『LIFULL介護』編集長の小菅さんからこんなメールが届いた。「たきびさん、バーカウンターを備えた高齢者施設があるんですよ。一緒に取材しませんか?」。
おお、気になる。おじいちゃんやおばあちゃんが夜な夜な酩酊しているのだろうか。お酒が大好きな僕にとっては、天国のような余生を送れる施設だ。すぐに「取材しましょう!」と返信、12月中旬に訪問できることになった。
その施設、「SOMPOケアラヴィーレグラン四谷」は東京メトロ丸の内線の四谷三丁目駅から徒歩数分の場所にあった。新宿御苑にもほど近い、いわゆる東京の“ど真ん中”だ。
まずは、こちらを運営するSOMPOケア株式会社の河村陽介さんに施設の概要を聞いた。2階から4階が居室になっており、全48室。夫婦での利用もあるので入居者はマックスで52名だという。
「ラヴィーレグラン四谷」にはコンシェルジュも常駐し、入居者は介護士や家族に言いづらい個人的な相談事にも乗ってもらえる。
コンシェルジュの石原麻美さんは言う。
「日々の生活のお困りごとはもちろん、ご要望をヒアリングしてスタッフやご家族と共に実現に向けて動きます。『お花見をしたい』と言われて、皇居のお堀の周りの桜を見るための介護タクシーを手配したこともあります」
そして、本題。ここにはバーカウンターがあるのだ。
河村さんいわく、「お酒を嗜む男性の入居者が多いので、こういうスペースもあった方がいいかなと思いまして。『四谷バー』と称して月に1回、お昼に開催しています」。
今回の取材では、ウイスキーが大好きな編集長と入居者のHさんが乾杯できることになった。
編集長、何を飲みますか?
「ウイスキーを使ったカクテルが飲みたいですね」
「わかりました」と頷いてシェーカーを振るのはケアスタッフの中村卓哉さん。高校卒業後に介護業界に入ったのち、300本ほどのウイスキーを揃えるパブリックバーのバーテンダーに転職。その後、「介護士としての資格も活かせるし、レクリエーションでバーカウンターも使えますよ」という誘いを受けて「ラヴィーレグラン四谷」で働くことにした。
「男女を問わず、アルコール、ノンアルコール、どちらにも対応させていただきます。この場所ではケアスタッフとしてなかなか聞けないプライベートの話も引き出せるんですよ」
一方のHさんはというと、家族が差し入れてくれた梅酒を飲むのが定番。
さて、乾杯だ。
編集長:Hさんはこちらに入ってどれぐらい経つんですか?
Hさん:8年らしいんだけど、3年って言われればそうかなあって(笑)
編集長:今、おいくつですか?
Hさん:94歳。
編集長:元気の秘訣はやっぱりお酒でしょうか(笑)
Hさん:梅酒を毎日1、2杯ね。飲まないと体の調子が悪い。もう飲んでいいの?
編集長:乾杯しましょう。はい、揃ったので乾杯!
Hさん:はい、乾杯。
編集長:もともとお仕事は?
Hさん:医者、産婦人科ね。8年前に妻が亡くなって一人で生活することになって、娘が外交官、息子が医者。みんな忙しくて面倒は見てもらえんから、ここでお世話になることにしたんです。
編集長:ここに入ってよかった!と思うことはありますか。
Hさん:やっぱりね、最後まで看ていただける安心感かな。よっぽど僕がわがままなことを言わない限りね。
編集長:今の生活は満足されている?
Hさん:さて、どこまでを満足と言うか。どこに行っても100点満点という場所はないから。
編集長:僕は色んな介護施設を取材してきましたが、確かに誰にとっても100点満点の介護施設はないと思います。それは自宅であっても同じですよね。
Hさん:ここは介護士さんたちがみんな親切で楽しく暮らしています。思ってたよりもいい所ですよ。それと娘に言われたんですよ。「お父さん、あまり長生きしてくれると貯金が」って(笑)。僕が調子のいいこと言ってたら水を差されました。
ここで、夕食の時間。Hさんは介護士に支えられて食堂へ。
老人ホームというと余生を静かに暮らす施設というイメージがある。しかし、「ラヴィーレグラン四谷」はバーカウンターを設置して、食事前、就眠前のひと時を楽しく過ごす演出をしていた。「さて、どこまでを満足と言うか。どこに行っても100点満点という場所はないから」というHさんの言葉が響いた。
老人ホームの在り方も多様性が求められる時代でしょうね。あと、編集長が飲んでいたウイスキーカクテルとHさんが飲んでいた梅酒、どちらも美味しそうでした(終)
塾講師を経てリクルートに入社。2003年よりフリーランス。焚き火、俳句、酒をこよなく愛す。編著に『酔って記憶をなくします』(新潮文庫)など。
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