わずか数カ月で世界を一変させてしまった新型コロナウイルス。6月19日には県をまたぐ移動などの自粛要請が解除されたものの、マスク着用や「3密を避ける」といった感染予防のための行動を求められる日々は続いています。
急速に感染が拡大する中、メディアやSNSではさまざまな情報が目まぐるしく飛び交い、中には不確かな情報が混乱を引き起こした事例もありました。
特に高齢者など重症化するリスクの高い家族を持つ人にとっては、一体どの情報を信じればいいのか、家族にどう共有すればいいのか、戸惑う場面も多かったのではないでしょうか。
正しい情報を見分け、家族や大切な人と共有するにはどうすればいいのか。医学部卒業後に医療記者として活躍し、現在は朝日新聞が運営する「with news」の副編集長として日々多くのニュースと接する朽木誠一郎さんに、オンラインでお話を伺いました。(※取材は2020年5月21日に実施しました。本記事の内容は、取材時点の情報に基づき構成しています)
――朽木さんは新型コロナウイルス関連のニュースについて、これまでとは違うと感じることはありますか?
朽木
新型コロナウイルスの特徴として、世界中で急速に感染が広がったことと、それに伴う「情報更新の速さ」があると思います。
僕が2018年に出版した『健康を食い物にするメディアたち』では、ネット上にあふれる医療情報について、信頼できる情報かどうかを見分ける方法について書いています。
その中で、情報の判断基準として「5W2H」をチェックすることが有効だと書きました。「5W2H」はWHEN(いつ)、WHERE(どこで)、WHO(誰が)、WHY(なぜ)、WHAT(何を)、HOW(どのように)、HOW MUCH(いくら)という、物事を正確に伝える際の確認事項として用いられるものです。
僕はこの5W2Hを下記のような順番にして、情報をチェックしています。
しかし新型コロナウイルスに関しては、この「WHEN(いつ)」の部分が更新されるスピードがものすごく速くなったと感じます。昨日と今日で状況が一変してしまうこともあるので、情報の見極めがかなり難しくなったという印象です。
――TwitterなどのSNSでは、医療関係者や専門家の方も毎日さまざまな情報を発信されていました。とても心強い反面、専門家の間でも意見が分かれることもあって、受け取る側は一体どれが正しいのだろうと戸惑います。
朽木
各分野のトップクラスの専門家がSNSで直接発信しているのはすごいことだと思います。ただ、今回起こっている出来事はあまりに広い分野が関わることです。感染症、ウイルス、公衆衛生など、同じ医療でもさまざまな専門分野があり、細分化が進んでいます。
さらに現場の医師と研究者では視点も異なります。お互いの立場の相違が見解の相違につながったり、一部には専門外のことについて発信されている例もありました。
医療情報は本来、いくつもの研究を重ね、多くの専門家が長い年月をかけて検証していくことで、より正しい内容に近づいていきます。しかし今回は新型であるがゆえに、正しさを担保することがより難しい状況になっています。
メディアから医療情報を発信する場合は、例えば専門家の研究分野やこれまでの実績、どんな論文のどの調査方法に基づいて発言しているか、といったような検証の工程があります。メディアの人間として自戒を込めて言えば、その検証すら十分ではない場合もありますが、SNSはさらに第三者による検証が十分になされないまま、急速に情報が拡散してしまう怖さがあります。
――Webのニュースメディアの運営をされる中で、情報の受け手に対して変化を感じることはありましたか? 世代によって特徴があるのでしょうか。
朽木
デジタルメディアの数字を追っていると、いずれの世代も新型コロナウイルスの「怖さ」を感じるようなニュースがよく読まれていますね。
――意外です。みんな安心したいのかと思っていました。
朽木
より感情を刺激するニュースに皆さんの関心が寄せられていたように思います。
僕たちがニュースを発信する際に、「不安を煽ろう」とか「安心させよう」などといった意図的な選び方をすることはありません。ですが、結果として不安な気持ちになるものはありますよね。著名人の訃報や、「感染者が○人を突破した」などがその典型です。
