大人になるにつれ体力や気力の衰えを感じ、年齢を重ねることについてネガティブな印象を持つ方もいるかもしれません。そんな中、年齢を感じさせない活躍を見せている人は、自身の変化をどのように捉えているのでしょうか?
今回登場いただくのは、お笑い芸人、歌手、俳優、司会者、さらに音楽プロデューサーと、多方面で活躍する藤井隆さん。2022年に50歳という節目を迎えた藤井さんは、自身の年齢については「何とも思わないですね」とあっさり。年齢を重ねる中で感じる心身の変化についても、「しょうがないですからね」と微笑みます。
藤井さんは、なぜそんなにも自然体でいられるのでしょうか。お話を伺っていくと、私たちが普段忘れがちな、当たり前の事実に気付かされました。
──藤井さんは現在51歳。お仕事を始めた頃にイメージしていた50代はどのような姿でしたか?
藤井隆さん(以下、藤井):僕が最初に大阪のなんばグランド花月で出番をいただいたのが21歳くらいで、その時初めてテレビで見ていた師匠方を楽屋でお見かけしたんです。
その時のことで思い出すのは、「師匠方は皆さん大人でいらっしゃったな」ということですね(笑)。
──(笑)。
藤井:もちろん当時と今とでは時代が違うというのはありますが、師匠方はもう、すっごく大人っぽかったですよ。大事なお弟子さんがいて、他にもたくさんのスタッフの方々を食べさせなければいけないので、お仕事で背負っていらっしゃるものが今の僕とは全然違う。
服装だって、ペラペラのTシャツ1枚で外に出るような方はいなかったと思います。皆さん、街ではジャケットをお召しになっていましたからね。
──中身も見た目も、今のご自身とは大きく違うと。
藤井:そうですね。ただ、その頃から「自分は師匠方のような50代にはならないだろう」という予感はあったように思います。
両親や親族を見渡しても、何というか、ドンと構えた大物のような人はあまりいないんです。みんな働き者で、休みの日でも誰かの仕事を手伝うとか、ちょこちょこ動き回っている人が多かったですから。
──これまでを振り返って、藤井さんはどのようなスタンスでお仕事をしてきましたか?
藤井:若い頃はマネージャーさんから「やりなさい」と言われたことをやって、経験を積んでいったと思います。ただ、その頃から自分の意見は伝える方でしたね。
というのも、マネージャーさんから「自分の意見をちゃんと持つように」と言われていたんです。「あなたのために寝ずに企画を考えてくれている人たちに、あなたが思うことをきちんと伝えるのは決して悪いことじゃない」って。
だから、20代の頃からやりたくないことに対しては、打ち合わせの段階で「こういう方がいいんじゃないですか?」とディレクターさんに提案していました。
──マネージャーさんの言葉があったとはいえ、若手が自分の意見を言うのは勇気がいりませんか?
藤井:昔から自分の中で優先順位が高いのは「面白い」「楽しい」で、それらを犠牲にしてまで何かをやろうとはあまり思わないんです。
もちろんお仕事ですし、スタッフの皆さんのこともありますからそれだけでは成り立ちません。でも、僕は「正しい」より「楽しい」を取りがちで、それが長所でもあり短所でもあると思っています。
だから何かご提案いただいて、面白そうだと思ったら、「やりたいです!」ってすぐに言っちゃう。特に過去にお仕事をご一緒した人からの依頼はすごくうれしくて、台本も読まずに「やります」ってお答えしちゃいますね。「この人と一緒に仕事がしたい」と思ったら、もう何でもやっちゃいます。
──「面白そう」を優先して、失敗したことはないですか?
藤井:あると思うんですけど、忘れています。図々しいんでしょうね(笑)。
楽しかったことや喜んでくださったことはしつこく覚えているんですけど、失敗や嫌だった出来事は「こんなことがあったんだけど最悪じゃない?」って一度周囲の人に話したら、1年後には何も覚えていないんです。僕は納得がいかないことは徹底的に追求しちゃうところがあって、怒るときはめちゃくちゃ怒るくせに、時間がたったらすっかり忘れているという。
──言いたいことをきちんと伝えているから、根に持たないのかもしれないですね。
藤井:でも、すっごい勝手だと思いますよ。何年か前に「自分はこんな感じでいいんだろうか」って悩んだこともありました。どうして僕は、自分が好きなナイスな方たちのようになれないんだろうって。今でも時々、自分にがっかりします。
それでも現場で何かあったとき、「藤井さんの出番じゃない?」「藤井さん言ってきてよ」って、僕のこういう性格を頼りにしてくれる仲間もいて。ありがたくて、そういうときは「分かりました!」って僕の中のポリスが出動しちゃいますね。
──藤井さんは仕事の場において、ご自身をどのように評価していますか?
