会社と従業員の架け橋に!「仕事と介護の両立」を支える産業ケアマネの役割

まえがき

こんにちは。LIFULL介護編集長の小菅です。

高齢化が進む中、働きながら介護に直面することは珍しいことではなくなってきました。仕事をしながら家族の介護をする人々はワーキングケアラーと呼ばれています。弊社が2024年1月に行ったワーキングケアラーの実態調査によると、「ワーキングケアラーの45%が週に4日以上介護にあたっている」という結果が出ました。

介護を理由に離職する人の数は年間10万人を超える現代において、「仕事と介護の両立」は、今や社会が直面する大きな課題となっています。働きながら、介護が必要な家族を抱える場合、この問題にどう対処していけばよいのでしょうか。その対応策を探るため、沖縄県で介護事業所を運営し産業ケアマネとしても活躍している、株式会社hareruyaの代表・大城五月さんにお話を聞きました。

今回のtayoriniなる人
大城五月さん
大城五月さん 1980年沖縄県浦添市生まれ。24歳から介護の仕事に携わり、2016年、「人生晴れるや~関わる人の明日を晴れやかにする~」を理念に、沖縄市に株式会社hareruya(ハレルヤ)を設立。介護保険外の事業として「病院付添サービス」や「仕事と介護の両立サポート」を行う。日本単独居宅介護支援事業所協会の産業ケアマネ2級、日本介護支援専門員協会のワークサポートケアマネジャー、キャリアコンサルタント。2023年4月、産業ケアマネらによる全国初『仕事と介護両立サポート協同組合』設立する。

企業と従業員を支える、産業ケアマネの役割

小菅:大城さんは、仕事と介護の両立を支援するため産業ケアマネとしてご活躍されています。そもそも産業ケアマネとはどんなお仕事なのですか。

大城:仕事をしながら介護をする人を支え介護離職を防ぐ、仕事と介護の両立をサポートすることが目的です。介護保険制度のケアマネジャーはサービス利用者と契約しますが、産業ケアマネジャーは企業と顧問契約を交わし、その企業の従業員をサポートしています。

小菅:ケアマネジャーの知識経験をベースとして、さらに両立支援に必要な専門知識をおもちなんですね。実際、顧問としてどのような支援をされていますか。

大城:大きく四つあります。一つ目は「実態調査」です。まずは従業員さんに仕事と介護の両立に関するアンケート調査をおこない、その結果を報告書にまとめて経営者や担当者にお渡ししています。アンケートから従業員さんが特に不安に感じてること上位3つを選び、「勉強会を提案・実施」しています。これが二つ目ですね。ほか、希望者への「個別面談」や弊社事業の一つである「保険外サービスの情報提供」をしています。

小菅:企業側は、介護で困ってる従業員を目の当たりにして契約しているのでしょうか。

大城:そういったケースもありますが、単に離職防止のためというより、働きやすい環境を実現したいと前向きな考えで産業ケアマネを導入してくださっています。

小菅:職場環境改善の一環として産業ケアマネを招いているんですね。個別面談でのお話も気になります。

大城:従業員さんは、家庭の話をどこまで会社に話していいかわからない。会社側も、従業員のプライベートのことをどこまで聞いていいのからない。お互いが遠慮して本音を話せない状態なので、産業ケアマネは双方の架け橋になるイメージです。

従業員さんは会社に知られると評価に繋がるんじゃないか。苦労して積み上げてきたキャリアが、親の介護で台無しになってしまう事に不安を感じています。面談のなかで、どこまで会社に伝えるべきなのか一緒に考える。これも産業ケアマネの役割の一つですね。

外部機関による相談窓口は安心して話せる職場への一歩

小菅:世間では「親の介護を会社に相談しづらい」「介護休業なんて取れない」という方が多数派のように感じます。ここから一歩前進するにはどうすればいいと思いますか。

大城:顧問先のアンケート結果を見ると、介護についての 相談のしやすさは、普段のコミュニケーションがどれだけ取れているかに大きく影響しています。介護は繊細な話題なので話しづらいですよね。そのため、風通しの良い職場環境であることが前提になると思います。

市民向けに「仕事と介護の両立支援セミナー」に登壇する大城さん

小菅:働きやすい職場環境の実現に向けて「我が社はこういう方針で行くぞ」と経営トップはどこかで決断しなきゃいけないと思います。法令基準以上の休暇制度にする、相談できる窓口を設けることも必要ですよね。

大城:そうですね。窓口の設置は有効だと思いますし、さらに窓口が外部機関だと、より相談しやすいでしょう。それと経営者が覚悟を決めるってすごく重要なこと。今後は定年制の引き上げ、廃止などを受け労働者自体が高齢化していきますよね。その中で、「治療と仕事」や「自分自身の介護予防しながら仕事をする」という場面も出てくると思います。覚悟を決められる経営者であれば、こうした問題にも対処できるのではないでしょうか。

