バリバリのキャリアウーマンで、子どもの頃から憧れの存在だった伯母さんが突如“孤独死”したことを知らされる──。そんなちょっと衝撃的なシーンで幕を開けるのが、30代独身女性の終活をテーマにしたカレー沢薫さんの漫画『ひとりでしにたい』です。
カレー沢さんが「終活」という一見重いテーマを作品の中心に据えたきっかけは、30代後半になった自分自身が、いずれ“一人で死ぬ”かもしれないという漠然とした不安を抱えるようになったためだそう。そこで本作の制作も兼ねて、自身の「終活」について考え始めたといいます。
30代や40代のうちから終活を始めることは、決して早過ぎないと話すカレー沢さん。いまご自身が考えている終活や老後のこと、そして『ひとりでしにたい』の制作背景について、リモートでお話を伺いました。
──漫画『ひとりでしにたい』で、終活というテーマについて描こうと思ったのはそもそもどうしてだったんでしょうか。
カレー沢薫さん(以下、カレー沢):
自分が30代後半になり、多分この先も子どもは作らないんだろうなと考えるようになったときに、「このまま順当にいけば親と夫が先に死んで、私が最後に一人になる確率が高いな」とふと気付いたんですね。それ以来、一人になることが予想されるのに何もしなくていいんだろうか、という漠然とした不安がずっとあったんです。
……とはいえ、しばらく具体的には何もしていなかったんですが、新連載をしましょうという話になったときにそれを思い出して。孤独死や老後のことはいま自分にとっていちばん興味のあるテーマだし、漫画にしてしまえば調べていく過程でいろいろ知ることもできて一石二鳥なんじゃないかな、と思ったのがきっかけでした。
──作品を描くにあたって終活についていろいろ調べられたと思うのですが、特に印象的だったことや驚いたことはありますか?
カレー沢:
連載を始めた当初は、たとえ老後に一人になってもとりあえずお金さえ貯めておけば大丈夫だろう、まあなんとか後始末をしてきれいに死ねるだろう、と思っていたんです。でも調べれば調べるほど、本当によっぽどの大金持ちとかでない限り、人とのつながりを完全に断ち切って死ぬのはかなり難しいということが分かってきましたね。……私はあんまり人とコミュニケーションを取るのが得意じゃないので嫌な結論ではあるんですけど、とにかく他人とのつながりは切っちゃだめなんだ、というのを痛感しました。
──『ひとりでしにたい』でも、孤独死には「親族がいてもさまざまな理由で疎遠となり、結果的に発見が遅れる」というケースが多いと書かれていましたね。
カレー沢:
そうなんですよ。さまざまな理由、というのにはお金がないことも含まれるんでしょうけど、仮にお金がなくて生活に困っていても、周囲に頼れる人や相談できる人がいれば最悪のケースは回避できることが多いというのが、調べるうちに分かってきて。だから、「お金さえあれば一人でもいいや」と思わなくなったのが、私が終活について調べ始めていちばん変わった部分ですね。
──周囲の方とのつながりを絶たないようにするために、カレー沢さんが何か意識されるようになったことってありますか? 作中では、コミュニケーションの大切さを実感した主人公の鳴海が、急に弟の妻にお節介なアドバイスをしてしまって敬遠される、というシーンがありましたが……。
カレー沢:
鳴海もですが、コミュニケーション能力に自信がない人が急に親戚や友達との距離を縮めようとすると、不自然な行動を取ったり余計なことを言ってしまったりして、逆に孤立してしまう可能性はありますよね。「老後のためにみんなと仲よくしよう!」と急に思い立って仲よくできる人なら昔からできていたと思うので、無理に周囲の人たちとの距離を縮めようとする必要はないのかなと思います。
最近は本当に孤独死が多いので、ひとり暮らしのお年寄りを見守ったり支援したりする団体も増えてきています。なので私は、そういうことをお仕事にしている人たちと積極的につながることを考えた方がいいのかなと思うようになりましたね。もちろん、親戚や友達と仲よくできるならそれに越したことはないんですが……。
──『ひとりでしにたい』を拝読して特に印象的だったのが、「特別養護老人ホームに入れるかどうかが決まる介護度の調査日に限って、明らかに要介護状態の親が急にキリッとし出す」といったエピソードです。ものすごくリアルだなと……。ストーリーや細かいエピソードはどうやって作っているのでしょうか?
