俳句は「世界一短い文学」といわれているが、同じ5・7・5という点では川柳もそれに当たる。
川柳愛好家は全国で約30万人ともいわれており、中でも昨今は高齢世代の作品、いわゆる「シルバー川柳」が人気らしい。そんないぶし銀の川柳作家たちを訊ねた。
ここ数年間、楽しみに読んでいたのが知人のクリエイター・住正徳さんのツイート。たばこ屋さんの店頭で川柳が更新されるたびにTwitterで報告してくれるのだ。これが実に味わい深い。
しかし、どんな人が作っているのかが気になる。ネットで店の電話番号を検索しても出てこないので、飛び込みで会いに行った。
向かったのは東急田園都市線の駒沢大学駅。渋谷駅から準急に乗れば7分で到着する。
近づくと、「ザ・街のたばこ屋さん」といった風情。
呼び出し用のブザーを押すと奥様が出てきて、「ごめんね、いまマルエツに行ってるのよ。すぐに戻ると思うから」。マルエツとは関東一帯に展開するスーパーマーケットチェーンです。
ほどなくして、ご主人の帰還。さっそく、話を聞かせてください。
そう、俳句のペンネームを「俳号」というのに対し、川柳は「柳号」となる。紀楽さんは80年以上の歴史を持つ「東京都川柳研究社」の代表という顔も持っていた。
ご挨拶代わりに「ホープのスーパーライトをください」と言うと、「ホープは普通のしか置いていないんですよ」。では、それをいただきます。ちなみに、一番の売れ筋はセブンスターだそうだ。
川柳を作り始めたきっかけを聞いてみた。
「このたばこ屋を経営していた父が俳句をやっていたんですよ。師は富安風生さんで」
おっと、超大御所じゃないですか。子どもの頃からそんな父の姿を横で見ていて、俳句に興味を持つ。しかし、俳句は文語調で堅苦しく、季語や切れ字などの制約もある。そんな想いから、紀楽さんは自由でユーモアのある川柳の世界に足を踏み入れた。
「初めて川柳を知ったのは『誹風柳多留』。いまでも覚えていますが、中学の教科書に『本降りになって出て行く雨宿り』という句が載っていたんです。いわゆる、“生活(くらし)のうた”ですね」
現在、78歳。本格的に川柳を始めたのは30年ぐらい前だという。
「当時は東京の商事会社に勤めていたんですが、広島の支店に転勤になりましてね。私は飲みに行かないから夜は何もやることがないでしょう。そんなとき、たまたま新聞に載っていた川柳を見て、自分でも作ってみようかなと」
見よう見まねで作った川柳を毎日新聞に投稿すると、みごと採用。これが川柳熱に拍車を掛けた。
「例えば『どの辺で生まれた蝉かビルの谷』という句があるんですが、これは自然を詠んだもの。『お人好し貧乏神も寄ってくる』は生活のうた。川柳は自慢しちゃダメ、自分を卑下して作るのが面白い」
紀楽さんの話を聞いていて思い出したのが、全国有料老人ホーム協会が2001年から開催している「シルバー川柳」だ。毎年、9月の敬老の日に合わせて入選作を発表している。これがまた、実にいい味わいなのだ。
2021年度の入選作が気になるので、担当の福澤真美さん(34歳)のもとを訪れた。まずは、昨今の有料老人ホーム事情についてお聞かせください。
「当協会は有料老人ホームを運営している民間事業者が集まり、入居者の保護と事業の健全な発展を目的に1982年に設立されました。事業者、入居者、自治体のすべてに対応する組織です」
日本における有料老人ホームの数は年々増えており、現在は約1万6000施設(取材時:2021年10月15日)。管轄は厚労省だが、サービス付き高齢者向け住宅だと国交省の管轄になるそうだ。
オフィス内には入居相談室もあり、本人はもちろん、「親のホームを探したい」という息子、娘らも訪れるという。気になる費用はピンキリで、都内では軽く億超えの施設もあるという。
さて、いよいよ本題。「シルバー川柳」を始めたきっかけは何ですか?
