年齢とともに、何か新しいことを始める際にハードルの高さを感じたり、「もうこんな歳だから……」と遠慮してしまったりすることはよくあることかもしれません。
テレビドラマ『水戸黄門』の格さん(2代目)役で一躍名を馳せ、アニメ映画『ライオン・キング』では主人公シンバの父ムファサの吹替を務めるなど、半世紀にわたり俳優として活躍している大和田伸也さんは、2022年11月からYouTubeで『スプラトゥーン3』や『ポケットモンスター バイオレット』のプレイ動画を配信し始めました。
誰もが認める実績と名声のある大御所がゲーム系YouTuberを始めたきっかけは、息子の健介さんが大和田さんのプレイ中の姿を「面白い」と動画に撮り、ネットにアップし始めたことから。その様子はテレビや映画で見る威風堂々とした姿からは想像できないほど茶目っ気たっぷりで、操作方法に悩みながらもプレイを進め、ストーリーに没入し、泣いたり笑ったり……。そんな大和田さんの姿は、ゲームファンの間でも注目されています。
「ずっと自然体でいることを大切にしてきた」と語る大和田さん。新しい分野にも臆せず飛び込む姿勢や、キャリアにあぐらをかかず、フラットな目線を保つ秘訣(ひけつ)についてお聞きしました。
――大和田さんは現在ゲームのプレイ動画を中心としたチャンネル「大和田伸也の隠れ家」に出演されていますが、昔からゲームをされていたのでしょうか?
大和田伸也さん(以下、大和田):『水戸黄門』の撮影の合間に、当時販売されていた任天堂『ゲーム&ウオッチ』をプレイしたりということはありましたが、のめり込むほどではなかったですね。
どちらかというと、「そんなことに時間を使っていないで、他にやるべきことがあるだろう」というタイプで、仕事以外の時間は舞台や映画の演出プランを練ったり、台本の原稿を書いたりして、ゲームに時間を使うことがなかったんです。
その後手にしたのが、NINTENDO64で発売された『ゴールデンアイ 007』。映画の007シリーズは大好きだったので、息子の健介がプレイしているのを見て、一緒にプレイするようになりました。他にも囲碁やゴルフなど、趣味とつながるようなゲームをプレイしていましたね。
――ゲームにはさほど関心がなかった大和田さんが、現在の『スプラトゥーン3』や『ポケットモンスター バイオレット』をプレイするようになったのは、そこにどんな魅力を感じたからですか。
大和田:スプラトゥーンはフィールドを自分のチームの色に塗っていき、その広さを競うゲームですが、思い切って色を塗っていくのがとても気持ちいいし、昔のテレビゲームと比べるとグラフィックも驚くほどきれいになっていますよね。もともと油絵を描くのが趣味だったせいか、縦横無尽に色を塗っていくのが楽しくて。
――YouTubeではパジャマ姿でゲームをされていることもありましたよね。なんだか休日にお父さんがゲームをしているのを横で眺めているような気持ちになってしまいました(笑)。一方、ポケモンでキャラクターのセリフを読み上げているところなんかは、さすがといった感じで。
大和田:ポケモンはいろいろなキャラクターが出てくるし、仲間がどんどん増えていくのがうれしい。キャラクターのセリフに勝手にアテレコしたりもして楽しんでいます。先日、相棒ポケモンの「ぺろ」が進化したときには、そのあまりの成長ぶりに親のような気持ちで涙してしまいました(笑)。(編集部注:大和田さんが冒険を共にしてきたウェルカモがウェーニバルへと進化した)
――分かる気がします。一緒に旅をしてきた相棒の成長した姿、グッときますよね。最初はあんなに小さかったのに……って。
大和田:あと、対戦格闘ゲームってあるでしょ、私はあれがどうも苦手で(笑)。相手の早技についていけずに負けちゃうんですよね。昔はそういったゲームが多かったこともあってか、心から楽しむことができなかったのかもしれません。今はもっとストーリーを味わったり、スローに楽しんだりできるゲームが多くて、始めやすいですよね。
――大和田さんと年齢が近いシニアの方におすすめのゲームはありますか。