藤井:吉本に入る前はサラリーマンとして、経理の仕事をしていました。そこで「商品とは何か」を徹底的に教えていただいたんです。吉本に入ってからは、自分自身が「商品」になったので、その価値について考える必要が出てきました。
ただ、自分を商品として客観的に見ようとすると、謙虚にならざるを得ないというか。いや、それはちょっと違うな……言葉が強くなっちゃうので見出しにはしないでほしいんですけど、「たかが知れてる」とは、いつも思います。
──たかが知れてる?
藤井:興行においての僕は、脚本家や演出家、衣装さんや美術さんなど、たくさんの方がいるうちの1つでしかないんです。その企画のことを寝ずに考えている方を近くで見ているから、そういう方たちには敵わないなと思います。
もちろん矢面に立たせていただく責任はありますけど、それでも「たかが知れてる」って思う瞬間はやっぱりある。
例えば映像のお仕事だと、いくら自分が手応えを感じたとしても、その瞬間を撮ってもらっていなかったら意味がないですよね。
舞台の場合は、いつ観客の皆さんが僕をご覧になるか分からないので絶対に手は抜きませんが、それでも見ていただけなければ意味がない。そう考えると自分に与えられているものなんて、たかが知れてるなって思います。もちろん、1番の望みは全体を見て「楽しかった」と思っていただくことであって、自分だけを見てほしいだなんて1ミリも思わないですけど。
舞台に立っているだけで成立するスターもいますが、僕はそういう人間ではないから、謙虚にならざるを得ない気がします。
これは自分調べですけど、僕は「陰ながら応援してます」って声をかけていただくことが本当に多いんです。拗ねているわけではなく、「僕は正々堂々と応援しにくい商品なんだな」と感じます。それは若い時からずっと思っていることかもしれないです。注目してくださる方には「ありがとうございます」って本気で思っていますけどね。
──「たかが知れてる」「表立って応援してもらえない」といった気持ちがあると、卑屈になってしまいかねないなと思います。そんな気持ちになってしまうことはないですか?
藤井:それはないですね。卑屈な感覚は一切ないです。
僕が恵まれているのは、挑戦させてくれる方がいることだと思います。しかも、同じ方が二度、三度とチャンスをくれて「この方は僕を認めてくださっているんだ」と感じることが何度もあります。
そういう「他者評価」って、自分が思う商品価値とは別の話なんですよね。
僕以上に僕のことを大事にしてくれる人とお仕事をご一緒すると、一瞬でもかけがえのない人間になれます。そして、わざわざスケジュールを合わせて観にきてくださったお客さまが目の前にいることで、さらにもう1つ価値が生まれる。それは本当に励みになるし、頑張ろうって思います。
──藤井さんは周囲の方とのつながりを大切にしていて、それが良いお仕事につながっているように感じます。人間関係で気を付けていることはありますか?
藤井:僕、どうやら好きなものと苦手なものがはっきりしていて、すぐ顔に出るみたいなんですよ。好きとか苦手とかを堂々と言っている場合じゃないのは分かっているし、自分では気をつけているつもりなんですけど、機嫌が悪くなったら「もうっ!」って顔になるらしいです。
でも、できるだけ口角を上げて、「ふふふ」って微笑むように心掛けてはいます。
──ただ、周囲の人にはバレている?
藤井:そう、だから「駄目じゃん」っていう話なんですけど(笑)。ただ、どちらかというと、苦手なことより好きなことの方が分かりやすいみたいなんですよ。好きな人にはわーっていくから、「藤井さん、この人のこと好きなんだな」ってすぐバレる。
それ以外の人からすると、人によって態度が違うとか、感じが悪いとか、思われることもあるかもしれません。
──好きな人に時間を使った方がいいですもんね。
藤井:そうなんですよ! もう、本当に、つくづくそう思います。苦手なことを考えてもしゃーないですからね。そこはみんな平等だから。
──藤井さんは年齢を重ねることを、どのように考えていますか?
