そもそもなんですが、「1日1万歩」歩けば健康になれるんですか?
ウォーキングというものがある。簡単に言ってしまえば歩くことだ。体力の維持や向上のために、ウォーキングはいいと聞く。
私はもうすぐ40歳。ここ最近、体力の衰えを感じつつある。この先さらに年を取っても健康に生きていきたいし、何か運動の習慣をつけたいと考えていた。
ウォーキングは走るより楽だし、ジムのようにお金がかからないので、自分でも時々取り入れている。
1日に1万歩以上を歩くことも多い。ただ不思議なことに健康診断などに行くと、保健師さんに「運動をしましょう」と言われる。ウォーキングしているのに、1万歩以上歩いているのに。
位置情報ゲームにはまり、1日1万歩以上のウォーキングを2カ月以上毎日続けた知人がいる。そんなある日、背中に痛みが走り、「歩き過ぎだ」と思い病院に行ったら、医者に「運動不足」と言われたそうだ。
これらの話から導かれるのは、おそらくウォーキングは奥が深く、ただ歩くだけではダメということだ。きっと有効なウォーキングがあるはずだ。
そこで、専門家に正しいウォーキングの方法を教えてもらおうと思う。
京都府立医科大学を卒業し、信州大学医学部でスポーツ医科学を研究している能勢博先生に、ウォーキングのお話を聞くことにした。能勢先生はウォーキングを30年以上研究している。
そもそもなんですが、「1日1万歩」歩けば健康になれるんですか?
※厚生労働省の資料では、海外の文献から「週当たり2,000kcal(1日当たり約300kcal)以上のエネルギー消費に相当する身体活動」として、「1日1万歩」を基準として記載している。
私が研究してきた限り「1日1万歩」歩くだけでは意味がないと考えています! 過去、100人を対象に「1日1万歩を1年間、ほぼ毎日歩いたらどんな良いことがあるのか」を検証したことがありました。
しかし結果は、被験者の体力は上がっておらず、生活習慣病の症状改善も期待するほどの数値ではありませんでした。
そうなんですか!
そもそも、ただ歩くだけでは運動の「強度」が低いので、いくら歩いても効果が出にくいと考えています。
強度?
運動の強さ、運動強度ですね。
測り方としてはまず、個人の最大酸素摂取量を測定します。その人にとって一番きつい運動をしている時、酸素を最大限消費することになる。つまりどれだけきつい有酸素運動ができるかという数値です。
最大酸素摂取量は、人によって大きく差があります。例えば要介護の人であれば、だいたい1分間に体重1kgにつき最大10mlの酸素を消費できます。これがオリンピックに出るような持久力のある人は、1分間に体重1kgにつき70〜80mlの酸素を消費できます。
一般的な中高年者は、1分間に体重1kgにつき30〜35mlの酸素を消費できます。オリンピックに出るような人の、半分以下の体力といえますね。
つまり……?
欧米のある研究では「その人の最大酸素摂取量の60%以上の強度になる運動をしないと、体力は上がらない」とされています。例えば、30ml/kg/minが最大の人だったら、18ml/kg/min以上になるような運動強度が必要になるというわけです。
普通の人にとっては、1日1万歩歩く程度では、最大酸素摂取量の30%〜40%の運動強度にしかなりません。したがって、ただ1万歩歩くだけでは、体力を上げるのは難しいです。
つまり私がダラダラと1万歩も歩いても意味がないんですね?
ないです!
時間を無駄にしてた!!!!!!
私はというか、人類はどのようにウォーキングをすればいいんですか?
そうですね。鍵になるのは「速歩」です!
速歩というと、早歩きをする……?
早歩きよりはもう少し早いイメージでしょうか。これを、細切れでもいいので週に60分するのを心掛けてほしいです。
細切れでもいいって、よく有酸素運動は何十分間も続けないと意味がないと聞きますけど、いいんですか?
