まず、ストレスの原因となるのは、理想と現実の差です。この差が許容範囲内であれば、あまりストレスを感じずに済みます。しかし、理想が高すぎる、現実を低く見積もっている、もしくはその両方を行っている場合は大きなストレスが溜まってしまいます。
ストレスを感じたら、まずは現状を振り返ってみてください。
2021年3月、介護従事者の皆さんを集めて開催されたLIFULL介護(ライフルかいご)主催オンラインイベント「介護に携わる人たちのためのストレスに対処するアドラー心理学 ~介護現場の困りごと相談会~」。
LIFULL介護編集長の小菅がホストとなり、日本アドラー心理学会 正会員の熊野 英一さんを迎えて行われた本イベント。アドラー心理学の見地から職場の人間関係、入居者・ご家族とのコミュニケーションについて講演していただきました。
その中から、介護だけでなく人間関係全般のストレスに有効な情報を抜粋してご紹介します。
まず、ストレスの原因となるのは、理想と現実の差です。この差が許容範囲内であれば、あまりストレスを感じずに済みます。しかし、理想が高すぎる、現実を低く見積もっている、もしくはその両方を行っている場合は大きなストレスが溜まってしまいます。
ストレスを感じたら、まずは現状を振り返ってみてください。
非常に思い当たるところが多いです(笑)。
そうですよね。こう話している私でもやってしまうものです。まずは、誰しもがやってしまうことだと自分の癖を受け入れつつ、少しセルフツッコミをする。この差を適度な距離感にすることに挑戦してほしいと思います。
アドラー心理学は、2020年に生誕150周年を迎えたアルフレッド・アドラーが作った心理学の体系です。
人間関係の問題は「わかってほしい!」のせめぎあいです。そのため、アドラー心理学におけるコミュニケーションは「言う」「聴く」の改善をするだけと、非常にシンプル。誰に対しても使えます。
重要なのは、誰に対しても同じ態度で首尾一貫して相手をリスペクトし、丁寧に接していくこと。これがアドラー心理学の提唱する対人関係の築き方です。気をつけたいのはテクニックに走らず、自分の生き方・人としてのあり方を見直してみること。doではなくbeを変えるというやり方ですね。
職場、家庭、さまざまな場所で使える普遍的なものなのですね。
はい。そこが一番の特徴です。ではここで、アドラー心理学における大事な考え方を4つご紹介します。
特に注意したいのが、4.共感です。「同意できないので共感もできない」という方が非常に多いですが、同意と共感は別です。つまり「同意はできないけれど、あなたの立場でそう言いたいのはわかる」と切り分けて伝えなければなりません。
振り返ってみると、私もうまく切り分けられていないような気がします。
結構苦手な方が多いですね。私が2020年に出版した「老いた親とのつきあい方」(海竜社)の中で書いた、ふたつの見直し方のポイントをご紹介します。
ひとつは心持ち、マインドセットの部分。人格や心の癖を見直した方がいいかもしれません。そしてもうひとつがコミュニケーション・スキル。態度とスキル両方をセットで見直していくことが重要です。
具体的には、方程式のようなものを使って課題を分離することから始めます。イライラ・モヤモヤ・心配などが出てきたら、方程式に当てはめてちゃちゃっと処理すると、ストレスが溜まりにくくなります。
まずは、ひとつめの心持ち、マインドセットの部分です。自分の考え方、感情の沸き起こり方、行動の癖を知っていきましょう。性格は変えられないと思っている方も多いですが、アドラー心理学では教育を受けたり、直していこうと努力したりすることで変えられると定義しています。
これが正解だと押し付けるつもりはありませんが、こういう考え方もあることをお伝えしたいと思います。みなさんが選んでください。
自分の考え方の癖や行動などはその人のキャラクターなので、すべてを変える必要はありません。自分が好きで選んだキャラクターなので、受け入れましょう。ただ、ちょっとした使い方の改善はできるはずです。
例えば、甘えん坊で「言わなくても顔でアピールするから気づいてほしい」という考えを持った人がいるとします。しかし、大人なのだからきちんと言葉で伝えるようにすればいいのです。「気づかない相手が悪いと言わない」という改善をします。
また、完璧主義の場合。自分が思ったようにならないと腹が立って「何回言ったらわかるの?」と責めるほど相手との関係が悪くなり、人が離れていく……。そんなときは「押し付けるのをやめてみたら?」とセルフツッコミする。こんな風に少しずつ変えていきます。
