猫も人間も同じで「ベタベタしない」。「猫動画」でバズった長楽寺の住職夫妻に聞いた、夫婦の適度な距離感

年齢を重ねて夫婦の時間が増える中で、「二人で過ごす時間も大事だけど、一人で楽しむ時間だって大切にしたい」と思うときがあるのではないでしょうか。

長く一緒に暮らしていくからこそ、適切な距離の保ち方、コミュニケーションの取り方を探したいものです。

今回は「猫動画」で人気を集める那須の長楽寺の住職・鈴木祥蔵さん、繭子さん夫妻にお話をお伺いしました。

栃木・那須町で約400年続く同寺のTwitter(4月1日時点で25.2万フォロワー)の公式アカウントがスタートしたのは2015年。2020年にはYouTubeチャンネル(4月1日時点で登録者数12.7万人)も開設し、お寺の日常が配信されています。

中でも、今年で60歳になる住職がお寺で暮らす6匹の猫たちと共に、仲良く朝ごはんを食べる姿は「癒やされる」と評判に。

SNSの更新を担当しているのは妻の繭子さん。猫や住職への愛情が感じられる、ユーモアたっぷりのコメントも魅力の一つです。

そんな猫たちと平和に暮らすお二人に、穏やかな夫婦関係を築くヒントをお聞きしました。(※取材はオンラインで実施しました)

今回のtayoriniなる人
鈴木祥蔵さん・繭子さん
鈴木祥蔵さん・繭子さん 長楽寺は栃木県那須郡那須町に建立されたお寺。那須三十三所観音霊場の第十二番礼所でもある。住職夫妻と娘さん、猫6匹でのんびり暮らしている。TwitterやYouTubeなどで、毎日の朝食風景や住職と猫のふれあいが人気になっている。書籍に『6匹の猫と住職 あるがままに暮らす那須の長楽寺』(主婦の友社)、『てらねこ 毎日が幸せになる お寺と猫の連れ添い方』(KADOKAWA)。

日常だった「住職と猫の朝ごはん」がSNSで大ブレーク

──「那須の長楽寺」のTwitterアカウントやYouTubeチャンネルでは、連日猫たちのかわいい姿が公開されていますね。動画や写真は繭子さんが担当されていると伺いました。

ある日の朝ごはんの風景(長楽寺のTwitterより)
鈴木繭子さん(以下、繭子さん)

はい、そうなんです。Twitterは2015年、YouTubeは2020年に始めたのですが、当初から毎日決まった時間に私がアップしています。

住職の鈴木祥蔵さん(以下、住職)

僕はいまだにガラケーを愛用しているので、スマホを持ってる母ちゃん(繭子さん)にしてもらってる。

繭子さん

私だってSNSやパソコン作業は苦手だったのに、住職からある日いきなり「Twitterやって」って言われたんですよ。ひどいと思いません?(笑)

──あらら……(笑)。住職はなぜお寺のTwitterを始めようと思われたんですか?

住職

もともとは、境内にあるお墓の契約をしてもらいたいというところからスタートしたんですよ。宣伝のためにお寺のホームページを作ったんですけど、誰も見てくれない。
何かいい方法はないかとホームページを作ってくれた業者さんに相談したら「Twitterというものがある」と提案してくれたんです。Twitterが日常的に更新されていれば、何度も見に来てくれる人もいるだろうと。それで、うちの母ちゃん(繭子さん)がスマホを持ってたし、ちょうどいいやと思って。

繭子さん

台所にいたら、いきなりそんな話になってたので驚きましたよ。「やって」「やらない」の応酬で危うくけんかになるところでした。

住職

業者さんがうまいこと間に入ってくれたおかげで、なんとか夫婦げんかにはならず今に至っております(笑)。

──なるほど、当初の目的はお墓の土地契約のためだったんですね。でもそれにしては、お墓のことはSNSでは見かけないように思います。猫たちのことをアップし始めたのは、何かきっかけがあったのですか?

