「認知症の人が暮らしやすい町づくり」は、認知症を“自分事”として考えることから始まる

今、認知症の人は600万人以上とされ、近い将来、高齢者の4人に1人が認知症になると予測されています。今後はいかに認知症の人が安心して暮らせる社会を形成していくかが大きな課題。そこで政府は2023年6月に「認知症基本法」を成立させました。

認知症に対する国や自治体の方針が定められたわけだけど、何をどうすればいいのか、いまひとつわからないのが正直なところ。自治体やNPO法人の取り組みを通して「認知症の人が安心して暮らせる社会」を考えてみます。

今回のtayoriniなる人
井出訓さん
井出訓さん NPO法人 認知症フレンドシップクラブ理事長。
東京白十字病院看護師長、北海道医療大学看護福祉学部教授を経て、2011年より放送大学教養学部教授。2007年に「認知症フレンドシップクラブ」を設立し、現在、全国16地域にDFCネットワークを持つ。町づくり活動や研修の他、認知症の人と地域の人が共に走りたすきをつなぐ「RUN伴」や、認知症まちづくり基金「be Orange」を運営している。

認知症人口が700万人に増加⁉ 社会はどうあるべきか?

2025年には国内の認知症患者が700万人に達すると予測され、他の先進国においても認知症の人の増加が社会問題となっている。そこで注目されているのが、「認知症フレンドリーコミュニティ」という考え方だ。英国のアルツハイマー病協会は、「認知症の人が意欲と自信を持って、意義のある活動に参加、貢献できるコミュニティ」と定義しているが、そこには「当事者の視点に立って環境を改善していく」といった社会のあり方も含まれているようだ。
今回、NPO法人 認知症フレンドシップクラブ(以下、DFC)代表の井出氏に、認知症の人にフレンドリーな社会のあり方を聞いた。

――DFCでは2007年から認知症の啓蒙活動を続けていますが、どんな課題感を持って取り組んでいますか?

井出さん

私たちが設立当初から一貫して掲げているのは、「認知症になっても安心して暮らしていける町を作っていこう」ということです。
65歳以上の4分の1が認知症になっていくという時代の中で、「次は自分の番かもしれない」と考えたとき、今の社会は認知症の人が安心して暮らせる環境とはとても思えません。じゃあ何をどうすればいいのか?という問題意識を持って取り組んでいます。
認知症を他人事ではなく、“自分事”として考えるということを大事にしていますね。

――「認知症フレンドリーコミュニティ」という考え方が注目されていますが、認知症フレンドリーな社会を築いていくためには、どんなことが必要だと思いますか?

井出さん

認知症の人にフレンドリーに接することも大切ですが、当然それだけではなく、社会の構造・システム・デザインといったものが、認知症の人たちの暮らしや生き甲斐に寄り添っていこうとする社会であることが大事だと思っています。
いわば認知症に対する人と構造面での準備性が高まっている社会ですよね。

※イメージ

――周囲の理解も大切だと思うのですが、認知症について誤った認識をしている人も少なくないように思います。私たちはどう認知症の人を理解し、関わっていけば良いでしょうか?

井出さん

認知症のレベルもそれぞれですので、一つの定型があるわけではありませんが、関わり方のベースとなるのは「認知症の人の尊厳をしっかり守っていきましょう」ということです。
たとえば、「ご飯を食べていない」という認知症の人がいたとき、「さっき食べたでしょ」と頭ごなしに否定してしまうことがあります。我々の文脈ではそれが事実ですが、彼らの文脈では食べていないことが事実に感じるんです。それを、「食べた」と言われても彼らは納得できませんし、否定されると傷つくものですよね。
そうやって彼らの尊厳を否定してしまうと、そこで行き止まりになってしまい、彼らも次の行動がとれなくなってしまうものです。そうした関わり方を避けるためには、「彼らを納得できる方向に導くには、どうすればよいか?」ということを常に意識して、その都度、クリエイティブに考えて接していくことなのだと思います。

――認知症の人との共生社会を実現するために、私たちはどんなスタンスを持つといいでしょうか?