「当協会の20周年記念事業として始めました。高齢者といっても学ぶ意欲がまだまだある方が多いんですよ。定年後も社会に発信する場所という意味も含めて、5・7・5という短い文字数の中で表現ができる川柳を選びました」
このイベントは最初の年から好評で、約3000句が集まったそうだ。
応募数はどんどん増えて、今年はなんと約1万6000句。完全に大ブームが訪れている。
「応募されるのはシルバー世代がメインですが、例えば第10回の特別賞では102歳の女性の作品の隣に7歳の男の子の作品が並んでいます」
今年の入選作を見せてもらった。
「やはり、コロナに関する句が目立ちましたね。でも、同じコロナを扱うのでも、入選作はひとひねりしています。あとは、以前と比べて若者言葉を頑張って使う方が増えました」
過去最多、1万6621句の中から選ばれた20句。時事ネタに自虐とユーモアというスパイスを上手にまぶしている。
作者にも話を聞いてみたくなった。福澤さんにそう伝えると、後日3名の入選者を紹介しくれた。すべて電話でインタビューを行い、それぞれの人柄を表す写真も送ってもらうことにする。
1人目は東京都世田谷区にお住まいの村松正志さん(81歳)。「ワクチンのネット予約でひ孫借り」という作品で入選を果たした。
晴れて2回分を接種できたが、予約開始時は苦戦する知り合いが続出。中には諦めた人もいたそうだ。
「川柳を作ろうと思ったのは去年。新聞やネットで見ているうちに、面白半分でやってみようかなと」
医療関係の仕事を定年退職後、パソコンやデジカメを習い始めた。プロになるわけではないが、パソコンに保存して加工、その後でプリントアウトするのが楽しいという。
最後に聞いた「定年後で一番幸せなのは万年係長」というセリフが印象的だった。
「上ばっかり見ても楽しくない。万年係長は人付き合いもいいし、自由でいろんなことができるでしょ。周りを見ても、そういう人は長生きしてるし、孫やひ孫にも好かれる(笑)」
お次は「どなたですそういうあなたはどなたです」という句を作った小松秀幸さん(59歳)。大阪府大阪市にお住まいで、内装業を営んでいる。
「コロナ禍で時間ができたから、何か家でできる趣味はないかと探していたんです。いろいろ見ていくうちに、川柳ええやんって。投稿したのは今年が初めてです。入賞はたまたまでしょ」
ちなみに、これは3年前に他界した義母の様子を思い出して作った句だ。
「他では10年ぐらい前から三線も弾いとるんですよ。旅行で沖縄に行ったとき、生音に触れて自分でも始めたいなと。コロナ禍で余った時間を使って練習して、教師免許も取りました」
「入選して家族の反応? 嫁は『すごいやん!』」、娘は『へえー』って感じ(笑)。娘とも仲いいですよ。買い物とかも一緒に行ったりしますし。とにかく、今後は川柳に本腰を入れたいです」
ラストは「食卓に俺の席だけアクリル板」という哀愁漂う句を詠んだ、ペンネーム・おたやんさん(66歳)。和歌山県和歌山市にお住まいだ。
「高校で数学を教えていましたが、定年後は小説を書こうと一念発起したんです。でも、目が出ない。そんなら、川柳みたいな短いやつならできるんやないかと思って移行したというわけです」
シルバー川柳に応募したのは4回目。2回目と今年に入選を果たしたというから、向いているのかもしれない。
「2回目は『失言は家庭内でも命取り』という句。その頃、桜田大臣がパソコンできやんのにサイバーセキュリティ担当になって騒がれた時期。失言も多いのを見とって、ああ、これは家庭内でも同じやぞと」
「コロナ禍やからアクリル板を詠んだ句はたくさん届くはずやと。でも、そこをちょっとひねって、家庭内の風景にしたらおもろいかなって。疎外されがちなお父さんの悲哀も伝わるし。今後も時事ネタを取り込んで作り続けますよ」
たばこ屋の紀楽さんは中学の教科書で触れた『誹風柳多留』で開眼。店頭で川柳について楽しそうに語ってくれた。全国有料老人ホーム協会の福澤さんは「たくさんの応募作品の中から20作の入選作を絞り込むのが大変」だと言っていたが、応募数がうなぎ上りに増えることについては大いに喜んでいた。
そして、800分の1という激戦を勝ち抜いた3人の入選者たち。皆さん、何気ないきっかけで川柳を作り始め、その魅力にハマっていた。頭の体操になるし、世間の出来事にも目を向ける。定年後の趣味としては最高ではないだろうか。
あ、そうそう。入選すると賞金1万円と賞状がもらえますよ。以前はハガキのみだったが、今年から公式サイトの「お問い合わせ」フォームからも投稿できるようになったとのこと。来年3月から募集が始まるので、興味がある方はぜひ。
歳を経て十七文字の玩具あり たきび
【取材協力/公益社団法人全国有料老人ホーム協会】
塾講師を経てリクルートに入社。2003年よりフリーランス。焚き火、俳句、酒をこよなく愛す。編著に『酔って記憶をなくします』(新潮文庫)など。
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