“住宅弱者”と呼ばれる高齢期には、住まいに関するさまざまな問題が山積しています。課題をどう乗り越えていくか––、この記事は超高齢社会に向け、変わりゆく住宅の姿を取材するシリーズです。第2回は神奈川県藤沢市の、とあるアパートを取材しました。
六会日大前駅から徒歩7分の住宅街にたたずむ「KAMEINO COFFEE」。
木の質感を活かした暖かな空間で、自家焙煎の珈琲や軽食が楽しめるスペシャルティコーヒー専門店です。奥にはコインランドリーがあり、洗濯をしながらの利用も可能。海外製の高級な機械で焙煎・抽出したコーヒーは通からも評判で、地元住民だけでなく、コーヒーファンも集まる人気のスポットです。
実はここ、高齢者と若者がともに暮らすソーシャルアパート「ノビシロハウス亀井野」(以下、ノビシロハウス)のオープンスペース。2階フロアには訪問介護センターの事務所と在宅訪問診療のクリニックが入居しており、向かい側の住居棟は、全2フロア8室のうち1階の4室が高齢者専用となっています。
最大の特徴は、高齢者とほかの入居者の交流を仕組み化している点。家賃半額で住める代わりに、2階の入居者が1階に住む高齢者の見守り役を担う、ソーシャルワーカー制度をとっているのです。その具体的な役目とは「毎朝のお出かけ前、入居する高齢者に“行ってきます”と声がけすること」と「月に1回、入居者を集めてお茶会を開くこと」のふたつだけ。
「ノビシロハウスでは、要介護度や年齢の条件を定めずに入居可能としています。それを可能にしているのが、ソーシャルワーカーとの交流を中心とした“見守り”の仕組みなんです」
と語るのは、株式会社ノビシロの代表である鮎川沙代さん。一体どのような仕組みなのか、お話を伺いました。
「現在ソーシャルワーカーを務めているのは、高校3年と大学1年の男子学生と、最近加わった大学2年の女子学生の合計3人。定員は本来2名ですが、3人目はそれを承知でやりたいと申し出てくれました。住むのも短期間ということだったので、今は家賃を少しだけ割り引いて協力してもらっています」
とはいえ「家賃半額になるから毎朝あいさつをしよう、なんて思える人はそんなにいない」と鮎川さん。3人のソーシャルワーカーは、もともと地方創生に興味があったり、小さい頃におばあちゃん子だったり、ノビシロハウスの取り組みを知って感銘を受けたりと、お金以外の部分でも価値を感じて応募してくれたのだといいます。
ちなみに、家賃半額との引き換え条件にすることで思わぬ副次的効果もあったそう。
「彼らの家賃が半額になるのは、高齢者がその分を払ってあげているから。そのロジックがあるため一方的にお世話する/される関係にならず、お互いがフラットでいられるようです。なので、あえて家賃設定はオープンにしているんですよ」
月一回のお茶会は、冒頭で紹介したKAMEINO COFFEEで開催しています。話す内容は、健康の悩みや困りごとなど、何でもOK。
「若い子が喜んで話を聞いてくれるので、話す方も楽しいみたいで。『人見知りなんです』と言っていた方も、いざ来てみると生い立ちから長々と喋ってくれていました。そうやって自由に話すなかで『腰を痛めていてゴミ置き場に行けない』という声が高齢者から出たときに、『僕持って行きますよ』という会話がふと生まれたりしているようです」
高齢者の不安解消につながるのはもちろん、若者から高齢者に人生の悩みを相談することもあり、支え合いの関係が自然と育まれているのだそう。
この仕組みのヒントとしたのは、フランス発祥の「隣人祭り」。近所の人と一緒にお茶をしながら会話することで、つながりをゆるやかに育むイベントです。ひとつ「お茶会をする」と決め事を作ることで情報が入るようになり、それが「あそこのおじいちゃん、足怪我してたな。階段の上り下り大変じゃないかな」などの気付きにつながり、その結果、自然な助け合いに結びつくのです。
「ソーシャルワーカーの子達も『完全に自由だと、毎朝のあいさつも嫌がられるかもとかいろいろ考えて逆にできないけど、決まり事だと堂々とできるからいい』と言っていました(笑)」
ただ、もちろん、決まり事は必ず守らないといけないわけではありません。ルールは人のためにあるもの。高齢者が「あいさつは2日に1回にしてほしい」「慣れるまでしないでほしい」と言えば、本人の意志を尊重しているそうです。
そうなると問題なのが、見守りの不完全さです。毎朝のあいさつができない場合、高齢者の異変にどうやって気付くのでしょうか?