なるほど。すべてを変える必要はなく、セルフツッコミで少し変えるだけでいいわけですね。少しの変化でも、相手が受ける印象は大きく変わりそうですね。
そうです。さらに、癖の原因となる自分のライフスタイル(性格)の要素も知っておきましょう。
私ってこういう人という思い込み。思い込んで演じて、板についた状態です。「長女・長男という立場だったから」あるいは「親に怒られた経験でそう思うようになった」などがあります。立場や経験によってプレイをしているイメージです。
世の中がこう見えているという視界の話です。コロナをビジネスチャンスと思う人もいれば、呼吸するのも怖いという人もいます。事実はひとつでも、真実は人の数だけありますよね。「人によって見方は違うよね」と捉えるか「きっと私と同じ」という前提に立って話すのかによって、ストレスのかかり方が大きく変わってきます。
最初に申し上げた通り、理想が高すぎたり現実を低く見積もっていたりすると、差が生まれてストレスになります。適切な理想と適切な自己認識を持ってちょっとチャレンジすると、性格も変えられよりハッピーに過ごせます。
次に、ふたつめのコミュニケーション・スキルの部分です。ここでは課題の分離をしていきましょう。皆さんのイライラ・もやもや・心配などは、サンドイッチ構造になっています。外側のパンの部分が「私は」という主語と「イライラする」という述語。困っているのもイライラしているのも主語は私なので、これは自分の課題となります。
真ん中の具は「同僚に協調性がない」「上司が頼りない」などの悩みです。例えば協調性がなくて成績が悪くなるのは同僚、頼りなくて役職を降ろされるのは上司であり、主語が他者なので他者の課題と切り分けます。
このように課題を放置せず、切り分けることにチャレンジしてほしいですね。切り分けないとふたつのストレスが起きてしまいます。
ひとつは介護の世界でもよく起きる、他者の課題を自分の課題と思いこむ現象です。これはおせっかい・過保護・過干渉につながり、相手の甘えを助長する可能性があります。
例えば、上司が頼りないから自分で全部やったものの、疲れ果てて「私はこんなに頑張っているのに」と感情が爆発。相手から距離を置かれるなどの事態が起き得るわけです。
もうひとつは先ほどと逆で、自分の課題を他者の課題と思いこむ現象です。これは他責・言い訳を生み、いつも心配もしくはイライラしている状態になります。そして、結局課題はいつまでも解決しない状況を生んでしまうのです。
このふたつに当てはまることがないか、振り返ってみてください。
複雑化して、課題がまぜこぜになっていることも多そうです。
そうですね。もしかしたら両方やっている方も多いかもしれません。もし今後問題が起きたら、今からご紹介する4つの箱のどこかに入れてほしいと思います。
他者の課題だと思ったら、1.信じて見守る。助けてあげたいなら、共同の課題として2.ドアをノックして「私助けられますよ」と声掛けしましょう。決して土足で他人の領域に入ってはいけません。あくまで選択権は相手にあるので、拒否されてたとえ失敗したとしても見守る姿勢が大切です。
「イライラしているのは?心配しているのは?」の主語がすべて自分だったら、自分の課題なので3.主体的に動きましょう。期待を下げる、心配事を調整するなど自分の性格を見直していきます。
それでも相手に変わってもらわないと難しい場合は、共同の課題として4.解決のための協力を依頼しましょう。「私の心配・イライラ解決にあなたの変化も必要だから、協力してくれませんか?」などと言い方に配慮しつつ、遠慮せずに建設的な主張をしてみてください。
悩みを解決するには「ライフスタイルを見直すこと」「課題の分離をして、悩みを放っておかずにどこかに入れ込むこと」のふたつが重要です。
今回のオンラインセミナーでは、参加した皆様から具体的な介護の現場での困りごとが寄せられ、熊野さんが答えました。その一部を抜粋してお届けします。
先輩と仕事に対する考えが違ってストレスが溜まります。どうしたらいいでしょうか?
そうですね。ストレスは理想と現実のギャップとお伝えしました。小さければ成長になるけれど、大きな違いはストレスになる。入居者さんに対する考えが違うということなので、ふたつの対処法をご紹介します。
ひとつは共感した上で自分の意見を聞いてもらうようにする対処法。もうひとつは怒りの気持ちが出たときに、怒りの構造・カラクリを知っておくことです。
なるほど。理屈ではわかっていてもそのとき冷静になるのは難しい、ということもあると思うのですが、その場合はどうすればいいでしょうか?