不安を感じるような情報を得たことで外出を控える人が増え、強制的なロックダウンなしに感染者数が抑えられたという面もあるかもしれません。一方で、いわゆる「自粛警察」のような監視の目が増え、息苦しい状況になってしまいました。メディアの伝え方やバランスの取り方の難しさを、今回は特に感じています。
――日々、膨大な情報を目にすることで、疲れてしまう人も多かったように思います。
朽木
どんな薬が開発中なのか、感染者が何人増えたかといったような、一つ一つのニュースに一喜一憂しなくてもいいと思っています。果たしてそれは自分の普段の生活に必要な情報なのか、一歩引いた目線を持つことも大切です。
――常にニュースを見ていればいいというわけでもないのですね。
朽木
実は、新型コロナウイルスから身を守るための基本的な情報は、発生初期の頃からほとんど変わっていません。日本の死者数は他国と比較して少ないものの、基礎疾患のある方や高齢者は注意が必要であること、人との物理的な距離を一定に保つ、手洗いをしっかりする、といったことです。
感染の状況や、感染拡大防止のためにどんな対策が取られるかは、政府や専門家会議、自治体の首長など公的機関が定期的に発信しています。ある程度まとまった期間に検証されたことや決定事項が発信されますし、いろんな人の目でチェックされたという点で、信頼性は比較的高いものだと言えます。ただ、やはり新型であるがゆえに確実性よりもスピードが重視されることもあり、公的機関だから発表に変更がないとも言い切れない。そこはさじ加減が難しいところですね。
情報の経路が多様化する中で、どのメディアだから正しいとは言い切れない状況になっています。「感染予防の基本を守りつつ、公的機関からの情報に更新がないかを確認しておく」のが、現時点ではベターな選択ではないかと考えています。
――「お湯を飲めば予防になる」「トイレットペーパーが品薄になる」など、デマ情報の拡散も問題になりました。実は私にも高齢の家族がいて、このデマに引っかかりそうになったんです。一度信じてしまうと、認識を改めてもらうのはなかなか難しい気がします。そういった場合、どう接していけばいいのでしょうか。
朽木
高齢の方に限らず、人は常に合理的な行動が取れるとは限りません。むしろ「信じたいものを信じたいように信じてしまう」ものなんです。突拍子もないようなことでも、それを信じたかった背景があるのだと思います。
例えば、「重症化リスクが高い」と名指しされた高齢者の方々には、ものすごく不安を感じた方が多いはずです。自分で予防できる方法があれば、つい飛びつきたくなるかもしれない。品薄の情報に敏感になった背景には、マスクが商品棚から消えたことへの不安や、外出が自由にできないストレスがあったのかもしれません。
信頼している親しい人から、善意でデマ情報が伝えられたという例もあります。思うように人と会えない状況で、久しぶりに友人から連絡があればうれしいもの。親切にしてくれた人を信じたいというのは人情ですよね。
――情報の正しさを伝えるより、「相手が今どんな状況にあるかを知る」のが先なんですね。
朽木
そうですね。「それはデマだ」と頭ごなしに言っても、その人の行動や不安な思いを変えることは難しいと思います。
これは新型コロナに限らず、ほかの健康問題でも起こっている、古くて新しい問題なんです。効果が定かではない健康法や健康食品を愛用している人に「効果がないですよ」と正面から伝えたところで、誰も幸せになれない。タバコを止められない人や、暴飲暴食など身体に害があるといわれる習慣を続けてしまう人も同様です。
公的機関やメディアが情報を発信し、リテラシーについて啓発していても、なかなか届かない人もいます。もしご自身に余裕があれば、そんな人に寄り添ってお話を聞いてみていただきたいですね。正しい情報を共有する手がかりもそこにあるかもしれません。
――正しい情報を家族や身近な人と共有するには、どうすればいのでしょうか。
朽木
正しい情報とは何か、どう見分ければいいのかを、日頃からご家族や身近な人たちと話し合っておくことが大事です。
