キーワードは「楽しさ」と「あそび心」ーーおいおい老い展に学ぶ、介護の未来を変える「共感の力」とは

初めて私が介護の現場を目の当たりにしたのは4年前。90歳になってもピンピンしていた祖母が転倒をきっかけに歩けなくなり、それから祖母は、私の母が慌てて手配した介護施設に入居しました。

お世辞にも居心地がいいとは言いづらい設備に、前後30分は広間で待たなければならない食事提供ルール、週に2回しか入れないお風呂、男性スタッフに介助をお願いせざるを得ないトイレ……など、そこでの祖母の暮らしを見聞きするたび、私の中に「なぜ?」という思いが湧き起こりました。

「介護の現場が大変」と言われていることは知っていましたが、貧困とはほど遠い暮らしをしていた祖母が入居する施設でさえこんな状況であることに、愕然としたのです。

しかし私は一介のライターで、介護業界に変革を起こす力なんて持っていません。いつか業界に革命を起こしてくれるであろう未来の若手起業家に望みを託し、なんとなくモヤモヤした気持ちを抱えながら、またいつもの日々に戻っていきました。

ある変わった展覧会の噂を小耳に挟んだのは、そんな日々を過ごしていたときのことでした。
 

学生も主婦も参加して取り組んだ「介護と老いの未来」がテーマの展覧会

“未来の老いに「おーい」と呼びかけて、今の老いや介護のイメージに「おいおい」とツッコミを入れる。笑って、楽しんで誰かに話したくなる展覧会” 

そんな、真面目なのかふざけているのか分からないコンセプトを持つその展覧会の名は、『おいおい老い展』。2019年3月に東京・外神田のアーツ千代田3331で開催され、5日間の期間中に1万7千人以上もの人が来場した展覧会です。

展示の内容は、介護施設で働く人が休憩時間にしっかり休むためのツールや、老後にペットと暮らしていく不安を解消するためのアイデアノート、人生最後に食べたい食事を考えることで理想の生き方を紐解くワークブックなど、「老い」や「介護」をより楽しく豊かにするプロジェクトの数々。

 驚くことにこれらは、介護職従事者とクリエイター、学生や主婦などさまざまなバックグラウンドを持った人たちが協力して作り上げたものだそう。実はこの展覧会、全国500名が参加した「これからの介護・福祉を考えるデザインスクール」の、成果発表の場でもあったのです。

今回のtayoriniなる人
山崎亮(やまざきりょう)
山崎亮(やまざきりょう) studio-L代表。東京大学大学院修了。博士(工学)。社会福祉士。建築・ランドスケープ設計事務所を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりのワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、市民参加型のパークマネジメントなどに関するプロジェクトが多い。
「海士町総合振興計画」「studio-L伊賀事務所」「しまのわ2014」でグッドデザイン賞、「親子健康手帳」でキッズデザイン賞などを受賞。
著書に『コミュニティデザイン(学芸出版社:不動産協会賞受賞)』『コミュニティデザインの時代(中公新書)』『ソーシャルデザイン・アトラス(鹿島出版会)』
まちの幸福論(NHK出版)』などがある。

変わらなかった未来を変えるためのカギは「共感」?

僕が常々課題に感じていたのは、介護に対して「大変なんだろうな」みたいな悪いイメージしか持てていないにも関わらず、そのイメージを払拭するすべが身の回りになかったこと。

僕も含め、年齢を重ねる人ならばみんな、介護をする立場になる可能性も、される立場になる可能性も持っている、無関係な人なんていない事柄なのにです。

と語るのは、スクールの総合ディレクターを務めた、studio-L代表・山崎 亮さん。

そうした課題に対し、デザインという切り口で向き合うことの意義について尋ねてみると、「未来の若手起業家に望みをかける」なんかよりずっとリアルでワクワクする、“未来を変えるためのヒント”が見えてきました。

僕は、社会課題を解決するための道筋は“3本”ある、と考えています。

ひとつ目は、「経済的に解決する道」。ある課題に取り組む者に対して、補助金を出したり税制面で優遇したりすることで、取り組みに関わるモチベーションを湧き起こす方法です。しかしこの方法は目的がお金にすり替わりやすく、本来の目的である課題解決の道から逸れてしまうリスクと常に隣り合わせです。

ふたつ目は、「制度的に解決する道」。法律や条例、コンプライアンスなどのルールを作り、それを守ってもらう方法です。ルールを破れば何らかのペナルティを受けることになるため、人々はそれを守らざるを得ません。