大和田:入口としてよさそうなのは、実際の趣味とつながりのあるゲームでしょうか。私の場合はゴルフや囲碁のゲームがそうでした。あとは、年齢を重ねるとどうしてもスピードで若い人に勝てなくなってくるので、対戦型のゲームよりも、自分のペースでゆっくり進められるものがいいんじゃないかな。
ポケモンは1人でじっくり進められるし、ポケモンやトレーナーたちとの交流を通して仲間との絆を感じられるシーンも多くて、おすすめしたいです。慣れてくると、自然とスピードもついてきますよ。
――演劇ひと筋のイメージが強い大和田さんがよもやゲーム系YouTuberになるとは誰も想像していなかったと思いますが、YouTubeを始めたことで、ご自身の中で何か変化したことはありますか。
大和田:「大和田さんってゲームをする人なんだ」ということが認知されていくにつれ、ゲームを介した人とのつながりが広がりました。例えばゲーム実況でもとても有名なお笑い芸人の狩野英孝さんとは、ゲームでコラボしたこともあって。現代的なデジタルなカルチャーに触れ、その世界にいる人と関わることで自分もなんだか元気になれるんですよ。
――若手の役者さんなどは大和田さんを目の前にするとやはり緊張してしまうと思いますが、ゲームのように共通の話題があれば、すごく心の距離が近づきそうです。
大和田:それから、デジタル文化に日常的に触れていることで、役者の仕事でもそうした新しいモノに臆することがなくなりました。
『鋼の錬金術師』の実写映画作品に出演したとき、撮影スタジオに入って驚いたのは、セットがなくて全面がグリーンバック(CG合成用の背景)だったことです。普段CGやデジタルに触れることが少ないと「ここで芝居をするのか?」と面食らってしまうし、演じにくいと感じることもあるでしょう。ですが「こういう時代になったんだなぁ」と驚きはしましたが、ネガティブな気持ちにはなりませんでした。
ポケモンのようにお子さんも手に取れるゲームをプレイしていたことで、ポケモンを題材にした番組から声をかけていただいたのも、1つの変化ですね。これまではやはりどうしても「俳優・大和田伸也」であることを心のどこかで意識していた部分もあって、周囲の人からそう思われていることも感じていました。でも、一歩踏み出してみたことで、より自然体の自分になれたと思います。それまでだったらお受けしなかったかもしれない仕事も積極的に受けるようになりましたし、楽しめるようになりました。
――自然体であろうとしながらも、やはり周囲からのイメージやご自身のキャリアを意識せざるをえないこともありますよね。
大和田:いろいろな役を演じてきて、その時々でファンの方から求められるものが違うんですよ。昔は格さんの「静まれ!」とか、印籠を出すしぐさをやってみせてくれと言われることが多かったし、ムファサの名台詞「思い出せ、お前が誰かを」なんかもそうでしたね。
最近だと、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』でヒロインの祖父役を演じたときには、すっかり“おじいちゃん”のイメージで。昔出演した朝ドラ『藍より青く』ではヒロインの相手役だったのに(笑)。あぁ、自分は今おじいちゃんになったんだなと感じる出来事でもありました。
それが、ゲーム配信をするようになったことでまた変化し始めているというか。今はまた違った“大和田伸也像”が作られつつあるのかもしれません。
――先ほど「自然体」とおっしゃいましたが、大和田さんにとってはどのような意味なのでしょうか。
大和田:例えば「いろいろな役を演じる中で、切り替えや役作りはどうしているんですか」と尋ねられることがあります。役作りをしっかりやるというタイプの役者さんがいる一方で、私は「自分の中にあるもの」が自然に出てくるタイプ。それから、仕事を受けるときはその役がいい役かどうかとか、自分のキャリアやイメージにとってどうか……よりも、面白そうだと思えばやる、というスタンスです。そういった「自分の心に従う」という意味で自然体だと思います。
――「演じよう」という気持ちではなく、役柄とシンクロするようなイメージでしょうか。お仕事以外で「自然体」な部分は?
