義父が亡くなってから、ばあさんはずっと団地で一人暮らしをしていました。私たち夫婦で月1回程度、様子を見に通っていたのですが、手術をきっかけに7カ月くらい入院することに。筋力も落ちて、幻覚のような意識障害もあらわれるようになりました。医師からも「退院しても一人暮らしは無理です」と言われました。当時住んでいた部屋が狭くて同居は無理だったので郊外のマンションを購入。ばあさんとの生活がはじまりました。
「大切な人が老いるのは苦しく、つらいこと」。そんな声をよく聞きます。ましてやその姿を日々目の当たりにする介護となれば、なおのことでしょう。しかし、滅入りそうな介護生活の中にも、ほのぼのとした笑いに昇華できたり、目線を変えることで気持ちが楽になったりする瞬間はある――そんなヒントを与えてくれるのが、介護経験を綴ったコミックエッセイです。
独特の感性フィルターを通して介護を描いてきた作者の方々は、介護をどのように受け入れ、自らの中でポジティブに昇華していったのでしょうか。
今回お話を伺うのは、認知症の義母を在宅で介護したイラストレーターのなとみみわさん。ブログ『あっけらかん』では、同居から看取りまでのおよそ9年間にわたるばあさんとの生活のハイライトをユーモラスなタッチの漫画とともに紹介しています。嫁として義母、「ばあさん」の介護にどう向き合ってきたのか聞きました。
――ブログで「ばあさん」と呼んでいる、お義母さまと同居することになった経緯から教えてください。
義父が亡くなってから、ばあさんはずっと団地で一人暮らしをしていました。私たち夫婦で月1回程度、様子を見に通っていたのですが、手術をきっかけに7カ月くらい入院することに。筋力も落ちて、幻覚のような意識障害もあらわれるようになりました。医師からも「退院しても一人暮らしは無理です」と言われました。当時住んでいた部屋が狭くて同居は無理だったので郊外のマンションを購入。ばあさんとの生活がはじまりました。
――ばあさんとの暮らしを漫画にしようと思われたのは、なぜだったのでしょうか?
同居して最初の頃はとにかくばあさんの天然ボケぶりが面白かったんですよね。いま振り返ると、すでに認知症がはじまっていたのかなと思うのですが。たとえば、デイサービスの迎えを、朝4時から待っていたり、目薬を冷蔵庫にしまったり。毎日何かしらクスっと笑えることが多かったので、本当は息子の育児を綴るつもりのブログが、いつのまにかばあさんネタが増えていった感じです。
――なとみさんのコミックエッセイの中でのばあさんは、とてもチャーミングに描かれていますが、実際のところ初めての介護経験とあって、大変なことも多かったのでは。
そうですね。家族で抱え込んでしまうと、すごく辛いので、使える“カード”はすべて使い切ろうと思いました。ケアマネジャーさんやデイサービスのスタッフの皆さんには、いろいろ教えてもらいましたし、介護保険の活用も勉強しました。ケアマネジャーさんも合う人、合わない人がいると聞きますが、さいわいなことに担当してくれた方は知識と経験も豊富で、判断の早さも秀逸だったのでとても助かりました。
――円滑な在宅介護のためには、良い協力者との出会いが必要かもしれませんね。
それは絶対だと思います。ばあさんは最後、要介護5の寝たきり状態での退院でした。ばあさんも家に帰りたがっていましたし、「家で看取ろうね」と家族で決めていたんです。決めてはいましたが、介護保険の点数のこともよく知らないし、「訪問介護の方には週に何回来てもらえるだろう?」「訪問入浴も必要だよね〜〜」「上手に点滴変えられるかなあ……」と正直不安もたくさんありました。
そんな時、デイサービスの方が「うちに連れておいで」と声を掛けてくれたんです。「要介護5で全然動けないし、車椅子にも座れないんですよ」と話したら、それでも大丈夫だよとおっしゃってくれて。あれは本当に、涙が出るぐらい嬉しかったです。結局、退院予定日の前日に、ばあさんは逝ってしまったんですけどね。
あと近所の人にも「ばあさんは少し認知症なんですよ〜」と伝えてました。とにかく誰にでも助けてもらえるように意識しましたね。隠すのではなく、周りにもきちんと伝えておいたほうが、絶対にいいと思います。
――なるほど。あえてオープンな雰囲気をつくるわけですね。
はい。ただ、それでも亡くなる1年前に動けなくなった時があって、その期間は本当につらかったです(笑)。特に、夫は実母が衰えていく姿を直視できず、積極的に関わってくれなくて、かなり喧嘩もしました。
――ご主人の気持ちも分からなくないというか、つらいところですよね……。
気持ちを切り替えられないと、辛いですよね。親の介護は。介護って段階が進む度に、ひとつハードルを飛び越えないと前に進めない感じがするんですけど、そこで夫とぶつかって、3回ぐらい大喧嘩しましたね。最終的には一緒に飛び越えてくれましたが(笑)。家族の協力体制は絶対必要ですからね。
――ご主人も心折れずに向き合ってくれたということで、結果としては喧嘩も良かったということですね。
そうですね。やっぱり実の子どもだと、やる気が出るみたいです。たとえば、ばあさんが倒れた時、夫が「絶対、歩かせるから」って鬼コーチのように厳しくなって「歩け歩け」って。ばあさんが「怖いよ」って言ったら「俺が支えてあげるから、大丈夫だから、安心して歩いてみな」ってあきらめないで、付き合うんですよね。それで、歩けるようになったんです。「頑張ったね」って言ったら「だって、息子があんな風に言ってくれたら嬉しいじゃない」って。嫁がいくら言ってもダメだったけど、結局、息子が言うと歩けるようになったんですよね。
――なるほど。ちなみに、在宅介護の中でも排泄介助は大変な項目のひとつと聞きますが、どうでしたか?
