何か新しいことに取り組むことをなんとなく億劫(おっくう)に感じたり、時代の変化に「ついていけない」と感じたり。年齢を重ねるにつれ、そんな悩みを持つようになる人は少なくないかと思います。そんな中で新しいことに意欲的に取り組んでいる人は、どのように年齢に伴う変化と向き合っているのでしょうか?
今回お話を伺ったのは、累計2,500万部超えの大ヒット作『代紋TAKE2』(原作・木内一雅)や現在「漫画ゴラク」で連載中の『ゴールデン・ガイ』といった作品で知られる、漫画家の渡辺潤先生。多くのヤクザ漫画を手がける渡辺先生ですが、Twitter上で『けいおん!』の秋山澪や『魔法少女まどか☆マギカ』の暁美ほむらをはじめとする女性キャラクターのイラストを漫画家らしい分析や感想コメント付きで投稿し、たびたび話題に。
1968年生まれで青年漫画誌を舞台に活動してきた渡辺先生が畑違いにも見える取り組みをしているのは、奇をてらっているのではなく「生き残るのに必死だから」だそう。これまでの漫画家人生を振り返りながら、渡辺先生にお話を伺いました。
――渡辺先生がTwitterに投稿する女性キャラクターの絵を見て驚いた方は多いと思います。一方で実は先生は、連載デビュー作『代紋TAKE2』のあと、作品ごとにジャンルを変え、絵的にも常に新しいチャレンジをされているんですよね。
『代紋TAKE2』(原作:木内一雅)1990〜2004年。ヤクザもの
『RRR(ロックンロールリッキー)』2007〜2009年。ボクシングもの
『三億円事件奇譚 モンタージュ』2010〜2015年。ミステリー
『クダンノゴトシ』2015〜2017年。ホラー
『デガウザー』2018〜2019年。都市伝説もの
『ゴールデン・ガイ』2020年〜。ヤクザもの×徳川埋蔵金
渡辺潤さん(以下、渡辺):そもそも僕は、デビューした頃(21歳)は自信満々で「俺は天才だ!」と思っていたんです(笑)。ところが漫画家ってすごい人だらけで「とんでもない世界に入っちゃったな」と気付いて、そこからは生き残りに必死でした。
僕が21歳の時に始めた連載デビュー作『代紋TAKE2』は原作付きでした。それが大ヒットして15年も週刊連載が続いた結果、「『自分の作品』ってどうやって描くんだっけ?」という状態になってしまったんです。
――漫画そのものを描けなくなったということでしょうか。
渡辺:そうなんです。連載後期に、多忙もたたってメンタルを壊し、描けなくなってしまったんですね。連載終了後は2年くらい放心状態で、釣りしかやっていませんでした。釣りがしたかったというよりは、何も考えなくてすむ場所に行きたくて釣りをしていたんです。
自信も失い、漫画家をやめようかとまで考えたけれども、「人生、漫画しかやってこなかったんだから、これでやっていくしかない」と思い直して、『あしたのジョー』(原作:高森朝雄(梶原一騎)・作画:ちばてつや)で育った世代である自分の等身大の姿を描こうと思い、ボクシング漫画の『RRR』を描きました。
しかし雑誌での人気はあったんですが、『代紋TAKE2』に比べると売れなかった。漫画家業は、依頼が来なくなったら終わりです。人気がなくなったら、描きたくても商業媒体では描けなくなります。だから、「これが最後の作品かもしれない」という思いでその次の『三億円事件奇譚 モンタージュ』を描きました。自分が三億円事件が起こった日(1968年12月10日)に生まれたこともあって、ずっと気になっていた題材だったんです。
それがおかげさまでテレビドラマ化されるくらいに認めていただき、40歳を過ぎてやっと、作家としての自信を少し得ることができました。そのあとホラー(『クダンノゴトシ』)や都市伝説もの(『デガウザー』)を描いたのも「チャレンジ」というより、自分が出せるものは出せるうちに描いておかないと、いつ描けなくなってもおかしくないという気持ちからです。
――あらためて、渡辺先生が女の子のキャラクターを模写して、Twitterに投稿し始めた理由は何でしょうか?
