災害時に避難が遅れる高齢者の心理――離れた家族にできることは?

近年、日本各地で頻発する大型台風や水害、土砂災害。もし、高齢の両親が暮らす地域に危険が迫ってきたら、心配するのは当然のこと。しかし、連絡しても、「心配いらない」「避難所には行きたくない」などの返事にやきもきした経験がある人もいるのでは。

今回は、関西国際大学で防災まちづくりを専門とする村田昌彦教授に、「災害から逃げようとしない人の心理」や「離れて暮らす家族がとるべき事前対策」などを教えてもらいます。

今回のtayoriniなる人
村田昌彦さん
村田昌彦さん 関西国際大学教授。専門は、防災・減災、防災まちづくり、国際防災協力。東京大学工学部卒業後、兵庫県庁に土木職で入庁。1995年の阪神・淡路大震災で海外からも多くの支援を受けたことから、その恩返しとして、震災の経験と教訓を語り継ぎ、被災地の復興や、防災減災に役に立つ情報発信を国内外で行う。兵庫県庁を退職後、2016年春から現職。関西国際大学では、セーフティマネジメント教育研究センターを立ち上げ、次世代を担う大学生に安全・安心教育を行う。

行動や避難が遅れる3つのバイアス

――災害時には、「避難意識が低い親にイライラする」というSNS投稿をよく見かけます。そもそも高齢者は、防災や避難意識が低い傾向にあるのでしょうか?

村田

高齢者だからというよりは、住んでいる地域や、その人自身の経験が影響していると思います。被災経験がある高齢者は、経験が後押しして、対策をとって早めに避難する傾向にあります。一方、これまで大きな災害を経験していない人は、「自分は大丈夫だろう」と軽視し、避難行動が遅れがちです。

このように、災害のような緊急事態になると、「正常性バイアス」「楽観主義バイアス」「同調性バイアス」という3つのバイアスがかかると言われています。

――3つのバイアスについて、それぞれどのようなものか教えてください。

村田

人はいつもと違った状況になると、心を平穏に保とうと「防衛反応」のようなものが働きます。これが「正常性バイアス」です。例えば、警報や注意報が流れても、「そこまで大変な事態にはならないだろう」など、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする心の動きです。

――なるほど。では、「楽観主義バイアス」「同調性バイアス」とは?

村田

「楽観主義バイアス」も、正常性バイアスと似ていますが、異常事態が進行していても、「自分の地域は、これまでの経験上、きっと大丈夫」など、楽観的に状況を判断してしまうことを指します。「同調性バイアス」は、異変が起こり、どうしたらいいのかをすぐに判断できない場合、自ら率先して行動を起こすのではなく、周囲の行動を観察してから、自分も同じ行動を取ろうとすることです。

これら3つのバイアスは、基本的には災害時に、年齢にあまり関係なく働くと考えてよいでしょう。

――高齢者特有の心理はありますか?

村田

「子は自立して親離れしている」「自分はリタイアして社会的に重要な立場にはいない」と感じている高齢者は、「自分が亡くなっても、もう困る人はいないのでは?」と考えて、災害対策や避難を億劫に思う人もいるかもしれません。

――そういった場合、家族は何をどう伝えたらよいでしょうか?

村田

「避難すれば助かること」「もし被災したら、家族をはじめ多くの人が悲しむこと」「逃げ遅れると救助に多大な労力が必要となること」などを伝えましょう。「避難準備・高齢者等避難開始」の情報が出たときには、いち早く避難するべきだと事前に意識してもらうことが大切です。

まずは、自治体のハザードマップと避難ルートを確認!

――防災対策をせず、避難する意識が低い親に対して、つい口調が強くなってしまう…という声を聞きます。避難を促す際、取るべきではない言動があれば教えてください。

村田

災害が迫っている最中に、いきなり「必要なものを準備しなさい、危ないから早く避難しなさい」と言われても、先ほど話したバイアスが働いたり、恐怖心を抱いたりして逆効果になることもあります。すると、「避難しよう」という意識より「もう諦めようかな」という気持ちが先にきてしまうこともあります。

当日に慌てて連絡するのではなく、「こうしたらもっと安全だし、私たちも安心できる」と、日ごろからコミュニケーションを取り、防災に関する意識を高めることが重要です。

――災害が起こる前の対策が要なのですね。どんなことから始めたらよいでしょうか?

