「年金の運用成績に一喜一憂しない」〜積立金と財政検証に関する誤解を解く〜

今回は、年金をめぐる報道の中でネガティブに取り上げられることが多い、年金の積立金と財政検証について解説したいと思います。

積立金の運用は、年金積立金管理運用独立行政法人という組織で行われており、その名称が長く、難しいので英語名(Government Pension Investment Fund)の略称で「GPIF」と呼ばれることも多く、皆さんもメディアの報道で目にすることがあるのではないでしょうか。

GPIFに関するメディアの報道は、4半期ごとに公表されている積立金の運用成績だけを取り上げることが多く、特に、コロナショックで金融市場が混乱した2019年1月~3月期のように、大きな損失が出た時には大きく報道され、それに対してSNSなどでの反応は、以下のようなネガティブな反応が散見されました。

A:「払った保険料がムダになった!」B:「年金が減額されてしまう!」C:「年金で株式市場を買い支えている!」

しかし、これらはすべて誤解です。以下で、その理由を説明していきましょう。「見通しが甘い」などと批判的に報道されることが多い財政検証についても解説し、正しい理解のお役に立てればと思います。

積立金は年金給付にほとんど使われていない

以下のグラフは、年金給付の財源の内訳について、その将来見通しを表したものです。年金給付の財源は、保険料、国庫負担(税金)、そして積立金からの運用収益という3つで構成されています。グラフから分かるとおり、財源の大半は保険料で賄われていて、残りの部分を国庫負担と積立金で賄っています。

グラフが示しているように現時点では、積立金は年金給付の財源としては、ほとんど使われていません。これから団塊の世代とそのジュニア世代が共に受給者となる2030年代後半から積立金への依存度が増加してきますが、それでも長期でならすと、財源に対する割合は1割程度です。

年金財源の内訳(経済前提ケース Ⅲ)

次に、積立金の運用成績を見てみましょう。下のグラフは、2001年度からの累積収益を表したものです。市場の動向によって上げ下げはありますが、累積収益は107.6兆円にも及んでいます。

またそのうち、債券の利子や株式の配当といったインカム収入が42.8兆円となっていて、これは市場の動向に左右されずに着実に収益を上げています。

年金積立金の累積収益

インカム収入は、現在年間で3兆円程の収益となっていて、この先、50年程度はインカム収入のみで、給付の財源を賄える見込みです。つまり、市場動向によって株式や債券の価格が変動しても、当面は財源に対する影響はほとんどないということになります。

したがって、当面は積立金の元本を取り崩す必要はありませんが、それでも積立金の資産を売ったり、買ったりする必要があります。ただし、それは、株式を買い支えたり、逆に高値で売り抜けたりするような目的ではなく、リバランスと呼ばれる目的のためです。

積立金の運用は、国内外の株式と債券に等しく配分して運用することが定められています。そうすると、下の図の一番左のように、積立金を4等分して運用することになります。

しかし、株価が下落すると、基本的には株式の価格は債券の価格より大きく下落し、債券の価格は場合によっては株式と反対に上がることもあるので、下の図まん中のように、株式の比率が低下してしまいます。

そこで、債券を売って、株式を買うことによって、資産の比率を元に戻す必要があるのです。これを、資産運用の用語では、「リバランス」といいます。

上図のようなリバランスのケースでは、株価が下落した時に、株式を買うことになるので、「株価が下がらないように買い支えている」という風に揶揄されることがありますが、そのような目的ではないということを理解する必要があります。

それでは、上のケースとは逆に、株価が上昇する場合はどうなるでしょう。それを表したのが下の図です。

株価が上昇すると、株式の価格は債券の価格より大きく上昇し、債券の価格は場合によっては下落することもあります。そうすると、株式の比率が高まるので、株式を売って、債券を買うことによって、資産の比率を予め定められた4等分に「リバランス」します。

このように、GPIFが積立金の株式を売却すると、これまた「高値で売り抜けた」という風に揶揄されることがありますが、これも見当違いな見方であることわかるでしょう。

ところで、株価の上下に従って上のようにリバランスを繰り返すことは、何を意味しているのでしょうか?

