歳を重ね、仕事や子育てが落ち着いた後の「第二の人生」について考えてみたことはありますか?
やりたいことの一つとして、これまで忙しくてできなかった「学び」に興味を持つ人も少なくないでしょう。しかし歳を取って記憶力なども衰える中、「今さら勉強しても身に付かないのでは……」と及び腰になってしまう人もいるかもしれません。
今回お話を伺ったのは、60歳から本格的に英語学習を始め、66歳で英検1級&TOEIC905点を取得したShojiさんです。
社会人として働き始めた頃、仕事の都合から英会話教室に通い、いったんは簡単な日常会話ができる程度になったShojiさん。しかし、その後30年間近く英語を使わなかったため、60歳になる頃にはまったく話せなくなっていました。
その後、海外でゴルフをしてみたいという思いなどもあり、60歳で一念発起して本格的な英語学習を開始。学習を続ける中で「英語を学ぶ楽しさ」に気づき、67歳の今では「趣味は英語」と言い切るぐらいどっぷりハマっているそうです。
いくつになっても大事なのは気持ちであり、何歳でも学びの扉は開かれているということを実践したShojiさんに、自身の経験を語っていただきました。
──Shojiさんの英語学習歴について教えてください。学生時代は、英語がそれほど得意ではなかったそうですね。
Shojiさん(以下、Shoji)
高校生のときは、はっきり言って“劣等生”でしたよ。クラスでも下位20%ぐらいの成績でした。理系科目は得意だったんですが、文系科目はからっきし不得手でして。大学は工学系に進学し、語学は週に1回、英語の授業を受けていた程度です。学生時代は英語とはほとんど縁がないような暮らしをしていました。
──就職されてからはいかがですか。
Shoji
無縁で済ませるはずだったんですが、生まれて初めて「英語が話せないとマズい」事態が起きます。建設会社に就職し、最初の頃にもらった仕事の一つに海外とのやり取りがあり、ときどき英語を話さざるを得なくなったんです。でもそれまで英語と縁がなかったものですから、コミュニケーションで失敗することもありました。
──例えばどんな失敗ですか?
Shoji
今となっては笑い話なんですが、アメリカから検査官が来て、最後に“See you later(さよなら)”と言ったんです。僕はそれを“later(あとで)”と直訳し、「後でまた会いたい」と言われていると思い込んでしまいました。
そこで「いつ会う?」と聞き返したら、向こうが一瞬黙り、今度は“See you again(さよなら)”と言ったんですよね。でも、そこで僕はさらに、なるほど“again(再び)”か! と勘違いしてしまった。
──別れ際の挨拶のつもりが通じず、相手の方も困ったでしょうね。
Shoji
大失敗でした。僕が何度も“When?(いつ?)”と聞き返すものだから、相手は困惑しきった顔で帰っていきました。
僕が高校生や大学生だった当時は、英文法は勉強する機会があっても、英会話はカリキュラムに入っていなかったんですね。
仕事の上で、英語の挨拶一つも分からないのはさすがにマズいだろうと思い、英会話スクールに週2回、2年半ぐらい通い、簡単な日常会話ぐらいはなんとかできるようになりました。
──現在のShojiさんの英会話力から考えると、当時はどれぐらいのレベルだったと思われますか。
Shoji
今の英語力を10だとすると、2~3ぐらいだと思いますよ。海外との仕事で英語を使うといっても、年のうちに何回か、海外の検査官と話をする機会がある程度です。それでもなんとか、32歳のときに英検2級を取得することができました。
──その後は、英語に触れることはあったんでしょうか。
Shoji
勤めていた会社には留学制度があったんです。もうちょっと英語を学んでみたいと思って申し込んだら許可が出たので、2年間ほどアメリカの大学院へ海外留学に行かせてもらいました。
でも、英語に対する苦手意識は克服できたわけではなく、英会話は苦痛でしかありませんでした。大学院の勉強が忙しく、専門用語を覚えるのに必死で、日常会話をしたり、学んだりする時間がなかったというのもあります。
──海外留学を経験すれば、英会話のスキルが飛躍的にアップするのではないかと、つい期待してしまいますよね。
Shoji
そうなんです。なんとか簡単な日常会話には困らないようになったんですが、ちょっと込み入った話をしようとするともうダメで。2年間も海外で暮らせば、もっと英語がペラペラになると思っていたのに、本当に悔しい思いをしました。
