ピアース・ブロスナン-老後に効くハリウッドスターの名言(14)

誰だって歳をとる。もちろんハリウッドスターだって。
エンタメの最前線で、人はどう“老い”と向き合うのか?
スターの生き様を追って、そのヒントを見つけ出す。

「正直なところ、ボンドにはゲップが出ちゃうよ(笑)
 まぁ、楽しい仕事ではあるけど、あれだけではねぇ」
  ――『キネマ旬報』(1999年11月下旬号より引用)

永遠の伊達男、ピアース・ブロスナン!
ジェームズ・ボンドという大役を務め上げ、今もなお輝き続けている。
どのジャンルでもバッチ来いな、軽妙洒脱な俳優人生を振り返る!

世界で最も有名なスパイになった男

世界でもっとも有名なスパイ役はジェームズ・ボンドだろう。映画に全く興味が無くても、どこかでその名を聞いたことがあるはずだ。殺しのライセンスを片手に、世界中でモテまくり勝ちまくりのスーパースパイ。そんなボンドが世界を救うために大暴れするのが『007』シリーズである。日本でも人気が高く、最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年)は高い興行成績を上げた。

そして、ボンドの特殊な点は、演じる俳優が交代していることだろう。初代がショーン・コネリーで、『ノー・タイム~』のダニエル・クレイグで6代目である。秘伝のタレのように受け継がれてきたシリーズなわけだが、今回の取り上げるピアース・ブロスナンは、90年代から2000年代にかけて5代目ボンドを演じた人物だ。

「最高のボンドは誰か?」という質問は映画ファンの火薬庫だが、あえて火中の栗を拾うなら、私はブロスナンだと答えたい。それくらい彼はボンドにハマッていた(ただし本人的には「あんまり良くなかった」とけっこう手厳しい感じらしい)。まさにボンド俳優として100点満点だったブロスナンだが、ボンドを卒業から20年が経った今でも俳優としてバリバリに活躍中である。

俳優と言うのは往々にして一度ハマり役を掴むと、そのイメージから離れられず苦労するもの。ましてや世界で最も有名なスパイを演じた場合、そうとうな苦労しないと「ジェームズ・ボンドの人」としか見てもらえない。しかし彼は歳を取れば取るほど役の幅が広がり、ボンドだった過去とも上手く付き合っている。浮き沈みの激しいハリウッドにおいて、異常なほど安定したキャリアを辿っている人物だ。その脅威の安定感の秘訣は何なのか? 今回も彼のキャリアを辿りながら、その答えを探っていきたい。

【10代~30代】アイルランドの家出少年、ロサンゼルスでブレイク

ピアース・ブロスナンは1953年にアイルランドで生まれた。しかし、その少年時代は決して明るいものではなかったという。赤ん坊の頃に父は家を出ていき、母は資格を取るために英国へ。その間、幼いブロスナンは祖父母や親せきの家をたらい回しにされた。この当時のことを本人も「いったい自分の家庭はどこにあるのだろうと別離の寂しさを毎日、味わっていた」と語っている。

12歳の時に母が戻ってくるが、ブロスナン少年は速攻で家出する。そしてサーカス団に流れ着き、アクロバットや火を食べたり噴いたりする一発芸で稼ぎつつ、画家を志して夜間の美術学校へ通い始めた。しかし17~18歳の頃に友人に連れて行ってもらった劇場で演技に開眼し、本格的に俳優として活動を始める。
ドラマスクールに通い、舞台に立ち……順当に下積みを重ね、1980年には女優のカサンドラ・ハリスとも結婚した。やがてエージェントに声をかけられ、アメリカはロスへと渡る。そしてTVドラマ『探偵レミントン・スティール』(1982年~)の主役をゲット。ハンサムだが、謎めいていて、それでいてドコか愛嬌のあるレミントン・スティール役は、プロスナンの当たり役となった。

この大ヒットを受けて、『007』制作陣が動き出す。『007/リビング・デイ・ライツ』(1987年)の時点でプロスナンに主演のオファーがあったそうだが……残念ながら契約の関係で実現はしなかった。さらに『007』自体が『消されたライセンス』(1989年)を機に空白期間に入ってしまう。しかし、結果としてこれが良かったのかもしれない。この間にプロスナンは妻との死別という悲劇に襲われた。悲しみを乗り越えるように映画の仕事を続け、『ミセス・ダウト』(1993年)などの助演で腕を磨く。

一方『007』ファンの間でも、シリーズが作られないことによる一種の飢餓感が高まっていた。そして『リビング・デイ・ライツ』から6年の空白を経た『007 ゴールデンアイ』(1995年)で、プロスナンは新ジェームズ・ボンドを演じる。このとき彼は43歳になっていた。

