品川から蒲田まで18.8kmを歩く―江戸情緒から郷愁の団地、黒湯の温泉銭湯へ

「散歩」は、生活習慣病の予防やダイエット効果、足腰を鍛えるにもいいという気軽に始められる健康対策です。同時に、町の風景や人を眺めながら歩くことは、心のリフレッシュにもなって実に気持ちがいい。

散歩を趣味とするフリーライターが、個人的「散歩術」をお教えします。それは、散歩にちょっとした旅気分を加味すること。観光地や繁華街を歩くのではなく、あえて何気ない町角を歩きながら、ノスタルジックな「昭和っぽさ」を探してぶらぶら――。

今回は東京の品川駅から蒲田駅まで、かつての宿場町やマンモス団地を歩いてみました。

変貌する都市の風景と“昭和な”風景のコントラスト

東京駅や渋谷駅に行くと、いつの間にか見上げるようなビルが林立していて、昔の記憶とくらべて感嘆の声をあげてしまう。そして、昔ながらの飲食店が並ぶ路地裏に入ると、どこかほっとするのだ。急激に開発が進む駅前の風景と、昔から変わらない風景のコントラスト――。

僕にとって東京の街歩きの面白さは、この二面性を感じることにある。その感覚を「昭和を探す」と表現しているわけだけれど、どちらか一方だけだと、きっとそんなことは思いもしないだろう。2つがセットになっているから、そこに感慨を抱くのだ。

このコントラストが顕著なのが品川である。品川駅は東海道新幹線の停車駅にして羽田空港の玄関口であり、どこへ行くにもアクセスがよいオフィス街として栄えてきた。逆に言うと、ビジネスの用事でもない限り、滅多に降りることのない駅でもあった。新幹線や羽田空港が目的で幾度となく品川駅は使っているが、駅から降りたことは数えるほどしかない。

開発著しい品川駅の港南口。そこはまるでSF映画が描く未来都市のよう。

たまに品川駅で降りると、真新しい高層ビルに取り囲まれた駅周辺の変貌ぶりにいつも驚かされる。その一方で、品川駅からしばらく歩くと、埋立地の工場・倉庫街や下町の商店街が広がり、鮮やかなコントラストが味わえるのだから面白い。

今回は、品川駅からほど近い「品川宿」を歩くことを目的にしていたが、地図を眺めていると、その先の大田区に「昭和島」なる地名があるではないか!

というわけで、今回は品川駅から昭和島目指して歩いてみることにした。

東海道五十三次の宿場町「品川宿」をゆるゆる歩く

かつては荒涼としていた品川駅港南口だが、2000年代からタワーマンションの建設ラッシュが始まり、今では高輪口よりも人通りが多いくらいだ。ビックリたまげながら品川駅から400メートルほど続く品川セントラルガーデン(歩行者空間)を歩くと、高層ビルの谷間を歩いているようで、これはこれで東京ならではの景観という感じで新鮮だった。

ビル風を緩和する高木が290本植えられていて、都会のオアシスのよう。

そこからほんの少し歩くと、「品川浦船溜まり」に出る。未来的な高層ビル街からいきなり江戸風情に一変するのだから、品川は奥が深い。都市部の入り江に昔ながらの屋形船が停泊する構図は、アニメ映画『鉄コン筋クリート』の世界観のようでもある。こんな不思議な場所が東京に残っていたなんて思いもしなかった。

大都会を背景とした屋形船の江戸風情。これだけ絵になるコントラストもない。

今からおよそ400年前、北品川駅の辺りは東海道五十三次の第一番目の宿場町だった。港にも近い交通の要所として、「北の吉原、南の品川」といわれるほど栄えたが、今では下町風情ただよう商店街となっている。それでいて、今も東海道の面影が感じられるのは、道幅が江戸時代から変わっていないからだろう。

近年は「品川宿」として観光に力を入れ、日本茶カフェやゲストハウス、観光交流館があって、外国人観光客の姿もよく見かける。とはいえ浅草ほど混雑していないので、ゆるゆると江戸風情が楽しめる絶好の散歩スポットでもある。観光客向けの新しいお店もあれば、昔ながらの草履屋やハンコ屋が今なお営業を続けていて、ほっこりした気分になる。

路地裏がこれまたフォトジェニック。江戸時代はこんなふうに宿屋が軒を連ねていたのだろうか。
旧東海道沿いの公園もさりげなく江戸時代風になっていて和ませてくれる。

宿場町だっただけあって、この辺りには歴史ある神社仏閣がとても多い。品川神社をはじめ「東海七福神」という7つの寺社がコースになっているのだが、今回はそのうち荏原神社と品川寺(ほんせんじ)を訪ねるにとどめた。じっくり見て周りたいところだが、品川宿周辺は他にも史跡が多く、ひと通り見ているとここだけで一日が過ぎてしまいそうだった。歴史ファンにはたまらない場所なので、ゆっくり観光で訪れることをオススメしたい。

目黒川に朱塗りの橋がかかる荏原神社。街中でありながら、浮世絵のような景色だった。
空海が開山したという品川区最古の寺・品川寺。ゆったりした時の流れが感じられる。

  嵐主演映画の舞台となったマンモス団地「八潮」へ

品川寺のあたりからは東海道らしき街並みでもなくなり、いわゆる下町といった雰囲気になる。しかし、僕からすると「いよいよゾーンに入ったな」という感覚である。特に何があるわけでもない庶民的な街並みなわけだけれど、その飾り気のなさに僕は昭和を感じてしまうのである。

もしや昭和を代表するロックスター・矢沢永吉ファンの居酒屋!?