「そうしたアナログで拾えなかった部分を補うために活用しているのが、施設内の各所に取り付けられたIoTセンサーです」
その要となるのが、室内に取り付けられた3つのセンサー。照明、水道、トイレ、それぞれの使用を感知し、システムに記録しています。照明は点灯と消灯、水道とトイレは利用時の振動で感知する仕組みで、カメラやマイクなどの録音・録画機器は一切ありません。
それに加えて、屋外の郵便ポストとゴミ置き場に顔認証付きカメラを設置予定だそう。こちらも、あらかじめ記録した住人の顔がカメラに映ったら利用履歴が残るだけ。録画監視するタイプではないため、誰と一緒にいたか、どんな姿だったかを見られることはありません
記録も毎日毎時間見ているわけではなく、「電気はつけっぱなしで寝る」「ポストを見る頻度は週に1〜2回」などの傾向を最初に収集し、その傾向に異常が発生したら運営サイドに通知が届く仕組み。万が一通知が届いたときはソーシャルワーカーと連携し、リアルでも異変が起きていた場合は訪問、しかるべき機関につなぐことになります。
「ソーシャルワーカーさんにすべてをお任せしてしまうと、何かあったときの責任があまりにも重すぎます。そうならないためにも、デジタルで定性的な見守りを行っているんです。とはいえ、見守りのメインはあくまでアナログ。不足部分をデジタルで補う感覚で運用しています」
ノビシロハウス誕生のきっかけは、不動産仲介会社エドボンドの代表でもある鮎川さんの課題意識でした。
「入居者の年齢に上限を定めている賃貸物件が多いため、ひとり暮らし高齢者の要望に合う物件を探すのにいつも苦労していたんです。そこから、彼らが住みたい家に住むためにはどうしたらいいだろうかと考えるようになりました」
高齢者を入居条件から外す物件が多いのは、認知症や孤独死にネガティブなイメージがあるからでした。そこで鮎川さんが最初に考えたのが、部屋にIoTセンサーを設置する案。何かが起きたとき早期に発見できる仕組みがあれば、物件のオーナーにも安心してもらえるだろうと考えたのです。
「でも、すぐに考えを改めました。それだとオーナーさんは安心かもしれませんが、肝心の高齢者は、“孤独死してもすぐに発見される部屋”なんかに住みたくないだろうと気付いたんです。人生最後の時間を過ごすなら、生きがいを感じられる、心地良い住まいがいいはずだと思いました」
それから鮎川さんは、高齢者にとっての本当に住みよい住宅とは何かを知るために、専門家の元を訪ね歩いたそう。そのなかで出会ったのが、高齢者の個性を活かした介護で有名な施設「あおいけあ」の代表・加藤忠相さんでした。
「話を聞いてすぐ、加藤さんは『それは介護にもつながる問題ですね。一緒にやりましょう。僕は介護視点の考え方を提供するので、鮎川さんは不動産の課題や解決方法を教えてください』と協力を申し出てくれました」
「人と人との交流を通して見守る住まいにしよう」との意見で一致したふたりは、加藤さんが提案してくれた「隣人祭り」をヒントに交流の仕組みを構築しました。それを叶える物件をつくるために鮎川さんは株式会社ノビシロを設立し、あおいけあが購入したアパートを一棟丸ごと借り上げて改築&隣の敷地に店舗棟を新築。こうして、ノビシロハウスが誕生したのです。
「高齢者にとって心地良い住まい」がコンセプトのノビシロハウスには、見守りの仕組み以外にもさまざまな工夫が施されています。
たとえば、KAMEINO COFFEEはお茶会の会場になるほか、高齢者に仕事を提供する役割も持っています。仕事内容は、店頭やオンラインで販売しているコーヒー豆のラベル貼りと、併設のランドリーを使った家事代行。
