【セミナーレポート】介護する人、される人、双方の尊厳を守る方法は?アドラー心理学に学ぶ、介護のストレス対処法

2021年6月に開催されたLIFULL介護(ライフルかいご)主催のオンラインイベント「アドラー心理学に学ぶ、介護のストレス対処法〜介護をする人/される人、お互いの尊厳を保つためにできること〜」。

LIFULL介護編集長の小菅秀樹がホストとなり、株式会社子育て支援代表取締役の熊野英一さんを迎えて行われた本イベントには、介護職の方やご家庭で介護をされている方などが多数参加されました。

第1部では、アドラー心理学を専門にファミリーカウンセリングを手がけている熊野さんに、介護をするうえで重要な「自分自身の尊厳」と「介護される人の尊厳」について講演していただきました。

第2部では小菅が加わり、参加者からの質問に答える形で、熊野さんがお悩み相談にお答えくださいました。

理想と現実のギャップがストレスの原因

第1部の熊野さんの講演では、介護をする人とされる人がお互いの尊厳を保つためにできることを教えていただきました。

ストレスとは

最初に熊野さんが説明したのは、ストレスの原因となる理想と現実のギャップ。理想を高く持ちすぎていないか、現実を低く見すぎていないかなどをセルフチェックすることが大切だといいます。過度な理想を持つことも自己を卑下することもストレスを生んでしまうのでNGです。

尊厳を辞書で調べると…

そもそも尊厳とはどういう意味でしょうか。広辞苑では「とうとく、おごそかで、おかしがたいこと」と定義されています。憲法や介護保険法にも謳われている大事な概念です。

お互いの尊厳を大切にする

私たちの尊厳とは

熊野さんが強調したのは、介護する人・される人・その周りの人の尊厳すべてを含めて考えるのが重要だということです。

株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

自分の尊厳をおろそかにしていたらストレスが溜まります。介護される側の尊厳も考える必要がありますし、家族や職場の人など、周りの人の尊厳も考えることが必要です。

家庭で、職場で、何が起きているのか?
株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

“悪い人”はいません。みんな一生懸命です。一生懸命に自分の仕事をしていたり、生きようとしていたり、自立に向かって頑張ろうとしていたりします。
ただ、お互いにそれぞれが自分の尊厳を持っていて、それを大切にしてほしい、分かってほしいと思っている。でも、うまく言えない。または聞き方がよくないことが多いです。

怒ったり怒鳴ったりするのは、自分が傷ついていることをアピールしているから。お互いに分かってほしいというせめぎ合いをしてしまっているケースが多いそう。

介護をする方・される方・その周りの人にとって大切な尊厳。基本を押さえた上で、第2部では質問とその答えを通して、さらに介護における尊厳について考えを深めていきます。

怒りを使って伝えたい感情を見つめる

第2部では参加者から寄せられた介護についての悩みに、熊野さんが答えます。

LIFULL介護(ライフルかいご)編集長 小菅
質問1

両親の介護をしています。やさしくしたいのですが、ついつい口げんかをしてしまい、自己嫌悪の繰り返しです。どうしたらもっとやさしくなれるのか悩んでいます。

株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

ついイラッとして声を荒げてしまう方。怒りを使ってしまう方。みなさん、本当はそうしたくないんです。本当はやさしくしたい。でも感情が先走ってしまう。気づいたら大きな声になって自己嫌悪に陥る。そういうお悩みはよくお聞きします。

“アンガーマネジメント”という言葉を聞いたことはありますか?アドラー心理学でもよく使います。私たちは無意識のうちに怒ってしまうことは絶対にありません。すごく冷静に、コンピューターのように一瞬にして喜怒哀楽を頭で選んで演出しているんです。

例えば、親とけんかをする。その時に電話がなります。電話をかけてきたのは会社の上司。その時に皆さんはどうなりますか?怒りの感情が無意識のうちに出てしまって、感情をコントロールできなくなって、上司に向かって「なんだよ、この野郎!」とは言わないですよね。
絶対に間違えないんです。実は感情のコントロールができているんです。怒りたくて怒ってるんです。

