介護の取材に赴くと「親は認知症だと思っていたが、実は発達障害だった」という話によく出くわします。そして要介護認定の申請をしたものの、認定調査員が発達障害をまったく理解せず、考えていたよりもずっと低い介護認定をされて困った例などもありました。
正しい認定を受けるには、正しい診断が必要です。認知症と発達障害はそれぞれ専門医がいるため、これらを同時に診断できる医師は非常に少ないのが現状です。認知症専門医として長年診察を続ける河野和彦先生は、ある時から認知症と診断した患者さんに少なからず発達障害の兆候があることを感じ取り、発達障害の猛勉強を始めたと言います。河野先生に発達障害はなぜ誤診されやすいのか、話を聞きました。
――河野先生は長年、認知症専門医として多くの患者さんに接して来られました。2019年3月発売の著書「コウノメソッドでみる MCI(軽度認知障害)」(日本医事新報社)やご自身のブログ、全国の講演でも、MCI(軽度認知障害)と思われる患者さんの多くは発達障害、うつ状態、てんかんが隠れており、適切な治療の機会を逃す現状に警鐘を鳴らしています。そもそも認知症と発達障害はなぜ誤診されやすいのでしょうか。
理由はたくさんあります。まずMCI(軽度認知障害)と発達障害が本当に区別しにくい。認知症でおなじみの「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」(※)という記憶のテストを行っただけでは、認知症と発達障害の区別がつかないからです。
2番目の理由は、認知症専門医は認知症だけしか診ないから。医師は専門医になると、専門の病気の深堀りはするけれど、他の病気の勉強をなかなかしない。私も固定概念を捨てて、認知症と発達障害を理解するのに35年かかりました。
3番目は、2番目の理由とリンクしますが、多くの医師は問診を極めていないから。認知症と発達障害を見極めるヒントは、病院に来る前の日常の行動に隠れています。ここを引き出せるかどうかが診療の鍵です。
※改訂長谷川式簡易知能評価スケール=認知症の可能性の有無を簡易的に調べる30問からなる問診項目のこと。主に医師が診察の一手段として使用する。
――まず1つ目の理由を教えてください。
上の図はウチの医院に来てくださった発達障害でもADHD(※)の方の年齢分布です。主な認知症はだいたい65歳ぐらいから症状が出始めますが、MCI(軽度認知障害)は50歳ぐらいから症状が出てくる。40代ぐらいだと発達障害だなと見当がつくけれど、50歳近くになると発達障害なのか、MCIなのか、発達障害とMCIの合併なのか、さまざまな場合を想定しないといけない。だから診療が難しいんですね。
※ADHD=発達障害の1つで、注意欠陥/多動性障害のこと。行動が落ち着かないなどの「多動性」、思ったことをすぐ口にしてしまう、衝動買いをしてしまうといった「衝動性」、ケアレスミスや忘れ物が多く、仕事や作業を順序立てて行うことが苦手などの「不注意」の面がある。
また発達障害を専門にする先生は、患者さんに「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」を試すことはないと思います。でも私は認知症から診療を始めた人間なので、患者さんに「改訂長谷川式」をやってもらったんですね。そこでわかったのが、ADHD単独の人とレビー小体型認知症単独の人は「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」の同じところでミスをする。いずれも暗記が不得意なんです。この両者は生物学的に似ているところがある。突き詰めるまで、結構なミスをしていたと思います。
――2番目の理由である「認知症専門医は認知症しか診ないから」「医師は専門医になると自分の専門を深堀りするが、他の病気の勉強をしないから」というのはいかがでしょうか。
外来では「軽い物忘れ」という悩みで来院される方が多く見受けられます。でもこの軽い物忘れを訴える人の正体がわかるのは、専門医ではなく、実は研修医なんじゃないかと。研修医のすごいところは経験こそ浅いけれど、ある程度さまざまな病気を知っている。だけど専門領域に入ると、他の病気を診なくなってしまう。要は視野が狭くなるんですね。
