介護ドキュメンタリー映画『99歳 母と暮らせば』監督インタビュー

認知症を患い、足腰の衰えも進行している99歳の母。一人暮らしがちょっと心配になった母を介護すべく、神奈川県藤沢市の実家に移り住んだ71歳の息子──。

『99歳 母と暮らせば』は、高齢の親子の在宅介護の日々を撮影したドキュメンタリー映画。湘南の自然風景を織り交ぜつつ失敗や苦難をリアルに伝える一方で、多趣味多才でさまざまなことにチャレンジしてきた母の歴史にも触れていきます。また、母のチャーミングな一面やユニークな会話もふんだんに盛り込まれ、「こんなにも笑顔に満ちた介護があるのだ」と気づかせてくれます。

人生100年時代を迎える今、介護される人・する人の双方が幸せに暮らせる介護とは?

支え・支えられてともに生きることのいとおしさが心にじんとくる本作で、監督・企画・撮影・編集・ナレーションを務めた谷光章監督にお話を伺いました。

今回のtayoriniなる人
谷光章(たにみつ あきら)監督
谷光章(たにみつ あきら)監督 1945年香川県丸亀市生まれ。1967年日本映画新社入社。ニュース映画企画者として3億円事件、大阪万博、浅間山荘事件などにかかわる。1977年よりフリー演出家として多岐にわたる作品を演出。ドキュメンタリー映画「さわる絵本─盲児たちの世界」(ヘラルド配給、厚生省特選)「飛べ!マリンジャンボ」(広告電通賞グランプリ)「日本の中小企業」(文部省特選)など。1994年イメージ・テン設立。新3K(環境、健康、高齢化)に沿ったテーマを中心に映像作品を制作。2012年にはドキュメンタリー映画「DX(ディスレクシア)な日々 美んちゃんの場合」で児童福祉文化賞を受賞。2014年には前衛いけばな作家・中川幸夫の壮絶な人生と創作の秘密に迫った「華 いのち 中川幸夫」で注目される。

がんばって生きてきて、なぜ怒られなくてはいけないのか

──2015年、谷光監督は神奈川県内のご自宅から藤沢市のご実家に仕事場とお住まいを移し、お母さまと2人暮らしをスタートされました。そのきっかけは?

谷光

私の母は長いこと、藤沢の実家で一人暮らしをしていました。しかし95歳を過ぎて認知症と足腰の衰えが進み、レンジで温めようとしたものを黒焦げにしたり、急いで電話に出ようとして頭をぶつけたりといったことが続いて心配になったんです。

また、実家に帰った際に、「何回も同じことを聞く!」「さっき食べたばかりでしょ!」などと、近隣に住む家族に母が激しく叱られているのを見たことも、大きなきっかけになりました。一世紀近くがんばって生きてきて、元来はお茶目で明るい性格の母が、自分ではどうすることもできない老いや認知症のために、どうして家族に怒られなくてはならないのか? 残された日々を不快なものにせず穏やかに幸せに暮らしてほしいと思い、母との同居を決めました。

谷光章(たにみつ あきら)監督
谷光章監督

──お母さまが認知症だとわかったときに、認知症に関する勉強をされましたか?

谷光

ある程度の基本的な本などは読みました。

あと、私は20年近く発達障がいのお子さんたちを支援するNPO法人の映像関連の仕事をしていて、発達障がいのお子さんたちと接する機会が多かったんです。彼・彼女らも、私たちから見ると不可解な言動があります。でも、発達障がいであることを理解し、相手の性格や性質をわかって接していけば相手も不快な思いをせずにすむ。

発達障がいと認知症は異なるものですが、そういう接し方みたいなものの経験は、母との暮らしでも活きているかもしれません。

知識と考え方次第で、楽しく過ごせる介護もある

──映画では、監督がお母さまにしょっちゅうマッサージをしてあげるシーンが出てきました。

谷光

認知症の人たちに対するフランスのケア技法で「ユマニチュード」というのがあります。人間らしく向き合い、目を見て穏やかに話しかけ、やさしく肌に触れたりしていくと、立ち上がるのが困難だった人も自力で立ち上がれるようになる、といった効果が報告されている技法です。

やっぱりコミュニケーションは大切で、マッサージもその1つ。誰でも肩をもんでもらったりすれば気持ちいいじゃないですか。それで相手の心が穏やかになり、気分よく過ごしてもらえればいいのかな、と。

──どんな思いで、そういったお母さまとの日常を映画にしていったのでしょうか?

