仕事の合間に、ふと時間が空いた時はゲームセンターに行く。お目当てはオンライン麻雀だ。全国の猛者たちと対戦していると、脳にもいい刺激があるような気がする。
ところで、先日ふと周囲を見渡して気付いた。ゲームに興じるお年寄りがやたらと多いのだ。彼らにとっては格好の暇つぶしなのだろうか。顔見知り同士は挨拶も交わしている。
そんな折、カジノの要素を取り入れて脳の活性化と身体機能の回復を促すデイサービスがあると聞いた。施設名は、ずばり「ラスベガス」。
2019年末現在、全国に23拠点を展開する。取材を申し込むと、関東近郊で最も新しい町田木曽店で話を聞けることになった。
最寄りのJR横浜線古淵(こぶち)駅からタクシーで向かう。行き先を告げると、運転手さんが話してくれた。
「もしかして取材?この辺じゃ有名な施設だよ。私は55歳だけど、うちの最高齢のドライバーは80歳。デイサービスも他人事じゃないよね」
ギャンブルについて聞くと「競馬はやめた。今はパチンコとスロットに時々行くぐらいかな」と笑っていた。
10分ほどで目的地に着く。こちらが東京・町田にある「ラスベガス」だ。
施設の前には送迎車として使っているトヨタの高級ミニバン、「エスクァイア」が並ぶ。
さて、施設内に入りますよ。そこには一体どんな光景が広がっているのか。
ラスベガスのロゴ入りの自動ドアがスーッと開くと……。
なんと、いきなり、パチンコ台が並んでいた。
ジャラジャラという賑やかな音が室内に響き渡るが、耳障りというほどではない。
一方、別のエリアでは利用者たちが全自動麻雀卓を囲んでいた。
これはもうまごうことなきカジノだ。
デイサービスとカジノを融合させてしまったのは、「ラスベガス」チェーンを運営する日本シニアライフ株式会社の代表・森薫さん。
「ラスベガス」の1店舗目を東京・足立区にオープンさせたのは2013年12月。コトの経緯を森さんはこう説明する。
「それまで、いわゆる従来型のデイサービス事業に携わってきたんですが、苦い思い出がたくさんありまして」
あら、たとえば?
「ある時、ケアマネージャーさんに要介護認定を受けている70代の男性を紹介されました。男性の奥さまは介護のために仕事を辞めて、一日中付きっきりでお世話をしている状態。『ご主人の引きこもり状態を解消して、奥さまの介護負担の軽減を』というお話だったのですが、ご本人はなかなか家から出たがらないので、『絶対に面白いから、一緒に行きましょう』とデイサービスにお連れしました」
しかし、そこで行われていたのは保育園のようなプログラムに男性は怒り心頭。帰る、帰らないの押し問答になってしまった。
上記はほんの一例だが、従来の施設は、認知症予防として簡単な計算ドリルを解くこともある。「一桁の足し算、引き算なんかやらせるな」と怒る利用者がいれば、逆に簡単な計算ができない自分に落ち込む利用者もいる。塩梅が非常に難しい。
森さんいわく、「そもそもデイサービスって、男性の利用者が少ないです。1施設のうち、2割いらっしゃれば多いですね。また、一度「苦痛だ」と感じてしまうと、更に家から出歩くことが億劫になってしまいます」
「要するに、これまでの一般的なレクリエーションやトレーニングでは『退屈』。中には『バカにされている』と感じる方もいらっしゃる。私たちもそれは不本意ですので、どうやったら楽しんでもらえるだろうと考えました」
そこで、森さんが目を付けたのは「ゲーミング理論」。麻雀やトランプゲームなどを通じて、単調な機能訓練を「楽しく」続けてもらうというコンセプトを思い付いた。
参考にしたのは自身も興味があった「カジノ」という業態。さっそく、アメリカ、シンガポール、マカオなど、カジノの本場を視察する。
そこで、高齢者が多いことに気付いた。さらに、受け身ではなく主体的にカジノを楽しむ高齢者の姿を見て、「これはいける」と確信した。
現在、町田木曽店には約90名の利用者がいる。多くの利用者は、週1〜2回の利用で、朝9時半〜16時半まで滞在し、支払額は1200円程度(昼食代500円を含む)。9割は税金で賄われる介護保険が負担している。
施設内のレクリエーションは、パチンコ、麻雀、ブラックジャック、カラオケ、シミュレーションゴルフ、そして映画鑑賞。麻雀やブラックジャックは手先の機能回復と脳の活性化につながるうえに、卓を囲むことで会話も生まれる。
しかも、ここは「ラスベガス」。本気で楽しんでいただくために、施設内通貨の「ベガス」を導入した。
例えば、麻雀の場代は3000ベガス。1位になると2万6000ベガスが受け取れる
「一日の体操で獲得できるのは2万ベガス。午前と午後の計40分間、身体機能の維持・向上を目的とした『VEGA Stretch(ベガストレッチ)』に参加することでお渡しするシステムです」
内装は、介護施設を専門に手がける業者ではなく、飲食店などを得意とする業者に依頼。BGMは葉加瀬太郎のバイオリン曲。「どこで誰が聴いても心地いい音楽なら葉加瀬太郎かな、と」。
これまでの経験上、森さんが最も重視しているのは、「いわゆる介護的な高齢者、要介護者扱いをしない」こと。実は、冒頭でお見せした送迎車にも、細かなこだわりがあった。
