40代、私が親に「理想の親像」を押し付けないようになるまで - ジェーン・スー さんインタビュー(前編)

ジェーン・スー

社会人になって数十年。すっかり大人になったと思っているが、こと「親」に対しては、いまだ子供時代の傷をひきずっていたりも……。目前に迫りくる「介護の気配」を前に、大人同士の親子関係、どう考えたらいいですか?

お話を伺ったのは、20代で母を失い、娘として「よき親」とは言い難かった父と向き合ってきた日々を描いた『生きるとか死ぬとか父親とか(新潮社刊)』が話題のジェーン・スーさん。前編では親への複雑な感情の、乗り越え方について聞きました。

今回のtayoriniなる人
ジェーン・スー
ジェーン・スー 1973年、東京生まれの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」のMCを務める。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。 『生きるとか死ぬとか父親とか』は、新潮社「波」の連載を大幅加筆・修正のうえ、再構築したもの

ヘビーな家族の話題も、笑い飛ばせばいい

”父は私の友人から「オレオレガチ」と呼ばれている。「オレオレ」と電話してくるのは偽の息子ではなくガチ(本物)の親で、しかも本当にお金を必要としており、娘である私が全くうろたえずに振り込むからだ(『生きるとか死ぬとか父親とか』p59)”

――オレオレガチ。すごいネーミングですね。でも、「『親とのアレコレ』も、笑いに持っていけばいいんだ!」と、希望を感じました

ジェーン・スー

父も母も、「何か深刻なことがあっても、笑い飛ばす方が楽しい」という考え方の人でした。たとえ深刻なことでも、最後には、ちょっと笑ったり、俯瞰で見るのが、うちの流儀だったんです。ある種の家庭内英才教育だったのかな? と、思っています。

――最初からお父様を俯瞰で見ることができていたのですか?

ジェーン・スー

いやいや、全然。俯瞰するのは無理でした。父も60代頃までは、まだまだ元気でしたし。でも70代後半くらいから、今のスタンスに、「だんだんなってきた」という感じです。

――だんだんなってきた……。

ジェーン・スー

そうです。父のことを、すごく嫌いだった時期もあります。母という「緩衝材」がなくなったら、まぁ、びっくりするくらい、お互いの「取り扱い方法」がわからないことに気がつきました。父も私もお互いに対しての愛情はあったと思うのですが、その愛情がうまく循環しないという時期は、確実にありました。

父にお金がなくなって、自分の甘えに気がついた

ジェーン・スー

――そこがあって、今がある。ステップを踏んだのですね。

ジェーン・スー

父は、もともとは、「お金を稼ぐ人」だったんです。会社を経営し、30代後半で4階建ての家を建てるほどに。けれども、私が知らないうちにスッカラカンになっていた。
でも、「自分の親はある程度、『自分たちの老後のことは、自分たちで考えている』と思っていたのに、そうではなかった!」という人は、たくさんいますよね。

――そうですね……。事実を知った時、どんなお気持ちでしたか?

ジェーン・スー

プレッシャーはありましたが、父は、自分の生活を小さくしていくことに対して、比較的、明るかったので、助かりました。それに、父にお金がなくなり、やっと、「父に甘えていたんだな」ということに気がついたんです。

――甘えていた!?

ジェーン・スー

嫌ったりできるのも、「甘え」だったと。向こうは、向こうで事情があり、こっちは、こっちで事情がある。そんな当たり前のことに、父のお金がなくなってみて、初めて気がついたという感じです。私は、成人するまで経済的に不自由な思いは一度もしたことがありません。今は、その分くらいは、父に返してあげようという気持ちになっています。

素直に、恋しく思えるし、寂しくなれる

――親のことが嫌いなまま、親が困っていても放っておく人もいると思います。関係性を回復させようと思ったのは、なぜですか?

ジェーン・スー

物理的に、父にお金がないからですよ(笑)。単純に、「唯一の肉親である父が、お金がない。何とかしなきゃ!」ということです。多分、父にお金があったり、母が生きていれば、父との距離は縮まらなかったと思います。母が亡くなり、お金もなくなった。色々と欠落していくことで、父と私の距離が近づきました。皮肉な話ではありますけれど……。

――なるほど……。

ジェーン・スー

父は、最近、体力もなくなってきましたしね。口はまだ達者で、話す分には問題はないんですけれど、会うと足がヨタヨタしていたり。目に見えて、身体はどんどん衰えていきます。「大きな骨折とかしたら、厳しいな」といった気持ちを私が抱くようになったのは、やっぱり、ここ1~2年ですかね。

――お父様の「老い」を素直に受け止めていらっしゃる……。

ジェーン・スー

そうですね。この本を書く前は、まだ色々な鬱屈を抱えていました。死んだら、「せいせいした」「寂しい」「後悔」……いろんな気持ちがないまぜになっていたのではないか?と、思っているんです。でも、この本を書き終わった今は、「娘として父にできることは全部やった」という気持ちになっています。父に関しては、もういつ死なれても大丈夫(笑)。素直に、恋しく思えると思うし、寂しがれるとも思うんです。

父を「素敵なマイホームパパ」というモノサシで採点していた

ジェーン・スー

――そんな「境地」を、多くの人が望んでいると思います

ジェーン・スー

私は、父を「素敵なマイホームパパ」というモノサシで採点していたんです。でも、「その基準となっていた、マイホームパパは、果たして実在するのか?」を考えてみると架空の人物で。周りを見渡しても、完璧なマイホームパパがいる人なんておらず。架空の人物をモノサシにして父親を採点していたのは、よく考えると失礼な話だったと思います。

――なるほど

ジェーン・スー

父は、「娘たるもの、こうあるべき」ということを、一切、私に押しつけてこない人でした。そう考えると、父が私に対してやっていないことを、私は父に対してやっていた……。架空の「マイホームパパ」をモノサシに、「足りる」「足りない」と、ジャッジして。「どちらかというと、私の方が無茶をしていたんだな」と、気がついたんです。

――「あるべき娘像」を押し付けてこないって、素敵なお父様ですね!

ジェーン・スー

そうかもしれません。でも、父親らしいことは何ひとつしない人だったので、プラマイゼロという感じですけどね(笑)。

***

写真/稲澤朝博

楢戸ひかる
楢戸ひかる ライター

ウェブサイト「主婦er」運営。夫は長男、私は長女。「親の介護」が集中する(であろう)家庭の主婦です。双方の両親は、お陰様で「まだ」元気。仕事をしながら息子3人を育てている今、「介護」は脅威でしかありません(笑)。そんな私が、「知りたいこと」を記事にしていきます。

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