これから年齢を重ねていっても、仕事や趣味などを楽しみたいという人も多いはず。しかし、年齢を気にして「続けたいけど、体力的に大丈夫かな」「新しいことを始めても、失敗したらどうしよう」と不安を感じてしまうこともあるかもしれません。そんなときは、どのように自分の年齢や体力と向き合えばいいのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、俳優・声優として活躍しているチョーさん。
人気アニメ『ONE PIECE』のブルック役や海外映画の吹替など多数の作品に出演しているほか、Eテレの子ども向け番組『いないいないばあっ! 』では、放送開始から25年以上にわたってメインキャラクターの“ワンワン”を演じ続けています。
そんなチョーさんは、演技の世界に飛び込んでから現在に至るまで「やりたいことをやってきた」とのこと。舞台やテレビで活躍する俳優を夢見ていた20代の頃と、声優としてさまざまなキャラクターを演じ、活躍する現在。やりたいことを続けていくために、その時々でどのようなことを考え、どのように前へ進んでいったのでしょうか。
同じキャラクターを演じ続けるモチベーションの源を探るとともに、年齢を重ねながら「やりたいこと」を貫く、64歳のチョーさんの過去・現在・そして思い描く未来をお聞きしました。(※取材はオンラインで実施しました)
──チョーさんは元々、教員を目指して大学に通っていたんですよね。そこから演技の世界へ入ったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。
チョーさん(以下、チョー)
大学の落研(落語研究会)に入ったのが、きっかけといえばきっかけかもしれません。そこで初めて「人前で表現すること」の楽しさを味わったんです。これがもう、楽しくて楽しくて。勉強はそっちのけになってしまい、教員試験には落ちちゃいました(笑)。
試験はまた来年受けるとして、大学を卒業するまでの半年間をどう過ごそうかなと思っていたときに、劇団青年座研究所で講座があるのを知って。半年間の講座で、さらに夜間開講だったこともあり、受けてみることにしました。
そこで一緒になった研究生たちとの関わりが楽しくて新鮮で。舞台というものも見たことがなかったのですが、幸運にも『ブンナよ、木からおりてこい』という作品のゲネプロ(本番同様に舞台上で行う最終リハーサル)を見る機会がありました。そこで「舞台ってこんなに面白いんだ!」 と感動して、初めて演劇の世界へ進むことを意識し始めました。
でも、役者になりたいという純粋な気持ちというよりは「テレビに出たい」というミーハーな気持ちだったんですよね(笑)。
──そうなんですね! そこからはどのように道を切り開いていったのでしょうか。
チョー
当時は劇団研究所ブーム。松田優作さんや田中裕子さん、渡辺謙さんのような方々が各劇団の研究所から映画スターへの階段を駆け上がっていった時期でした。
そこで僕も「テレビに出るには劇団の研究所だ!」と考えたんです。倍率は100倍とも200倍ともいわれていました。1,000人が受けて10人が合格。そんなの、通らないだろう……。でも、もし通ったら脈があるのではないか。そんな望みをかけて受けた文学座附属演劇研究所に、合格したんです。
教員試験に再挑戦するとばかり思っていた両親に「教員を目指すのをやめて、研究所に入りたい」と伝えたときの、母親の落ち込みようは今でも覚えています。父も何も言わなかったけど、反対していたでしょう。
でも、自分のなかではもう「やる」と決めてしまった。進むしかないなと思っていました。
──確かに、今お伺いした役者さんのお名前も、誰もが知っている有名な方たちばかりですね。当時、憧れていた俳優さんはいらっしゃいますか。
チョー
劇団青年座の西田敏行さんのような、個性豊かで引き込まれるような役者さんになれたらと思っていましたね。目が離せなくなるような演技力と圧倒的な存在感に「スゴイな」って。それで、文学座附属演劇研究所を出てから、劇団青年座の研究所にも行ったんですよ。
ですが、そこで学ぶうちに「自分には役者としての大きな才能はないな」と思うタイミングがあって。例えば劇団青年座の同期には竹中直人さんがいましたが、やっぱりどこか違うんですよ、考え方や発想が。この人は「行く」だろうな、というオーラがある。自分にはそれほどの大きな才能はないんだろうというのも同時に分かってしまったんです。
だけど、演じることや表現することが好きになってしまったし、楽しくやっていきたいな……。そんな思いで芝居を続けていました。
──本格的に演技のお仕事をするようになるまでは、どんなふうに過ごされていたんですか。
チョー
青年座の研究所を出て、同期と一緒に小さな劇団を立ち上げました。青年座系列の劇団だったので、あるとき青年座の女優さん付きの運転手をやらないかと言われて、5,000円の日給に飛びついたんです(笑)。
それで、出入りしているうちに、次は「NHKさんで、小学生向けの教育番組のオーディションがある」と声をかけてもらって。それが、1984年に始まった『たんけんぼくのまち 』でした。
──そこから、どんどんお仕事が増えていったんですね。
チョー
いえいえ!(笑)テレビ出演は叶ったけれど、他に仕事はほとんどありませんでした。コンビニのアルバイトやスタジオセットの設営・解体をする日雇い仕事などをして生活していましたよ。
次にチャンスが訪れたのは、自分たちの劇団の公演をたまたま見に来てくれた声優プロダクション「ぷろだくしょんバオバブ」のマネージャーさんから、声をかけていただいたときですね。
このときにいただいたのはラジオのCMだったので、声優としての初仕事になったわけですが、もっと仕事を増やしたい! と思うようになって。そして、29歳でぷろだくしょんバオバブに所属することになりました。
──声優としての仕事が増えることに対して「やっぱり俳優をやりたい」という葛藤はありませんでしたか?
