もし、離れて暮らす親に介護が必要になったら……。「仕事をセーブする」「同居する」など、これまでの生活を大きく変えざるを得ないのでは?と、不安を抱くのは当然のこと。
2019年6月、認知症の父のために作っている冷凍おかずレシピをまとめた『なにしろ、親のごはんが気になるもので』(家の光協会)を上梓した料理家・金子文恵さんは、東京から札幌に通う “遠距離介護”を始めて3年目。
「介護に対してプレッシャーを感じていたけれど、始まってみたら案外辛くなかった」と笑う金子さんに、遠距離介護のリアルな話を聞きました。
――遠距離介護が始まったきっかけを教えてください。
私の父が認知症と診断されたのは、5年ほど前。当時はすぐに介護が必要というわけではなくて、その後も父の様子はなんとなくしか知りませんでした。ところが3年前のある日、妹から、「お父さんが一人暮らしをすることになった。私は仕事と育児で同居できないから、お姉ちゃん札幌に帰ってきて」と、いきなり連絡がきたんです。
――それはかなり突然ですね。その時の率直な気持ちは?
正直、「終わったな……」と思いました(笑)。ちょうど、「料理本を出しませんか?」と声をかけてくれた編集者さんと出会ったタイミングだったのですが、東京を離れるならそういった仕事は難しくなる。悔しいけれど、妹の事情もわかるし、どう考えても私が帰るしかない。「料理の仕事は札幌でもできるはず!」と何度も自分に言い聞かせました。
――何年もかけて築き上げてきた環境を、介護によって変えざるを得ないのは辛いですよね。
東京にはもう30年以上住んでいたので、かなり落ち込みました。だから、引っ越しの見積もりを依頼するタイミングで、「介護が必要なくなったら東京に戻るから」と妹に伝えたら、とても驚かれて。妹は、私がもう一生札幌にいると想像していたみたいです。けれど、その一言がきっかけで私にとっての東京がどんなところかわかってくれて、顔を合わせて家族会議をすることになりました。
――まずは、何から話し合ったのですか?
父、私、妹、弟がそれぞれ、「自分にできること、できないこと」について腹を割って話しました。妹は、「サポートはするけれど、一緒には住めないし、介護のキーパーソンにもなれない」。弟は、「時間的に融通が効かない仕事のためサポートも難しいけれど、なるべく顔を見せようとは思う」といった具合に。すると、父が「自分が東京に行く」と言い出して。
――金子さんにとって、その選択肢は考えられなかったのですか?
札幌ならサポートしてくれる妹も、介護経験者としてアドバイスをくれる友人もいる。けれど、父が東京に来たら、全ての介護が私一人にのし掛かりますよね。それでは絶対に仕事が続かなくなると思い、「それが一番困るから勘弁して」と正直に伝えました。
――最初から、はっきりとお互いの意思を伝え合えるのがすごいです。
早く決めないと、もうどうしようもなかったから(笑)。うちの場合、父がまだ一人でも暮らせる状況なのは救いでしたね。話し合いの結果、私が東京に住みながら、介護全般をサポートすることに決定。ここから、毎月1週間ほど帰省する遠距離介護が始まりました。
ただ、私はお金の管理が苦手なので、そこは妹に任せることに。お互いの得意不得意を判断して、「やれる人がやる、やれない人には期待しない」がうちのスタイルです。
――ちなみに、金子さんの周りで遠距離介護している人はいましたか?
いなかったです。でも、「これまで通り、仕事を続けたい」と思ったから、選択としてはこれしかないという状況でした。
――東京にいる間は、お父さまとどうコミュニケーションを取るのですか?
毎朝、電話をしています。その日の体調や困りごと、薬の飲み忘れがないかをチェックするのが目的ですね。とはいえ、朝はお互いバタバタしているので、2〜3分さっと会話する程度です。
――では、札幌にいる1週間は?
父の家に着いたら、まずは冷蔵庫の中身を見て、しっかり食べているか確認します。缶詰やインスタントラーメンも食べるので、それらの消費量やレシートを見ていつ何を買ったかもチェック。あとは、病院に付き添ったり、一緒に買い物に行ったり、散歩をしたり、ごく普通に暮らします。
父は週3日デイサービスに通っていますが、それも通院など特別な予定がない限り、私が札幌にいても休ませません。幼稚園児と一緒で、一度休むと「行きたくない」と言い出してしまうので(笑)。あと、私が東京にいる間に食べられるように、ちょうど1食分のおかずを小分けに詰める「冷凍おかずセット」を約20食分作っています。
――『なにしろ、親のごはんが気になるもので』で紹介していた「冷凍おかずセット」が、とてもおいしそうでした!誕生の経緯を教えてください。
もともとは、おかずを主菜と副菜に分けて冷凍し、好きなものを自由に選んで食べられるようにしていました。ところが、父がみるみる痩せていって、ついには体重が50キロを切ってしまったんです。冷凍おかずを食べない理由を父に聞いてもはっきりしなくて、悩みを友人に話したら、「もしかしたら、その日に食べるおかずを選ぶのがストレスになっているのでは?」とアドバイスをもらいました。
――ご友人からのするどいアドバイスですね。
そこからヒントを得て、主菜1品、副菜4品を1つの容器に詰めたセットで用意してみたんです。そうしたら、よく食べてくれるようになって、体重も60キロまで戻りました。すごくほっとしましたね。
――冷凍おかずセットのこだわりを教えてください。
主菜は、高齢者に不足しがちなタンパク質を補えるように肉や魚を選び、しょう油や塩、味噌など定番の調味料での味付けを心がけています。副菜は、ごはんに合う常備菜を2品、そこに緑の野菜、甘い惣菜を1品ずつ添えるのが基本です。これまでのセットは、60バリエーションほどあります。
――でも、20食分を作るのは、正直大変ではないですか?
