キャバレーに年の差フレンズ…高齢者にやさしい街づくりとは?

果たしてこれは何の写真?

高齢社会の理想的なまちづくりのあり方を探ってきてください──。

編集部のそんなムチャ振りに応えるべく、訪問したのは東京大学 高齢社会総合研究機構(IOG)の特任講師で、比較都市計画を専門にしている後藤純先生の研究室。そこで、後藤先生がいきなり見せてくれたのがこの写真だ。

右の人物が後藤先生で、ビールジョッキを片手に上機嫌でナイトライフを楽しんでいる様子はうかがえるが、果たしてこの写真にどんな意味があるのだろうか?

「実はここ、北海道の余市町にある夜間型デイサービスセンターなんです。その名も『よいち銀座はくちょう』。余市町はソーラン節発祥の地で、ニシン漁で栄えましたが、この施設はそのころに営業していたキャバレーの建物を社会福祉法人が買い取って、そのまま使っているんです」とは、後藤先生の説明。

なんでも往事は石原裕次郎も立ったことのあるキャバレーだったそうで、カラオケやダンスを楽しんだり、バーカウンターでお酒を飲むこともできたりして、多くの高齢者に利用されているのだとか。もちろん、健康チェックや車椅子を使った特殊入浴、個別のリハビリなど、デイサービスが基本的に備えているサービスも利用することができる。

居心地のいい場所でなければ人は集まらない

東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)特任講師 後藤純先生
東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)特任講師 後藤純先生

高齢者施設というと、これまで地価の安い郊外に建てられることが多く、そのため、住み慣れた場所から離れてしまい、見知らぬ人とゼロからコミュニティづくりをしなければならない。

また、施設の作りも介護する側の見守りやすさを優先して設計されているため、安全や清潔は保たれていても、無機質で居心地の悪い環境になってしまうケースも多い。

「介護機能がどれだけ充実していても、高齢者にとって居心地のいい場所でなければ利用されません。そこで大事なのは、高齢者のニーズに即した多様な居場所を作ることなのです」と後藤先生は強調する。

必要なのは大規模施設ではなく、小規模施設

とはいえ、高齢者にとって「居心地のいい場所」を作るのは、容易なことではない。

後藤先生は、「団塊の世代以降の高齢者は、3歳おきに考え方が違いますからね」と、その理由を指摘する。

例えば、あさま山荘事件が起こったのは1972(昭和47)年だが、そのときすでに社会人になっていた人もいれば、大学生としてデモに参加していた人もいる。そうかと思えば、ビートルズが世界進出をして大活躍していたのを生で見ていた人もいれば、解散後のビートルズしか知らない人もいるのだ。

要するに、そうした多様な経歴を持つ人たちを「高齢者」という言葉で一律で捉えることには無理があるのだ。

「公民館や体育館のように大人数が集まれる施設でイベントを開催したとしても、『あの人が来るなら行きたくない』という人が必ず出てくるものです。むしろ必要とされているのは、カラオケボックスのような小規模施設に5~8人くらいの気の合う仲間を集めて行うイベントでしょう」

高齢者にやさしい都市、エイジフレンドリーシティとは?

そんな中、後藤先生が高齢化社会のまちづくりのモデルケースとして注目しているのが、秋田市の取り組みだという。

「世界保健機関(WHO)は全世界833の都市と地域を対象に、エイジフレンドリーシティ(高齢者にやさしい都市)を提唱していますが、秋田市は2019年、マンチェスター市(イギリス)やポートランド市(アメリカ)などとともに優れた取り組みを行う11都市・地域のひとつに日本で初めて選ばれたのです。エイジフレンドリーシティという概念は、日本ではまだ充分に浸透していませんが、これは大きな快挙です」

高齢者にやさしい都市、すなわちエイジフレンドリーシティと呼べるかどうかは、次の8つのトピックで評価される。

  1. 屋外スペースと建物
  2. 交通機関
  3. 住居
  4. 社会参加
  5. 尊敬と社会的包摂
  6. 市民参加と雇用
  7. コミュニケーションと情報
  8. 地域社会の支援と保健サービス