情報を見極める際は、最初にお話しした「5W2H」を意識してチェックしてください。ただし「いつ」の部分については、特に今回の新型コロナウイルスに関しては、新しい=正しい情報とは限りません。「現時点で何がわかっているか」の参考程度にするといいでしょう。
次におすすめしたいのは、医療情報における「NGワード」をフィルタリングすること。例えば、ダイエット商品にもよく使われる「すぐに」「ラクに」「簡単に」といった心理的なハードルを下げる言葉は疑った方がいいです。医療や健康といった複雑な問題に対して、このような冠をつける情報は、信頼度が低いと言えます。ワクチンの開発が待たれている昨今ですが、「副作用がない」といううたい文句も要注意です。
先程の僕の著書が出版された際、著述家の方から新聞で「知の予防接種」と評価していただいたのですが、正しい知識を普段からインプットし、コミュニケーションを取っておくことが、いざというときの予防策になります。
――日頃からしっかりコミュニケーションを取っておけば、いざというときの情報共有もスムーズにいきそうですね。
朽木
とはいえ、信頼関係が築けているから全てがうまくいくとも限らないんです。逆に信頼関係があるからこそ、「デマを信じているとバカにされた」「何十年も付き合っている友人からの情報を否定された」などとショックを受けることも考えられます。人は信じたいものを信じたいように信じてしまうもの、という前提は忘れないように接していくことが大切です。
――5月下旬に緊急事態宣言が解除され、施設や店舗の休業要請も緩和されています。一方でいわゆる「第二波」が来るとも言われており、しばらく新型コロナウイルスとの戦いは続きそうです。Withコロナ時代は、どのようなことに気をつけて過ごせばいいのでしょうか。
朽木
5月で自粛要請に一旦区切りがつき、今後さらに要請が緩和されていくと予想しますが、ウイルスが世界から消えてしまったわけではありません。これからは「自分で自分の行動に線を引かなければならないこと」が増えていくと思います。
そんなときに考えていただきたいのが、自分や身近な人の「固有のリスク」と、自宅やお出かけ先の「場所のリスク」です。
自分は基礎疾患があるか、高齢者か、あるいは同居家族にそのような人がいるかどうかという、自身が持つ「固有のリスク」をまず考えます。そして「場所のリスク」は、3密になりやすい場所か、感染対策がどのくらい行われているかといったことです。
例えば、僕の場合は30代前半で一人暮らしをしているので、比較的固有のリスクは少ないと言えます。緊急事態宣言下ではジョギングを日課にしていましたが、いつものコースが混んでいないかを確認し、比較的人が少ない夜間に走るようにしました。
――人や場所によってリスクが異なるのですね。「線引き」をめぐっては、同居の家族間で意見が違う場面もありそうです。
朽木
おっしゃるとおりです。3世帯で暮らすご家庭があったとして、例えば交友関係の広い大学生のお子さんに「おじいちゃんがいるから外出はダメ」と言って果たして効果があるかどうか。また、3密を全て避ける生活が、果たして人間らしいのかという問題はありますね。感染を防ぎたい一方で、僕たちは生活を続けていかなければならないのですから。
どこまで出かけてOKなのか、万が一、再び緊急事態宣言が出されたとき、何を優先して行動するのか。ご家庭内でそれぞれが持つリスクと、現状で最も正しいと思われる情報を並べて、状況が落ち着いている間に今後の家族の行動基準を話し合っておくべきだと思います。友人やパートナー、職場の方とも確認をしておいた方がいいでしょう。
今は誰もが不便を強いられている時代です。こんなときだからこそ、「あの人はデマを信じている」「勝手な行動をしている」ととがめるのではなく、お互いを思いやりながらコミュニケーションを重ねる。それがニューノーマル(新常態)になっていけば、このしんどい状況も少しは報われるのだと思います。
取材・構成:油井やすこ
編集:はてな編集部
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