新卒採用数が導入前の290%アップ。入居者、職員が笑顔になれる介護現場のICT化 その秘訣とは

人材不足、そしてケアの質の向上など、さまざまな課題に対応すべく、介護の現場ではICT化の波が起こりつつあります。様々なテクノロジー企業に働きかけ、現場の変革を目指しているのは、首都圏を中心として有料老人ホームやデイサービス・ショートステイを展開する株式会社アズパートナーズです。同社では、社内のカルチャーに沿ったICTの導入を行い、新卒採用の大幅な増加を達成しました。導入の背景や、取り組みについて伺います。

お話を聞いた方

株式会社アズパートナーズ シニア事業部 執行役員 中元亮介さん

業界課題の根本解決に挑む、『エガオリンク』を発案

――まずは、今回『EGAO link(エガオリンク)』を導入することになった背景について教えていただけますか?

中元

長年続いていた、中途採用での採用難が大きなきっかけとなりました。まずは有資格者の介護職員しかできない業務とそうではない業務の切り分けをおこない、分業制を導入しました。

一定の成果は出せたものの、離職は止まりませんでした。そもそもの業務時間数が減っていないため、厳しい勤務状況は変わりなく、採用難が続いていました。そこでサービスの質を落とさず根本的な解決を図るため、IT化の話が持ち上がったのです。

しかし、単にIT化を目指しても意味がないため、せっかくなら介護記録の電子化だけではなく、今世にある技術を最大限に活かしたチャレンジをする方向に話が進みました。

その時期に注目を集めていたのが、カメラ・ナースコール・サービス提供の記録を連動させたパッケージシステムです。弊社でも既存パッケージの導入を検討したのですが、弊社独自の文化やオペレーションをシステムに合わせて変える必要があるため、既存製品を接続できるようにしたらいいのではという、今回の『エガオリンク』の構想に繋がっていきました。

――『エガオリンク』はどのような製品なのでしょうか。

中元

『エガオリンク』は入居者さまの見守りシステムです。弊社が発案し、ベッド、ナースコール、介護記録、電気設備の4社にタイアップを依頼しました。

4つの企業が持つ既製品を組み合わせて、自動化できる部分を増やし、少ない人数でもきちんと入居者さまの安全確保ができる状態を目指しました。

機能としては、入居者さまが今どんな状態にあるかを検知し、ナースコールを発信します。ナースコールはスマートフォンに連動しており、そこから介護記録に自動でログを残すことができます。平時の定期的な見回り(巡視)とモニタリング、介護記録の入力が自動化されるため、人でないとできない業務以外はほぼ自動化に成功しています。

また入居者さまの呼吸や心拍の確認はもちろん、ベッドの上で寝ているか、起きているか、ベッドから離れているかなどがモニタリングできます。これで見回り安否確認を、必要なタイミングでのみ行えるようになりました。

私も現場の経験が長いのですが、何年働いてきても大変さを感じる介護の三大業務は、平時の見回り安否確認・ナースコール対応・介護記録の3つです。これをスマホで完結でき、時間を大幅削減できるため、弊社だけでなく全国の介護施設で導入すれば、介護業界全体が非常に働きやすい職場になるのではないかと考えています。

「家」のような安心感と利便性の両立を目指して

――御社の文化を壊さず『エガオリンク』を導入するために、どんな工夫をされましたか?

中元

私たちの施設は、利用者さま・入居者さまの「家」でありたいと考えているため、精神面・機能面で4つのことを意識して導入しました。
精神面では、IT化をしても入居者さまと関われる時間を大切にするのを忘れないこと。

機能面では、カメラで一挙手一頭足が明確になるなど、入居者さまのプライバシーを侵害しないこと。配線がごちゃごちゃするなど、家に似つかわしくない外観にはしないこと。現場で働く人の視点を入れたフレキシブルな導入ができることの3つです。
この4つにこだわりながら導入したことで、今の良い環境が作れていると思います。

――さまざまな配慮をして、導入されたことが伝わってきます。導入の際、あるいは導入後の壁はありましたか?

中元

介護業界は幅広い年齢層の方々が働かれているため、最初はシステムの導入にも苦労しましたが、2週間程度で慣れて問題なく業務遂行ができるようになりました。最初は現場出身のコミュニケーション能力の高い職員にOJTをしてもらうなどの配慮は必要ですが、皆さん意外にすぐ慣れ、まだ施設への導入にばらつきがあったタイミングでは、ほぼ100%「このシステムがない部署には異動したくない」という声を聞いていました。

業務負荷軽減によってもたらされた新たな価値

――『エガオリンク』の導入によって業務負荷を軽減できたと思うのですが、具体的な導入効果を伺えますか?