これまで世の中の課題は、このどちらかで解決されてきました。しかし、長年取り組んでいるにもかかわらず、未だ解決されていない課題もある。となると、もしかしたらこの2本の道では解決できないことがあるのかもしれません。僕はその3本目の道を『共感によって解決する道』ではないかと考えています。

それは、解決したい課題に対して、

「これをやっている私、かっこいい!」

「これについて語っている時って、楽しい!」

「こういう取り組みをしている状況、インスタ映えする!」

と人々が感じるような風潮を作り出し、そこから生まれた行動によって課題を解決していく方法だといいます。

実はこの手法は、「我々デザイナーのお家芸でもある」と山崎さん。

たとえば住宅メーカーは、「ワンランク上の生活を」と銘打った高級マンションの広告を出す場合、デザイナーの仕事は、デザインの力で、そこに住むことがラグジュアリーだと人々に感じてもらうようにすることなのだそう。

この力を社会課題の解決に応用することを、僕たちは「ソーシャルデザイン」と呼んでいます。

そんな「ソーシャルデザイン」の技術を、デザイナー以外も取り組めるように学習プログラムとしたのが、「これからの介護・福祉を考えるデザインスクール」だったのです。

 「意味がある」だけでは、共感による解決の道は開けない

スクールの流れはまず、「バックキャスティング」を徹底的に行うことから始まりました。

バックキャスティングとは、未来の「ありたい姿」から逆算し、「今」を考える思考法のこと。

今回のスクールでは、老いや介護、看取りを自分ごととして捉え、未来の自分が使いたいサービスを考えました。

介護・福祉業界ですでに働いている人たちは、当然ですが課題意識が強い。だからこそサービスを考えるときも、移乗の問題を解決するロボットとか、とても具体的な提案をしてくれます。

一方、それ以外の人やクリエイターたちは、ふわっとした意識の人が多かったように思います。提案の内容も介護職の人たちに比べて、圧倒的にお気楽なものばかりでした。たとえば「毎朝入居者さんの布団のシワを100日間撮影してアートにしたら面白そう」みたいな。これは僕が今適当に思いついたことですけど(笑)

その次に行ったのが、介護施設へのインターンシップ。現場を知り、これまで自分が抱いていた介護のイメージとの「ギャップ」を、できるだけたくさん集めてきてもらったそうです。

介護施設は、落としても大丈夫なようにプラスチック等のお皿を使うのが通例です。でもこれって、器にこだわっている人たちにとってはあり得ないことなんだそうです。施設の食事風景を見た陶芸家は、悲嘆に暮れていました。

あと、介護施設の個室って病室みたいじゃないですか。部屋のインテリアにこだわってすごくお洒落にしていたある参加者の方は、「どんなにインテリアが好きでも、終の棲家は病室のような部屋になってしまうのか……」と落ち込んでいました。

その反応を目の当たりにして、介護職の人たちも衝撃を受けたようです。彼らにとっては、器はプラスチック、部屋は病院と同じで当たり前だと思ってるのに、悲嘆に暮れたり、落ち込んでいる人が目の前にいるのですから。

3回目の授業では、そんなギャップを元に、課題感の近い人同士でプロジェクトチームを結成。このチームで制作したものが『おいおい老い展』で展示された各プロジェクトにつながっていきます。

このとき運営側として意識したことは、「チームに介護職従事者とクリエイターをバランス良く配置する」ことだったそう。そこには、ある「狙い」がありました。

たとえばさっきの「100日間布団のシワを取り続けてアートにする」提案を聞いて、介護職の人たちは最初「そんなことやっても日々の介護作業まったく楽になりませんけど」と感じるわけです。

でももしかしたら、100日撮り続けたら何かの傾向が見えてくるかもしれないですよね。縦ジワのときは機嫌が悪いとか、斜めジワのときは機嫌がいいとか。そうなると縦ジワを見たらピッと緊張して、接し方を変えることができる。実際の作業に役立つ知見を得るわけです。

そうやって、最初はクリエイターの提案を聞いてあきれていた介護職の方が「ちょっと楽しそうなこと」が結果的に大きな価値を持つかもしれない、と気づいたときに、面白い発想を次々にし始めると思うんですね。

だからこそこの座組が大事でした。課題を“ちゃんと”解決しなきゃいけない、と思っている現場の方たちに、クリエイターたちが持つ「楽しむ」「面白がる」あそび心をインストールしてもらいたかったんです。

