「高齢者は柔らかいものだけ食べろ」は間違い?誤解が多い高齢者食事問題

高齢になってからの食事に、こんなイメージはありませんか?

  • 年齢をとったらあまり活動しなくなるので食事はあっさりと栄養も控え目
  • 入れ歯の人は噛む力が弱いから柔らかいものだけを食べるべき
  • 口から食べることが難しくなった時に、腹部に小さな穴をあけて直接胃に栄養を送る「胃ろう」をつくると、もう残りの人生はおいしいものを味わうことができない

実はこれら、すべて誤解なんです。食事は日常でありふれた行為であるがゆえに、誤解や理解不足が多いもの。人々の無理解が、さらに高齢者の食事をつらく、苦しいものにしている場合があります。

この状況に危機感を感じ、生涯にわたって食事を楽しむ社会をつくろうとしている人々が、新宿にいました。

食の問題に関するネットワーク作りが区民も巻き込む

2009年7月に発足した東京・新宿を拠点にする「新宿食支援研究会(新食研)」は、食の問題に関する課題の解決、栄養管理などを情報発信やネットワーク作りを行う非営利グループです。そのメンバーは160人ほど。内訳は医療・看護関係者、介護・福祉関係者を中心に、なかには編集者や司法書士などそれとは関係ない職種の人も多く加わっています。

新食研の活動は、「食や栄養の異常を『見つける(M)』」「その異常を適切な支援者に『つなぐ(T)』」「支援の『結果(K)』を出す人を作る」「この活動を『広める(H)』」の4つ。医療側からの一方向の情報発信ではなく、医療や介護などのジャンルの垣根を越え、さらには一般市民をも巻き込んで食に関する意識の改革を目指しています。

メンバーは食支援や介護食、福祉器具、宅配弁当など、20以上の細かいワーキンググループに分かれ、研究会やその結果の発表、実践を行っています。

新食研の創設者であり代表を務める歯科医師の五島朋幸氏は、20年以上前から訪問歯科医として、患者の自宅に訪問して歯科診療をしてきました。その患者の多くは、病院に直接行けない高齢者や要介護者。彼らは歯だけではなく、同時に食に関する問題も抱えていたのです。

新宿食支援研究会代表 五島朋幸氏
新宿食支援研究会代表 五島朋幸氏

 「食の問題を前にして、歯科医師である私が診ることができるのは入れ歯の調整や口腔ケアなど、食べる『機能』に関してだけです。食べる時の姿勢や食べ方、食に関する環境などに関してはアドバイスにも限界がありますし、介護する家族も誰に相談していいのか分からない。そんな中、プライベートで知り合ったヘルパーなどの仲間たち14人と、食に特化したネットワークを作ろうということで立ち上げたのが新食研です」

新宿にこだわったのは、自分が新宿区民だったことと、全国的に非常に知名度の高い「新宿」でしっかりと活動しネットワークを築き上げれば、全国へ波及するモデルになりやすいと考えたからだと言います。

食に対する誤解を解き、理解不足をこえて

長年にわたる訪問診療で、五島さんは多くの人々が食に関しての誤解や思い違い、また栄養などに関して無関心なのを目の当たりにしてきました。

例えば、年齢をとったらあまり活動しなくなるので食事はあっさりと栄養も控え目にとか、入れ歯の人は噛む力が弱いから柔らかいものだけを食べるべきとか、歯磨きは虫歯予防のためにあるとか、多くの人がそう思い込んでいました。また、「胃ろう」になると残りの人生はおいしいものを味わうことはできないと悲嘆にくれる人もいました。

しかし、冒頭に述べた通り、これらはすべて間違いです。肉類などタンパク質をあまり摂らないお年寄りがいますが、高齢者の低栄養は免疫力の低下や認知症を引き起こす要因になります。また柔らかいものばかり食べているとより筋力が低下し、咀嚼(噛むこと)や嚥下(飲み込むこと)の力が弱くなっていきます。ちなみに五島さんは入れ歯などの調整具合を診る際に、よく患者さんにおせんべいを食べてもらうそうです。