「ラスベガスは、黒のボディに金色で『Las Vegas』としか書いていません。これも、以前ボディに施設名を大書した白い送迎車で迎えに行ったところ、『介護施設通いが近所にバレる』と怒られた経験があったから」
現在、23店舗中、直営店は9店舗。その他14店舗は加盟店になる。森さんたちのノウハウやサービス、思いを伝えるために、研修は徹底的に行っているという。
インタビューをしている隣のエリアでは、麻雀卓の一角がどんどん賑やかになってきた。打つ回数が多いので役満もしょっちゅう出るという。
ちなみに、初心者でも参加しやすいように複雑な符計算は省略している。
彼は先日、めったに出ない「役満の国士無双を半荘で2回上がる」という奇跡を起こしている。
木村さんは言う。
「いやぁ、ここんとこずっとツキがなくてね。手牌に1、9、字牌が多かったから狙ってみようと思ったら、たまたま上がれただけ。元々、役満みたいな派手な手は嫌いなんだよ(笑)」
ここで、対面の男性が「メンタンツモドラ4」のハネ満を上がった。1万2000点をゲットだ。
和了を見逃してしまったのだ。
スタッフは、担当エリアごとに利用者をサポートする。
パッと見、介護しているようには見えないが、もちろん彼女も介護のプロ。利用者が快適に過ごせているか、フロアの隅々まで目を光らせている。
なお、森さんいわく「女性スタッフの制服は、シンガポール航空のキャビンアテンダントの制服をヒントに何回も改良を重ねた」とのこと。
「普通の介護現場とは違うのが新鮮。この雰囲気の中で働けることが楽しいですね」と話してくれた二人。
利用者がトイレやお風呂で抜ける時は「代走」、つまり代わりに打つ。
もちろん、レクリエーション以外の介助もスムーズにこなす。利用者だけでなく、介護スタッフも笑顔が溢れているのが印象的だった。
町田木曽店では、カラオケも人気のレクリエレーションだ。1時間の利用料は、3000ベガス。採点方式で点数を競う。
ブースを覗くと、利用者の男性が北山たけしの『ふるさとの夕陽』を気持ちよさそうに歌い上げていた
壁には、月間チャンピオンの写真も貼られている。
チャンピオンの写真は贈呈され、利用者は表彰状と一緒に自宅に持ち帰る。すると、これが家族間の会話のきっかけになるそうだ。利用者の家族から、「『ラスベガス』に通うようになって、みるみる元気になった」と嬉しいコメントをもらうことも、よくあるという。
実際のパチンコ店で人気台をリサーチし、半年に1回のペースで入れ替えるというパチンコは、やはり根強い人気があるそうだ。
パチンコを楽しむ利用者は、会話することなく、みな黙々と打ち続ける。
さて、12時からはお食事タイムだ。とはいえ、一斉に「いただきます」ではなく、それぞれ好きなタイミングで食べる。
元々、冷凍保存した食事をキッチンで温め直して出していた。しかし、手間暇がかかるうえに、好きなメニューを選べないのも寂しい。割り切って最新の冷凍食品に切り替えて多メニュー化したところ、これが好評なのだ。
マダムは、唐揚げが2個付いているラーメンを注文。
美味しそうに食べながら、「今日はなんの取材なの?入って来た時はびっくりしたでしょう。私も最初は『何ここ!』って思ったもん」と、微笑みながら話しかけてくれた。
食後は、少し横になる利用者の姿も見られた。あえて、必要以上に介護ベッドを導入しないことも、利用者への配慮からだ。
最後に、浴室を見せてもらった。デイサービスに通う最大の目的として「お風呂に入ること」を挙げる高齢者は少なくない。家族は介護のプロではないので、自宅での入浴サポートに不安を覚える人もいる。
ラスベガスでは、入浴は事前予約制で、一人当たり約30分の入浴時間を確保している。通常のデイサービスではあり得ない長さだ。入浴時間が長いとスタッフも慌てずに対応できるため、事故やクレームはほとんど起きていないそう。
なお、浴槽、リクライニングソファー、テーブル、椅子などはすべて、介護専用の浴槽ではなく各家庭にも導入されている市販の商品を使用している。
これによって浮いたコストをカジノ設備に注ぎ込む。結果的に、オープン時の投資額は従来型のデイサービスと同程度に抑えられたという。
あちこちで弾ける笑顔を堪能しつつ、取材は終了。
森さんは言う。
「私が介護業界に入った17年前、デイサービスは全国に1万店舗もありませんでした。それが、いまでは4万30000店舗まで増加しました」
コンビニが6万点弱だから、その多さがわかるというものだ。
「私は従来型のデイサービスも否定しません。ただ、デイサービスの数が増加したからといって、ご利用者の選択肢が増えたとは限らないので、介護のポイントを抑えつつ、ご利用者のニーズをきちんと掴んでサービスを提供していくことが求められていると思います。仕方なく行く場所ではなく、『楽しいから、また行きたい!』。心からそう感じていただける場所にしていきたいですね」
編集:ノオト
塾講師を経てリクルートに入社。2003年よりフリーランス。焚き火、俳句、酒をこよなく愛す。編著に『酔って記憶をなくします』(新潮文庫)など。
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