今回の散歩ルートでは、以前から気になっていた場所がある。東京湾岸に位置する通称「八潮団地(品川八潮パークタウン)」だ。広大な埋立地に69棟もの団地が立ち並び、そこにはショッピングモールも小中学校もあるという日本有数のマンモス団地である。1983年から入居が始まり、人口は約12000人を数えるという。

なぜ気になっていたかというと、2002年公開の嵐主演映画『ピカ★ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』の原案をV6の井ノ原快彦が手がけているのだが、彼が育った八潮団地が映画の舞台になっていたからである。物語では八潮ではなく「八塩団地」となっていて、東京だけど東京でないようなマンモス団地という設定だった。刺激の乏しい地元から出ようとする高校生5人組の青春ストーリーとして、これがなかなかの佳作なのだ。たまたまこの映画を観て、「東京にこんな場所があるのか!?」と新鮮な驚きだった。

京浜運河の向こうに八潮団地が見えてくると、「昭和を探す散歩旅」としては、いよいよここからが本番だという気分になる。かといって何があるというわけでもない。延々と同じような建物が続く広大なエリアをひたすら歩くのみである。

まさしく『ピカ★ンチ』で描かれたような平和な80年代的ムードが漂い、東京湾岸とは思えない長閑さだった。歩きながらふと気づいたのだけれど、団地エリアにはお店というものが極めて少ない。だから街の変化を感じさせないのだ。

街の中央には図書館やコミュニティースペースもあり、ひとつの行政地区といった感じだ。

団地街の良さというと、スペースに余裕があって緑が豊かなことだろう。見方を変えると、公園の中に街があるみたいで、歩いていて気持ちがいい。特に八潮は、八潮公園、京浜運河緑道公園など至る所に大きな公園があり、さらに行くと、広大な大井ふ頭中央海浜公園がある。運河沿いにはバーベキューエリアがあったりもして、これはこれで東京とは思えない景色だった。

見慣れた東京の景色も、こうして運河越しに眺めると、やけに叙情的に感じられる。

 「昭和島」にたどり着いたはいいけれど……

八潮から隣の平和島に行くと、今度は一転して倉庫街となる。殺風景な景色を想像していたが、最近の倉庫はカラフルに彩られ、ポップアートの世界みたいだ。道路のすぐ頭上を東京モノレールが走っていて、「さすが住宅街とは違う」と妙なところで感心するのだった。

 平和島からさらに橋を越え、当初の目的地だった昭和島へ。しかし、そこはいかにも工業用地といった人もまばらな人工島で、東京モノレールの昭和島駅はあるものの、拍子抜けするくらい駅前には何もない。飲食店もなければ、コンビニすらないのだ。1967年に竣工し「昭和島」と名付けられたそうだが、おそらく「昭和にできた島」くらいの意味なのだろう。

昭和島駅前には自転車置き場があるくらい。地図を見ても民家らしきものは見当たらない。

昭和島を今回の散歩のゴールにするつもりだったが、あまりに味気なく、「この何もない感じが、昭和っぽくて好ましいのだ」とムリに納得しようとしている自分がいた……。かといって、このまま電車で帰る気にもなれず、昭和島南緑道公園で一休みしてから、再び僕は歩きだした。

昭和島の公園でしばし少年野球を見学。バットの金属音がなんともいえず平和だ。
左奥が八潮で、右手前が昭和島。こうして眺めると、ずいぶん遠くへ来たもんだ。

昭和島から近い蒲田には温泉銭湯がいくつかあるので、せっかくだからひと風呂浴びて帰ろうという魂胆である。9月とはいえ、残暑の中を歩き続け、だいぶ汗をかいていた。歩き疲れた後に街の銭湯でさっぱりするというのも散歩の醍醐味だ。そして銭湯こそが、昭和テイストをたっぷり味わえる都会のオアシスなのである。

ちょうど夕暮れ時にさしかかり、川沿いに眺める街の景色が幻想的で美しかった。『ALWAYS 三丁目の夕日』という映画があるけれど、なぜか夕日は昭和的なムードを醸し出す。こうして見知らぬ街で眺める夕日というのも、なかなかなオツなものである。

温泉銭湯で身も心も整ったところで外に出ると、商店街の夜祭りが開かれていた。

それにしても、今回もよく歩いたなあ。品川駅の未来的な高層ビル群から品川宿の江戸情緒、そして80年代風のマンモス団地から下町情緒あふれる蒲田へと計18.8km。目くるめく景色の移り変わりが、ちょっとした時間旅行みたいだった。このルートを歩くなら、散歩のシメは蒲田にいくつかある黒湯の温泉銭湯をオススメしたい。「THE 昭和」が堪能できるはず。

浅野 暁
浅野 暁 フリーライター

週刊求人誌、月刊カルチャー誌の編集を経て、2000年よりフリーランスのライター・編集者として活動。雑誌、書籍、WEBメディアなどでインタビューや取材記事、書評や企画原稿などを執筆。カルチャー系からビジネス系までフィールドは多岐に渡り、その他、生き方ものや旅行記など幅広く手掛ける。全国津々浦々を旅することがライフワーク。著書に矢沢ファンを取材した『1億2000万人の矢沢永吉論』(双葉社)がある。

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