胃ろうになると、もう口からものは食べられないと思い込んでいる人がいますが、経管、経鼻栄養は一定の栄養を摂るために行っているもの。体力が回復すれば普通の食事を組み合わせることが可能なケースもあります。実際に五島さんが診ている人の中に、朝、昼は胃ろうで栄養を摂り、夜は晩酌を楽しんでいる高齢者がいるそうです。

胃ろうに関しては、口からものを食べないのだから歯磨きは要らないだろうという介護者がいますが、これも大間違い。口の中で雑菌が繁殖することで誤嚥性肺炎だけでなく、脳疾患や認知症のリスクまで高まってしまうのです。

こういった食に対する誤解や理解不足が、高齢者の食を困難にしているケースがよくあると五島さんは言います。

食への無関心が将来の食のトラブルを招く

ところで高齢になっても口から食事をできる人とそうでない人、その差はどこから生まれるのでしょうか。五島さんによると、いつも一人ぼっちで食事をしている「孤食者」は、将来口から食べられなくなるリスクが高いのだとか。

「孤食者は生活が乱れている人が多い。引きこもりがちで地域との交流もあまりなく、三食すべてコンビニ弁当といった感じで、食や栄養に対する関心もあまりありません。そうやって食をないがしろにした結果が、年齢を重ねてから口で食べられなくなるという状態に陥ることになるのです」

孤食者が口から食べられなくなるケースは、圧倒的に男性に多いそうです。食事は一人きりでしないで、できるだけみんなで楽しむようにしたいもの。「孤食者」という言葉の響きは寂しすぎますよね。

そうならないよう、少しでも地域の人に食や栄養に関心を持ってもらおうと、新食研ではさまざまなイベントを行ってきました。

例えば、身近な話題から食支援を知ってもらおうと開催した「介護食スナック」では、レンジで簡単にできるやわらかおつまみをメニューにした飲み会を開催。この時のウェルカムドリンクは「トロミ付きハイボール」でした。この他にもキッチンスタジアム形式の「介護食対決!」や、高齢者向け宅配弁当の品評会イベント「宅1(ワン)グランプリ」などを開催しています。

また、高価な福祉器具ではなく、スプーンの柄をクリップで挟んで握力のない人でも持てるようにするなど、安価で購入できるもので高齢者用の食器を作るといった一般家庭での食に対するアイデアや工夫も提案しています。

 こういった研究会や講演、成果の発表、イベントなど、食支援に対して多方面からアプローチし、専門家から一般の人まで多くの人々に「口から食べることの意味」を考えてもらおうと活動しているのが新食研なのです。

食事のことで困ったら、積極的に専門家に相談を

最後に、家庭で高齢者と一緒に食事をしている人は、どういった点に注意すれば良いのかを五島さんにうかがいました。すると答えは、「高齢者の体重が減ってきたら要注意」とのこと

 「体重減少は栄養状態が悪いことの表れで、筋力が低下し、誤嚥性肺炎などのリスクが高まることになります。そうして入院ということになると食事や行動が制限されるため、さらに筋力や認知力が落ちるというマイナスのスパイラルになってしまいがちです」

ちゃんと規則正しく三食を取っているか、栄養のバランスはとれているか、口の中はいつも清潔に保たれているかなどなど、毎日のことだからこそ食事のことをもっともっと考えていかなければなりません。

それでも食事をするのに他の人の介助が必要になると、本人にも介護者にも大きな負担がかかります。入れ歯の調整や口腔ケアはかかりつけの歯医者さんでも診てくれるでしょう。でも、身体の状態に合わせたメニューや食事制限、食べる時の正しい姿勢、口やのどの筋肉のマッサージの仕方など、医療関係だけでなく各方面からのアドバイスが必要となります。そういった時は積極的に専門家に相談するようにしましょう。

古里 学
古里 学 フリーライター、エディター

大手出版社の編集者を早期退職後、2016年よりフリーのライター兼エディターに。主な活動フィールドは「なろうと、介護と、自衛隊」。「小説家になろう」に代表されるweb小説に編集及びかつての経験を活かした介護関係の記事の執筆、そしてなぜか自衛隊に関する取材記事を多く手掛けている。

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