寝たきりだった方がもう一度歩き始める。『マジ神®』が実践するスゴ技介護の決め手は”信頼関係”

認知症になると、生きていく上で最も大切な食事の摂り方もわからなくなってしまう。加齢により足腰が衰えると、立ち上がることが苦痛になっていく。

そんな困りごとを解決して、ご入居者の方々にとってよりよい生活を実現することも介護施設の務めです。

ベネッセスタイルケアは、ご入居者の方々が自分らしく生きていくサポートを大切にしている企業。事業理念の『その方らしさに、深く寄りそう。』ことを目指してスタッフ一人ひとりが考え、行動しています。

そして、この実現に向けて力を入れているのが、「根拠をもって課題を解決して、チームを牽引する」腕利きのスタッフの育成です。

厳格な社内専門資格制度により認定される彼らは、『マジ神®』と呼ばれます。『マジ神®』は、「介護の匠」の技を目の当たりにした新人社員が「〇〇さん、マジ神っすね」と発した言葉がきっかけで生まれた、株式会社ベネッセスタイルケアの社内資格制度です。

『マジ神®』は、介護のプロフェッショナルに必要な4つの専門分野に分かれています。「認知症ケア」「安全管理と再発防止」「介護技術」「医療連携&ACP(※1)」それぞれの領域に『マジ神®』が認定され、自身の専門性を日々追究しています。

今回は、3人の『マジ神®』へのインタビューを通じて、彼らの仕事ぶりや大切にしていることを明かにしていきます。第2回目は、「認知症ケア」「介護技術」「安全管理と再発防止」の3つの『マジ神®』を兼任する男性。聞き手は、LIFULL介護・編集長で介護施設入居コンサルタントの小菅秀樹です。ケアの質を高め日々進化する、介護の現場の最前線へ、いざ!

※1 ACP/アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)。人生の最終段階の医療・ケアについて、本人を主体に、ご家族や医療・ケアチームが、事前に繰り返し話し合うプロセスのこと。

登場人物
ベネッセスタイルケア リハビリホームグランダ武蔵関  明石さん
ベネッセスタイルケア リハビリホームグランダ武蔵関 明石さん 入社14年目。いつかお世話になった祖父母や父母に自身の知識や経験を活かしたい、と新卒入社。現在、「認知症ケア」「介護技術」「安全管理と再発防止」の3つの『マジ神®』を取得し活動している。
LIFULL介護・編集長/介護施設入居コンサルタント 小菅秀樹
LIFULL介護・編集長/介護施設入居コンサルタント 小菅秀樹 老人ホーム・介護施設紹介業の主任相談員として、1500組以上の入居をサポート。全国300ヶ所以上の老人ホームを訪問してきた経験を持つ。

食事の摂り方がわからなくなったら、どうするか

――まず、明石さんが「『マジ神®』になろう」と考えたきっかけは。

明石:『マジ神®』になると、介護の専門領域を深く学べます。そこで得たものを現場で活かして、ご入居者様によりよい暮らしを提供したいと考えました。

もう1点、自分の知識や技術を周囲のスタッフに伝えて、同じようにできる人を増やしていきたいと思いました。いまは「現状をどう改善していくか」という視点で、普段の仕事のプロセスを磨き上げることを率先して行っています。

――『マジ神®』としての専門のひとつ、「認知症ケア」とは? 具体例を教えてください。

明石:以前、ご自身の目の前のお皿にあるものは食べられるのですが、それ以外のものをどう食べていいかがわからない、という方がいらっしゃいました。 

おかずを口にしたら次は白飯に箸を移す、その順番をたどるのが難しくなっている。その場合は、ご入居者様のお気持ちや、できる・わかることに合わせてワンプレートという方法でフォローすることもあります。

――認知機能の低下が、食事の摂り方にも影響してくるわけですね。

明石:やりたいことがあるのに思うようにできない。言いたいことがあるのに言葉にできない。ご入居者様の多くは、そうした状況に困っているのです。 

こんな事例もあります。ご入居者様が「トイレ…」という意思表示をされた場合、僕たちはその言葉の裏を考えるようにします。本当にトイレでしたいことがあるのか、あるいは「疲れていて、お部屋で休みたい」というお気持ちから発せられているかもしれない。

認知症によって、うまくお気持ちを言葉で伝えられなくなったりすると、本当は「洋服を着替えたい」「お部屋に戻って休みたい」お気持ちを伝えようとされていて「トイレ…」となってしまっていることもあります。

