実家は母名義ですが、母しか売買ができないというのは、本当なのでしょうか?
干支一回りほど年の離れた兄(60歳)、その二つ下に姉(58歳)がいる美恵子さん(46歳)。結婚後は、実家から車で1時間くらいの場所に住み、共働きで小学生二人の子育て真っ最中です。
父親は5年前に他界。姉は他県に嫁ぎ、未婚で実家に住み続けている兄が認知症の母(82歳)の面倒を見てくれています。
先日、久しぶりに実家に行ったところ母親が布団で寝込んでいました。そんな母親に兄は、好物だからとコンビニで買ってきたカツサンドを食事として渡していました。もちろん、母親は食べられません。
「兄に母を任せておいて大丈夫?」と不安を感じ、姉に相談の上、母を施設に入所させることを検討し始めました。
施設の費用は、実家を売却して充てるつもりが……。
美恵子さんが不動産屋に相談したところ、「どなたが実家の名義人ですか? 不動産売買は、基本的には名義人御本人しかできません」と、言われました。父親が亡くなった後、実家は母親名義になっています。
美恵子さんは、実家の売却問題に詳しい司法書士の元木翼さんを友人に紹介してもらい、相談することにしました。
実家は母名義ですが、母しか売買ができないというのは、本当なのでしょうか?
残念ながら、本当です。ご実家の名義がお母さまであるということは、所有権はお母さまにあります。財産を売ったり、修繕したりということを決められるのは、所有権を持った人だけなのです。また所有権を持っていたとしても、本人に判断能力がない場合は売買ができません。よろしかったら、一度お伺いしてお母様のご様子を確認しましょうか。
元木さんに実家まで来てもらい、母親の様子を見てもらいました。寝たきりで、娘の美恵子さんを娘だと認識できていない様子。つまりは、判断能力がないのは明らかです。
私は娘です。時間の融通がつきやすい私は、母の通帳の管理も任されていました。それでも売買契約は結べないのでしょうか?
お気持ちは、とても理解できます。ただ、お母さまは、売買契約を結ぶのは難しいとお見受けします。契約は、判断能力がなくなってしまうと結べないのです。娘さんのことを認識できないとなると、やはり判断能力があるとは言えず……。
なぜ判断能力がないと、契約を結べないのか? それは判断能力がない方が結んだ契約は、契約そのものが無効になってしまうからです。
契約が無効になった場合、買主などの関係者に損害を与えることが想定されます。また、お母さまが亡くなった後に相続人の間にトラブルになることも考えられます。
母の相続人は、子供三人。私と兄と姉です。兄と姉にも、事情を相談してみました。二人とも実家を売り、母の施設入居費用を捻出することには賛成です。
お気持ちはすごくわかるんです。けれども、ご本人が生きている間は、ご本人しか売却できません。実は、今回のようなご相談はよくあるんです。たとえば、「自分は一人っ子だから相続人は一人。その自分が納得しているので良いのではないか?」といったお話しです。
ただ、相続というのは「お母さまが亡くなった後の話」です。お母さまが生きている間のご実家の所有権は、お母さまにあります。今、問題となっているのは、相続権ではなく所有権です。
お母さまが亡くなった後、ご実家がお子さんのものになるのは確かです。けれども、お母様が生きている間の所有権は、お母様にある。これが法律上の原則となります。
母しか、実家を売却できない。けれども、認知症の母はもう売買契約を結べない。そうなると、実家は売却できないということになるのでしょうか?
今回のようなケースの場合、成年後見制度のうち、法定後見制度を利用して売却するしかありません。
成年後見制度?! それって、何ですか?