そして留学を終えて帰国してからは、英語を使うような仕事をほとんどしていなかったこともあって、英語のことをどんどん忘れていきました。50代半ばに家内とヨーロッパ旅行に行くころにはすっかりしゃべれなくなっていて、レストランでの注文一つで四苦八苦し、愕然(がくぜん)としました。
その悔しさもあって、60歳からもう一度、英語を勉強し直してみようと思い立ったんです。
──60歳で「英語を学び直そう!」と決めたとき、目標としてはどのあたりを目指してスタートされましたか。
Shoji
もともとゴルフが好きなので「海外のいろいろな場所にゴルフ旅行に行けたらいいな」ぐらいの気持ちで始めました。
──今ではそれが「趣味」になった、と。
Shoji
英語学習をやっているうちに少しずつ話せるようになり、面白く思うようになりました。海外の方ともオンライン英会話を通じてコミュニケーションが取れるようになり、いつの間にか英語が「趣味」になっていったという感じですね。
──「英検1級を取る」「TOEIC900点をクリアする」といった目標を立て、モチベーションがグッと高まったのはどのあたりのタイミングでしたか。
Shoji
64歳で退職したことが、一つの転機になっていますね。
それまでは、英語を勉強し直すといっても、仕事もありますし、ゆっくり座って勉強する時間はありませんでした。英語のPodcastを聞いていたぐらいです。会社へ行っていた当時は車通勤で、通勤時間が2時間ぐらいあったので、その間ずっと聞いていたんですね。
──当初は、思ったよりも学習時間が取れなかったんですね。
Shoji
そうなんですよ。ところが、退職したら毎日、自由になる時間がたくさんあるわけです。この時間をボーっと過ごすよりも、何かチャレンジしたいなと思ったんですね。
そのころには英語関連のYouTubeも見るようになって、自分もやってみたいなと思うようになってきました。
でも、60歳を過ぎたおじさんが、ちょっと英語をしゃべれるぐらいでは誰も見てくれないでしょう? だけどそのおじさんが、英検1級合格者で、TOEICスコア900点以上あると聞いたら、見てみようかなと思ってもらえるかもしれない。そんなふうに、よこしまな動機で資格の勉強を始めました(笑)。
──英語YouTuberとしての「引き」を作るための資格でしたか! それでも「有言実行」で、目標を達成してしまったのだからすごいですね。
──具体的な英語学習について伺います。英検1級を取得するために、どのぐらいの期間、学習されたのでしょうか。
Shoji
65歳から半年ほど勉強して、まず英検準1級を取りました。そこから5カ月後の66歳のときに英検1級に合格したので、英検の勉強としては約1年ですね。その後、TOEICの勉強を半年くらいしました。
──1日の勉強時間はどのぐらいだったのでしょうか。1日中勉強していたんですか?
Shoji
1日4時間はコンスタントに英語を勉強しました。ただ、会社員時代を振り返ってみると、1日8時間は働いて、さらに通勤時間があるので、毎日10時間以上は仕事に拘束されていたんです。そう考えると、1日4時間勉強しても、まだまだいっぱい自由に使える時間はあり、1日中勉強していたわけではありませんでした。
実際、趣味のゴルフにも行くし、娘の家族と一緒に住んでいるので孫の世話もしていました。
──英語学習は大きく分けてReading、Listening、Writing、Speakingとありますが、Shojiさんはどれが得意・不得意などありますか。
Shoji
英語を学び始めた頃は全部不得意でしたよ(笑)。今はおそらく、Listeningが一番得意で、次がSpeakingです。
Listeningは会社員時代に4年間ポッドキャストを聞いていたのが大きいと思います。気がついたら自然と聞けるようになりました。Speakingに関しては週5回のオンライン英会話を3年以上続けているので、それなりに慣れてきています。
ReadingとWritingは英検やTOEICの試験のために勉強していただけなので、得意とは言えませんね。少しぐらい英文記事を読むことはあっても、毎日とまではいかないし、ましてや書く機会はもっと少ない。逆に、資格試験を目指した時期は、バランス良くそれぞれの力を伸ばすことを意識しました。
──均等に力を伸ばすために、どんなことを意識されましたか。
Shoji
模擬試験を受けると、苦手な科目は明らかに点数が悪いので、そこを集中的に勉強しました。TOEICも英検も最初はとにかくReadingの点数が取れなかったですね。ボキャブラリーが少なかったのが敗因です。