カレー沢:
大まかなストーリーは私が考えて、小さなネタは原案協力のドネリー美咲さんの体験談などを使わせてもらったりしています。もちろん介護や終活にまつわる本や資料なども読みますが、私はTwitterをすごく見ているので、Twitterで流れてきた介護の当事者の方のリアルなつぶやきなんかも参考にしていますね。
調査日に限って親がキリッとし出すのはあるあるらしくて、それもたしかTwitterで目にしたと記憶しています。やっぱり少子高齢化で親の介護に携わる方が増えているので、意識しなくてもエピソードが集まってくるんですよね。
──なるほど。自分もですが、40代以下くらいの人たちにとっては、正直まだ“老後”や“孤独死”って遠いことのように感じてしまいがちな話題だと思うんです。カレー沢さんの作品じゃなかったらこのテーマの漫画は読んでいなかったかも……と思います。
カレー沢:
テーマがつらくて読めないですっていう方も中にはいらっしゃるんですけど、「重いテーマではあるけど、漫画が暗すぎないので読みやすいです」といううれしい意見もあるので、ありがたいなと思います。暗いだけであまりにも救いのない話はわざわざフィクションで読みたくないと思うので、暗くなり過ぎないように、というのは意識して描いています。
──ストーリー展開としては、会社の後輩の那須田くんという年下の男性が鳴海に好意を寄せているのかも……? というちょっとしたドキドキ要素もありますね。
カレー沢:
実は、読者からは「なんだよ、結局男かよ」みたいな感想が届くこともあるんですが……まあそう言わずに続きを読んでください、というのは言い続けていきたいです。恋愛や結婚をすることで老後も安泰、という話にしようとは決して思っていないので。ただ、だからといって恋愛や結婚が馬鹿らしいと言いたい作品でもないんです。
──主人公の鳴海は、人の話をちゃんと聞き入れる素直な人物として描かれています。ただ、一見しっかり者の那須田くんが慌てる様子を見て「こいつも大したことねえな」と内心で思うなど、“すごくいい子”というわけでもないのがリアルだなと感じます。
カレー沢:
やっぱり主人公なので読者に嫌われてもよくないなと思うんですが、あんまりいい子過ぎてリアリティーがないのは違うなと……。「こいつも大したことねえな」くらいのことって、みんな声には出さないけど考えてるんじゃないかと思うので、そこも共感してくれる人がいるかもしれないな、と思いながら描いてますね。
──読者の方からは、『ひとりでしにたい』にこれまでどんな反響がありましたか?
カレー沢:
終活ってやっぱり多くの方にとって「薄々気になってはいるけれど、まだ目を逸らしておきかった話題」みたいで。そういう話を漫画で読めたことで、自分でも終活について考えるきっかけができたと言ってくださる方は多いですね。そう言ってもらえると、私もよかったなと思います。
それから、親の介護を経験されている方には共感されることが多いですね。「自宅介護は本当にきついから、絶対に一人でしようと思わない方がいい」という意見もすごく多かったです。
──作中でも、鳴海の同僚が実際に親の介護に直面しているんですよね。「親の介護のお金は基本的に親に出させるべき」という言葉には説得力を感じました。
カレー沢:
やっぱり、親の介護についお金を使い過ぎてしまって、自分の老後の蓄えまでなくなってしまう人って多いみたいなんです。自分の老後は親の老後の延長線上にある、というのを意識しておきたいですよね。
──なるほど……。でも、自分よりも“老後”が身近にあるからこそ、親に「終活のことを考えてほしい」と伝えるのってなかなか難しいなと思います。
カレー沢:
そうですよね、それが本当に大きな課題だと思っています。私もこうすればいいという明快な答えは出せないんですが、「親の終活」をテーマにした本って想像以上にたくさん出版されてるんですよ。こういうタイプの親にはこういう感じで切り出すと聞き入れてもらいやすい、みたいなアドバイスが載っていたりするので、そういう本に少し目を通してみてから親と話すといいかもしれませんね。
──ちなみに、カレー沢さんご自身はご両親と老後の話をされることはありますか?
カレー沢:
いや、私自身もまだちゃんとできていなくて……。漫画だと好きに描けるんですけどね、自分のことになると本当に難しいなと痛感しています。意識して実家に帰る回数は増えたんですが、親が老後のことをどう考えているかというのは、まだ聞けていないです。
ただやっぱり、コミュニケーションの回数をまず増やす、というのは大事なことみたいです。ろくに交流していない子どもから突然「家を掃除してくれ」「遺書を書いてくれ」って言われたら、たぶん親も意固地になってしまうじゃないですか。日常的なコミュニケーションがある程度取れていれば、その延長線上で「そういえば……」と切り出せるのかなと。
──『ひとりでしにたい』を親に渡す、というのもいいかもしれませんね。
カレー沢:
ああ、確かにこの本がそのきっかけになったらうれしいですね。親が自主的に老後のことについて考えてくれるというのが、いちばん望ましいと思うので。
──パートナーがいる方にとっては、相手との老後も大きな問題になってきますよね。カレー沢さんは、ご夫婦で老後について話されることってありますか?