中元

成果としては、大きく分けて4つあります。業務時間の削減、削減による新たな取り組みの実施、介護クオリティの均質化・向上、離職減少・入社数増加です。

業務時間削減で、少人数で無理のない夜勤体制が可能に

――導入の結果、何時間ほど削減できたのでしょうか。

中元

時間については、介護記録は−7時間、巡視は-5時間、ナースコールは-5時間、合計17時間の削減ができました。

デジタル化した介護記録は、手書きの10分の1まで削減できました。例えば食事の際、ご入居者さまが18名いたら18名分の食事内容を全て手書きで繰り返し記入する必要がありましたが、今はスマホで名前と量をタップして登録ボタンを押せば終了します。

巡視は60室を4時間ごとに回ると、計5時間ほど時間がかかりますが、必要なタイミングだけの訪問に削減されました。ナースコールについても、起きたかどうかがわかるため、起きたら部屋に向かい、ご要件を聞くという風に変わったことで5時間あったものが削減されるという成果が出ました。

おかげで夜勤職員を1人減らしても、職員の仮眠時間は安定的に2時間取れるようになるなどの変化が生まれています。

新たな取り組み「夢を叶えるプロジェクト」を実施

――削減した時間はどんな業務に転換されたのでしょうか。

中元

削減によって生まれた時間は、レクリエーションやアクティビティによって、入居者さまが有する能力を最大限発揮していただくよう活用しています。「歩けるけれど時間がないから車椅子で」という介護ではなく、削減した時間を使って入居者さまの能力をケアし、持てる能力を最大限発揮いただく介護へとシフトしたのです。

弊社には「夢を叶えるプロジェクト」と呼ばれる取り組みがあり、それを『エガオリンク』で生まれた時間で行っています。これはケアプランの長期目標、短期目標を設定し、実現するために職員と一緒にリハビリやアクティビティを頑張ろうというものです。

例えば、施設に入られる前に油絵を趣味でやられていた方には、担当がついて絵手紙からスタートし、油絵が描けるまで勘を取り戻していただく事例がありました。他にも、お孫さんの結婚式に職員同伴で出席する、競馬場に行くなどさまざまな取り組みを行っています。

業務時間が削減されたことによって、職員が入居者さまと共に充実した時間を作れるようになったのは大きな変化です。

職員の介護クオリティの均質化・向上

――『エガオリンク』は介護の質の向上にも効果的でしたか?

中元

介護のクオリティの均質化と向上については、確実に向上したと感じています。例えば、センサーで起きたことを確認して伺ったときに「ちょうど良かった」と言われる機会が増えました。カメラを置いていないので、「たまたま職員が良いタイミングで来てくれるようになった」と入居者さまからもお褒めの声をいただき、信頼関係にも良い影響を及ぼしていると思います。

導入以前はこうした部分に職員それぞれが経験で培ったセンスが必要だったのですが、センサーによって誰でもできるようになったため、介護クオリティの均質化と向上ができたと感じています。

新卒採用の大幅な増加

――採用にはどのような変化がありましたか?

中元

入社数は、中途よりも新卒で大きな変化がありました。現在採用での競合はなく、第一志望で来てくれる方が多い傾向にあります。『エガオリンク』導入前は60名の採用でしたが、昨年は174名、今年は178名採用と大幅に増加しました。

『エガオリンク』を導入したことによって、職員がきちんと入居者さまとの時間が取れ、役立った実感が持てるようになりました。そこに応募者の皆さんが魅力を感じてくださっているのだと思います。

『エガオリンク』で目指す未来

――『エガオリンク』の今後の展望について教えてください

中元

導入当初からさらに発展し、現在は『エガオリンク』にインカム機能や動画アプリを追加しています。内線だと、電話に出る人が偏ることを発端に職場の雰囲気が悪くなることもあるのですが、インカムで「面会のご家族がいらっしゃいました」と言えば全員に情報を共有できますし、「了解です」とすぐに反応が得られます。

その他にも、自分が持ち場を離れられないときに「◯◯さんが◯◯前の廊下にいるので、どなたか助けてください」などと言えば、「私が行きます」などヘルプしあえるような状態を作れるため、既になくてはならないアイテムになっています。

動画アプリは動画を撮ってアップロードすると、すぐに全職員で確認できます。これまでは文字情報で伝えようとしていたので非常に大変でしたが、リハビリ後の注意点などの動画をアップすれば、人ごとに異なる介助の仕方もある程度統一されます。

また、申し送り事項も「◯◯はこの引き出しに入れました」などをアップしておけば、文章とは違って捉え違えをする可能性が低く、迷いなく行動できるため、便利です。

こうした機能はたくさんあるものの、携帯性・利便性の高いスマホが使えるかどうかにこだわって運用しています。

『エガオリンク』の導入によって辛さを感じる三大業務の大幅削減ができ、職員や入居者さまの満足度向上、介護クオリティの均質化と向上に繋がった結果、入社数の増加などを実現できたこと。これは、素晴らしい成果だと感じています。

今後は、介護業界全体にあるマイナスイメージを払拭し、笑顔で働く人を増やしたいという思いで名付けたエガオリンクで、業界全体の笑顔を増やしていきたいですね。

写真提供/株式会社アズパートナーズ

高下真美
高下真美 フリーライター

人材ベンチャーや(株)リクルートジョブズでの営業を経て、2016年よりフリーランスのライターとして活動。Webメディアで採用からサービス導入事例など幅広い企業インタビュー、SEO記事などを執筆。最近ワーママとなり、子供が手のかかる時期に親の介護問題が浮上してくる可能性が高くなったため、自らが気になることを調べて記事にしています。

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