藤井:本当に申し訳ないんですが、何とも思ってないです。
みんなが同じように歳をとるわけで、こんなに平等なものってないのに、そこに対してポジティブもネガティブもないんじゃない? と思いますね。
──若い世代が次々と出てくる中、「自分の仕事がなくなってしまうかもしれない」といった不安や焦りもないですか?
藤井:うーん……毎日変化があるから、「あの席が空いてない」「自分の枠がなくなる」といった考えがないのかもしれないです。「〇〇といえば藤井隆」という感じの人間でもないし、芸人や司会、音楽など、毎日違うことをしていて、仕事のバリエーションがあるから、何かに限定されているわけではないというか。
──「新しいチャレンジに対して、もうこんな年齢だし……と尻込みしてしまうことはないですか?」という質問を用意していたのですが、藤井さんの場合は当てはまらないですかね?
藤井:尻込みしたって全然いいと思ってますね。みんながみんな前向きだったら怖いですよ。尻込みしてくださる方がいないと、それこそ若い人の枠がなくなりますし。時には他の人に譲ってもいいんじゃないですか?
僕も「どうぞどうぞ」と思っています。仲の良い人から新しい仕事の話を聞いて「羨ましいな」と思うことはあるけど、それでも「どうぞ」という気持ちはどこかにあります。それに、僕にもまた先輩が譲ってくださった枠があって、もう十分与えられていますから。
「歳取ってんだから、ボランティアとか、人のためになるようなことはやった方がいいんじゃない?」とは思いますけどね。自分のためばかりにガツガツするんじゃなくって。
──好奇心についてはいかがでしょう? さきほど「 好奇心旺盛」とおっしゃっていましたが、年齢を重ねるにつれて好奇心が減っていくという方もおられます。
藤井:食べたことがないものは食べてみたいし、「今観に行かんと、もう来日公演はないかも!」みたいなチャンスは逃したくない。そういう好奇心は今も変わらず旺盛です。ただ、単純に目のコンディションが悪くて見えにくい日があるとか、腰が痛いとか、肉体的な変化はありますね。
でもそれも、「見えなくても大丈夫」って思います。
──え?
藤井:例えばレストランに行って、メニューの文字が小さくて見えないなんてことが当たり前になってきたんですよ。そういうときは「お任せします」って一緒にいる人にお願いしちゃうことが増えました。
若いときは自分が食べたいものを絶対に頼みたかったからメニューを見るのが楽しみだったけど、見えないってことは「あなたはもうメニューを見なくていいですよ」ってことだと思って。
そうやって「自分だったら頼まないもの」が運ばれてくるのも楽しいし、「やっぱりあっちを食べればよかった!」ってなったとしても、それはそれで話題が広がる。だから、もうそれでいいやと思います。
年を重ねてできなくなることはこれからきっと増えていくんだろうけど、それは本当に平等だから。若いときに散々やりたいようにやってきたくせに、歳をとってまで「若いときと変わらずにいたい!」なんて、笑っちゃいますね。
──時の経過は平等だからこそ、年齢による変化も受け入れられるということですね。
藤井:受け入れる以前の話で、当たり前。しょうがないです。そう思っているから、僕はあまり真剣に年齢について考えていないのかもしれない。今の状況で十分満足していますしね。
例えばさっきの好奇心の話にしても、僕にとってはそういう自分が当たり前です。だから、好奇心が減ったと感じている人に対して「そんなんじゃ駄目!頑張りましょうよ、50代!」なんて思ったことないです。「そういう人もいるよね」って感じ。
──とはいえ、50歳というのは一つの節目かなと思います。昨年50歳を迎えたことをどのように受け止めていますか?
藤井:僕、忘れてたんですよ。3月生まれの早生まれだから、49歳の時に50歳だと思ってたり、よく分かんなくなっちゃって。「〇周年」みたいな節目も何にもしないし、本当にひどいですよね。なんかもう、ごめんなさい(笑)。
取材・構成:天野夏海
編集:はてな編集部
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