渡辺:女の子を描くことに対してずっと苦手意識があったからですね。僕が長年描いてきた「ヤングマガジン」という漫画雑誌ではかつて、魅力的な男を描くことが主流だったんです。でも1990年代、2000年代、2010年代と時代が進むほどに女の子のキャラクターが登場するアニメの人気が高まり、一方でエゴサーチをすると「渡辺は女の子がうまくない」という意見も目に入ってくる。
「そうか、『ヤンマガ』の作家でもかわいい女の子が描けないといけないのか」とショックを受け、「研究しないといけない」と思い、『三億円事件奇譚 モンタージュ』のころに女の子の絵の模写を始めました。
もともとはそういう切実な動機からだったんです。でもそのうち、「楽しむ気持ちもないと面白くならないよな」と思って、Twitterにアップしてみたところ意外にも反応が良くて。それでシリーズ化して描くようになりました。
――どのような反応があったのでしょうか。
渡辺:「あれ、これ描いてる人、『代紋TAKE2』の人じゃん! 今も新作描いているんだ」と気付いて、また僕の作品を読んでくれる人もたくさんいてうれしかったですね。やってよかったなと思っています。
――「研究」のテーマというか、描いている女の子は、どのような基準で選んでいるのでしょうか?
渡辺:これはもう、単純に自分が「面白い!」「楽しい!」と思った作品を見て、その結果として「かわいい」と思った子を描いているんです。なので、作品は見たけれど描かなかったものもたくさんあるんですよ。
――もともとは「かわいい女の子の描き方を知りたい」というところからのスタートでしたが、現在はあくまで「楽しい」が重要であって、ご自身の作品にかわいい女の子の特長などをそのまま取り入れようとしているわけではないんですね。
渡辺:そうですね。あくまでも遊びなので、連載漫画を描くにあたって必要な「資料探し」とはまた違うんですよね。漫画を描いているときには「こういうものを描く」と決めて、そのために必要なら調べ物をしたり、自分の引き出しから持ってきて描きます。でも、この模写はそうではありません。
今連載している『ゴールデン・ガイ』にはかわいい女の子はほぼ出てこないので、今のところ直接的にはそんなに役に立っていません。今後の展開で必要になれば出すかもしれないですけどね。
――『ゴールデン・ガイ』のヒロイン・満里奈の作画に生きていたりはしないのでしょうか。
渡辺:多少そうなってくれていればとも思いますが、満里奈は『三億円奇譚 モンタージュ』のヒロイン・小田切未来(みく)を大人っぽくした感じで描いています。
というのも『ゴールデン・ガイ』は、担当編集者の「先生のあの作品のこのキャラと、こっちの作品のあいつが好きなんですよ」という雑談が元になっています。過去作品の登場人物と似たキャラがチョロチョロいると思いますが、それは極端に言うと『代紋TAKE2』と『三億円事件奇譚 モンタージュ』を足して2で割ったようなイメージで描いているからですかね(笑)
――『ゴールデン・ガイ』はある意味集大成というか、それまでの蓄積を投入した作品なんですね。
――お話を聞いて、渡辺先生は新しいことにフットワーク軽く取り組まれているという印象を受けました。一般的には、年齢を重ねるにつれ、なかなか新しいことや下の世代の文化に入っていけないという人も多いと思います。
渡辺:本来の僕は保守的なんです。でも生き残りがかかっていますから。職業柄、職場の若いスタッフや自分の子どもから意見をもらったり、何に興味を持っているのか聞いてみたりしています。気持ちはオープンにしておこうと。
本当は、SNSはやりたくはなかったんです。でもスタッフから勧められたのと、当時の担当編集者が僕も書き込めるようにと公式アカウントを作ってくれたんですね。
当初は自分で運用するつもりはなかったんですが、そのアカウントからエゴサして僕の作品を好きだと言ってくれている人たちに「いいね!」を押していたら、「先生、Twitter始めたんですか?」と連絡が来て。僕は当時Twitterの仕様を知らなかったから「いいね!」を押したら相手に通知がいくことを知らなかったんです(笑)。それで自分でやらざるをえなくなりました。
――なりゆき任せな部分もあったんですね。
渡辺:そうですよ。アニメも若いスタッフが「先生、これ面白いですよ」と薦めてくれたから、2010年ごろからあれこれ観るようになったし。ゲームの『艦隊これくしょん』が流行っていると教えてもらってすぐやってみたこともありました。その時は家で『艦これ』の話をしたら娘が食いついてきましたね(笑)。
だから壁を作らず、年下の声に従って素直に手を出してみるとか、あまり構えない方が人生楽しいのかなという気がします。
――渡辺先生は、いわゆる「中年の危機」を感じることはありましたか。人生の先行きがなんとなく見えてきて、かつ若いころのように無理が利かなくなってきて落ち込むようなことは。