1~3は都市のインフラに関することで、まちづくりの指標としてよく見られる項目だが、4以降は市民と行政との交流に焦点が当てられていることに注目してほしい。

実はこの8つのトピックは、それぞれがまちづくりの重要な要素であり、互いに重なり合って作用している。例えば、高齢者向けのイベントを企画して社会参加(4)をうながしても、コミュニケーションと情報(7)が充分でなければ正確な情報が伝わらず、高齢者の社会参加は促進されない。また、充分な交通機関(2)が確保されていることも、それと同様に必須の条件だ。

エイジフレンドリーシティとして評価されることがいかなる“快挙”なのか、おわかりいただけただろうか。

人が集まるには、アクセスが必要不可欠

秋田市の数多くの取り組みの中で、後藤先生がまず最初に紹介してくれたのは雄和地区で行われている「酒をたしなむ会」だ。

雄和地区は、平成の大合併で秋田市になった地域。タウンバスが2時間に1本しか通っておらず、移動手段は自家用車が基本のため、お酒を飲みながら地域の人たちが交流するのはむずかしい環境にあった。

そこで、企画されたのが「酒をたしなむ会」。タウンバスで1カ所に集合し、次の便で帰る集いである。準備や片付けを含めると90分程度の時間しかないが、「飲み過ぎず、地域のことを話し合うのにちょうどいい」と好評で、その後も何度か開催されているという。

「居心地のいい場所づくりと同様、まちづくりに重要なのがその場所へのアクセスです。バスの便を決めるのは行政ではなく、運営元の民間会社ですから、本数や路線を増やしたりすることは簡単にはできませんが、既存のアクセスを工夫すれば集まる機会を作ることができる。雄和地区の『酒をたしなむ会』は、とてもおもしろい取り組みだと思いますね」と後藤先生は評価する。

エイジフレンドリーシティ秋田市の取り組み

その他、秋田市の取り組みについて、代表的な例を紹介してみよう。

郷土料理を通じた交流(河辺地区)

農家の多い河辺の赤平地区では、赤飯の作り方の伝承を契機とした世代間交流に取り組んでいる。材料を調達しやすい環境であるものの、赤飯を調理できる人が少なくなってきたことから、町内会の婦人部を中心とした住民が、町内行事に合わせて赤飯やおはぎを作り、希望する世帯に配付しており、配付の際の会話が安否確認にもつながっている。

あきた年の差フレンズ部

あきた年の差フレンズ部は、「ゆるく、無理せず、でもほっとかない」をモットーに高齢者である先輩と、若い世代である後輩が、「友達」という関係で様々な活動を行っている市民活動団体。その新しい形のコミュニティが評価され、2018年にグッドデザイン賞を受賞した。現在約40名の部員がおり、月1回程度の定例会を開催。自分が来たいときに参加するという、自由でゆるい活動を継続して行っている。

高齢者を対象とした「番組制作講座」

 (株)ALL-Aは2019年、秋田ケーブルテレビ・秋田魁新報社・秋田銀行の3社が設立した高齢者が関わる事業に特化したコンサルティング会社。同社では、シニアのサークル活動などをシニア自らが取材・撮影し、番組として制作する「番組制作講座」を開催しており、ビデオ撮影から編集の仕方までをプロのカメラマンから教わっている。ビデオカメラに初めて触った人も、撮影現場では積極的にインタビューをしたりと、楽しみながらも真剣に活動している。

広がるエイジフレンドリーシティグローバルネットワーク

世界保健機関(WHO)は2010年にエイジフレンドリーシティグローバルネットワークを設立し、高齢者にやさしい都市・地域の推進を奨励しているが、日本では秋田市に次いで兵庫県宝塚市、神奈川県横須賀市、鎌倉市、藤沢市、小田原市、茅ケ崎市、逗子市など24市町がネットワークに参加している。

「人生100年時代を元気で活躍し続けられる社会、安心して暮らすことのできるまちづくりの解答が、その取り組みの中から生まれることを期待したいですね」と後藤先生は語る。

「まち」の機能を備えたコミュニティケア型仮設住宅

続いて後藤先生が紹介してくれたのは、東日本大震災において、岩手県釜石市に整備された「コミュニティケア型仮設住宅」である。東京大学 高齢社会総合研究機構(IOG)が岩手県立大学の協力のもとに提案を行い、釜石市だけでなく遠野市にも採用されたモデルだ。

仮設住宅というと、緊急避難、応急措置として建てられるため、「被災して家を失った人に住居を提供する」という主目的を果たす程度の簡素な建物であることが多いが、この仮設住宅は、医療・福祉施設や商業施設などを備えた「まち」としての機能を持ち、被災した人たちが助け合いながら再び生きがいを見つけることを目指している。