成年後見制度とは、判断能力が不十分な人を法律面や生活面でサポートする制度です。支援する人を後見人、支援される人を被後見人といいます。「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類がありますが、本人が認知症になった後は、法定後見制度しか使うことができません。
法定後見制度 | 本人が認知症になった後に、家族などの申立により、後見人を家庭裁判所が決定する制度 |
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任意後見制度 | 本人が認知症になる前に、自分で(契約で)後見人を決定しておく制度 |
とりあえず、売却はできるんですよね? 早速、その制度の手続きをして売却します。
法定後見制度には、使う前に知っておいていただきたいことがいくつかあります。今回は、大切なこと3つをお伝えさせて頂きますね。
最初にお伝えしておきたいことは、家族が「後見人」に選ばれるのは、裁判所のデータによると、3割程度だということです。現状としては、「後見人」の7割ほどが司法書士、弁護士といった専門家が選ばれています。
成年後見人等と本人との関係別件数
後見制度を利用した場合、費用はどれくらいかかるものなんでしょうか?
法定後見にかかる費用は、大きくわけると2種類あります。一つ目は、法定後見の申立をする場合に必ずかかる初期費用。もう一つは、法定後見が裁判所に認められた後、継続的にかかる費用です。
初期費用は、専門家にお願いしても、しなくても、必ずかかるんですか?
そうです。初期費用は、下記の通りです。この他に、申立て手続きを専門家に依頼する場合は、別途、専門家への報酬(申立費用)が10万円ほど必要です。
診断書作成費用 | 約1万円 | 成年後見制度を利用するには医師の診断書が必要 |
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切手代金 | 約3,000円~約5,000円 | 必要書類の郵送費をあらかじめ裁判所に支払っておく |
登記手数料 | 約2,600円 | 登記手続きをする費用 |
収入印紙 | 約800円 | 収入印紙代 |
鑑定費用 | 約5万円~約10万円 | 成年被後見人の精神の状況の鑑定が必要となるのは全体の約1割なので、さほど考えなくてOK |
「自分で申し立てをする」+「鑑定が不要」なら2万円弱ですね。わかりました。申立は自分でやって、鑑定費用がかからないことを祈ります。ところで継続的にかかる費用は、いくらくらい見積もっておけば大丈夫でしょうか?
家族が後見人になった場合、原則、ランニングコストはかかりません。ただし、裁判所が後見監督人を選任した場合は、後見監督人は弁護士や司法書士がなることが多いので、毎月1万円から2万円かかります。
また後見人に専門家がなった場合には、後見人への報酬は月に3~4万円かかります。
費用の名称 | 金額(※) | 内容 |
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後見監督人報酬 | 約1~2万円/月 | 裁判所から後見監督人(裁判所が決めた弁護士のことが多い)を選任された場合の報酬の目安 |
後見人報酬 | 約3万円~4万円/月 | 「後見人」を専門家に依頼した場合の報酬額の目安 |
※報酬は年払い。金額は月にならした目安イメージ
つまりこういうふうにお金がかかるんですね。
継続的な費用もあるんですね。でも、法律でそう決まっているのなら、支払うしかありません。仕方ない、実家が売却できるまでの数か月は、頑張って支払いをします。
ちょっとお待ち下さい。残念ながら、成年後見が一度開始すると、原則、被後見人が生きている間は、途中で止めることはできません。 つまり、ランニングコストがかかり続ける可能性があります。
え!? 成年後見制度を使った場合、ランニングコストはずっとかかるのですか?
「成年後見」という制度は、判断能力がなくなった方の財産を「守る」ことを目的としています。被後見人が生きている間は、財産を守る必要がありますので、ずっと続くことになるのです。もちろん、判断能力が回復すれば話は別ですが、可能性はとても低いですよね。
そんなこと、知りませんでした。この状況を防ぐ方法って、あったんですか?
実はあったんです。次回、それについてお話ししますね。
イラスト/なとみみわ
ウェブサイト「主婦er」運営。夫は長男、私は長女。「親の介護」が集中する(であろう)家庭の主婦です。双方の両親は、お陰様で「まだ」元気。仕事をしながら息子3人を育てている今、「介護」は脅威でしかありません(笑)。そんな私が、「知りたいこと」を記事にしていきます。
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