このからくりを分かっていただくことが第一歩です。自分自身の分かってほしい気持ちを、怒りを使わずに伝える練習をしてみてください。

日本アドラー心理学会正会員の熊野さん
株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

怒りを使って伝えたいことは大体決まっています。それを一次感情と言います。怒りは二番目に出てくる二次感情です。
怒っている人は困っている人です。一次感情を伝えることができなくて困っている。自分で何が言いたいのかも分かっていないのかもしれません。

実はパターンが決まっています。怒りに至る一次感情の代表例は(1)落胆(2)心配(3)不安(4)寂しい(5)悲しい。伝えたいのに分かってもらえなくて、声が大きくなります。

よく自分や相手の気持ちを観察してください。性格とも紐付いています。癖があるわけです。

そこまでたどり着けたら、怒らずに「すごく残念だよ」「心配だよ」と冷静に伝えることができるようになってきます。だんだんと怒りを使わずに、本当に分かってほしい気持ち、大切にしている気持ちを伝えられるようになればいいと思います。

「LIFULL介護」編集長 小菅秀樹
小菅

怒りを使わずに、その時の感情を冷静に伝えるということですね。

株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

「私は今、とても◯◯だと思っています。なぜならあなたがこういうふうにしたからです。今後はこういうふうにしてほしいんだけど、どうかな?」という話し合いをします。
常に未来に向かっていきましょう。お互いにとってハッピーな関わりを持つために「このやり方ではなくて、このやり方でいきませんか?」と提案をしていきます。

「LIFULL介護」編集長 小菅秀樹
小菅

対話を繰り返していくということですね。

共感と同意を区別する

質問2

高齢の父と2人暮らしです。父は要支援1ですが、持病があり体調が気になります。生活面で心配な行動に対して、私がアドバイスすることも多いです。しかし、父は頑固な性格で人の意見は聞かず、自分のやり方を貫きたいため、怒りで返されるか無視されます。年をとり、被害妄想が強くなり、会話が難しいと感じます。何かよい伝え方があれば知りたいです。

株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

相手に対して共感することの大切さについて考えていきましょう。
自分の尊厳も大事。相手の尊厳も大事。老いてだんだんできることが少なくなっていく人が、どういうことに苦しみを感じているかに対して、寄り添って考えてみましょう。

人生終盤のスピリチュアルペイン
株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

“スピリチュアルペイン”という言葉があります。老いて、死がだんだん近づいている人は3つの喪失感を常に持っています。
私たちはつい、自分の仕事で忙しい気持ちになりがちです。ぜひ落ち着いた状況で相手にのり移ってみて、相手がどんな喪失感を持って日々過ごしているのかを考えてみてください。

共感ファースト
株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

共感することと、相手の意見に同意することを一緒にしてしまっている人もいますが、絶対に分けてくださいね。相手の態度や言い方、主張に対して同意する・しないと、共感する・しないは全く別のことです。「同意できないかもしれないけど、まず先に共感してみよう」ということです。

「LIFULL介護」編集長 小菅秀樹
小菅

お父さんの反応を受け止めて、すぐにそのまま返すのではなくて、一旦立ち止まって俯瞰してみる。そういう視点が必要なんですね。

自分の尊厳を大切に

質問3

利用者さんの中に、わがままで介護スタッフを召使いのように思っている人がいます。こちらの話を聞かず、一方的な要求ばかりする利用者さんとの接し方や、心の持ちようを教えてほしいです。

株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

これも多くの方が「あるある!」と思われているのではないでしょうか。
相手の尊厳だけではなくて、私自身の尊厳も大事です。そこに優劣はありません。立場の上下があったとしても、人と人は対等な人間であるという軸はぶれないようにしてくださいね。

あの人は年上だからとか、お客さんだからといって自分がペコペコしていると、マウンティングされてしまう可能性が高くなってしまいます。
自分の尊厳を絶対におろそかにしないことを心に誓ってくださいね。ここでも話し合いがとても大事になります。

「LIFULL介護」編集長 小菅秀樹
小菅

介護施設の入居者さんの場合「本当は入りたくて入ったんじゃないんだ」という思いの方もいらっしゃると思うんです。そういう思いにも共感することが必要なのでしょうか?

