孤独死が深刻な問題となっている。元読売新聞の記者で株式会社グローコムの代表・岡本純子さんは、著書『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書)の中で「2035年には日本人の37.2%が一人暮らしになる」と推測している。
孤独死はその定義が難しく、全国的なデータはなかなかないが、東京23区では年間5000件以上という調査結果もある。
気楽な一人暮らしの世帯が増えていくのは世の中の流れだろう。しかし、誰からも孤立し、具合が悪くなった時に誰も頼れない、また、亡くなったことにも気づかれない生活に不安を抱える人は少なくない。
そんな中で登場したのが、LINEによる「見守りサービス」。開発したNPO法人エンリッチ代表の紺野 功さん(61歳)は言う。
「きっかけは一人暮らしの弟の孤独死。今から6年前、51歳でした。家の中で亡くなっていたのに、死因は低体温症。倒れてからある程度は生きていたのかもしれません。もっと早く気付いていれば……」
後悔の思いは消えることはない。孤独死について調べているうちに、ノンフィクション作家で『家族遺棄社会 孤立、無援、放置の果て。』(角川新書)や『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)などの著書・菅野久美子さんとの交流が生まれた。
「彼女の本を読んで受けたインパクトは非常に大きかったですね。昔と違って人間関係がどんどん希薄になっていて、近所付き合いもなくなる。挨拶すらしないので、隣に誰が住んでいるかもわからない」
のちに受けた数々のメディア取材の中には、菅野さんが取り持ってくれたものもある。
弟の孤独死から2年後、紺野さんは役員を務めていた携帯ゲーム会社を退職。見守りアプリを開発するために動き始めた。
「しかし、ゼロからアプリを開発すると1000万円ぐらいかかることがわかって。ならばと、発想を切り替えて日本のスマホ利用者の8割以上が登録していて、約8600万人(※1)の利用者がいる無料通信アプリ、LINEを使うことにしたんです。自社アプリと違って、メンテナンスの不安もありませんし」
NPO法人エンリッチを立ち上げたのは2018年。同年11月に「見守りサービス」がスタートした。これに登録すると、「毎日」、「2日に1回」、「3日に1回」という任意の頻度でエンリッチから安否確認の連絡が入る。配信時刻は自分の気付きやすい時間帯を選べばよい。
「元気なら画面上の『OK』ボタンをタップするだけ。タップがなければ、翌日再度連絡。それでも確認が取れない場合は、登録者宛に直接電話を掛けて生存確認をする。もし登録者の生存確認が取れない場合は、登録された近親者に連絡が行く」
意外にも元気な人が電話に出る確率は2割程度。しかし、さらにLINEのメッセージで「お元気ならトーク内で『無事です』とコメントしてください」と促すと、すぐに半分以上の利用者からコメントが付くという。
「はっきりとした理由を聞いたわけではないですが、今は電話で話すのを億劫がる方が多いのかもしれません」
この個人向けの「見守りサービス」は無料。仕組みを極力シンプルにしたこともあり、現在では3,300人以上が利用している。高齢者はスマホやLINEに馴染みがないのでは、という疑問に紺野さんはこう答える。
「元々現役世代を対象に始めたサービスですが、徐々に高齢者が増えてきました。逆に高齢者も今はスマホを使うようになってきたと当初は驚きました。実際の利用者は、年齢は18歳から93歳で、40代、50代が多数を占めています。都市圏で働き、普段からLINEを使いこなしている現役世代ですね」
利用者数の比率を見ると、50代が一番多く30%、次いで40代、60代と続く。
紺野さんはサービス開始前、孤独死について聞くためにいくつかの行政の窓口に電話を掛けた。そこでわかったのは高齢者向けのサービスはあるが、現役世代をケアする体制がないということ。
「『孤独死対策をやっている部署はどこですか?』と聞いても、ほとんどは福祉課に回されます。高齢者用の窓口しか案内されない。しかも、『対象は65歳以上です』と」
そこで受けた危機感から「だったら自分でやろう」となり、現役世代をカバーする「見守りサービス」が生まれた。
同時に、現状では60代以上の高齢者層をカバーしきれていないとも感じていた。そこで、新たに開発したのがグループ向けの「つながりサービス」だ。「見守りサービス」は安否確認を受ける本人自らが登録することを想定しているが、こちらは家族や近しい人が登録し、安否を受け取りたい方をグループに招待する利用法を想定している。
スタートは2019年7月。無料の試験運用期間を経て、1年後から課金を開始。利用料は年額3300円か月額330円のどちらかから選べる(30日間はお試し期間として無料)。
「こちらも『OK』をタップしてお互いに見守る仕組みで、現在、有料の利用者は32組。高齢者同士、離れて暮らす家族や親族の方々が利用されています。いいなと思ったのは、マンションの管理人さんと単身入居者のグループ。こういうケースが増えれば、都会での孤独死の長期未発見もずいぶん減るはず」
今後は、町会や地域包括ケアの現場でも活用できそうだ。
もしもの際に近親者に連絡するが、近親者が遠方にいる、または高齢の場合も多く、すぐに駆けつけることができないケースが多い。これらの課題を解決するためには、自治体との協働が必要だ。
「したがって、現在も様々な自治体にアプローチを続けています。もしもの際の駆けつけと、この見守りサービスのシステムを行政が提供するという提案です」
行政は個人情報を扱うことに及び腰だが、「つながりサービス」は個人情報を取らない。しかし、「前例がない」という回答も多い。
そんな中、東京では杉並区と足立区、千葉県では柏市と市川市から好反応が返ってきた。2019年に足立区の「絆のあんしん協力機関」に、2020年に杉並区の「あんしん協力機関」に登録。2020年に市川市と「地域見守り活動に関する協定」を締結、2021年に柏市と「地域見守りネットワーク事業に関する協定」を締結した。
自治体によって協定内容は少しずつ異なるが、例えば、新聞専売所、宅食業者、宅配業者などと連携し、通常業務の中で異変を見つけたら連絡することで行政が訪問確認する仕組みだ。
紺野さんが言う。
「『見守りサービス』開始以来、安否確認の再送への反応がなく生存確認の電話を直接した方が、413人。計937回です。20、30代の方の利用も多く、利用目的のアンケートを取ったところ亡くなった後の早期発見を目的にという方もいれば、孤独や閉塞感を和らげるために利用されている方もいらっしゃいました」
コロナ禍が続き、外出する機会も激減している現在。「見守って」「繋がる」サービスは、より貴重なものになるだろう。現在、地方のNPOとの連携を進めており将来的な目標は、行政がこの見守りシステムの配信提供者となって、地域の方が誰でも手軽に安心して利用できるようになることだ。
また、千代田区社会福祉協議会地域協働課と一緒に、「LINEボランティア」というプロジェクトもスタートさせた。コロナ禍によって孤立しがちな高齢者などを対象に、地域ボランティアの方とLINEを使って「一定の距離を保ちながらも、つながりを作り維持しよう」というもの。エンリッチのつながりサービスを活用し、地域の居場所の情報配信と安否確認を同時に行うことで誰も取りこぼさない社会を目指している。
「エンリッチ」というNPO法人名の由来は「Enrich your life(人生を豊かに)。2つのサービスで孤立状態を解消し、より多くの人が豊かな人生を送れるように祈りたい。
※1・・・2021年5月時点のデータによる
取材協力・写真提供
NPO法人エンリッチ
塾講師を経てリクルートに入社。2003年よりフリーランス。焚き火、俳句、酒をこよなく愛す。編著に『酔って記憶をなくします』(新潮文庫)など。
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