【40~50代】ジェームズ・ボンドと華麗なるダブルワーク

90年代といえば、シュワちゃんやスタローンらがド派手に暴れまわっていた時代である。アクション映画といえば銃撃戦と爆破、すなわちアクション=火薬力。そんなパワフルな時代に戻ってきた『007』は、これまでより格段にド派手になっていた。ボンドはダムから飛び下り、戦車を街中で乗り回し、マシンガンをバンバン乱射。既存の超大作に一歩も引かない大暴れアクション映画の快作に仕上がった(ついでに同名ゲームもメチャクチャに売れた。これはこれで歴史に残るタイトルだが、それはまた別の話である)。そんなド派手なエンタメ路線の007に、マンガみたいにハンサムだが、それでいてユーモアのあるブロスナンはバッチリとハマった。本作の爆発的な成功によって、無事にブロスナンは5代目ボンドを襲名する。

まさにスターとしての頂点に登り詰めたわけだが、ここでブロスナンは見事な自己管理を行う。『007』に出演する傍らで、全く関係ない作品に立て続けに出演したのだ。『ゴールデンアイ』と次作『トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)の間だけでも、何と4本もの作品に出ている。しかも『マーズ・アタック!』(1996年)では頭だけになるなど、ボンドとは正反対の役を演じることもあった。

冒頭に引用した発言にもあるように、彼はボンドに全力投球しつつも、役者としてのスキルアップをやめなかった。いわばジェームズ・ボンドという超安定の親方日の丸に籍を置きつつ、副業的に異色作に出演して役者としての幅を広げたのである。実際、火山パニック『ダンデス・ピーク』(1997年)や、サスペンスの快作『トーマス・クラウン・アフェアー』(1999年)など、案外『007』以外の主演作も充実している。

2000年代に入ると4度目のボンド役として『007 ダイ・アナザー・デイ』(2002年)に主演。北朝鮮の偉い人が人工太陽を使って悪いことをする物語で、ボンドは氷河でサーフィンをして……もはや書いていて状況が伝わっていない気がするが、とにかくド派手系007の極北と言える作品に仕上がり、興行的には大ヒットした。

そんなわけでプロスナン本人的には続く第5弾をやる気は満々、実際ほとんど決まっていたそうだが……複雑な事情があったのか、『ダイ・アナザー~』が彼のボンド卒業作となった。卒業を言い渡された当初は戸惑いもあったようだが、こんなふうに語っている。「しばらくして、胸がすくような解放感に襲われた。これまで、ボンドとしての責任とかイメージに縛られていたがこれからは安全ネットなしとはいえ、自分だけの役作りができる、俳優としてのセカンドチャンスが到来したとね」

【50~60代】脱007、そして豊かな老後へ

『007』卒業後、ブロスナンは相変わらず多忙な日々を送っている。『マンマ・ミーア!』(2008年)や『ワールド・エンド 酔っ払いが世界を救う!』(2013年)などのコメディ、ジャッキー・チェン主演の『ザ・フォーリナー/復讐者』(2017年)のようなシリアスなアクションまで、主役・助演・悪役、何でもこなす名バイプレーヤーとして活躍中だ。

私生活では家が火事で全焼したが、趣味で描いていた絵画がチャリティーオークションに出品され、約1億5千万円で落札される珍事も起きた。現在は家にアトリエを構え、仕事の傍ら絵画制作に没頭しているという。しかしブロスナンは片岡鶴太郎的な方向には行かず、2022年現時点でも大量の映画に出ている。ロック様ことドウェイン・ジョンソンと共演するアメコミ映画や、アクション、コメディ、スリラーと相変わらず役の幅が広い。今やブロスナンがボンドだったことを覚えている人の方が少ない……というのは言い過ぎかもしれないが、彼が“ジェームズ・ボンドの人”ではなく、俳優“ピアース・ブロスナン”として知られているのは事実だろう。ブロスナンは自身のキェリアについて、こんなふうに語っている。軽妙洒脱な男を得意とするブロスナンだが、その生き方はシンプルそのものである。

「とにかくあちこちに姿を現すことさ。
言わば『僕はここにいるよ』と主張することだね」
 ――2019年 Esquire(エスクァイア)日本版
 「自然体の魅力がいっぱいピアース・ブロスナン―自分以外の何者かになりたい理由」
 より引用

▽参考・引用元
・キネマ旬報
1996年1月下旬号/1997年4月上旬 春の特別号/1998年3月下旬号
1999年10月下旬号/1999年11月下旬号/2003年3月下旬号/2006年3月下旬号
2007年6月下旬号

・Esquire(エスクァイア)日本版
自然体の魅力がいっぱいピアース・ブロスナン―自分以外の何者かになりたい理由
https://www.esquire.com/jp/culture/interview/a28271226/pierce-brosnan-interview-the-son-2019/

イラスト/もりいくすお

300年続く日本のエンターテインメント「忠臣蔵」のマニア。

加藤よしき
加藤よしき

昼は通勤、夜は自宅で映画に関してあれこれ書く兼業ライター。主な寄稿先はweb媒体ですと「リアルサウンド映画部」「シネマトゥデイ」、紙媒体は「映画秘宝」本誌と別冊(洋泉社)、「想像以上のマネーとパワーと愛と夢で幸福になる、拳突き上げて声高らかに叫べHiGH&LOWへの愛と情熱、そしてHIROさんの本気(マジ)を本気で考察する本」(サイゾー)など。ちなみに昼はゲームのシナリオを書くお仕事をしています。

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