まず怒りのカラクリを知って練習することで、怒りをぶつける回数は減っていきます。人間だから、怒りが出てしまうのは仕方ない。でも減らしていくための努力が大切です。
皆さんご存じないかもしれませんが、怒りは「二次感情」なんです。カッとなってしまうという人も多いですが、人間は冷静に怒るときとそうでないときを判断しています。いくら同僚とケンカしていても、入居者の家族に対して呼びかけられて「なんだよ」と言う人はいませんよね。
確かに絶対ならないですね(笑)。
そうですよね。人間には、瞬間的に怒りとニコニコモードを切り替える冷静さがあるんです。分からず屋と思っている人に対しては、怒って伝えたほうが相手に聞いてもらえると思って、怒ってアピールしているんです。
冒頭でお伝えしたように、コミュニケーションは「わかってほしい」のせめぎあいです。相手の「わかってほしい」を受け止め、自分の「わかってほしい」気持ちを伝えることをおすすめします。
具体的には丁寧な口調で「Aさんはこう考えていると思うんですけど、私には違う考えがあって、そこにストレスを感じているんですよね。でもAさんも私も、入居者さんに満足してもらいたいという気持ちは一緒じゃないですか。やり方の違いかなと思うんですけど、ちょっと話し合いませんか?」という感じでアプローチすると、冷静に話せると思います。
ありがとうございます!これは練習が必要ですね。懐に入っていくようにしたらいいですかね。
そうですね。皆さんに一つお伝えしたいのは、「怒っている人は困っている人」ということです。相手は「わかってほしい」という気持ちが解消されないから怒っている。だから、「怒らないでいいから教えて」という態度で接するのがいいですね。そうすると相手は高圧的な態度を示さなくても、話を聞いてくれる人が表れた!と思って落ち着いて話してくれます。
なるほど、そうすればいいんですね。良いコミュニケーションが取れるイメージが湧きました、ありがとうございます。では次の質問にいきましょう。
認知症を抱える入居者さんだとわかっていても、接することにストレスを感じるがどうしたらいいでしょうか?
人生の先輩ではありますが、認知症が進行すると赤ちゃんのようにできることもできなくなり、自分が面倒を見る立場になりますよね。言っても全然聞いてくれません。子育ても構造としては同じです。
理想を押し付けても期待に応えてくれない。介護従事者の方や子育て中の方はこういうジレンマに挟まれがちです。これは、生産性で人を評価することを手放す方法があります。やったことに対するパフォーマンスを健全に諦めるということですね。
頭ではわかっていてもイライラしてしまうと思うのですが、どうしたら良いでしょうか。
私は介護の専門家ではないですが、認知症の症状には中核症状と周辺症状がありますよね。中核はアンコントローラブル、対して周辺はコミュニケーションである程度抑えられるコントローラブルな部分。自分がイライラしていると、周辺症状が増幅する・ストレスがより溜まるという悪循環が始まってしまいます。なので、ストレスが溜まるけれども相手の立場に立って共感していくことが重要です。
人事を尽くして天命を待つという風に結果を手放すしかないですね。
そうですよね。難しいですが、悪循環が始まってしまうとお互いに不幸なので、その手前で食い止めるためにもぜひ練習していきたいですね。では最後の質問です。
イライラしていることに対して、何が課題なのかを考える、いわゆる“課題の分離”をしてベストを尽くしても、相手との関係性がうまくいかない場合はどうしたら良いでしょうか?
課題の分離をしてベストを尽くしても、結果は保証されていないので相手が変わらないことはあります。その場合は建設的に諦める。受け入れるか離れるか、どちらの決断でもいいと思います。相手を変えることはできない。唯一できるのは自分が変わることです。だから相手に対する対処法を変える、という決断をしましょう。
それによって相手が変わるということはよくあります。しかし、押し付けで変わることはないです。皆さんも嫌ですよね。本人が変える必要性を感じない限りは変わらない。
「100年後くらいには変わるかもね」くらいのスタンスで結果を諦めればそこまでストレスはかからないので、許容範囲のストレスになります。
自分が接し方を変えていくというのはやったほうがいいんですかね?
それも選べます。ケンカ腰でいくこともできるし、同意しないけど共感はするという対処にすることもできます。共感するときは、相手が怒ってきたら「何か困ってる?」と接することで怒りをおさめるという風な対処もできます。
難しいので練習が必要そうですね。
そうですね。結局は実践です。やることは簡単なんですけど、いろんなボールを打ち返す練習をしないとできない。野球のトップバッターでも4割いかないですよね。だから僕らも7、8割うまくいかないのも当たり前です。私たちの武器はコミュニケーションなので、その素振りはやっていかないとハッピーにはなれないですね。
非常に具体的な対処法を教えてくださって、ありがとうございます。コミュニケーションの重要性を本当に実感しました。私も実践していきたいと思います。
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