私はゲーム感覚で作るけれど、それなりに時間はかかりますね。忙しい人は主菜だけ作って、あとは冷凍ブロッコリーを添えるだけでもいいと思いますよ。最近は、市販の冷凍惣菜の種類も豊富です。せっかくの「作りたい気持ち」が、「続かない自己嫌悪」にならないように無理なく続けてほしいなと思います。「おいしく食べてほしい」という気持ちが大切ですから。
――離れて暮らすお父さまと接する上で、何を大切にしていますか?
なるべく「ありがとう」を言葉に出して、伝えることですかね。私が一緒にいる時でも、普段は父が自分でやっているゴミ出しや、掃除、洗濯などは、あえて手伝わずに見守って、その都度、「ありがとう」と言うようにしています。
――介護してから気づいた、お父さまの新たな一面はありますか?
この間、一緒に散歩へ行こうとしたらポケットがすごく膨らんでいて、何かと思ったら「みかん」がいっぱい入っていたんですよ(笑)。父は「公園で食べよう」って。そういうおちゃめなところに思わず笑ってしまうことも。
――お二人のやりとり、なんだかすごく楽しそうですね。
そうですね。でも、毎日一緒にいたら、「なにやってるの〜(怒)」ってなっているかも。父が好きというのもあるけど、遠距離だからこそ無駄にイライラせず、いろんなことを笑いに変えられるのかもしれません。
――ちなみに、妹さんとのコニュニケーションはどうやって取っていますか?
札幌滞在中は、妹とも会って、お互いの近況や父の様子、来月の帰省スケジュールなどをシェアしています。妹も仕事と子育てで忙しいので、会えない時はLINEでやりとりすることも。
――家族の協力やコミュニケーションがあれば、物理的な距離はカバーできるのですね。
そうですね。体力面、金銭面での苦労はあるけれど、父にも妹にも、「私の暮らしを尊重してくれてありがとう」という感謝はいつも感じています。妹も、私に対して感謝してくれているのが伝わります。だから、私も優しくできるというか。家族も自分もどっちも大事にしたいです。
――すごく理想的な関係性だと思います。
それぞれ家族の事情が違うから、うちのやり方が最良だとは思いません。ただ、「家族間で話をすること」「そこから自分たちなりのベストを見つける」ことが大切かなって。その結果として、プロの力を借りる方が、家族関係がうまくいく場合だってあると思います。
――金子さんは、これからも遠距離介護を続けますか?
いつか父が施設に入るまでは、このスタイルを続けると思います。遠距離介護が始まってから、「いつまでこうやって一緒にいられるのかな、なるべくお互い楽しく笑っていたいな」と考えるようになりました。
――介護ってどうしてもネガティブな想像をしてしまいますが、いろいろな選択肢があるんだなと気持ちが楽になりました。
私も、介護に対してネガティブなイメージを持っていたけれど、始まってみたら案外辛くなかった(笑)。親が認知症とか、介護しているのを隠したい人もいるみたいだけど、一人で抱える必要はないです。私は作った冷凍おかずセットをSNSに投稿していて。そこで褒めてもらえるのもモチベーションになっています。「大変だね」って言われると「そんなことないよ」と思うけど、介護は頑張らなきゃできないこともあるから、息切れしないためにも人に褒めてもらうことは大切だと思います。
――励まし合い、必要ですよね!
そうそう。そして、何よりいろんな経験者の話を聞いてみてほしいです。介護って、初めてだらけで、みんな不安じゃないですか。だからこそ、経験談を聞くだけで安心できることもあるし、自分に合ったスタイルを見つけるきっかけになると思います。
私が、「親ごはん」のレッスンを開催しているのも、悩みや不安をシェアできるコミュニケーションの場になってほしいという気持ちがあるから。介護中の人も、将来に備えて介護について知りたい人にも、ぜひ気軽に遊びに来てほしいですね。
編集:ノオト
撮影:二條七海
ライター:関あやか
有限会社ノオト所属の編集者、ライター。ヨガウエアやオーガニックコスメの販売経験から、好きな分野は美容、健康、料理、ライフスタイルなど。現在は、企業のオウンドメディアを中心に活動中。
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