渡辺:いやあ、今真っ最中ですよ。だんだん描くペースが落ちてきて、五十肩で腕が上がらなくなり、食事を控えても痩せない……凹みますね。毎週「しんどい。連載やめたい」と思っています(笑)。でも楽しみにしてくれる読者がいるから続けられる。
あと、今「きつい」と言っても昔ほどじゃないぞ、という気持ちもあるんです。僕は十代後半の駆け出しの頃、とある有名な先生のアシスタントだった時にけっこう精神的に追い詰められた経験がありました。
いわゆる「昭和の人気漫画家の仕事場」という感じで、休みは月に2日もないし、3日間徹夜することもざらでした。1年くらいやらせていただきましたが、正直、逃げ出すようにして辞めたんです。
――確かに我々が想像するような「昭和の人気漫画家の仕事場」ですね……。
渡辺:そのあとも『代紋TAKE2』の連載の後半3分の1くらい、30代前半はうつ状態の時期がありました。
――冒頭でおっしゃっていた、メンタルを壊してしまった時期でしょうか。
渡辺:そうなんです。毎週締め切りに追われて限界まで働く日々が10年以上続いて、身体は悲鳴を上げていました。一方、おかげさまでお金は入ってきたし、結婚して子どもが産まれ、家も買い……と20代で目標にしていたことをある程度達成してしまった。それで「俺はいったい何のために漫画を描いているんだ?」という状態になったんです。
落ち込んで自信を失ってくると「『代紋TAKE2』は木内先生の作品であって『俺の作品』じゃない。自分は第一アシスタントにすぎないんじゃないか?」と悩むようになっていきます。だけど僕が連載をやめると原作者の木内先生に迷惑をかけてしまうから、勝手にやめるわけにはいかない。
「もうここから逃れるためには、腕を折って漫画を描けなくするしかない」とまで思い詰めました。結局、怖くてできませんでしたが。なんとか連載を終えたあとは何も考えたくなくなり、先ほども話した通り2年くらいほとんど漫画を描かず、釣りばかりしていました。
だから『代紋TAKE2』は僕にとってトラウマになっていて……。『ゴールデン・ガイ』で久々にヤクザものを描くにあたって、実はスムーズに描き出せなかったんですよ。世間では「渡辺潤はヤクザ大好き作家」と思われているかもしれませんが(笑)、違うんです。連載開始前にヤクザ映画をたくさん観たりしてリハビリをして、それでもう一回描けるようになりました。
そういった過去の経験があったので、「俺は弱いんだな」と自覚しているんです。弱いなりにがんばろう、情けないし、グチばかり言っているし、自信もない。それでもよくやってるじゃないか、今もいろいろ苦しいことはあるけれど、最悪の時期と比べればマシだ、と。
――中高年男性には、自分の弱さを誰にも見せられない、言えないしんどさを抱えている人も多いように思います。
渡辺:僕は今、そこらへんは正直ですね。つらければ「つらい」と周囲に言います。ひとりで抱え込むより、その方が自分にとっても周りにとってもいいような気がします。ただ、それを聞かされる方もつらいですから、伝え方には気を付けないとなとは思いますが(笑)。
――年を取ってからの生き方、仕事の仕方の参考にしているロールモデルはいますか。漫画家は生涯現役のような作家さんも多いですが。
渡辺:漫画家の場合は皆さんキャリアも考え方も生きてきた時代もバラバラ過ぎて、正直「○○先生を目指す」みたいなことは、なかなか難しいと思います。
たまに漫画家同士が集まって話すときも、今の自分の状況を話すよりも「あの作品のあの回のあそこの描写が」みたいに具体的な話をしがちで、ほかの作家がどういう生活をしているのか、意外と情報が入ってこない。だから僕にとって、弱音を吐いたり相談したりする相手は基本的に妻ですね。
――今後の目標や、こんなことをやってみたいという展望はありますか。
渡辺:週刊連載は厳しくなっていくかもしれないですが、できる限りは漫画を描き続けたいと思っています。そのためには自分の体力の問題ももちろんありますが、そろそろ年代的に、親のことも考えないといけないなと。
漫画家をやりながら、親の介護についてはどう考えていくのか。そこは、これからの課題だなと思っています。
ただ大変ではありますが、救いがあるとしたら、漫画家は失恋でも失業でも、失敗や苦労を作品のネタにできるという特殊な職業ということですね。自分を投影したエピソードならリアリティーも出る。苦しいこともムダにはならない。……何事も、そう思ってやっていくしかないですね(笑)。
取材:飯田一史
編集:はてな編集部
『デガウザー』渡辺潤・講談社
『三億円事件奇譚 モンタージュ』渡辺潤・講談社
『クダンノゴトシ』渡辺潤・講談社
『RRR ロックンロールリッキー』渡辺潤・講談社
『代紋TAKE2』渡辺潤・木内一雅・講談社
『ゴールデン・ガイ』(C)渡辺潤・日本文芸社
tayoriniをフォローして
最新情報を受け取る