チョー
役者として表現したいという思いはずっとありました。でもそれは声優でも、舞台やテレビで活躍する俳優でも同じことというか。自分が表現できる場があるなら同じ役者だと思っていましたし、そこは今でも変わりませんね。
でも、実は若い頃からずっと「俳優としてテレビに出たい」という思いを持ち続けているんですよ。顔を出して仕事をすることはとても少ないので、少しでも増えたらいいなと思っています。
──仕事に対する考え方で、変化したことはありますか。
チョー
若いときはとにかく何でもやろう、それが勉強になる、と思って向き合っていましたが、50歳を迎えるあたりから「もう自分には時間がないぞ」と思うようになったんです。
やりたくないことや苦手なことをやっているよりも、好きなこと、得意なことをどんどんやっていこうと思い、いろいろなものを削ぎ落していきました。
でも、60代になってからの2~3年で考えがまた変わってきました。
よく、年下の人に対して「まだまだこれからだよ」なんて声をかけることがありますよね。僕もずっとそうしてきたんです。50代のころ、20代や30代の後輩に「これからだね! 楽しみだね!」なんて。
それが先日、47歳の方が「そろそろ50歳、だんだん先が見えてきました」と言っているのを聞いて、とっさに「そんなことないよ! これからだよ!」と返したんです。ところが、ふと考えると、自分も50歳が近づいてきたとき、同じように残りの時間を意識して焦りと不安感を抱いていたなって。
きっと70歳になったら60歳の方に「これから」と言うし、80歳になったら……。そう考えると、今の自分に対しても「もう時間がないから、これを諦めてあれをしよう」なんて考えずに、もっと素直にいろいろなことに挑戦してもいいんじゃないかと思ったんです。
──確かに、未来の自分から見た今の自分は、きっと「これから」ですよね。
チョー
だから生きている限りは、先のことを考え過ぎない方がいいのかなって。年を重ねると知恵もつくし、器用になるから、どうしても傷つかないで済む道を選んでしまいますよね。でもそれってすごくつまらないのかもって思うようにもなったんですよ。
若かったからできた失敗もあるかもしれないけど、今からでも挑戦しちゃっていいんじゃないかな。泣いちゃった方が後から振り返れば楽しいんじゃないかな。そんな思いがわいてきたんです。
──1996年にスタートした『いないいないばあっ!』のキャラクター・ワンワンをずっと演じていますが、ハードな動きも多いですね。健康面ではどのようなことに気をつけていますか?
<NHK Eテレ編集部のTwitterより引用>
チョー
ワンワンのために特別にやっていることはないんです。でも20歳のころから変わらずジョギングを続けていますね。役者になろうと思った日から毎日、10km走るようにしています。
ジョギングを選んだのは、好きなときにできるのと、お金がかからないから(笑)。『いないいないばあっ!』のステージショーなどで地方に行ったときも、ジョギングはしています。
──今でも続けているんですね!
チョー
年を重ねるにつれて無理はきかなくなってくるので、夏場などは特に体調を見ながら5kmだけ……と調整することもあります。ただ、毎日続けるというのは守っていますね。それから、タバコは43歳でやめました。
──食事などで気をつけていることはありますか?