株価が下落すると株式を買い、株価が上昇すると株式を売るというリバランスをすることによって、いわば「安値で買って高値で売る」ことが、ある程度オートマチックに実現できるのです。リバランスは、年金積立金を効率的に運用できる仕組みであり、皆さんも投資信託を利用して真似ができる方法でもあります。

ただし、個人の場合は、リバランスのために株式や債券(の投資信託)を売却すると、税金が源泉徴収されてしまい、運用の効率が逆に悪くなってしまいます。

そこで、もしリバランスによる運用をするならば、あらかじめGPIFのように4資産に均等に配分して運用する「バランス型の投資信託」を利用したり、リバランスのために売却しても税金がかからない個人型・企業型の確定拠出年金の制度を活用するといいかもしれません。

さて、冒頭に出ていた、積立金に対する誤解を解いてまとめると、以下のようになります。

A:あなたが今払っている保険料は、賦課方式で年金給付に使われています。積立金は過去に給付に回らず、余った保険料を積み立てたものです。

B:積立金は、長期では年金の給付財源の1割程度でしかなく、当面は安定したインカム収入が給付財源の中心なので、短期的な市場の動向による収益の上下に年金給付は影響をうけません。

C::積立金の運用は、あらかじめ定められた資産配分比率に基づいて行われていて、売買するのは配分比率を維持する「リバランス」のためであり、「株価を買い支える」ためではありません。

「公的年金は100年安心じゃなかったの?」という批判の問題点

公的年金の財政については、将来にわたる見通しを検証する「財政検証」が5年に一度実施されています。最近では、2019年に実施されましたが、この「財政検証」についても誤解が多いため、ここで解説したいと思います。

皆さんは、「公的年金は100年安心」というキャッチフレーズを耳にしたことはあるでしょうか。あるいは、「100年安心のはずの公的年金が...」というように、公的年金制度を批判する時の枕詞のように使われていることを目にしたことがあるかもしれません。

この「100年安心」というキャッチフレーズは、2004年の制度改正時に、与党の政治家が新しい年金制度について、このように発言したことがきっかけで使われるようになりましたが、制度を作った国および厚生労働省は、「100年安心」などと一度も言ったことはありません。

「100年安心」というのは、財政検証において、100年先の将来までの財政見通しを作成することになっていることから政治家が思いついたリップサービスのようなもので、現実的に、これから100年先の世の中を予測して、年金制度を作るということは不可能であることは容易に想像がつくでしょう。

例えば今から100年前は、まだ大正時代で第1次世界大戦が終わって間もないころです。その時、100年後に今のような世の中になることが予測できたでしょうか?

政治家が口を滑らして言った「100年安心」を、いまだに年金制度を批判する枕詞に使う政治家や学者がいますが、これは年金制度の根本を知らない者を見極める、リトマス試験紙のようなものだと言えるでしょう。

財政検証の経済前提を見る際に気をつけたい3つのポイント

財政検証では、将来の人口動態、就業率、賃金上昇率、物価上昇率、積立金の運用利回りなど、様々な要因について前提を置いて、年金財政の将来見通しを作成します。2019年の財政検証では、6つの経済前提が置かれましたが、賃金、物価、運用利回りについての前提をまとめたものが下の表です。

物価上昇率

賃金上昇率(対物価)

運用利回り(対賃金)

ケース Ⅰ

2.0%

1.60%

1.40%

ケース II

1.60%

1.40%

1.50%

ケース Ⅲ

1.20%

1.10%

1.70%

ケース Ⅳ

1.10%

1.00%

1.10%

ケース Ⅴ

0.80%

0.80%

1.20%

ケース Ⅵ

0.50%

0.40%

0.40%

この経済前提を見る時に注意すべきことが3つあります。

1つ目は、6つの経済前提は、良いものから悪いものまで幅をもって定められていますが、どれがメインシナリオであるとか、6つの経済前提それぞれの発生確率がいくらになるとか、予測をするものではないということです。100年先を予想することは無理であることは、先に述べたとおりです。

2つ目は、経済前提が甘すぎるという批判は的外れであるということです。長期に渡ってデフレが続いた日本では、ケースⅤやケースⅥが妥当で、あるいはもっと賃金や物価が伸びないケースも想定する必要があるという批判をする人がいます。

しかし、過去20年余りデフレが続いたからと言って、これから100年先も同じとは限りません。繰り返しになりますが、そのように遠い将来を予想することが不可能です。

さらに、どのような経済状態でも給付水準を維持できるような年金制度を構築することも不可能です。実質賃金が伸びない状態が続き、現役世代の生活が苦しくなっているのに、年金制度だけが無事であることはあり得ません。

年金制度は、世の中の社会経済情勢と密接に関連しているもので、逆に言えば、しっかりと経済成長し、現役世代の実質賃金が上昇することが、年金の給付水準を維持するために必要であるということです。

そして、経済前提における注意点の3つ目は、積立金の運用利回りを名目で論じることは無意味であるということです。上の経済前提の表では、積立金の運用利回りを賃金上昇率に対する実質利回りとして示されています。