アメリカのスポーツ医学会が実施した国際標準の研究結果に、高強度(個人の最大酸素摂取量の60%以上の運動強度)に調整した運動を1日30分、週3日以上行うといいと書いてありました。
私たちはそれらを参考に「どの強度(速度)のウォーキング」をどれだけすると、どのような効果が出るかという検証実験を行いました。その結果、個人の最大体力の70%以上の強度の速歩であれば、細切れでも1週間に60分ほど行えば同じ効果が得られるということが分かったんです。
つまりわれわれはどのように歩けばいいのでしょうか?
先ほど話した通り、自分の最大運動強度の70%以上になるような速歩をしてもらいたいんですが、普段運動していない方がいきなり60分間も速歩をするのは不可能ですよね。
できる気がしません。
そこで私たちが考案したのが「インターバル速歩」です! 最初はゆっくり歩きで3分、次に速歩で3分間歩いてもらいます。1番大事なのは速歩で3分のところです。最初の3分は準備体操くらいに思っていてください。アキレス腱が切れたりしないように、準備体操をした上で速歩を行ってください。3分間だったら、運動が苦手な人でもなんとか速歩できると思います。
確かに3分間だったら何とかなりそうかな……。
3分間の速歩が終わったら、またゆっくり歩きを3分します。そこで体力を回復したら、また3分間の速歩、と繰り返していくのがインターバル速歩です。
時間の管理が難しいように思うかもしれませんが、専用のアプリを使えば管理できます。3分ずつアラームを鳴らすのはもちろん、運動強度の計測もできるので、細切れでも週に60分歩けているのかを簡単に把握できます。
インターバル速歩の基本は3分間ゆっくり歩いて、3分間速歩で歩いて、また3分ゆっくり歩いて、さらに3分間速歩を繰り返す感じですか?
そうです! 1日で30分ほどインターバル速歩をやって、速歩の合計が15分くらいになるようにしてもらえばいいです。
なるほど! 速歩だけだと疲れるから3分ずつを繰り返すわけですね
そうです!
繰り返しになりますが、速歩のスピードは人それぞれってことですよね?
もちろんそうです。
インターバル速歩を実践されている方々の中には、片麻痺(脳の特定の部位が損傷することで、体の片側にさまざまな症状が現れる状態)の方がいます。片方の足が動かなくても、杖をつきながらその方の最大体力の70%以上、本人がややきついと感じる速度でありさえすれば良いのです。そうすると5カ月後には、トレーニング前に比べて10-15%ほど体力が上がっています。
30分時間が取れなかった場合、15分・15分に分けても同じ効果を得られますか?
同じ効果です。平日は忙しく30分まとめて取れないという方は、朝昼晩と10分ずつに分けてやってもらってもいいですし、週末に60分にまとめるのもありです。1週間単位なので!
3分間の速歩をしている時に信号があったとしますよね? 1分間速歩した時に赤信号で立ち止まるとどうなるんですか?
止まって問題ないです。要するに3分にこだわらず、1週間のトータルで60分以上の速歩をすればいいので。
気軽ですね! いきなり週60分がキツい場合は徐々にでもいいですか?
徐々にでもいいです。最終的に60分へ持っていくのが目的ですが、最初の2週間ぐらいはやはりつらいです。
ただ、この2週間を頑張ると体重が減ってきたり、血圧が高い方だったら血圧が下がってきたりといった変化が見えてきます。それから、夜よく眠れるようになるケースも多いです。
夜眠れるのは素敵ですね!
週60分が目安ですが、それ以上やるとどうなんでしょうか?
私たちのデータによると週合計60分までは速歩時間に比例して体力がつき、生活習慣病の改善にもつながりやすいですが、それ以上だと頭打ちになる結果が出ています。
速歩の時の正しい姿勢みたいなのはありますか?
姿勢はすごく大事です。3つのポイントがあり、1つは直立で背筋を伸ばすことです! タオルを後ろに持っている時のように胸を張り、顎を引いて、25mくらい先を見て歩いてください。
もう1つは大股で歩くことです。普段よりも3cmから5cmくらい歩幅を大きくして歩くのを意識してください。全身の筋肉の3分の2は下半身にあるので、大股で歩くことでたくさんの筋群が運動に参加してエネルギー消費量が上がり、体全体に対する効果が大きくなります。
最後は、肘を直角に曲げて、腕を前後に大きく振ることです。手を腰に固定して大股で歩くと、腰がねじれて負担がかかるので良くないです。左足が前に出た時に右腕を前に出し、右足が前に出た時は左腕を前に出します。これによって腰の回転が止まります。
大股で歩く時のコツってありますか?