株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

そうですね。「帰りたいのよ」と主張する方もいらっしゃるかもしれませんね。あるいは認知症が進んで、荷物をまとめて出ていこうとする方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。

それは困ったことなんだけれど、まずは「お家に帰りたいんだな。そうだよね」と共感する。だからといって、それを認めるわけではないんですが、まず共感した上で、ではどうするかという考え方をしましょう。

アンガーマネジメントで尊厳を守る

質問4

介護施設の夜勤などで、一対多数で介護をしているとストレスが溜まります。相手が認知症の方だと特にそうです。夜勤中、寝ないだけならいいのですが、突然「帰る」と言って他の入居者の部屋を開けてまわったり、出入り口に向かったりすると、イライラしてついきつくあたってしまいます。

株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

ついイラッとして、きつくあたってしまうという質問をくださった方の気持ちにまず共感します。それはそうなりますよね。

一対多数でみていて、認知症の方もいらっしゃる。他の人もいるので静かにしていてほしい期待がある中で、そうじゃない現状がある。このギャップにストレスを感じて、そのストレスを外に出すために声を荒げてしまったり、きつい言い方になってしまったりするのは本当に共感できますし、同意もできます。

だけど、です。だけどやはり、相手の尊厳や職業的な倫理を考えた時に、アンガーマネジメントしていかないといけませんね。

アンガーマネジメント:怒りの感情をコントロールする
株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

相談者さんは、どんな一次感情があってきつい言い方になっていると思いますか?

「LIFULL介護」編集長 小菅秀樹
小菅

自分の思い通りにいかない、苦しい、悲しいという思いが徐々に溜まっていって、決壊したみたいなイメージです。

株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
熊野

私と小菅さんは今、質問者に憑依して共感しています。皆さんもぜひやってみてください。どんなイメージがわいてきますか?

ゆっくり寝ている他の人たちのことを考えると「起こされて体調が悪くなったり、寝付けなくなったりしたらどうしよう」という心配。「そもそも一対多数で、こんなの無理だよ」というシフトに対する憤りがあって「だからこうなるんじゃん」という残念な気持ち。全部に共感できますよね。

だからといって、利用者さんに怒鳴りちらすことには同意できません。「私はとても疲れています」とか「他の人が起きちゃうことが心配だよ」と誰かに伝える。または「私はここが心配なんだな。怒ったところで何も変わらないんだな」と自分で自分をケアすることも大事です。

自分に共感してあげましょう。相手を助けたいというやさしさで介護の仕事を選んでいる人たちは、つい自分のことを後回しにする癖を持っています。それを美徳だと思っている人もいます。
でも、それは自分の尊厳をおろそかにしているということです。それでは長続きしないので、もっと自分を大切にしてみてくださいね。

登壇者
株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏
株式会社子育て支援 代表取締役 熊野英一氏 株式会社子育て支援/ボン・ヴォヤージュ有栖川代表。1972年フランス・パリ生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。メルセデス・ベンツ日本にて人事部門に勤務後、米国インディアナ大学にMBA留学。その後、製薬企業イーライリリー米国本社および日本法人を経て、保育サービスを手がける株式会社コティに統括部長として入社。2007年、株式会社子育て支援を創業し、保育サービスを展開するかたわら、アドラー心理学の実践に基づくファミリーカウンセリングを行う。主な著書に『育自の教科書』『家族の教科書』(共にアルテ刊)、『アドラー式 老いた親とのつきあい方』(海竜社)などがある。
「LIFULL介護」編集長 小菅秀樹
「LIFULL介護」編集長 小菅秀樹 神奈川県横浜市生まれ。老人ホーム・介護施設紹介業で主任相談員として1500件以上の施設入居相談に対応。入居相談コンタクトセンターの立ち上げ、マネジャーを経て、現在は日本最大級の老人ホーム・介護施設検索サイト「LIFUL介護」の編集長。「メディアの力で高齢期の常識を変える」をモットーに、介護系コンテンツの企画・制作、寄稿、セミナー登壇などを行う。
ヤムラコウジ
ヤムラコウジ 編集者・ライター

編集プロダクション代表。早稲田大学を卒業後、PR会社やメディアを経て独立。介護関連の取材・執筆を始めて6年経ちました。イベントやインタビュー記事、現場取材など、人の声を伝えるのが得意。読者のプラスになる記事を書くことを大切にしています。

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