ただ、まったく別の価値観を持つ介護職従事者とクリエイターが、お互いに納得してプロジェクトを進められるようになるまでの道のりは、当然一筋縄ではいかなかったそう。

両者の間に橋をかけたのは、度重なるワークショップ、そして、スクール以外の時間にも活発に交わされた議論、スタッフのフォロー、などなど。これらを重ねていくうちに口下手なクリエイターがようやく「こういう意味があると思うんです」と語りはじめ、介護職の人たちも耳を傾けるようになっていったそうです。

こうして、はじめはお気楽すぎたり、真面目すぎたりした提案が、「楽しく」「意味のある」プロジェクトに磨き上げられていったのです。

そして、これからの介護の未来を変える「火種」へ

介護職の人たちもそれ以外の人たちも、このプロジェクトづくりを通して大きく変化したと思います。

介護職ではない人たちは、何よりも意識が変わりました。「やばい!」と。これまで企業のロゴデザインとかプロダクトデザインとかをしてきたデザイナーが、「僕らが本気で取り組まなきゃいけない分野はこれじゃないか?」と気づいたわけです。だって、どんなにおしゃれな器を作って世の中に広めても、このままじゃ自分が80歳になったとき、プラスチック等のお皿で食事することになるかもしれないんだから。

介護職の人たちは、何よりもまず、自分たちの「当たり前」が変わりました。これまで当たり前だと思っていたものに対して第三者が絶望する様子を見て、「当たり前」に疑問を持つようになりました。それから、意味がないと思っていたものが、実は大切なことにつながっているかもしれない、ということにも気付いていきました。

もう職場に戻って異端児にならざるを得ないですよね。でも、施設長が「どうしちゃったんだお前、風邪でも引いたのか」って言う気持ちも分かる。だって数ヶ月前まで自分もそうだったんだから。これがすごく重要なことだと僕は思っています。

だって、クリエイターが「デザインの力で介護を変えます」なんて言っても、共感してもらえませんよ。そこを、スクールに来てくれた介護職の方が、過去と現在の自分を照らし合わせながら、「私も数ヶ月前まで介護とはそういうものだと思っていました。でも最近分かったんです。この仕事の中にこういう要素が入ってないと、我々も活き活きと働くことができない」と語れば、そこには現場をよく理解しているからこその説得力が宿ります。

これこそが、介護の現場を本当の意味で変えることにつながると思います。

おいおい老い展開催をもってスクールは終了。しかし、それから1年半が経過した今も、いくつかのプロジェクトが活動を続けているそうです。

「俺と親父の認知症ライフゲーム」はそのひとつ。人生ゲームのようにサイコロを振ってカードに描かれたイベントの上を進みながら、父親の介護が必要になった家庭の疑似体験ができるゲームです。今年(2020年)7月には商品化もされ、翌8月にはすでに増刷がかかるほど好調な売れ行きなのだとか。

「俺の求人票」は、介護施設のスタッフ採用に、入居者にも関わってもらうためのツール。

入居者と一緒にこのツールを使って募集要項を考え、その条件に合う応募があれば、入居者の方にも面接に参加してもらう、というものです。

実際にこのツールを使用して、釣り好きな入居者の方が「釣りが得意な人」を募集して面接し、採用につながったケースがあったそうです。

面白いのが、そうやって採用したスタッフは、離職しにくいそうです。採用した入居者の方が一生懸命面倒を見てくれたり、お互いに釣り情報を交換し合ったりできることが、モチベーションにつながっているのかもしれません。

また、死について身近に語れる場がない、という課題意識から生まれたのが「SOTOBA CAFE」。故人の追善供養に使う卒塔婆(そとば)が由来となっています。これはいわゆる死生観カフェと呼ばれているものですが、ほかと違うのは、骨壺の形のマグカップに入ったドリンクに卒塔婆型のマドラーがさしてあり、おしゃれなカフェで開催されていること。若い人にも気軽に来てもらえる場を、と目指してこのような形に至ったそうです。

ほかにも、高齢者が若者の家事支援を行うデイサービス「おんぶにだっこ」や、コカコーラ社飲料のおまけにもなった「在宅介護者を応援する3コママンガ」など、多くのプロジェクトが継続しています。

  スクールを卒業した「人」や、スクールから生まれた「プロジェクト」が、これからの介護の未来を変える「火種」となって、世の中を照らしているのです。

人が人らしくいられる介護の未来は、自分たちの手で作る

僕がコミュニティデザインの仕事を始めたのは2000年頃。当時は、そんな仕事誰が発注するねん、という状態でしたが、20年経った今、こうして僕らの話を取材してもらえるまでになりました。