チョー
昔からなぜか血糖値が高く、お酒を控えたり甘いものを避けたりもしましたが、いまいち成果が出なかったんです。妻のすすめでグルテンフリー(小麦由来の食物をカットする食事法)にしてみると、僕に合っていたようで血糖値の上昇が落ち着きました。
今は、ふかしたサツマイモと豆乳が朝食です。わびしいと思うでしょ? でも、意外とおいしいんですよ(笑)。たまに物足りないなと思っていると、妻が「ホットケーキ焼いてあげようか?」なんて声をかけてくれて、米粉を使ったホットケーキを作ってくれるのが密かな楽しみでもあります。
お酒も以前は毎日晩酌していましたが、今はそれほど飲まず、これも妻の承認制ですね。「今日は飲んでもいいかな」というときに相談して、OKが出たら飲むような感じです。
──25年以上にわたってワンワンを演じるなかで、モチベーションをどのように維持しているのかも教えてください。
チョー
原動力はやっぱり、お子さんやご家族の方の喜んでいる顔です。特に「ワンワンわんだーらんど」などのステージショーではお客さんを間近で見られるし、ワンワンがステージに登場したときの子どもたちの喜ぶ声が聞こえると、本当に「やっていてよかった!」と思います。
25年を超える放送期間のなかで、赤ちゃんはどんどん成長してワンワンのことを忘れていきます。でも会えば思い出してくれるし、今では親になってお子さんと一緒に『いないいないばあっ!』を見てくれている人もいて。
今まで、ワンワンをやめたい、やりたくないと思ったことがないんですよ。もちろんステージの後は疲れ切っているし、「きつい〜!」なんて思ったりもしているけど、実際に「やりたくないな」と思ったことは一度もありません。
もちろん、もう64歳だし体力的な制限はあると思いますが、「あと10年できるぞ」「あと5年できる」「あと3年は大丈夫かな?」「来年までは……」なんて言っているかもしれません(笑)。
──お話を聞いていると、チョーさんは自分のやりたいことをまっすぐにやり続けていらっしゃる印象があります。同じようにやりたいことはあるけれど、なかなか実行に移せない……という悩みを持つ人に、アドバイスをいただけますか。
チョー
最初に役者を目指すと決めたときから、僕は周りに迷惑をかけ通しているんです。やりたいことを貫くというのは、それだけ周囲に負担や迷惑をかけることにも直結すると思います。だからこそ、「みんなも好きなことやろうよ!」と大声では言えない。
ただ、一歩踏み出してみて、周りがどんな反応をするか見てみることはしてもいいと思うんです。意外といい反応をしてくれるかもしれないし、誰か背中を押してくれる人がいるかもしれない。「やってみよう」と思ったときがやれるときだと思いますし、反対に「今はできないな」と思うときはやらなくていいときなんですよ。
「時間がない」というのも、きっと「それよりも大事なことがある」という意味です。時間には限りがあるので、何かを新しく始めるなら、時間も今までと同じようには使えません。
何かを始めるときにはリスクもつきものですし、それでもやりたいかどうかを自分自身に問いかけてみてほしい。そこで家族の顔が浮かんだなら、きっと家族の方が大事なんだと思うし、それでいいんですよ。
でも、そこで「やっぱりやってみたい!」という気持ちが勝ったなら、踏み出してみるのもひとつの答えかもしれませんよね。
──そう思うに至ったのは、やはりお母様とのやりとりがきっかけだったのでしょうか。
チョー
僕は自己中心的な性格なので、ずっとそうだったんだと思います。母がどんな気持ちだったかは理解していますが、進むしかなかったというか。でも、そうして歩いてきた道をふり返ってみると、やっぱり間違っていなかったんだと思えるし、それでいいんだって思えるんです。
ただ、この生き方は周囲の人に迷惑をかけるということも分かったので、これからは周りの人のことも考えないとな……と、今あらためて感じています。
──今後、お仕事などでやってみたいことはありますか?
チョー
芝居の世界に飛び込んでから40年ほどがたちますが、俳優としてテレビや映画に出るという夢はまだ叶っていないんですよ。
右も左も分からない新人として、どんな演技ができるのか、どんな痛烈なダメ出しをされるのか。考えただけで怖いけど、やっぱり楽しみなんです。自分が出演したドラマや映画の映像を見てみたいですね。昔の自分が夢見たことはまだまだ実現していないし、きっと死ぬまで言い続けるんだろうな(笑)。
取材・構成:藤堂真衣
編集:はてな編集部
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