最大時速50キロでの移動が可能という、 “誰もが乗りたくなる”モビリティとして話題の車いす「WF01」。開発に携わる株式会社RDS代表の杉原行里氏は、「WF01」を含む斬新なプロダクトにより、介護や福祉用具に対して我々が抱く既成概念を打ち破ってくれる人物だ。
杉原氏がイメージする、福祉や介護の未来とはどのようなものなのか。現在取り組んでいるプロダクトとともに語ってもらった。
「僕は、過去には一切興味がないんです。何故なら、過去を変えることは不可能だから。『どうしてそうなったのか?』を考えるよりも、『これからどうするのか?』という未来を考えたほうが、はるかに生産的だし楽しいじゃないですか」
RDSが産み出すプロダクトの根底にあるコンセプトは、杉原氏のこの一言に集約されている、といっても過言ではない。
「だから僕は、たとえば車いすに乗っている人を見て“可哀そう”と思うことより、その人が使っている車いすやモビリティーをどのようにアップデートすれば、もっと楽しく生活できるのかを考えたいので」
モータースポーツや最先端ロボットなど、様々な分野における活躍で知られるRDS。福祉関連では、2013年度のグッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)を受賞した『ドライカーボン松葉杖』が特に有名だ。
このプロダクトの開発で得た気づきは、杉原氏の介護や福祉に対する向き合いかたに、大きな影響を与えたという。
「ドライカーボン松葉杖は、寺崎晃人さんという方から頂いた『自分専用の松葉杖がほしい』というオーダーから産まれたプロダクトでした。恥ずかしながら僕はそれまで、松葉杖はケガをした際などで“一時的に”使う道具だと思い込んでいて、常用する人がいることに気づいていなかったんですよね」
『自分専用の松葉杖』に必要な要素とは何か。発注者との会話を通じ、杉原氏がたどり着いた答えのひとつがデザインだった。
「一言でいえば、使っている人がいちばんカッコよくみえる松葉杖をつくりたいと思ったんです。多くの松葉杖は、レンタルでの使用を想定したつくりになっているので、どうしてもデザイン性が後回しにされがち。でも、『自分専用の松葉杖』ということなら、カッコよさというエンターテインメント性を追求するのもアリだなと」
カーボンを用いることで実現した世界一の軽さや、RDSが得意とする3Dプリンタ技術によるフィット感、より軽く感じる構造を設計し、使い勝手の面でも優れているドライカーボン松葉杖。杉原氏はそうした機能とデザインを“掛け算”することで、ユーザーの人生を変えるギアを実現させた。
「ドライカーボン松葉杖を使うようになってから、水泳を始めたというんです。以前よりも動きやすくなってアクティブになったこともあるんでしょうが、話を聞いてみると、水着で松葉杖を使っているほうが、カッコよさが目立つっていうんですよね(笑)。つまり、隠そう隠そうから、見せよう見せように変化し、カッコいい松葉杖を使っている自分を見てほしいと。その結果、寺崎さんは日本身体障がい者水泳選手権(現日本パラ水泳選手権)でメダルを獲得するほど水泳が上達してしまった。機能×デザインという発想から産まれたドライカーボン松葉杖によって、彼の人生がグンと楽しいものになったわけです」
デザインされた「カッコよさ」により、福祉用具に新たな価値や可能性を付加する。杉原氏がその延長線上に見据えるのは、超高齢化社会を迎える日本の介護用具に対する既成概念の打破だ。
「2025年には、日本の人口の3割超が65歳以上の高齢者になるといわれています。これが何を意味するかといえば、より多くの人々にとって介護が『自分事化』するということ。そうなれば当然、介護用具に対する関心も高まっていくわけですよね。そこで求められるのは、よりパーソナライズされたギアという発想だと思っているんです」
スポーツカーやファミリーカーなど、ニーズによって自動車が細分化されているように。あるいはTPOにあわせて洋服やアクセサリーが選べるように。介護用具にも使う人ごとの“選択肢”があれば、人生がもっと豊かになるはず。
言われてみれば至極当然の発想なのだが、心のどこかに引っ掛かりを覚えてしまう人もいるだろう。しかし杉原氏は言う。
「僕らが知っているお年寄りたちは、いろんな面で我慢を強いられてきた世代なので、福祉や介護に対して消極的というか、最低限のことをしてくれれば十分、みたいな意識があると思うんです。だからといって、その基準をそのまま受け継ぐ必要はないですよね。介護用具にまつわる技術だって格段に進歩しているんだし、何よりも今後は老人のほうがメジャーな存在になるわけですから。人生をもっと豊かで楽しくするための手段として介護用具に対しても、もっと“わがまま”になってよいのではないでしょうか」
RDSが手掛けるドライカーボン松葉杖や「WF01」のように、ユーザーのニーズにあわせパーソナライズされた福祉用具、または介護用具をつくるために、現状ではかなりのコストがかかってしまうのは事実だ。杉原氏は、そうしたRDSの取り組みをF1におけるマシン開発に例える。
「F1のマシンを開発するためには莫大なコストがかかるのは、皆さんもご存じでしょう。レースだけに限定すれば、トゥーマッチに思えるかもしれませんが、そうした開発の過程で生まれた技術が、巡り巡って乗用車やインフラに取り入れられ、結果的に社会に貢献しているという側面もある。ドライカーボン松葉杖や『WF01』も同じことだと考えていて。時速50キロ出せる車いすなんて馬鹿げていると思う人がいるかもしれませんが、そうした取り組みの中から、多くの人に幸福を与えるプロダクトが産まれると、僕は信じています」
若者よりもアクティブに、そしてカッコよく生きることができるようになる介護用具。RDSの取り組みが“夢物語”の域を超えるのは、そう遠くない未来なのかもしれない。
撮影:大平晋也
株式会社RDSが手がける、メディカル・テクノロジー・スポー
ツを中心に最新情報を伝えるメディア。「HERO X」
1970年生まれ。編集者・ライター・愛犬家。
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