そこで市販の英検1級用の単語帳で徹底的に勉強しました。1日200語程度、知っている単語と知らなかった単語を仕分けしながら、暗記していきました。翌日は前日知らなかった単語を確認しながら、次の200語を仕分けする。これを繰り返しながら、約1カ月で“1周目”を終えました。2周目からは1周あたりのペースがどんどん早くなるので、全部覚えるまで100周くらい繰り返しています。
僕の場合、もともと記憶力がよくない上に、年を取ってますます覚えるのに時間がかかるので、英単語の暗記にはおそらく若い人の3倍くらいかかります。でも、徹底的に努力を続ければ、どんなに記憶力がよくない人でも、高齢者でも、英単語を覚えることができるということを実践できたと思います。
──苦しいと感じながらも、Shojiさんが学習し続けるモチベーションを保てたのはなぜだと思いますか。
Shoji
やっぱり、少しずつであっても努力をすれば、できるようになっていく。努力した分の結果はついてくるんですよね。最初は20%ぐらいしか分からなくても、繰り返し勉強していくうちに30%、40%と分かる部分が増えていきます。
例えば仕事でも、今の自分のスキルではできないような難しい仕事が出てきたら、やり方を必死に覚えようとしますよね。その最中はまったく楽しくもなんともなくて、ただ必死なだけなんだけど、気づけばすごいスキルが身に付いていたりするのと似ているかもしれません。
──今も1日4時間の英語学習を続けていらっしゃるんですか。
Shoji
今はそこまで長くは勉強していません。ただ、ほぼ毎日英語に触れるようにはしています。朝起きたら、小一時間は英語を勉強します。オンライン英会話のレッスンを受けた後、海外のスピーチ動画を中心に、英語のYouTubeを見たりしていますね。合計すると1日に2時間程度は英語に触れています。
新しく覚えるというよりも、せっかく身に付けた英語を忘れないようにして、より深い話ができるようにするためといった方が近いかもしれません。
──「英語の学び直し」を始める前には思ってもいなかったことで、「英語を勉強して良かった!」と思うことはありますか。
Shoji
世界中の人たちとコミュニケーションを取れるのが楽しいですね。僕は、オンライン英会話を使っているんですが、世界各国で暮らす英語のネイティブスピーカーが講師を務めているんですよ。
米国出身だけれど、中高年になってメキシコに移住した人もいれば、ベトナムやタイなどアジア圏で暮らしている人もいる。その土地の暮らしぶりや政治、治安の良し悪しまで、さまざまな話題が出てくるのが面白い。
日本人の知り合いと雑談するときは、せいぜい天気の話ぐらいしかしないけれど、異国の地に暮らす人が相手だと、不思議と本音で話せるのも面白いところかもしれません。いろいろな国の人と不自由なく話せるというのは、想像していた以上に楽しいです。
──現在も目標としている試験や、受けてみようと思っている試験などはありますか。
Shoji
今は、これといって受けたい資格試験はありません。どちらかというと、英語で深いディスカッションができるようになることに興味があります。
まだ、英語で話すときに、日本語の7割ぐらいしか言いたいことがしゃべれていないような気がするんですね。「本当はこう言いたいんだけれど、言い方が分からないのでこの辺でやめておこう」みたいな感覚です。
あとは、他の言語をちょっと学んでみようかなとも思っています。スペイン語圏はすごく広いので、スペイン語を学んだらもっと多くの国の人と話せるんじゃないかと。
──英語のみならず、何か新しいことを学びたい気持ちはあるけれど、年齢を理由にためらっている方は少なくないと思います。そういう方に対して、何かアドバイスはありますか?
Shoji
年齢を理由に何かを諦めるには、人生は長過ぎると思うんです。
例えば、90歳まで生きるとします。仕事を60歳で辞めたと仮定して、そこから30年間、自由な時間がどれくらいあるでしょうか。
睡眠時間や食事・入浴時間などを差し引いて、1日12時間だとしても、それが365日、30年続くとなると、13万1,400時間もあるわけです。テレビを見ながらゴロゴロ過ごすには、あまりに長過ぎると思いませんか。
趣味でも勉強でも、ボランティアでもいいし、起業してもいい。自分が、これぞ! と思ったことをやればいいんです。「年だからできない」と決めつけてしまったら、せっかく自分が持っている宝の山を手放すことになってしまう。
年を取ったら難しいどころか、年を取ってからが勝負。「なんだってできる」と思った方が、楽しい人生を送れると思いますよ。
取材・構成:島影真奈美
編集:はてな編集部
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