繭子さん

やると決めたからには、毎日同じ時間に更新しようと思ったんです。ただ、うちは観光名所ではないし、檀家さんの負担を減らすために行事も極力少なくしているので、紹介するネタがなかったんですよね。
どうしたものかと思っていたら、目の前にうちの猫たちがいたので「これだ!」と。

住職

最初はネタがなくてね。(繭子さんが)猫のフリをして「◯◯だニャー」とか言ってたよね。

繭子さん

まずは「お寺はハードルが高くない」とお伝えするつもりだったんです。
お寺の人もお酒を飲んだり、クリスマスを祝ったり、普通のご家庭とそんなに変わらない生活をしているんですよね。それを知ってもらえたらいいのではないかと思っていました。
日常の出来事を猫の目線でつぶやいてみたのですが、1週間も続かなくて……。それならいっそのこと、目の前の「住職と猫の朝ごはん」をそのままお伝えしようと。

──朝ごはんを食べる住職の周りに猫たちが集まってくるのは、本当に日常のことだったんですね。

住職

最初にうちに来たミーコが、僕が朝ごはんを食べてるときに「自分も欲しい」って寄ってきたんですよ。ミーコは朝ごはん食べたはずなのにね。
それで猫のおやつをあげるようにしたら、ミーコが生んだ3匹と、あとから来た2匹もまねするようになったんです。

繭子さん

ミーコ1匹だったころから数えたら、もう10年は住職の椅子を猫が取り囲むフォーメーションが続いています。その様子を日々アップしていたら、徐々にいろんな人に見ていただけるようになりました。
最初は嫌だったSNSはやってみると意外に楽しくて、写真や動画の見せ方をいろいろ工夫するようになりましたね。自分に合っていたのかもしれません。

みんなでごはん(長楽寺のTwitterより)

人間も猫も同じで「ベタベタしない」。夫婦の程よい距離の保ち方

──ところで、朝ごはんを食べる住職と猫たちの後ろに、モーニング娘。の加賀楓さんのポスターやグッズがたくさん見えていますね。住職がファンでいらっしゃるのでしょうか。

繭子さん

いえ、私が大ファンで、動画の背景に必ず映るようにディスプレイしています。加賀さんがモーニング娘。に入るときに映像を見て「かわいい! 応援したい!」と思って、そこからイベントやコンサートにも足を運んでいます。

──繭子さんの趣味だったのですか! 住職は、繭子さんの「推し活」をどうご覧になられていますか?

住職

僕はお寺の用事さえ済ませてくれたら、人の趣味にはとやかく言わないですよ。

──繭子さんがイベントに出かけている間は、猫たちと遊んでいたりするのでしょうか。

住職

いやいや、暇だからってちょっかい出したら猫に怒られるよ(笑)。

繭子さん

YouTubeの動画ではずっと一緒にいるように見えますけど、猫は飼い主がいるからといって常にすり寄ってくるわけじゃないんですよね。
住職がこたつでゆっくりしてるときにいつの間にか近くで寝ていたり、気が向いたときに住職のそばをうろついたりするくらいです。

住職

家族だからといって、ずっと一緒にいてベタベタくっついてたら息苦しいでしょう? 猫もそんなもんだよ。お互いが嫌だと思うことはしないようにして、自由に過ごす。猫も人間の家族も、それくらいがちょうどいいんじゃないかな。

お二人のお話を聞く猫たち、取材中にも自由に出入りしていました
繭子さん

猫たちとも最初からうまくいっていたわけではありません。猫が悪いことをすれば叱りましたし、逆にこちらが「こんなことは嫌がるからやめておこう」と決めたこともありました。
お互いに少しずつ学んで、信頼関係を作っていきましたね。そんなところも、人間の家族との接し方と同じかもしれませんね。

──ちなみに住職には、何かご趣味はおありですか?

繭子さん

住職の趣味は庭いじりくらいかな?

住職

いや、庭いじりは趣味というか、お寺の手入れだから(笑)。
結婚する前の若いころは、付き合いでお酒を飲んだり、お小遣いの範囲でパチンコに行ったりしたこともあるけど、お酒はそもそも弱いし、パチンコだってそんなにしょっちゅうは行かないしね。
仏教には「十善戒(じゅうぜんかい)」という戒律があって、そのうちの一つに「不慳貪(ふけんどん)」、つまり「ものに執着しない」という教えがあります。
もちろん、趣味を楽しむことは悪いことじゃないんですよ。でも、一つのことに凝り固まっていると、心のバランスを崩してしまいかねない。なので、僕自身はあまり特定のものにのめり込み過ぎるのは良くないだろう、と考えています。

──住職は仏教の教えを守りつつ、繭子さんの趣味も尊重されているのですね。
動画を拝見していると、猫たちのかわいさもさることながら、お二人の穏やかな関係性が感じられて微笑ましいのですが、お二人は結婚されて何年になるのですか?

住職

17年かな。長いこと独身だったんですが、檀家さんからご紹介があって。

繭子さん

私は再婚で子連れだったんです。今年23歳になる娘がいます。再婚する気はなかったんですけど、「お寺の和尚さんでいい人がいるよ」と勧められて、なんとなく興味を引かれたんです。会ってみたらこんな感じの優しい雰囲気の人だったから「いいな」って。

お寺の外観(長楽寺のTwitterより)

──お寺というと檀家さんとのお付き合いや独特の習慣もあるかと思いますが、繭子さんはすぐになじまれたんですか?