まず、住宅地内にケアゾーンを設けて独居高齢者や障害者に集住してもらい、支援が行き届くようにしたのが大きな特色。ウッドデッキが敷かれたケアゾーン内の住居の玄関は向かい合わせになっていて、屋根のかかった路地は第2のリビング的な空間になっている。住民同士が見守り、見守られる関係を築くことで孤立を防ぐためだが、住宅地内にはサポートセンターと診療所が置かれているのでいざというときには対応することができる。

釜石市の仮説住宅では、地元で被災した店舗とスーパーを置いた。日用品や食べ物を提供するだけでなく、食べるために必要なお金を稼げる職場を同時に提供するという画期的なアイデアがそこに生かされている。

安心して外出できる「逍遙拠点」を設ける

もうひとつの特色は、市内に通じる路線バスの停留所があること。その理由を後藤先生は、こう説明する。

「家のすぐそばに小ぶりのスーパーができたとしても、品揃えの豊かな大型量販店で買い物したいと思う人がいなくなるかというと、そうではありませんからね。大事なのは、小ぶりのスーパーと大型量販店のどちらも選択できるということ。」

都市の機能を1カ所に集中させることで生活の利便性は高まっても、そのことで外出する機会が減るとしたら、そこに住む人たちは孤立してしまうというわけだ。

そうした都市の孤立化を解消する手段として、後藤先生は「逍遙(しょうよう)拠点」を設けることを提案する。

「逍遙とは、気ままにあちこちを歩きまわることを言います。まちの中に気軽に立ち寄ることのできる逍遙拠点を設けることで、仲間を作れる居場所にするのです」

拠点といっても、大きな建物にする必要はない。屋根があって雨風がしのげ、40分程度の滞在が可能な小規模な建物で充分。トイレや水飲み場を備えていればなおよい。

「住宅地なら、そういう場所が50戸に1カ所あれば、安心して外出することができます。路線バスの本数が少ない地域では、停留所を逍遙拠点にするのもよいでしょう。交通の便は悪くても、そのような工夫をすることで外出が苦にならなくなります」

社会参加が介護の予防につながる

釜石市の「コミュニティケア型仮設住宅」の事例を見てみると、高齢者の社会参加をいかに促すかということに、さまざまな工夫がされていることがよくわかる。

高齢者の社会参加は、なぜそれほど重要なことなのか? 後藤先生は、こう説明する。

「それは、社会参加が介護の予防に直接結びつくからです。要支援、要介護になると、新しいことを始めるのがむずかしくなります。ですから、自分の居場所を作る、気の合う仲間を作るといったことは、できるだけ元気にうちにやっておくべきなのです」

住民主体の「生活支援コーディネーター」とは?

そうした中で、後藤先生が期待しているのは2015年の介護保険制度改正で誕生した「生活支援コーディネーター」の存在だ。

厚生労働省は現在、地方自治体が住まい・医療・介護・予防・生活支援の5つを一体的に提供するための「地域包括ケアシステム」の構築を進めているが、生活支援コーディネーターは、これをさらに推進するために生まれた。

これまでの介護保険のケアプランでは、支援を必要とする人に対してリハビリ施設や介護施設など、行政が用意した既存のサービスしか案内することができなかったが、生活支援コーディネーターは、支援が必要な人の個別の事情に合わせたきめの細かいケアを提案できる。

「例えば脳卒中や骨折などで車椅子での生活になってしまった人が『趣味のバンドを続けたい』と願えば、一緒に活動してくれる仲間を探してマッチングすることもできます。生活支援コーディネーター制度は、高齢者支援を行政主体から住民主体へと移行させるための制度だと言えるでしょう」

とはいえ、後藤先生は「生活支援コーディネーターのおかげですべての問題が解決する、というわけではありません」と釘を刺す。

「なぜなら、前人未踏の人生100年時代にあって、最後まで生きがいを持って生きるための方法は万人に共通するものではなく、個別に異なるからです。それは、行政が見つけて提案してくれるものではなく、これからの時代を生きていく私たち1人ひとりが話し合い、見つけていかねばならないのです」

内藤 孝宏
内藤 孝宏 フリーライター・編集者

「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より25年間で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ニッポンを発信する外国人たち』『はじめての輪行』(ともに洋泉社)などがある。

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