これは私たち医師の本当に弱いところで、「認知症についてものすごく勉強したぞ」と自信過剰になっていると、軽い物忘れの方が来られると自分の都合のいい診断をしてしまいたくなる。そういう医師の哀しい習性がある。
私も偉そうに話していますけど、発達障害を認知症の1つであるピック病と診断しかけたことがあるんです。発達障害のある患者さんがアルツハイマー型認知症になると、まるでピック病のような症状になるからなんですね。数え切れないほどの小さな失敗をして、うつ、発達障害、てんかん、認知症とバランス良く診断できるようになったのは、つい最近。ここに来るまで35年かかりましたよ。
――3番目の理由として挙げていた「多くの医師は問診を極めていないから」について教えてください。
ウチの医院に10年ぐらい通ってくださっていた認知症の症状のおじいさんがいて。診療当初、その患者さんの脳の画像を見ても、新しい記憶を司る海馬の萎縮はまだ始まっていなかったんですね。そのうちおじいさんの海馬の萎縮が始まるんだろうと思っていたら、海馬は萎縮しないし、定期的に行っていた「改訂長谷川式」のスコアもまったく落ちない。30点満点中、27点くらいをキープしている。「アレ? どうしたんだろう、この方は……」と思ってカルテを見たら、自宅での困り感として「整理整頓ができない」と書いてあった。
そこで「あなた、後片付けができなくなったのは歳をとったからでなくて、若い頃からもともと苦手だったんじゃないの?」と訊いたら、「そうですよ」と答える。まず見当をつけていた病気との違和感があり、問診をして初めてわかるわけですよ。「この方は大人の発達障害だ」と。
人間はそもそも文学的な存在だと思うんです。病気の治りかけの人もいるし、まだ病気と言い切れないけど“○○っぽい症状の人”もいる。ある薬を投与したらスパッと治るような簡単な存在じゃない。だから臨床医になってから大事なのは、文系の能力。話を聞き出すコミュニケーション能力や、「この方の病名は○○だけど、気分の上がり下がりが激しいから、この薬を出した方が効くのでは」という想像力。医学の解明は、95%が問診からだと思いますね。
――発達障害が認知症と誤診されると、患者さんにどのような困りごとがありますか?
困りごとは大きく分けて2つあります。
まず1つは、自分にとって効かない薬を処方されてしまう。しかも発達障害の兆候があるような状態で、認知症の本格的な薬を出されてしまったら、体は当然副作用が出てしまうでしょう? 強すぎる薬を長期にわたって服用した場合、下手したら寝たきりになってしまいます。薬害の怖さを医師は知るべきですよ。
あと、突然怒りっぽくなるなど、精神面に影響が出てしまう。私は病気とは言いづらい“○○っぽい”患者さんには、薬と同じ効果のあるサプリメントを処方します。サプリならば体に害はないので。
――2つ目の困りごとは何でしょう?
発達障害なのに認知症と言われたら、患者さんは精神的にガクッときてしまいます。例えるなら、良性腫瘍なのに「がんです」と告知されるのと同じだからです。それは医師として、絶対にやってはいけないことですよ。でも、私もこの歳になるまで誤診もあった。だから患者さんの精神を傷つけないように、私も含め、医師はもっともっと勉強しないといけませんよね。
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認知症専門医でありながら、自ら“文系脳”と呼ぶ「想像力」「コミュニケーション能力」を駆使して発達障害の領域まで診断できるようになった河野先生。次回は、発達障害と認知症の違いをどう見分けるのか、また家族で見分けることは可能なのかについて探ります。
町田育ちのインタビューライター。漫画編集、ぴあでのエンタメ雑誌編集を経て、2017年に独立。週刊誌編集者時代に母の認知症介護に携わり、介護をはじめて13年が経った。2020年にひとりっ子でひとり親を介護している経験から、書籍「目で見てわかる認知症ケア」(2刷)を企画・構成した。
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