そこから見えてくるのは、新しい価値を世の中に受け止めてもらうためには、20年の歳月がかかるってこと。つまり、今30代や40代の人が『介護業界を変えるぞ!』と一念発起して介護施設で働き出したら、その想いが結実する頃には、50代、60代になっているだろうということです。

ただし、その年月でできるのは、あなたが働きかけた施設ひとつを変えることだけです。業界全体を変えるには20年では足りないでしょうね。30年か40年はかかると思います。つまり、30代や40代の人たちが70代、80代になったとき、ようやく介護業界が変化し始めるだろうってこと。

でも、「私たちはまだ若いから、介護の現状を変えることに興味はない」と言う人の数が圧倒的に多いなら、みなさんが70代、80代になったときだって、今とさほど変わらない状況のままかもしれません。

「それでも未来を変えたいのであれば」と山崎さんは加え、こんな提案をしてくれました。

プログラミングをしながらでも、八百屋で働きながらでも、ゲストハウスで働きながらでも、ライターをしながらでもいい。今、自分がいるその場所から、介護の世界に対して何か刺激を与え続けてほしい。

そのひとつひとつの力は小さくても、たくさん集まれば、30年後か40年後、もしかしたら20年後には、自分が理想とするような介護サービスが選び放題、なんて未来がくるかもしれない、と。

まずはこの記事を読んで、内容を誰かに語ること。で、生意気に言うこと。「未来を変えるためには、20〜30年以上かかるんだよ!」って。そこからでもいいから動き出さないと、20〜30年後の状況をよくすることはできません。

介護の問題以外にも、環境問題や長引く不況、格差社会など、私たちは今、多くの社会問題に直面しています。

そうした社会問題に対して、経済的・制度的なアクションを取ることは、いち会社員であったり、個人事業主であったりする私たちにはなかなか難しいかもしれません。しかし、「共感による解決」は、今日からでも、ひとりでも取り組むことができます。

というか、「ひとりでもいいからまずは取り組もう」とひとりひとりが思わないと、何も動かないのだと思います。私も、今から祖母の現状を大きく変えることは難しいけれど、せめて両親や、自分が当事者になるころには何か少しでも変化しているようにと、この記事に全力の祈りを込めて執筆しました。

まずは「意味のあること」に取り組むことから。そしてできれば、そこにほんのちょっとのユーモアや美学を織り交ぜ、「これからの介護・福祉を考えるデザインスクール」のみなさんに前ならえしていきたいと思います。

最後に、山崎さんに聞いた「理想の老後」がとても山崎さんらしくて笑ってしまったので、ご紹介して終わりにしたいと思います。

まだ老後になってないからまだぜんぜん想像つかないけど……

人間は人間に一番興味がある。このことは、高齢になっても変わらない真理です。まあそうじゃない人もいるかもしれないけど、少なくとも僕は、人間に興味がある。

だから、高齢になったときに、自分が最も興味のある「人間」と触れ合えない状態は避けたいと思う。もし自分が施設に入って介護職の人にお世話になるなら、その人には人間味を帯びていてほしいと思う。忙しすぎてロボットのようにならざるを得ない環境ではなく、人間らしい余裕が持てる環境で働いていてほしい。

「俺の求人票」みたいなものはすごく重要な気がしていて、自分は釣りが好きだから釣りの話ができる人間がいてほしいと思うのは、移乗がうまいかとか介助がうまいかとかよりも重要な気がするんですよ。その人の人間性が好きだから応援したいし育てたいと思うと、不思議と生きる気力が湧いてくる。手足が動かなかったとしても、「あいつにあれ教えてやろう」と思うと生きるのが楽しくなるものです。

だから僕は、常に人間と関わり続けられるような状態を担保しておきたいなと思います。
自宅の一部に、誰でも勝手に入ってきてお菓子やジュースを自由に飲み食いできるスペースを作って、そこに人間たちを誘い込んでおいて、自分が人に会いたいときだけ出て行って、会いたくないときは部屋にこもっている、そういうずる賢いおじいさんになりたいですね。

※リモート取材日:2020/8/25

坂口ナオ
坂口ナオ

東京都在住のフリーライター。2013年より「旅」や「ローカル」をメインテーマに、webと紙面での執筆活動を開始。2015年に編集者として企業に所属したのち、2018年に再びライターとして独立。日本各地のユニークな取り組みや伝統などの取材をライフワークとしつつ、持ち前の探究心を武器に幅広いテーマで記事を手がける。

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