運用利回りをこのように定義していることには理由があります。下の図は、下記の記事でもお見せしましたが、年金制度の財源(左側)と給付(右側)のつり合いを表しています。

関連サイト

公的年金制度の仕組み ~自分らしく生きるために、正しく理解する公的年金保険 第2回~

業界最大級の老人ホーム検索サイト | LIFULL介護

財源である保険料収入(①)は、賃金に保険料率(18.3%)を乗じたものなので、賃金の変動に連動します。また国庫負担(③)は、基礎年金給付の2分の1を賄うことになっていて、給付の変動に連動します。

そして、年金給付(④)は、賃金・物価の変動に合わせて毎年改定されるので、概ね賃金の変動に連動すると言えます。

そうすると、①、③、④ は賃金に連動するので、つり合いを保つには、積立金(②)も賃金と連動して増える必要があり、年金財政に対する積立金の貢献度は、その利回りが賃金上昇率をいくら上回ることができたかという尺度で評価する必要があります。

GPIFは経済前提の中で一番高い、賃金上昇率を1.7%上回るケース(ケース Ⅲ)を長期的な運用目標として定めていて、2001年度から2020年度の20年間の平均では、賃金上昇率を3.78%上回る運用成績を残しています。つまり、財政検証の経済前提で定められている水準を十分に上回っているのです。

それにも関わらず、年金制度に批判的な人たちは、経済前提で示された運用利回りを、下のように名目利回りに変換して、積立金の名目利回りの実績3.61%(2001年度~2020年度の平均)と比較し、ケースⅠ~Ⅲは運用利回りを過大に設定していると批判するのです。

さらに、これを「粉飾決算のようなもの」と、まったく的外れな学者もいるので、皆さんには、このような言説に惑わされて年金不信にならないようにして欲しいと思います。

【経済前提の運用利回りを名目にすると.....】

  • ケース Ⅰ:5.0%
  • ケース Ⅱ:4.5%
  • ケース Ⅲ:4.0%
  • ケース Ⅳ:3.2%
  • ケース Ⅴ:2.8%
  • ケース Ⅵ:1.3%

以上、財政検証を見る時に気をつける点を3つ説明しました。

5年毎に実施される財政検証は、年金財政の将来の予測をするものではなく、社会経済情勢の変化に合わせて必要となる制度改革を実施し、公的年金制度を持続可能としていくための PDCAサイクルの一部であることを理解してください。

積立金と財政検証について正しい理解を

今回は、積立金と財政検証について、よく誤解されている事柄について解説しました。そのポイントをまとめると、以下の通りとなります。

  • 年金積立金は、過去に給付に回らなかった保険料を積み立てたもの。今は、ほとんどを保険料と国庫負担(税金)で給付をまかなっていて、将来、団塊の世代とそのジュニアが共に受給者になる時に、積立金からの運用収益を財源として活用する予定。
  • 積立金の財源に対する割合は、長期でならして1割程度。当面は、安定したインカム収入でまかなうことができるので、短期的な市場変動による運用損失は、年金給付に影響を与えない。
  • 積立金の資産は、国内外の株式と債券に4等分して運用する方針が定められていて、市場変動によって配分比率に乖離が生じた場合には、リバランスするために株式や債券の売買を行う。
  • 年金制度を100年後の世の中を予測して構築することは不可能である。したがって、「100年安心」な年金制度などあり得ないし、国や厚労省も現制度が「100年安心」と言ったことはない。「100年安心」を枕詞にして年金制度を批判するメディア、学者、政治家の言うことは信用しなくてよい。
  • 財政検証は、将来の給付水準の予測をすることが目的ではなく、良いものから悪いものまで幅をもって定められた経済前提によって得られる年金財政の将来像から制度改革の方向性を検討することが目的である。
  • 年金制度はその時々の社会経済情勢を映す鏡のようなものであって、現役世代を取り巻く経済状況が悪くなれば、年金制度もその影響をまぬがれることはできない。年金の給付水準を上げていくには、一定の経済成長と現役世代の賃金の上昇が必要不可欠である。
  • 積立金の運用は、賃金上昇率に対する実質利回りで評価するものであって、名目利回りで見て、前提が高すぎると批判することは的外れである。
高橋 義憲
高橋 義憲 ファイナンシャルプランナー

金融機関で25年間、主に内部管理業務に従事した後、ファイナンシャル・プランナー(FP)として独立。現在は、FPとしての活動と併せて、年金事務所での相談業務に従事。

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