自分たちの老後資金が足りるかを判断するには、老後の世帯の総収入と総支出を比べ、過不足の金額を把握する「収支表」を作成するのが比較的簡単です。老後資金の相談をご依頼いただき、収支表を作成した結果、老後の収支はマイナスになることが少なくありません。
しかし、生活費を少し抑えればそうしたマイナスは解消されることがほとんど。その場合、私は相談者に「節約しましょう」とは言わず、「支出の配分を見直しましょう」と言っています。
なお、老後の収支表の作成方法は、下記の記事で解説しています。
生活費を把握するメリットと家計簿なしでできる簡単把握術
「節約」とは、無駄遣いを極力なくすように努めることをいうのが一般的な定義だと思われますが、何が無駄遣いかを決めるのは実は難しいと感じています。
多くの相談者の話を聞いてきて興味深いのは、生活費が少ない人は「まだ無駄遣いがある」と言う人が多く、生活費が多い人は「無駄遣いしていない」と言う人の比率が高いことです。そもそも生活費を把握し管理していなければ、無駄遣いと認識することもないということなのでしょう。
また、こだわりがあり金額がかさんでいる支出があるケースでは、常識的にそれに費用をかけるメリットは乏しいように思えても、その相談者にとっては譲れない支出ということもあります。
相談者に「月の生活費を減らす必要がありますが、何を減らせますか」と尋ねると、一番多いのが食費という回答です。節約するなら、まずは食費と考える人が多いようですが、食費の削減は実行に結びつき難く、できても効果が少額にとどまることも多いと感じています。
例えば購入している食材の単価が高いのであれば、購入する店舗を変えるのが効果的です。購入している量が多かったり食材の廃棄が多く発生してしまったりということであれば、献立をあらかじめ決め、購入するものと量を計画しておくというのが常識的な改善策でしょう。
つまり、日々の暮らし方を変える、あるいは計画することが必要になります。どの程度実行できるかは個人差が大きく、削減効果を得るには継続し続けることも必要です。
単純に節約するために食費の削減に取り組んでも、人によっては大きなストレスを感じるかもしれませんし、生活全体の満足度に食事が占める割合が大きいという人は満足度が大きく低下してしまう可能性も否めません。
もちろん、食費が多くても、例えばその主な原因が外食回数の多さで、外食回数の上限を決めることで比較的容易に削減ができるといったケースもあります。大切なのは、現在の支出の費目ごとの使い方を把握し、それに応じた改善を図ることだと感じています。
なんとなく削減できそうな費目や生活費全体を切り詰める「節約」ではなく、支出の配分を適切に見直せば、生活の満足度を下げずに支出を減らすことは可能だと、日々の相談で私は実感しています。
支出の配分を最適化するには、まず費目ごとの金額を正確に把握する必要があります。
そのうえで私が実際の相談でまず行っているのは、費目ごとの平均値に対するパーセンテージと、その費目で購入している物やサービスにどの程度満足しているかを相談者に10段階評価してもらった満足度、この2つを明らかにすることです。下に例を示します。
次にこの2つの要素で2軸マトリックス(縦軸に満足度、横軸に対平均値)を作成することにより、費目を4つのグループに分類します。上の例のマトリックスが、以下の図です。
それぞれのグループは次のような位置づけになります。
①「問題」:お金をかけていて満足度が低いのは何か理由があり、最優先の改善費目
➁「機会」:許容できる範囲で満足度を落とし、金額を減らせる余地がある費目
③「検討」:支出増により満足が上がるならば、生活費総額を踏まえ検討する費目
④「優良」:家計の貯蓄を生み出している費目。ノウハウを収入源にできる可能性も
最も改善の優先順位が高いのは①で、それを➁か③、最終的には④に改善することを目指すのが基本的な考え方ですが、改善すべき費目を明確にすることが重要で、すべての費目を④にしようとする必要はありません。
例えば➁に生活全体の満足度への影響が大きい費目があり、使う金額が満足度に直結するのであれば、その費目はそのままにして他の①や➁に分類された費目の改善で生活費全体の目標金額に収めることができないかを考えるようにしています。
また、このマトリックスでは費目を示す円の大きさとその費目で使っている金額の多さを比例させています。同じグループに分類された費目の中では、金額が多い費目は改善優先順位が高いと考えます。金額が多いほうが当然、改善効果も大きくなる可能性が高いからです。
上の図の例で考えると、①に分類された教養娯楽費、通信費、保険料はお金を使っていながら満足度が低い理由を確認し、最優先で金額削減と満足度の向上を図ります。➁で対平均値の高さが目立つ被服費は、こだわりがあるなどで生活全体の満足度への影響が大きいのであれば、そのままにするのも選択肢です。
③では金額が多い住宅費の満足度が低いことが目立つため、支出が増える見直しも排除せず満足度を上げる方法を検討します。
このように、金額と満足度の 2 つの観点から改善すべき費目を明確にすることで、支出の配分をより適切にし、生活費全体の抑制と満足度の維持向上の両立を目指します。なお、この分析方法は私が考案したもので、「家計ポートフォリオ分析」と呼んでいます。
「収支表」を作成して老後資金が足りないという結果になったとしても、生活費を少し抑えればマイナスは解消されることが多いのですが、なんとなく節約をしても続けるのが難しく、生活の満足度を下げてしまう可能性もあります。
大切なのは、現在の支出の費目ごとの使い方を把握し、それに応じた改善を図ること。ただ支出を削るのではなく、使うお金の配分を見直すことにより、金額を抑えながら生活全体の満足度がむしろ向上した相談者も少なくありません。
具体的な支出の見直しには項目別の支出額の把握が必要ですが、長期間続ける必要はなく、3ヶ月間続けることができれば見直しのための傾向は把握できます。家計ポートフォリオ分析の考え方を活用し、自分に合った支出の見直しにぜひ取り組んでいただければと思います。
なお、支出額の把握方法は、下記の記事で解説しています。
生活費を把握するメリットと家計簿なしでできる簡単把握術
2007年に横浜FP事務所を開業。個人相談に特化したFPとして、老後資金、ライフプラン、生命・火災保険、住宅ローンを中心に累計3,500件超の個人相談を実施している。豊富な相談経験を活かし、執筆やセミナー講師も多数。 2011年より一般社団法人全国ファイナンシャルプランナー相談協会の代表理事に就任、公正なFP相談の普及に奮闘。神奈川県立産業技術短期大学校で非常勤講師も務めている。
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