「『ノビシロハウス』という名前には、『いつまでものびのびと暮らしてほしい』『何歳になっても、人生を輝かせるノビシロがある』という2つの意味が込められています。また、提携先のあおいけあでは『高齢者は守るべき存在である以上に先達である』との考えのもと、施設の利用者に料理をしてもらったり庭木を刈ってもらったりしています。この両者の思いを具体的な取り組みに落とし込んだ形が、“仕事の提供”だったんです」
また、建物の掃除などの管理業務もカフェが請け負っているため、入居者からの「蜂の巣ができた」「ここが散らかっている」などのちょっとした相談窓口にもなっているそう。わざわざ管理会社に連絡するのはおっくうですが、常に家の横に人がいて声をかければいいのは、高齢者にとってもそれ以外の居住者にとっても便利に感じられそうです。
居室に関しては、長い時間を過ごす場所になるため、居心地の良さを重視したそう。
高齢者施設の床は怪我の予防を考えてクッションフロアにすることが多いものの、ノビシロハウスでは、触れた感じが心地良く、見栄えもいい自然素材のフローリングに。キッチンや照明もデザイン性の高いものを選んでいます。これらはあおいけあ加藤さんの「部屋が心地良いほうが落ち着いて、あてもなく出歩くことも少なくなる」という意見をもとにしているのだそう。
とはいえ、将来的に車椅子を使ったり介助が必要になることも想定し、廊下や水回りなどは動きやすさを考えて広めの作りとなっています。
現在は準備中ですが、カフェの2階には在宅訪問クリニックもオープン予定。ますます暮らしの便利度が増していきそうです。
至れり尽くせりのノビシロハウスですが、鮎川さんが最終的に目指しているのは「高齢者の住居問題の解決」。
つまり、この場所だけを成功させたいわけではなく、将来的には全国にノビシロハウスの取り組みを広げたいと考えているそうです。
「ただ、地域や建物の環境によって、専用の住居を作るには人口が足りなかったり、近くに集まるカフェがなかったりと、こことまったく同じことができるわけではありません。そこで今は、将来的にお茶会をオンラインでも開けるようにしたり、各住居に住む高齢者を地域ごとのソーシャルワーカーさんが担当したりする仕組みを考えています」
現在すでに大阪、千葉、富山などさまざまな地域から「ノビシロハウスと同じことがやりたい」という問い合わせをもらっているとのこと。
「物件オーナーの多くは若者に入居してほしいと考えがちですが、高齢者は、一度腰を据えたら長く住んでくれ、家賃もきちんと払ってくれる良顧客。見守りさえ仕組み化できれば認知症や孤独死のリスクも最大限抑えられます。
たくさんのオーナーさんにそのことを知ってもらい、『高齢者向けの賃貸をつくりたい』と思ってほしいですね。そうすれば高齢者が住める住宅が増え、介護保険や医療保険を使う人も減って、みんなが幸せな社会に少しだけ近づけるんじゃないかと思います」
東京都在住のフリーライター。2013年より「旅」や「ローカル」をメインテーマに、webと紙面での執筆活動を開始。2015年に編集者として企業に所属したのち、2018年に再びライターとして独立。日本各地のユニークな取り組みや伝統などの取材をライフワークとしつつ、持ち前の探究心を武器に幅広いテーマで記事を手がける。
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