相談者の老後資金の過不足を判断するために、キャッシュフロー表や収支表などのシミュレーションを行った結果、老後資金が不足する結果になることは少なくありません。生活費の削減は生涯の収支を大きく改善する効果がありますが、高齢になってから始めるほど生涯の収支改善効果は小さくなります。
また、無理な節約は生活の満足度を大きく下げてしまうこともあります。大切なのは、現在の支出の費目(例:食費、教育費、住宅費)ごとの使い方を把握し、満足度を下げないように使うお金の配分を少しでも早く見直すことです。
この記事では、世帯主50歳の家族が、お金の配分を見直して暮らし方を変えることにより、老後資金の不足を解消し、生活の満足度も上がった事例をご紹介します(※事例として挙げたご家族のプロフィールや支出見直しの内容は事実に基づくものですが、個人の特定を防ぐため、一部を変更しています)。
※ 妻95歳時の貯蓄残高予想は業務用ライフプランソフトにより算出。物価上昇率などの影響で、改善効果は単純に年間改善金額×経過年数で算出した総改善金額とは異なります。
Aさん家族は世帯年収1050万円と現時点では収入が多いのですが、Bさんがフルタイムで働きだしたのは最近で、それまでは貯蓄がほとんどない状態でした。支出見直し前のシミュレーションでは、老後資金が不足するのに加え、子どもの大学進学時にも手元のお金が不足する状況でした。
Aさん家族には、まず3カ月間、支出を漏れなく記録に残し費目ごとに金額を正確に集計してもらいました。次に相談では、費目ごと金額の平均値に対する比率を計算し、その費目で購入している物やサービスにどの程度満足しているかをAさんに10段階評価してもらいました。その結果を下に示します。
次にこの2つの要素で2軸マトリックスを作成することにより、費目を4つのグループに分類しました。上の表のマトリックスが、以下の図です。
Aさん家族の場合、平均より金額が多く満足度が高い費目である「機会」のグループに分類される費目が多くを占めました。「機会」は金額を減らせる余地がある費目で、満足度を落とさずに減らせれば最善ですが、生活全体の満足度への影響が少ない費目であれば、許容できる範囲で満足度を落とし、金額を減らすのも選択肢です。
圧倒的に金額が多い食費は最優先で見直します。平均値との乖離が大きい保険料も見直し対象に。教育費と被服費はお子様にかける費用として削りたくないお気持ちが強く、今回の見直しからは外しました。通信費は使い方にマッチした契約をすることで暮らし方に影響せず満足度を維持して料金を下げることができるケースが少なくないこともあり、見直し対象に。一度に見直す項目が多過ぎると実行のハードルが高くなるため、今回は食費、生命保険料、通信費の3つに見直す費目を絞りました。
唯一、「問題」のグループに入ったのが住宅費です。お金をかけていて満足度が低いのは何か理由があり、最優先の改善費目になりますが、居住エリアを考えると住宅費は多いと言えません。どちらかというと満足度の低さが問題と感じ、Aさんに詳しくヒアリングしたところ、不満は建物に関するものでリフォームにより解消できる内容であることがわかりました。他の費目の見直しで老後収支の改善が充分にできることをシミュレーションで確認しながら、リフォームの実施を検討することにしました。
なお、ここで行った見直すべき費目を明確にする分析方法(家計ポートフォリオ分析)は、記事「老後に向けてやるべきことは『節約』でなく『支出配分の最適化』」で詳しく解説しています。
老後に向けてやるべきことは「節約」でなく「支出配分の最適化」
Aさん家族の食費は月に約16万5,000円で、平均値に比べると8万円以上も多い状況です。その原因を明らかにするために、食費をさらに6つの項目(食材・調味料等、調理食品、菓子類、飲料、酒類、外食)に分けて金額を集計した結果、①調理食品、②菓子類、③飲料、④外食が特に多いことがわかりました。
また、購入した店舗を確認すると、特に①②③はコンビニで購入している割合がかなり高いことがわかりました。共稼ぎ世帯で忙しく、時間的な余裕がないことが大きな理由です。そこで、次の対策を実行してもらうことにしました。
これらをAさん家族が実行した結果、月の食費5万5,000円減らし11万円ほどに抑えることができるようになりました。お子さんが料理に興味を持ち自分でもやるようになったことで、調理済みの食品を購入する頻度が減り、食生活の満足度はむしろ上がったのも大きな収穫でした。
次に生命保険料の見直しですが、加入していた大手保険会社の保険商品は、死亡保障と医療保障が充実した総合タイプでした。Aさんが加入している健康保険組合には、高額療養費などの法定給付以外に医療費の月の自己負担額をさらに少なくしてくれる付加給付があります。
医療費保障の必要性は高くないため、以下の保障に絞って単品の掛け捨てタイプの保険に加入し直すことにしました。
死亡保障については、死亡時に住宅ローンの残債が清算される団体信用生命保険(団信)や、公的な遺族年金、配偶者の収入などを考慮して必要な保障額をシミュレーションした結果、Aさんの保障額を抑え、Bさんの保障は確保しないと判断しました。
見直しの結果、月の保険料は約2万円から9000円減らし、約1万1000円に抑えることができました。
そして通信費の見直しでは、Aさん夫妻は外出先でスマートフォンを使って動画を見ることはほとんどなく、使っているデータ通信量はそれほど多くなかったため、大手携帯会社のサブブランドに乗り換えて、使っているデータ通信量に合ったプランを契約しました。
自宅のインターネット回線なども合わせた月の通信費は約2万円に抑えることができました。
保険とスマートフォンは内容が複雑で、必要な内容にマッチしているとはいえない契約をしている相談者が多いのですが、Aさん夫婦も同様でした。適切な契約に見直すことで、満足度は低下せずに支出額を減らすことができました。
支出の配分を見直した結果をまとめてみましょう。
住宅の満足度を改善するため、来年にリフォームを実施し500万円の費用を新たに見込んだにも関わらず、妻95歳時の貯蓄残高予想を3000万円以上、改善することができました。
生活費の削減は生涯の収支を大きく改善する効果があります。老後資金の不安は生活費の削減で解消できることが多く、Aさん家族もこの典型的な例と言えるでしょう。一方、生活費の削減は、継続できなければ効果は限定的になってしまいます。
生活費を下げることを目的として、様々な費目で頑張って節約しても、続けられなかったという声もよく耳にします。手間が多い、あるいは生活の満足度が大きく下がるような方法では、継続するのは難しくなります。
現在の支出の費目ごとの使い方を把握し、使うお金の配分を適切に見直すことができれば、満足度は維持しやすく、Aさん家族のようにむしろ高くなることもあります。
また、見直す費目の絞り込みでは、家計ポートフォリオ分析による分類と併せ、暮らし方にあまり影響を与えずに見直し可能な費目が多く、1回見直しを行うだけで効果が持続しやすい通信費や保険料などの固定費を優先するのも一つの方法です。
こうした支出の管理が身に着けば、老後まで続く一生の財産となります。ぜひ取り組んでいただければと思います。
2007年に横浜FP事務所を開業。個人相談に特化したFPとして、老後資金、ライフプラン、生命・火災保険、住宅ローンを中心に累計3,500件超の個人相談を実施している。豊富な相談経験を活かし、執筆やセミナー講師も多数。 2011年より一般社団法人全国ファイナンシャルプランナー相談協会の代表理事に就任、公正なFP相談の普及に奮闘。神奈川県立産業技術短期大学校で非常勤講師も務めている。
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