かかとから着地する感じで歩くことです。かかとで着地する時に後ろ足を蹴ってできるだけ体重を前に移動すると、かかとへの過度な加重がなく、スムーズに体重移動できます。
もう1つは、足首を直角にして、すねの前の筋肉(前脛骨筋)を使うことで、その筋肉が鍛えられ高齢者にとっての転倒予防になります。
インターバル速歩の前にストレッチとかは必要ですか?
「アキレス腱くらいは伸ばしておこうね」と言っています。ただゆっくり歩きから始める時は、ストレッチも兼ねて歩けば、前もってストレッチをする必要はありません。
筋肉痛になったりしますか?
最初のうちは筋肉痛が起きやすいです。筋肉のエネルギー消費量に対して酸素不足になり、それを補うために乳酸ができます。その結果、筋肉に軽い損傷が起こります。これが筋肉痛なんです。これを予防するためには、運動直後のタイミングで牛乳を飲むのがおすすめです。
乳酸が出るようなややキツイ運動を15分〜30分行った後は、体中のタンパクの代謝が上がっています。そこで、タンパク質豊富な牛乳を摂取するのがいいんです。
そうすることで(タンパク質が分解されてできた)アミノ酸が効率よく筋肉の中に吸収されていくので、損傷を修復するだけではなく、オーバーリカバリー(超回復)が起こり、過剰に筋線維が合成されて筋肉が太くなります。
牛乳にそんな効果が!
もう一つ、同じことが肝臓でも起こっています。肝臓で作られるタンパク質に「アルブミン」というものがあり、血管内に水分を保持する働きを持っています。このアルブミンが多いと血液量が増えます。
インターバル速歩の後に牛乳を飲むとアルブミンも増え、2週間で50ccから100ccほど血液量が上がります。血液量が増えるということは心臓から拍出される血液の量が増えるということですから、筋肉にもたくさんの酸素がいくようになり、皮膚への血流も増加して汗も出やすくなり、運動中に増加する体熱の放散がうまくいくようになります。
インターバル速歩と牛乳でいいことだらけ!
インターバル速歩をみんながやれば、個人が健康になるだけではなく、社会全体が健康になっていくと考えています。医療費が減り、減った分を健康サービス産業の方へ転化していくことで、社会全体が圧倒的に元気になるだろうと。
医療費はどのくらい減る計算になるんですか?
われわれの計算だと、約20%削減されます。
例えば、健康づくりのプログラムとしてインターバル速歩を取り入れている長野県松本市は人口約24万人で、うち65歳以上の高齢者が66,000人くらいいるんですよ。その66,000人全員が、インターバル速歩を5カ月間するだけで、年間118億円も医療費を削減できる計算です。
118億!
全員は無理だとして、1%の人がやったとしても、1億円や2億円の医療費は削減できると考えています。その削減されたお金を健康サービス産業に投資していくことで、トレーナーさんや看護師さんといった若い人の雇用増加にもつながるんです。
インターバル速歩は、若いうちから始めた方がいいんでしょうか?
私たちの研究では、普段運動をしない女子大学生は、松本市のインターバル速歩をやっている65歳の人よりも体力が低いことが分かっています。若くても、運動しなければそのレベルです。老若男女を問わずやった方がいいと思います。
ありがとうございます! アプリも入れたので、インターバル速歩します!!!
先生の話を聞いて、効果的なウォーキングのやり方が分かった。ただダラダラと歩いていては意味がないのだ。
ちなみにインターバル速歩で30分歩いた場合、歩数は5,000から6,000歩になる。1万歩の半分だ。3分間ずっと速歩し続ける必要はなく、信号で止まっても問題ない。また週60分間速歩すればいいので、毎日が無理でも問題ない。なんて優しいんだろう。
同じ歩くなら、効果があるものがいいから、インターバル速歩をしようと思う。
取材・構成:地主恵亮
編集:はてな編集部
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