カレー沢:
いえ、私もまだ、夫婦で話し合うところまではいっていないんです。この漫画自体は、夫も読んでるんじゃないかと思います。
でも最低限、向こうに介護が必要になったときどうされたいか、というのは聞いておきたいと思っています。もちろん、自分にできそうなことはかなえてあげたいんですけど、相手の希望を全てかなえるのがパートナーや家族の役目であるとは絶対に考えない方がいいと思うんですよ。「介護には絶対に外部の助けが必要」って経験者の方もみなさん言いますし、相手の面倒を一人で見るべきとは思わないようにしたいです。相手にもそう思ってもらいたいですしね。
──カレー沢さんと同年代でもある30~40代くらいの方が、いまから老後のために始めておくべきことがあるとしたら、具体的にどんなことだと思いますか?
カレー沢:
老後に安心して暮らすために大事なのって、「コミュニケーション」「お金」「知識」のバランスなんじゃないかなと思います。できればその3つが同じくらいあるといいと思うんですが、お金がないなら周りとのコミュニケーションや終活の知識を大事にしておくとか、自分なりのバランスの取り方を考えられるといいのかなと。私の場合は人付き合いが苦手だから、コミュニケーションは最低限になりそうなので、その分お金と知識は蓄えておきたいなとは思っています。
──老後のための貯金、というとあまり実感が湧かない人も多そうですが、『ひとりでしにたい』の鳴海の場合は、毎月何にどのくらいお金を使っているかという「現状把握」をするところから始めていましたね。
カレー沢:
そうですね。「老後資金2000万」問題が話題になりましたけど、実際はその人が生きていくのにどのくらいのお金が必要かってバラバラじゃないですか。もちろん、病気になったりする可能性も考える必要はありますが、自分が毎月生きていくのに基本的にいくらかかっているかが分かれば「私は1000万円で済みそうだな」とかコントロールしやすくなりますよね。だから、いきなり思い立って大胆な節約を始めたりするよりも、現状把握して、減らせる可能性のある支出を知る方が大事だと思います。
──作中で、鳴海はアイドルオタクという設定です。そういった“推し活”に毎月お金をかけている人がそれを突然大幅に削ろうとするのも、メンタル的によくなさそうですよね。
カレー沢:
そう思います。老後のことを考えた結果、推し活にかけるお金を急にゼロにする……とかは絶対にやめた方がいい。結局“死に方”のことを考えられるのって、生きる希望あってのことなんですよ。それがなかったら、別にどんな死に方をして腐ってもいいじゃんという話になっちゃうと思うんですよね。
やっぱり優先順位をつけるというか、「ここは削っても自分にとってそこまで苦痛じゃない」という部分を見極めるのも現状把握の一つですよね。推し活費が高いからとにかくそこから減らそう、と考えるよりも、金額は小さくても無駄なお金を削るところから始めた方がいいんじゃないかと思います。
──さっき「コミュニケーション」と「お金」のほかに「知識」も重要というお話が出ましたが、知識というのは具体的にどういったことでしょう。
カレー沢:
日本は「お金がない人は生きられません」という国ではない……ことに一応なっていますよね。人に頼れば、死なない程度には生活を助けてもらえることに一応なっている。けど、知らないと使えない制度というのがとても多いので、困ったときにどんな窓口やサービスを頼りにすればいいかというのは、自分の心身が大丈夫なうちから把握しておいた方が安心だと思います。余裕がなくなってきてから考えるの、結構しんどいと思うので。
──心身にある程度、余裕のあるうちに。
カレー沢:
そう思います。30~40代で老後のことを考えるのはちょっと……という方は多いと思うんですが、いままでは単に「子どもの世代がどうにかしてくれる」という価値観が社会全体にあったから考えずに済んだだけで、私たちの世代はもうそうじゃないんですよね。一人で老後を迎えたら、当然、自分で自分の面倒をどう見るか考えなきゃいけない。だから、子どもの代わりにまだ若い自分が考える、という意識で、いまのうちからちょっとでも考えておいた方がいいんじゃないかな、と思いますね。
『ひとりでしにたい』コミックDAYSで隔週日曜日更新
一部無料配信中
単行本第2巻、2021年1月21日(木)発売
自分の終活より親の就活が先決だ。
定年後、孤立しがちな父親。ヒップホップダンスで余生を切り拓く母親。
二人のはざまで鳴海の苦悩は深まる!!
定価:本体650円(税別)装丁:田中秀幸(DT)
刊行記念イベント「KOROS feat.カレー沢薫2」、
2021年1月21日(木)〜24日(日)、東京・織部下北沢店にて開催決定
カレー沢中毒の陶芸家ほか女性アーチストによるコラボ作品を展示販売
オンラインでも同時開催
取材・構成:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
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