お母さんお父さんはどんな人だったか、チームで過去を掘り下げる

――それを把握するためには、あらかじめ入居者の方のことを深く知っていなくてはなりませんよね。

明石:幼少期や30代の働き盛りの頃、今年あった話など、いろんな年代のエピソードから、その方の価値観やこだわり、考え方を知るようにしています。ご家族様からもお話を伺い、ご家族様だからこそご存じのエピソードだけでなく、「お母さんお父さんはどんな方だったか」という人物像を直接伺うこともあります。

ご入居者様の大切にされている価値観や考え方についての引き出しを増やしながら、ご入居者様がどうされたいかを考え、実際の反応を見ながらその方にあった方法をトライすることを繰り返しています。

一人の入居者の方から、スタッフのみなさん個々にエピソードを得る機会があると思うのですが、どう共有しているのですか。

明石:主に、ホーム内で定期的に行う会議で共有しています。そこではホーム長、看護職員、リハビリを担当する機能訓練指導員といった関係者が一同に会して、ご入居者様に関する情報を共有していますね。

普段から私は「その方を知る」という面において、他職種の視点も大切にしています。会議ではさまざまな立場からの意見が聞けるので、私自身も発見がありますし、次の展望も描きやすくなります。

ご入居者様からの話の引き出し方が上手なスタッフもたくさんいまして。「いま、この方を深く知っていく段階で、このようなエピソードを集めたいので協力お願いします」といった会話も交わされます。

――ホームで集められたエピソードは、どのような形でまとめているのでしょうか。

明石:ご入居者様それぞれで「人生を知るシート(※2)」を作成して、スタッフ全員が閲覧可能な形で保存されています。

その方の過去の振り返り、それをもとに各スタッフがどう接してどんな結果になったか。常に新たなエピソードが追記され、ご入居者様を知るツールとして厚みを増しています。

この中には、ご家族様も知らなかったエピソードも含まれています。ご家族様にとっても私たちにとっても、その方を深く知るために欠かせないものだと言えます。

※2 その方の人生を学ぶベネッセスタイルケア独自のフォーマット

椅子から立ち上がる苦痛を、人間が本来できる動きで解消する

――次に、明石さんのもう一つの専門、「介護技術」についても教えてください。

明石:これは身体機能が低下された状況においても、なるべくご自分が自然に動いたように感じられるサポート・介助を行うことですね。

椅子から立ち上がる動作であれば、脚力の衰えが課題になります。そのため、手だけでテーブルをつかんでふんばってしまう、ということがよくあるんです。

では、どうするか。立ち上がりやすくするために、両足を肩の幅まで開いてみる。ちょっとお辞儀するような体制で重心を変えてみる。僕たちが普段意識せずにやっている動きを、身体の仕組みに合わせて 一つひとつ分解してお伝えしたり、介助したりさせていただくわけです。

――介助は力がいる仕事と思われがちですが、力だけではなく、コツがあるんですね。

明石:僕たちはそもそも入社時の研修段階から、立ち上がりやすい姿勢を学んでいます。このように人体の基礎から体系的に学べることは、当社の強みだと思います。

そんなスタッフのベースにある知識を活かすことが、『マジ神®』としての僕の取り組みです。ご入居者様のご状況に合わせた効果的な姿勢を検証、根拠を明確にして現場で普及させるなど。

――ホーム全体の介護技術を底上げしていく役割を担っているわけですね。

明石:後輩スタッフに対しては、まず自分で考えさせることを大切にしています。そこで僕が想定していたのと違うやり方が出てきたとしても、上手くいくことも結構あるんですね。スタッフ自身にとっても成功体験につながりますし、ただ伝えてやってもらうだけよりも得るものが多いと実感しています。

――介護って、正解が一つという世界ではないですものね。

明石:後輩スタッフと一緒に考えていく上で意識しているのは、なんのためにやるのかという目的を明確にして、ご入居者様のこれまでの人生や現状など、ご入居者様を軸にした根拠からぶれないようにすることです。

安全面がきちんと担保されていて、本当にご入居者様のためになるなら、一歩踏み込んだサポートをしてもいいと思っています。 

――サポートを通じて、ご本人のできる力をいかに伸ばすか、ということもテーマですよね。

明石:できることって、ご入居者様の気持ちひとつで変わるものなんです。たとえば、お食事に行くためにお部屋からダイニングに行くだけで疲れてしまって、食欲をなくす方がいます。でも、お花は好きで、同じような距離をテラスまで歩くのはまったく苦ではない。

そういったやりたい思いとか苦手なことも含めて、その方を知るところからはじめることが肝心なんです。

寝たきりだった98歳が、もういちど歩きはじめた

――まさにベネッセスタイルケアの企業理念『その方らしさに、深く寄りそう。』つながっている話ですね。そのような活動の結果、状態が改善したというケースはありますでしょうか。