小菅:それと、従業員も介護の知識、リテラシーを身に着ける必要がありますよね。

大城:そうですね。従業員も受け身ではなく、先に会社の情報収集や、介護に関する休暇制度を調べておくことも大切だなと思います。例えば、介護休暇/休業を含め、会社の規定を知っていれば、「ここに関して相談なんですけど」って具体的に言えると思うんですね。介護休暇は無給である事も知らずに有休感覚で話を進めると噛み合わなくなってしまいます。本来は、総務や人事が知識を付けて適切な助言をできる状態が理想ですが、それをすぐに期待できないとしたら、やっぱり従業員も介護の知識を取りに行く姿勢が必要ですね。

介護は「もう少し様子を見よう」と先送りすると、後戻りできない事態に

小菅:大城さんが感じる介護の難しさとは何でしょうか。

大城:いつからが介護なのか。介護が始まるタイミングが分からない人が多いと思います。私から見て「すぐに介護保険の申請をしてください」という状態なのに、本人も家族もそれに気づいていない事があります。だから、何が難しいかというと、まずは、介護のはじまりがわからないことがあげられますね。

以前お会いした方ですが、病気で入院し治療を終えた親御さんがいらっしゃって、お子さんであるその方は退院後の親の生活に不安があったそうです。病院側からは「もうちょっと悪くなったら介護保険の申請ができますよ」と言われ、「今はまだ大丈夫なんだ」と受け止めて、介護保険を申請しないまま親御さんの退院の日を迎えました。けれど、退院後すぐに日常生活に支障を来たし「親の介護で仕事が手につかない」という状態に陥ったそうです。入院中に介護保険を申請し、自宅でのケアを理解していれば適切に対処できたはずです。

「もう少し様子を見よう」と先送りしたことで、かえって問題が悪化する場合があります。重要なのは、変化があった時にそれをきっかけとして行動に移すこと。多くの人がその機会を逃しているように思います。そして手に負えなくなった時、ようやく介護保険の申請をする方が多いと感じます。「あれ?」と思った瞬間にアクションを起こすことが大切です。

介護の準備はまず情報に触れること

小菅:介護が始まる前に準備すべきことを教えてください。

大城:介護を自分事として捉えていない人が非常に多いので、まずは、情報を受け取るだけでも準備している事になっていると思います。例えば小菅さんのXの投稿を見ているだけでも、私は準備になっていると思うんですよ。それくらい介護の事は「聞きたくない、受け入れたくない」と拒否反応が強いものなんです。その拒否反応を外して、情報を見聞きしようとしているだけで、「もう介護の準備できていますよ」って私は伝えたいですね。

小菅:実際に認知症の兆候などに気付いたらどうすればいいですか。

大城:早めに医療機関に繋げてほしいですね。例えば、「この年になったら、みんな検査を受けるんだよ」というように、気軽な感じで病院へ誘導してもいいと思います。「今は大丈夫でも、今後脳の萎縮とかがあった時に、前と比べられるから」とか、健康診断の1つとして、脳の検査をおすすめするときもあります。また、検査の予約を取る際には、そのように親と話をしている事を病院側に伝えておくとスムーズに進むでしょう。

小菅:受診することで、本人に心境の変化はあるのでしょうか。

大城:検査に行くまで、「自分は大丈夫」と頑なに主張していた本人も、検査を受け、脳のレントゲンを撮影して医師と話すうちに、自分でも感じていた違和感を少しずつ打ち明けることがあります。認知症     は家族だけでなく     本人も、自分の状態を肯定的に捉えたい、認知症であることを否定したいという複雑な気持ちを抱えているんですよね。

家庭でも、これまで威厳をもち尊敬されていた父親が、子供たちからできない事を指摘されると悲しいじゃないですか。本人の自尊心を傷つけないこと、尊厳を保つように接することが大切だと思います。もしも親子だけで介護の話を進めることが難しい場合は、地域包括支援センターや医療機関などの専門職に助言を求めてみてください。

あとがき

介護保険制度が創設されてから20年以上が経過した今も「介護は家庭の問題」と考え、誰にも相談せずに一人で抱え込む家族がいます。制度の周知不足も一因ですが、介護を含む社会保障に関する教育がこれまで十分に行われていなかったことも、背景にあるかもしれません。

こうした状況の中で、産業ケアマネが企業に関わることで、必要に応じて相談できる環境は安心できます。企業における産業医の役割のように、介護のことを相談できる産業ケアマネのさらなる普及が期待されます。

また、介護の準備について言えば、「専門職への相談」「介護リフォームの検討」などを思い浮かべるかもしれません。しかし、「情報に触れることだけでも準備になる」と大城さんが言うように、まずは触れてみることが大切です。介護のニュースに目を向けてみる。役所へ行った際に介護保険の冊子を手に取ってみるなど、まずは一歩前進することで、少しずつ「自分事化」してほしいと思います。

小菅 秀樹
小菅 秀樹 LIFULL介護 編集長/介護施設入居コンサルタント

介護施設の入居相談員として首都圏を中心に300ヶ所以上の老人ホームを訪問。1500件以上の入居相談をサポートした経験をもつ。入居相談コールセンターの管理者を経て現職。「メディアの力で高齢期の常識を変える」を掲げ、介護コンテンツの制作、セミナー登壇。YouTubeやX(旧Twitter)で介護の情報発信を行う。

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