村田

まずは、住んでいる周辺地域の災害リスクを知ることです。各自治体から出されている「ハザードマップ」をチェックしましょう。ハザードマップでは、被害想定区域や避難所、避難経路などの防災関係施設の位置などを示しています。地震、浸水、土砂崩れなど、災害の種類ごとに適切な避難ルートや避難場所を確認しておきましょう。

――ハザードマップって聞いたことはあるのですが、実はまだ見たことがなくて…。どこで手に入るのでしょうか。

村田

市役所などで無料配布されていますし、ウェブで閲覧できますよ。ぜひ、家族全員で確認してみてください。

――家族でコミュニケーションをとりながら、高齢者本人にきちんと確認してもらうことが重要なのですね。ちなみに、避難ルートをチェックする際のポイントはありますか?

村田

道順だけでなく、沿道に割れたガラスの破片が降ってきそうな建物や、倒れそうなブロック壁、木造の古い家などがないか、周囲の様子も実際に見ておきましょう。また、防災訓練のときは問題なく避難経路を通れても、いざ災害が起きると建物が崩れたり、水浸しになったりして通行できない事態も考えられます。できれば複数ルートをチェックしておきたいところです。

――わかりました。備えというと、どうしても防災バッグのイメージが先行してしまうのですが、まずは避難ルートの確認からですね。

村田

もちろん、非常用持ち出し袋の中身の点検も大切です。高齢者は、薬を飲んでいる人も多いと思います。余裕をもって、数日分の常備薬も入れておくと安心です。アレルギー体質なら、非常食も食べ慣れた安心できるものを確保しておきましょう。

日ごろからSNSツールに慣れておこう

――災害当日は、どのような手段で連絡を取るのが望ましいでしょうか?

村田

音声通信は、回線にアクセスが集中して繋がりにくくなるので、災害用伝言ダイヤルや、LINEなどのSNSが便利だと思います。

――親がSNSに疎い場合は、どうしたらよいでしょうか?

村田

災害時だけではなく、日ごろからコミュニケーションツールとして活用してみてはいかがでしょうか。災害時の情報連絡ツールとして捉えてしまうと、どうしてもハードルが高くなってしまいがちです。家族や孫と触れ合えるツールとしてSNSを楽しむ高齢者は意外と多いですよ。

――写真や動画など、顔が見えるとコミュニケーションがより円滑になりますよね。

村田

日常の楽しみも増えますしね。また今は、数千円から手に入る防犯カメラやベビーモニターカメラもあります。災害時以外にも、プライバシーの問題がクリアーできれば定期的に様子を確認できます。映像も含めた日常的な様子のやりとりを大切にしてほしいですね。

家族だけでなく、ご近所さんとのコミュニケーションもポイントに

――離れて暮らしていると、万が一何かあった際にすぐに様子を見に行くことができません。そんなときはどうしたらよいでしょうか?

村田

血の繋がった家族は非常に大きな繋がりですが、地域の繋がりも災害時には欠かせません。例えば、災害時に親と連絡がつかない場合、親の安否を確認してもらえるように自治会長や消防団員の連絡先を、親子で把握しておくこともオススメです。

――なるほど。家族だけでなんとかしよう!と考える必要はない、と。

村田

はい。親には、地域の防災訓練に参加して近所の人とコミュニケーションを取ってもらうなど、日ごろから周囲の人たちと顔の見える関係を築いてもらいましょう。子も、帰省の際には近所の方にきちんとご挨拶を。災害時には、こういった積み重ねが、大きな繋がりになるはずです。

――防災は、日ごろから継続して意識しておくことが重要ですね。

村田

防災意識は、人によって差があります。しかし、被災者の方のインタビューでは、「これまではここまで浸水したことがなかったから大丈夫だと思っていた」など、経験から対策や避難が遅れてしまい、後悔する人が必ずいます。2020年は、阪神・淡路大震災から25周年の節目の年。これをきっかけとして、多くの人が被災してから後悔するのではなく、しっかり備えた上で、たとえ避難が空振りになっても「今回は何も問題なく、幸運だった」と言う人が増えればいいな、と思います。

編集:ノオト

関紋加
関紋加

有限会社ノオト所属の編集者、ライター。ヨガウエアやオーガニックコスメの販売経験から、好きな分野は美容、健康、料理、ライフスタイルなど。現在は、企業のオウンドメディアを中心に活動中。

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