明石:病院から転院されてきた、98歳の女性の話です。その方は、息子様に先立たれたことから気を落とされていて、もともとの転倒による圧迫骨折もあり寝たきりの状況でした。

圧迫骨折にともなう痛みの緩和は看護職員と相談しつつ、僕としてはお気持ちをケアすることに力を入れました。

お話を伺うと、想像していた以上に記憶がしっかりされていて、亡くなった息子様のご家族と二世帯同居していたことがわかりました。お嫁様やお孫様のこと、お庭でガーデニングをしていて、風に揺れる花を見るのが好きだったこと。そんな話を伺いながら、今の状況で、どんなことなら「やりたい」と思い、活動の幅をひろげていただけそうか考えていました。

中でも最も想い出深いのが、お誕生日祝いなどでご家族様と過ごされた時間だったんですね。

――ご家族との時間は、その方の心の支えでもあったわけですね。

明石:ご本人様と話し合って私が提案したのは、まずは車椅子生活を目指して、慣れてきたらご自宅でご家族様とご飯を食べましょう、ということでした。そのゴールに向けて僕が伴走します、と。

そして痛みが少しずつ緩和され、いよいよ車椅子生活がはじまります。トイレはご自分だけで行きたい、と聞けばそれを叶える方法を考え、毎日なにかできるようになるたび「今日もできましたね」とポジティブな一言をかけさせていただきました。

そのうち僕たちの介助なしで、車椅子で自ら移動できるようになって。しばらくすると立ち上がって、廊下をゆっくりと歩きはじめました。最終的には、お部屋からダイニングまで自力で移動できるまでに回復されたんです。無事、一時帰宅というゴールも達成できて、今でもお元気なご様子です。

――奇跡のようなお話ですね。この一件では、どこに最も注意を払いましたか。

明石:機能訓練指導員とのチームワークによる、転倒の再発防止です。どのくらいの距離を 歩けるのかを見定める上で、目線は安定しているか、歩幅が狭くなってきていないかなど注視しました。また、「今日は疲れているな」と思ったら、無理せず 車椅子に戻っていただくようにしていました。

あとは、ポジティブな声掛けをはじめ、ご入居者様の意欲を引き出すことに全力を注ぎましたね。

アイコンタクトが心を開き、信頼関係を育てていく

――いくら「がんばりましょう」といったところで、信頼関係がなければご入居者の方々には響かないと思うのですが。そのために明石さんが工夫していることはありますか。

明石:そうですね、ちゃんと挨拶することとお話をしっかり伺うことでしょうか。目線を合わせてコミュニケーションすることが、ご入居者様の心をオープンにして、信頼関係も築かれていくように思います。

お耳が聞こえづらい方であれば、目を見て手を振るだけでもいい。とっつきやすい印象でありつつも真摯な姿勢を忘れずに、ご入居者様とは距離を縮めていっています。

――いま話されたことは、介護施設選びにおいても重要なポイントだと思います。

明石:スタッフがご入居者様とアイコンタクトしながら仕事をしているか、という点はすぐに見えやすいところですよね。人と真剣に向き合おうとしているかどうかが判断できてしまいますし。

僕は入社14年目になりますが、この仕事が合っているのでしょう。これまで辞めたいと思ったことがないんです。ご入居者様の笑顔で、自分も癒やされているおかげだと思います。これからもできる限り、介護の現場に立ちつづけていきたいです。

編集長小菅の取材後記

明石さんのお話で印象的だったのは、認知症ケアにおけるご本人への丁寧な向き合い方です。言葉や行動の背景にある生活歴や性格、習慣などを細かく読み解きながら、「本当に望んでいることは何か」を見極めようとする姿に、経験に裏打ちされた観察力を感じました。こうした理解にもとづく対応が、ご本人の安心感や信頼につながっているのだと思います。
また、日々の実践を自身の中にとどめず、研修やカンファレンスの場を通じて周囲と共有し、チーム全体で取り組もうとする姿勢も印象に残りました。ベテラン職員としての経験を、後輩や同僚が学びやすい形で伝えていこうとする『マジ神®』の姿は、現場リーダーとしての理想的な在り方のひとつといえるでしょう。
一方で、ご入居者様への理解を深めるため、「人生を知るシート」や日々のコミュニケーションを通じて、その方の人生や価値観を丁寧に読み取ることを大切にしています。そうして得られた情報は、スタッフ間で共有され、ケアに活かされています。表面的な言動だけでなく、その方がどんな人生を歩んできたのか。そこを理解しようとする姿勢が、ご本人にとって納得感あるケアにつながっているのだと感じました。
こうした日々の積み重ねが、誰か一人の力に依存しないチームケアを実現し、ケアの質を継続的に高めていく大きな土台になっているのだと思います。

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