは言いがたいですね。
そこで、「後見人を選ぶことができない」という問題を解消するために生まれたのが「任意後見」という制度です。
この制度では、本人が将来、認知症になったとき、後見人になってくれる人を事前に契約で決めるんです。その契約は、公証役場で公正証書にして結びます。
後見人を任意で選ぶことができるので、任意後見というのですが、やはり、後見制度であることにはかわりがないので、任意後見人は裁判所が選んだ任意後見監督人による監督を受けます。
この任意後見監督人は、司法書士や弁護士といった専門家が指定されますので、この場合も月々の報酬が発生しますし、財産を売却したりすることも裁判所の裁定なしにはできなくなります。
──この場合も、「財産管理」というのは、本人のために活用するものではなく、財産が目減りするのを防ぐことが目的なんですね。
その通りです。成年後見制度では、財産が不正や無駄な使い込みなどによって減ったり、なくなったりするのを裁判所が監督して防ぐという意味ではメリットのある制度ですが、財産を自由に使うことができないというデメリットにもつながるんですね。
──あっちを立てれば、こっちが引っ込む……。うまくいかないものですね。
そこで最近、注目されているのが「家族信託」という制度です。「民事信託」という言い方をすることもあります。
任意後見と同様、家族信託は本人の頭がしっかりしていて、まだ判断能力のあるときに信託契約を結ぶ財産管理の方法です。
任意後見のように公正証書にする必要はありませんが、やはり契約ごとなので、私は公正証書を作成しておくことをお薦めしています。
財産の信託の担い手を「受託者」といいますが、自分の信頼できる人に頼むことができるという点で任意後見と似ています。ただ、任意後見人が本人が認知症になって初めて後見人になるのと違って、家族信託の受託者は本人が認知症になる前から効力を発動するんです。
受託者を親族などに選べば、専門家に支払う報酬も発生しません。
しかも、財産を運用したり、売却する際も、裁判所や監督人の許可を必要としません。
──家族信託は、成年後見制度のデメリットを完璧に補完してくれる方法のように見えますね。
ただ、残念なことに「完璧に補完する」とは言えない点があるんです。
というのも、家族信託は特定の財産に対する信託契約ですが、例えば上場株式のように業務上、信託財産にできないものもあるんです。
上場株式について、最近では信託財産として扱ってくれる証券会社も少しずつ出てきていますが、そうした対応をしていない証券会社も多くあります。
そのような場合、本人が認知症になった時点で証券口座は凍結され、成年後見制度(法定後見)を利用しない限り、本人が死ぬまで自由にすることができなくなります。
それから、成年後見制度は身上監護といって、成年後見人は本人が病気になって医療機関に通ったり、養護施設に入ったりする際の身のまわりの世話をする義務を負っていますが、家族信託の受託者にはその義務はありません。
「信頼できる相手を受託者に選ぶのだから、大丈夫だろう」と思う人もいるかもしれませんが、相手の信頼だけに頼るという点ではす、完全な認知症対策とは言えませんよね。
──なるほど。確かにそうかもしれません。
ですから、認知症対策をフルサポートするには、家族信託と任意後見を併用することをお勧めしています。
法定後見、任意後見、家族信託のそれぞれの特徴をまとめると、次のようになります。
【財産管理の方法】
・家庭裁判所が成年後見人を選出して財産管理をする
【メリット】
・裁判所が財産を管理するため、不正や使い込みなどで財産を目減りするのを確実に防げる
【デメリット】
・誰を成年後見人にするかを本人が決めることができない
・財産を自由に運用したり、処分することができない
・本人が死ぬまで成年後見人に報酬を払い続けなければならない
【財産管理の方法】
・本人の判断能力があるうちに任意後見人を選び、認知症発症後、財産管理をする
・任意後見人は、裁判所が選んだ任意後見監督人による監督を受ける
【メリット】
・任意後見人を信頼できる人に任せることができる
・裁判所が財産を管理するため、不正や使い込みなどで財産を目減りするのを確実に防げる
【デメリット】
・財産を自由に運用したり、処分することができない
・本人が死ぬまで任意後見監督人に報酬を払い続けなければならない
【財産管理の方法】
・信頼できる人を受託者に選び、特定の財産に対する信託契約を結ぶ
・受託者は、契約を交わした信託財産を自由に運用したり売却できる
【メリット】
・受託者を信頼できる人に選ぶことができる
・財産の運用、売却などが契約の範囲内で自由にできる
【デメリット】
・上場株式など、信託財産にできない財産もある
・身上監護(身のまわりの世話)を受託者に頼むことはできない
──ところで、佐伯先生は今年で40歳になるそうですね。認知症対策には、まだまだ早い年齢だと思いますが、相続対策はされていますか?
遺言書は、すでに作成しています。
遺言書についてのコラムを書いたとき、遺言書も書いてもいないのに「遺言はすべての人の義務です」なんて書いても説得力がないと思ったもので。
ただ、当時はまだ子どもがいませんでしたから、「妻に全財産を相続させる」という簡単な内容の遺言書でした。たぶん、30分もかからなかったと思います。
今は子どももいますし、今後、2人目の子どもが産まれたり、成長したりする節目に書き換えていこうと思っています。
──佐伯先生は、自分の亡くなるときのことを想像したことがありますか?
もちろん、ありますよ。
私の父は、教育について口うるさく言いませんでしたが、つねに聞かされていたのは「人に迷惑はかけるな」ということでした。佐伯家の唯一の家訓と言ってもいいでしょう。
ただ、人に迷惑をかけないように生きようと思っても、人間というのは社会的な生き物ですから、知らず知らずのうちに誰かに迷惑をかけてしまうこともありますよね。
司法書士事務所を構えて、これまで多くの方々の相続をサポートする仕事をしてきましたが、遺言書を書かなかったばかりに、残された遺族が相続トラブルに巻き込んでしまうといったケースは多くあって、それは「知らず知らずのうちに迷惑をかけてしまう」ことの典型例と言えるでしょう。
また、せっかく遺言書を書いたのに、「自筆による作成日の明記と署名、捺印」という要件を満たさないために無効になったり、それが不動産だった場合、名義変更に使えなかったりすることもよく起こるケースです。
そういうことのないように、できることはすべて、生きているうちに正しく済ませておきたいですね。「立つ鳥跡を濁さず」に越したことはない、というのが司法書士としての私の実感です。
「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より25年間で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ニッポンを発信する外国人たち』『はじめての輪行』(ともに洋泉社)などがある。
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