住職

お寺のことよりも、僕の母と同居することになったから、そっちが大変だったと思う。

繭子さん

同居に関しては、確かに最初の頃はなかなかしんどく感じることもありましたね。あと、結婚して最初のお正月に、住職が別のお寺に数日間出張に行ってしまったということがあって。

住職

小さなお寺なので、要請があれば他のお寺の応援に行かなくちゃいけなくて、仕方なく。

繭子さん

お正月なので親族の方も実家(お寺)に帰ってきますよね。ただそれだけじゃなくて檀家さんも訪ねて来られるので、一人でどう対応するのがいいか全く分からなくて……。あのときはさすがに、住職に不満を漏らしましたね。

──結婚後最初のお正月にお一人、かつ檀家さんの対応もある、というのは確かに心細いですね……。こういった繭子さんの不安や大変さが重なると、お二人の関係にもひびが入ってしまうことになりかねないですよね。どうやって乗り越えたのですか?

繭子さん

住職は私が愚痴をこぼすとちゃんと聞いてくれたんです。それが良かったのかな。
何かアドバイスしてほしいわけじゃなく、ただ自分の言いたいことをぶつけたいときってあるでしょう? その気持ちをくんでくれたのはありがたかったです。

住職

母はもう亡くなりましたが、嫁姑問題や相続問題、家族によくあるトラブルはひと通りうちでも経験しましたね。

繭子さん

そういうことを経験した分、檀家さんたちの相談ごとを親身になって聞けるようになりましたね。
もちろん、聞くだけで全てが解決するわけではありません。ですが、「ただひたすら聞いてほしい」という願いをおろそかにしないことは、夫婦でもほかの人間関係でも大事なことだと思います。

たくさんの人に喜ばれるように、家族みんなで試行錯誤していきたい

──お話を聞いていると、適度な距離を保ちつつ、お互いの話にはしっかり耳を傾けるというスタンスがお二人のいい関係に繋がっているのかなと感じました。

繭子さん

いい関係かどうかは自分たちでは分からないのですが……。そういえば娘からも「二人は仲がいいよね。いつも、ずっとしゃべっているし」と言われたことがあります。

──相手の話に耳を傾ける時間を大切にすると、自然と会話も増えますよね。そうしたことが穏やかな関係性につながっているのかもしれないですね。

繭子さん

ありがとうございます。そうだ。娘といえば、大学を卒業して春から自宅に戻ってきて仕事を手伝ってくれているんです。

──そうなんですね。娘さんが戻ってきたのは、お二人の暮らしにとって大きな変化ですね。

繭子さん

私も住職も大喜びです。Twitterを始めたときも娘にアドバイスをもらっていましたし、心強いですね。

住職

これまでとはまた違った若い目線で、お寺のことをお伝えできるんじゃないかな。

繭子さん

娘から見て、猫と私たち夫婦の日常がどういうふうに映っているのかを知る機会になりそうで、とても楽しみなんです。

「アンモニャイト」(娘さんが運営する長楽寺のInstagramより)

──「猫動画」がSNSでバズったことで、お二人の生活に変化もあったかと思うんですが、そのへんはどうですか。

住職

確かに、SNSがこんなにたくさんの人に見てもらえるものとは思ってなかったし。全国から猫に会いに参拝にくる人がいたり、テレビやネットでも取り上げられたり。気付いたら「猫寺」扱いになってたね(笑)。

繭子さん

本当にそうね。TwitterやYouTubeをたくさんの方に見ていただいて、本当に感謝しています。
その後の変化でいうと、最近、私は「てらねこ」という名義で個人事業主として独立したんですよ。YouTubeの配信やグッズ制作は、こちらの名義で行うことにして、ありがたいことにとても忙しくさせてもらっています。

──それはすごいですね! これからお二人でどうしていきたいと考えてらっしゃいますか。

住職

自分たちが何かをしたいというよりも、檀家さんやフォロワーさんが喜んでくれるかどうかをまず考えてやっていきたいですね。

繭子さん

そのへんは住職と同じです。お寺が有名になってネット上だけではなく、檀家さんもすごく喜んでくださっているんです。「動画が話題になったよ」「お寺を自慢できる」と言ってもらえると、続けてきて良かったなと思います。
娘も戻ってきたことですし、もっと喜ばれるように、これからは家族みんなで試行錯誤しながらやっていきたいですね。

取材・構成:油井やすこ
編集:はてな編集部

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