谷光

正直いって、すごく明確なプランがあって撮影し始めたわけではないんですけれども(笑)

ただ、私がこれまで見てきた介護や認知症をテーマにした映像作品は、苦労する大変な部分にフォーカスしたものが多かったんです。そういう現実はありますが、介護する側が基本的な知識を得た上で考え方を変えていけば、お互いに気持ちよく終末期を過ごせるということもあるのでは? との思いはずっとどこかにありました。

2025年には3人に1人が65歳以上の超高齢化社会を迎えるといわれていて、その内の5人に1人は認知症を抱えている状況になるといわれています。

見方を変えればストレスも軽くなる

──映画では、同じことを何度も聞く、食事をしたばかりなのに食べたがるといった記憶障がいや、トイレの失敗、幻視など、認知症のさまざまな症状が出てきます。しかし監督は常に笑顔で、ときには話を合わせ、決してきつく怒ったりしない姿が印象的でした。

谷光

不可解な言動や不始末には認知症という理由がある。それを怒ったところで、認知症がよくなるわけではありません。それに、今の母の姿は10数年後の自分かもしれない。「母と同じようになったとき、自分だったらどう接してもらいたいだろうか?」 そう考えると、きつく叱ったりはできないですね。

──いわゆる「介護疲れ」に悩んでいる方は多いと思います。そうした方々へのアドバイスは?

谷光

発達障がいのお子さんたちに接する場でも使われる「リフレーミング」という考え方があります。要は、ものの見方を変える。例えば、食後にすぐ何か食べ始めたら「また食べてる!」と怒りがちですが、食べられるのは元気な証拠。「食欲があって元気でいいねえ。しっかり噛んで食べてね」といえるようになれば、介護する側もストレスをためずにすむ。難しいことですが、意識してみるのも1つの方法だと思います。

とはいえ、介護にかかわる方たちの状況は本当に千差万別。その中でいうと私たちは、私が通勤の必要がない仕事であったり、母も重度の認知症ではなかったりするので、恵まれた環境なのだろうと思っています。

仕事が忙しいとか、時間がないとか、介護する人にいろいろな意味で余裕がないと、相手に暴言を吐いたりといったことになりやすいでしょうね。

──映画は、こんなにも笑顔があふれる温かな介護生活があるのだなと、介護に対するイメージが大きく変わるものでした。あらためて、お母さまとの今の暮らしは、監督にとってどんな時間なのでしょうか?

谷光

私は大学進学のときに下宿を始めたので、母とここまで日常をともにすることは、何十年もなかったんですよね。

だから、再び母とともに暮らしている今は、私にとって幸せな時間。母は耳も遠くて会話がスムーズにいかないことも多いですけれど、もともとは関西人ですから、ユーモアのある受け答えをしてくれることもあって面白い。散歩中に好きな花を見てにっこり笑ってくれたらうれしいですし……。70歳を過ぎて思いがけず得られた濃密な親子の時間に感謝して、大切に過ごしたいと思っています。

『99歳 母と暮らせば』
配給:イメージ・テン
配給協力:ムービー・アクト・プロジェクト
©イメージ・テン
2019年6月8日(土) 新宿K’s cinemaほか全国順次公開

公式サイト
株式会社アトリエあふろ 富成 深雪
株式会社アトリエあふろ 富成 深雪 ライター

大手情報出版会社勤務ののち、ライターとして活動。執筆ジャンルは人材、建築、教育、美容、料理、旅行など多岐にわたり、読者目線の記事執筆にこだわる。 介護が必要な親族や介護職に就く親族、介護経験のある義母など、プライベートで介護の現場を多数見てきたため、介護に対する関心が高い。プロフィール画像はオフィスで飼っている溺愛中のトラ猫。

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