大和田:生き方そのものですね。見栄を張るために高級車や高級ブランドの腕時計をあれこれ買ったりもしませんし、着るものも普段はラフなジーパンばかり。何をやるにしても、自分は自分だという気持ちを大切にしています。
年を重ねると、どうしても「もういい年だから」といろいろなことから距離を置いてしまうことが多くなるでしょう。「もう何歳なのに」「〇〇会社のお偉いさんなのに」みたいな周囲の目も気になるし、どんどん自分を縛るものが増えてくるんですよ。
それを払拭していくためにも、年齢や時代に引きずられない自然体の自分はずっと大事にしていきたいですね。「もういい歳だから」なんて言ってあきらめていたら、時間がもったいないですよ(笑)。
――年齢を重ねることで、むしろ「できるようになった」ことはありますか。
大和田:以前なら今ひとつ分からなかったことが感じ取れるようになりました。
例えば映画を観ていても、若いころには理解できなかった人物のセリフや心情が、すごく理解できるようになっているんですよ。『ベニスに死す』という映画は若いころにも観ましたが、あらためて見直してみると、この歳になったからこそ感じ取れるものがあるんです。
それは老練な作曲家のアッシェンバッハが美少年タッジオの若さに抱いた渇望だったり、2人の微妙な関係性だったり。そういった人間の根源的な部分が見えてくるといった発見もありました。
ゲームをプレイするようになったのも、むしろ年齢を重ねたからこそかもしれません。興味を持ったことはどんどんやってしまおうって。
――そこも、年齢や世間からのイメージではなくご自身の心の声に従う「自然体」な生き方かもしれませんね。
大和田:そうですね。それで1つ思い出したことがあるんですが、昔からサインなどを頼まれるときに「夢と情熱」というメッセージを添えていたんです。以前自分が書いた本(『オヤジに言わせろ! 人生は夢と情熱』1999年、竹内書店新社刊)でも、タイトルに入れていて。でもある歳になったときにそれをやめて「人がいてこそ」みたいな、少し哲学的なメッセージを書くようになって。ちょっと年齢相応なことを書こうと思っていたんですね(笑)。
でも、10年くらい前に、ふと「夢と情熱って、これから大事なんだ」と感じて。
その夢というのは、子どものころに思い描くような壮大なものでなくてもいいんですよ。家庭菜園で新しい野菜を植えてみようとか、暑い時期だし風鈴を手作りしてみようとか。そんなふうに、未来に向けて何か「やってみよう」と思えるものを見つけて、情熱を傾け行動すること。これができるなら、年齢や過去に築いてきたものに関係なく、自分が生きている今を“青春”といっていいんじゃないかと思ったんです。
――60代や70代では、大和田さんのように新しいものをどんどん取り込んで楽しむ人と、そうでない人の差が大きくなるように感じます。いったい何が違うのだと思いますか?
大和田:好奇心でしょうか。私の場合は、仕事柄、普段からいろいろなコンテンツに触れるようにしています。テレビや映画も幅広く観るし、仕事の現場で若い人の会話にも混ざって、彼らは何が好きなのか、どんなモノが流行っているのかを知るきっかけにもしていますし。『MARVEL』のシリーズは全部観ているし、『推しの子』のアニメも観ましたよ。
――『推しの子』まで! 大和田さんのイメージが変わりました(笑)。最後に、やってみたいことがあるけれど、一歩踏み出す勇気がほしいという人に向けてアドバイスをいただけますか。
大和田:たとえわずかでも好奇心があるなら、あとは周囲の人に助けてもらうことです。私がゲームをするようになったときも、最初はコントローラーの握り方も分からなかったし、本体の電源ボタンの位置も分かりませんでした(笑)。
でも「分からないなぁ」と言いながらやっていると、息子や周囲の若い人が「それはね……」と助けてくれるし、いつの間にかできるようになっているものなんです。ゲームに限らず「こんなの分からない」と投げ出すのは簡単ですが、とにかく始めてみると意外とできてしまったりするものですよ。
年齢や過去の栄光にこだわりすぎて、せっかく芽生えた好奇心にフタをしてしまうのはもったいない。ささやかでも夢を持ち続け、青春を楽しんでほしいです。もちろん私もそのつもりです。ゲームはこれからも続けますし、ポケモンの新作ゲームが出たら絶対にプレイしたいですね。
取材:構成:藤堂真衣
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部
tayoriniをフォローして
最新情報を受け取る