ばあさんの場合ですが、具合が悪い時に一人でトイレに行くと、指や下着に便がついてしまうことがありました。それに気づかずそのままトイレから布団に移動すると便がそこら中についてしまうんです。そうすると大変なので、「夜中にトイレに行きたくなったら必ず声をかけてね」と言っても、その時は分かったっていうのですが、申し訳ないと思ったのか呼んでくれないんですよね。だから、ばあさんが起きだす時間を見計らって待機しているようにしました。
――待機、すごいです……。そこまでできたのは、やはり愛情あってのことでしょうか?
正直、性格的には合わなかったんですよね(笑)。
でも、とにかく温和で優しい人だったんです。たとえば、まだ歩けた頃、一人で病院に行くと、帰りにコンビニに寄って家族にお土産を買ってくるんです。とにかく“人に分け与えたい人”だったんですよね。電動ベッドにした時にも、すごく喜んでくれて、一人で外に出られない状態だったんですが、マンションの自動販売機まで一人で行って、転んで顔にアザをつくったことがあったんです。「何でジュースを買いに行ったの?」って聞いたら、「電動ベッドの御礼にジュースをあげたいと思って」って。そういう人でしたから、大切にしなきゃと思えたのかな。
――とはいえ、ストレスも蓄積してしまいそうですが、どのように解消されていましたか?
イラストの仕事を通じて介護仲間ができたことが幸運でした。実は、いま女性セブンで『伴走介護』という企画を担当している女性記者さんのご両親が、偶然同じマンションだったんです。彼女も認知症の実母を介護していたので、仕事以外の場でも自然と会話するようになりました。そこから縁が広がり、認知症専門医の女医さん、遠距離介護をされているイラストレーターさんなど、5人くらいで定期的に集まるようになったんです。お酒も好きなので、呑みながら介護仲間と語らう時間が心の支えになりましたね。
――皆さん集まると、どんな話をされるのでしょうか?
皆、母親の介護をしているケースが多いので「やっぱり女は強いね~」みたいな、とりとめのないことを話しています(笑)。どうしても実の親子だと、我慢できずにぶつかっちゃって、上手くいかないこともありますよね。やはり人の数だけ親子関係があるので、親の介護の向き合い方や割り切り方って難しいな〜〜と思います。私も以前は実母に対して、いつも腹を立て、会えばケンカ、電話でもケンカ、という状態だったのですが、最近はイライラしたら「ネタになる!」とモチベーションにして乗り越えられるようになりました(笑)
――特に在宅介護では、「介護に時間が割かれる=自分にとって大事な人生の時間を取られる」と捉えてしまいがちかもしれません。そうなると余計につらいかもしれないです。
そうですね。在宅介護をするのであれば、色々なサービスを使ってネガティブ要素を少しでも減らしてもらいたいなと思います。ばあさんもショートステイを嫌がっていましたが、「ごめん!どうしても温泉行きたいの!!」とお願いして納得してもらいましたね(笑)。飲みに行くのもストレス発散になったので、そこは夫にも理解してもらいました。
――介護と向き合うためには、自分に正直になることが肝心なのかもしれませんね。ちなみに、介護経験でなとみさん自身が変わったことはありますか?
自分が死ぬことより、年老いていくことにずっと恐怖を感じでいました。ましてや認知症に対しては物忘れや徘徊など、とってもネガティブな印象しかなかったので、自分もそうなったらどうしよう……と、怖かったんです。でもばあさんを見てると全然そんなんじゃないんですよ(笑)。徘徊もしないし、「あんた、私のお金とったでしょ!?」とかも言わない(笑)。認知症にも性格や生活環境で個人差があるのかな〜と思いました。
ばあさんの介護を通して、日々認知症に関する知識や情報を本やネットでゲットし、認知症を知っていくことで、少し恐怖心が減ったような気がします。自分の老後に対して、少しですけど、どんと構えられるようになったと思います。
――なるほど。なとみさんの考え方に勇気づけられます。では、最後にこれから介護をするかもしれない人たちにメッセージをお願いいたします。
「できるだけ一人で抱え込まないこと」「介護保険の点数ギリギリまで使い切ること」「困ったらすぐに役所や地域包括センターなど、とにかく誰かに相談すること」、この3つは絶対ですね。介護は直接の介助以外にも、手続きなどで時間を取られます。それをどう効率よく、情報を駆使して乗り切るかがコツだと思います。
あと、介護は誰しもネガティブに感じてしまうものかもしれません。でも、私は「人ってこうやって年をとっていくんだ」「こうして死んでいくんだ」という姿を全部ばあさんに見せてもらったので、色々な学びが得られたと思っています。ばあさんの介護をしたおかげで、私はこうはならないようにしようとか、こういう準備をしておこうとか考えるようになりました。老いは避けて通れない道なので、考え方次第で、介護は人生の勉強になるはずです。
なとみみわさんの新刊書籍が発売中。実録マンガに、老年行動学の佐藤教授が解説しています。
ビジネスからグルメまで幅広いジャンルで記事を執筆。
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