親の介護が始まれば、否が応でも親と向き合わざるをえない。でも、大人になった今、あらためて親と向き合うには、それなりのパワーが必要。忍び寄る介護の気配を前に、「親との関係の結びなおし」をどうすれば……?
母という緩衝材を失った、父と娘の日々を綴ったエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか(新潮社刊)』を出版された人気コラムニストのジェーン・スーさんにお話を伺ってきました。後編は、いつか訪れる親の介護に向けて、どんな心づもりを持っておくべきか、実体験をまじえながら語ってくださいました。
――お母様の看護をされていた時、どんなことを感じましたか?
やっぱり、一人で抱え込まない、自分の外に出す、ということは、大事かなと思いました。日記、ブログ、SNS……。何でも良いと思うんです。
外に出せば、「客観的に見ることの第1歩」になります。「内在させたまま」だと、どんどん、発酵していってしまう。
――発酵!?
「事実」を見るのではなく、自己憐憫みたいな方向にいってしまうというか。事実そのものを冷静に見ているのではなく、その事実によって発生した「自分の感情」を事実だと思いこんでしまうといったイメージでしょうか?
そうなると、時に、事実を歪めて見ている可能性も出てきますよね。それをやると、事実を歪めて見た「架空の話」に怒ったり、泣いたりしていることになってしまうので、時間がもったいないかなと感じます。
――「架空の話」に行かない術、確かに介護に必要なスキルかもしれません……
そうですね。事実を事実として、どれくらい冷静に把握できるか? というと、それは訓練でどうにでもなる話だと思うので。そういう力があった方が、介護の時には良いかもしれません。意識して、「事実」と「架空」をわける。その時に、「自分の外に出す」ということは、少なくとも、私の場合は、ひとつの手助けになりました。
――「自分の外に出す」。つまり、事実を客観視するには、相当、胆力が必要ですが
私の場合は、諦めたんですよ。父親に恨みがない訳では、もちろんない。でももはや、「あんまり、そこに固執しても、しょうがないな」という気持ちになった、という感じですかね。
過去には、「どっかで野垂れ死ね!」と、思っていたこともあります。その時期のことを考えてみると、父に対して「理想の父親像」を押しつけ、自分も「子供である」ということに、胡坐をかいていた。大事にされて当然とか、尊重されて当然とか。
でも、もうそろそろ、親から「親の仮面」を外させてあげても良いんじゃないかと思うようになってきたということですかね?
――「親と子」ではなく「人と人」として繋がれるようになったキッカケは?
「父が親になる前の話を聞いた」と、いうのは大きかったですね。30代~40代の、「これから親が老いるということを受け入れていく」という世代に対して何か言えるとすれば、「親が親になる前の話」を聞くのは、親を客観視するということに役に立つと思いますよ。
――どうやって、その話を親に切り出したら良いのでしょうか?
今、出しやすい話題としては、「前回の東京五輪って、どんなだったの?」なんていう話も面白いでのではないでしょうか? 私は父から、首都高ができる前の話を聞きました。「首都高が東京五輪に合わせてできた」ということは、史実としては知っていましたが、「羽田に行く時に、2回くらいガタガタの舗装されていない道に降りないと辿りつかなかったんだ」というエピソードを聞いて、「へえ」と思いましたよ(笑)。
――なるほど
親に対して、「許せない!」とか「思い出すだけで、頬がカーっと熱くなる!」という気持ちがある人は、普通にたくさんいると思うんです。けれど、いつまでも、そこに固執していると、「本当は聞きたかったのに、聞けなかった」ということになる可能性はあります。親はどんどん忘れていきますからね。
―達観されていますよね……。「介護もバッチリ引き受けます」みたいな気分ですか?
そこは、限界まで福祉のシステムを使います。「私が、全部やる」などということなると、父と刺し違えることになると思うので(笑)。実際のところ、介護って大変です。母が亡くなる前、私が母と父を同時に看病をしなければいけなかったので、半年間、休職していました。「24歳で介護休職」って、今考えるとすごいなと思いますが(笑)。
―そうだったんですね……
あの作業は一人でやれる代物ではないということは、実体験を通じて知っています。何だったら、「いい施設に、(父を)ブチこむために、頑張って働かなければ!」くらいの気持ちです。自分で親の介護をするよりも、その方が現実的な話だと思いますよ。
―まだ、そこまで現実的に考えられない人は、多いかもしれません
やっぱり、「実際に母の死を経験した」というのは、大きいですね。その経験を通じて、私が言いたいのは、「今、働いていらっしゃるのであれば、仕事はやめない方が良いのでは?」ということです。
―「自分で何とかしないと!」と思ってしまう場合は、どうしたら良いでしょう? 「他者に頼る」ということが、意外と難しい。
「他者に頼れない」というのは、「自分の力を過信している」ということの何物でもないと思うんです。「できないかもしれないけれど、頑張らなくちゃ!」というのは、「いや、できないんだから、できないんだよ!」という話ですよね。
(親と子で)「共倒れ」というのが、一番、辛いことです。だから、「共倒れをしない」ということを、最優先事項として考えてみてはどうでしょう? 「共倒れをしない」ということを目標にしてみると、「全部、自分で何とかしないと」とは思わないのでは?
――共倒れをしないというのは介護において最重要ですね。一方、介護手前の世代では、親に「老後のことを考えてね」と先手を打っておく人も。しかし、子から何を言っても親は動いてくれないという話も聞きます。どうしたら良いのでしょう?
自分が実際に、一緒に行動するかどうかなんだと思います。言うは易し、ですから。たとえば、ウォーキングに一緒に行ってあげるとか、「積立NISAがあるんだって」と言うだけではなく、口座開設をするために、一緒に金融機関に足を運ぶとか。
私は、リハビリなどシニア専門の理学療法士を見つけて。パーソナルトレーナーを父につけようとしたんです。(突然、噴き出して)そうしたら、父は、「(トレーナーが)男じゃイヤだ!」と、言い出して。女性の方を、再度探しました。先日、ウエアを買ってあげて、準備を整えたところです。「絶対に、転ばせない」という強い信念の下に、父を、どんどん追い込んでいます(笑)。
――お父様への支援が手厚いですね……。
全部、保身なんですよ。「やれることは、全部やりました」と、私が思いたい。「後悔の念に憑依されないようにしたい」というのは、母の時の経験値としてあるので。
――「親のために」ではなく、「私が後悔しないために」なんですね?
ああ、もう、絶対に保身です。母の看病の時、「当時できることは全部やった」という自負はありますが、それでもやっぱり、「あの時、どうして、これをやってあげられなかったんだろう」という気持ちが、今でもヒュッとよぎることはあるんです。母の時、あれだけフルバージョンでやったのにそう思うんだったら、父の時も、ちゃんとやらないと後悔するなと。後から自分を呪わないよう、今、父の面倒を見ている感じです(笑)
ウェブサイト「主婦er」運営。夫は長男、私は長女。「親の介護」が集中する(であろう)家庭の主婦です。双方の両親は、お陰様で「まだ」元気。仕事をしながら息子3人を育てている今、「介護」は脅威でしかありません(笑)。そんな私が、「知りたいこと」を記事にしていきます。
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