井出さん

やはり認知症を自分事として考えることです。それは「自分も認知症になる可能性がある」ということだけではなく、一人一人の責任を認識することでもあるんです。
子供の頃、「人間知恵の輪」という遊びをやりませんでしたか?
十人くらいで手をつないで輪っかになり、一方のチームがみんなの手を絡めてぐちゃぐちゃにし、もう一方のチームがそれをほどいて元の輪っかに戻すというゲームですが、社会も人間知恵の輪みたいなものだと思うんです。
手がねじれて「痛い」という人がいたとき、隣の人が少し寄ってスペースを空けてあげると、ちょっと楽になったりしますよね。つまり手が痛い人の問題は、当事者だけの問題ではなく、隣で手をつないでいる人の問題でもあるわけです。
これを社会に置き換えると、当事者は認知症の人かもしれないし、障害を負った人かもしれない。彼らが直面している問題の一端は、私たちが握っていることに気づくこと。私たちが動かなければ状況は変わらないという認識を持つこと。これもまた自分事として考えることの重要な意味だと思いますね。

認知症基本法が成立し、行政が町づくりを推進するフェーズに

RUN伴の様子(2019年熊本にて)

――DFCでは、認知症の人が走り、地域の人が伴走する「RUN伴」という町づくりイベントを運営されていますが、そこにはどんな思いや目的があるのでしょうか?

井出さん

RUN伴を通して認知症の人とそうでない人が出会い、同じ体験を共有することを重視しています。みんなで一緒に走ってたすきをつなぐという体験を共有することで、何かしらの気づきを得て次のステップに踏み出してほしいと考えています。

――RUN伴に参加した人の感想では、どんな声が聞かれましたか?

井出さん

ある認知症の女性は、もともと活動的なタイプだったのですが、認知症と診断されてから人に迷惑をかけることを懸念し、家に閉じこもりがちになっていたそうです。それが友人に誘われて渋々RUN伴に参加したところ、仲間たちと出会い、「みんなと一緒に参加すれば以前と同じようにイベントを楽しめる」と気づいたそうです。彼女は「次もまたRUN伴に参加したい」と話してくれました。
認知症でない人の声としては、中学生のサッカーチームが参加してくれたのですが、それまで彼らは認知症の人を「怖い」と感じていたそうです。それが認知症の人たちと体験を共有することで、「普通のおじいちゃんおばあちゃんと変わらない」と気づいたのです。彼らは「町中で認知症の人が困っていたら僕らから声をかけたいと思います」と話してくれました。
いずれも小さな変化かもしれませんが、彼らなりに気づきを得たことで、次のステップに踏み出せるようになったわけです。

RUN伴では認知症の人とそうでない人が伴走する。(2019年北海道にて)

――さまざまな地域で、認知症カフェの運営や認知症の人とスポーツを楽しむといった取組みがされています。そうした活動をする人は、どんな心がまえを持つといいでしょうか?

井出さん

その人が行政の職員なのか、ボランティア団体の人なのか、あるいは私のように大学組織の人間なのか、それぞれの立場によってアプローチも変わってくると思いますが、大事なことは、同じ組織や同じ職種内で閉じないことだと思います。
特に認知症に関してみんなで集まって活動しようとすると、とかく、医療福祉関係の人ばかりになりがちです。当然、町というのは医療と福祉の人だけで構成されているわけではなく、商店街の人もいれば、地元企業の人もいるわけですよね。多様な人たちに参加してもらうことが活動の重要なポイントになるので、組織や職種の垣根を越えてネットワークを広げていく意識を持つことが大切だと思いますね。

認知症の人が尊厳と希望を持って暮らしていける共生社会の実現を目指し、今年6月に「認知症基本法」が国会で成立した。国と地方自治体が施策に取り組んでいくことが法的に定められたわけだが、具体的な施策については各行政機関に任されているため、まだまだ未知数だ。認知症の人が安心して暮らしていける社会を築くためには、どんなことが求められるだろう?

――認知症基本法については、どんな考えをお持ちですか?

井出さん

認知症基本法が成立したことは、ある意味、政府のお墨付きをもらったようなもので、認知症を生きる人たちの「安心のもと」が一つ増えたということだと思っています。今後は安心のもとをどんどん社会に実装して増やしていくことが、目標になっていくでしょう。
たとえば目の不自由な人の場合、点字ブロックが安心のもとになっています。これがあることで彼らも町を出歩きやすくなります。同じように認知症の人が交通機関に乗って出かけようとするとき、何がハードルになっているのかを考え、具体的に検討しながら整備していくことが大切です。環境の整備については、設備のような小さなものから社会システムのような大きなものまで、さまざまな改善の余地があると思いますね。

――認知症基本法が成立したことで、行政が町づくりを推進していくフェーズに入りました。行政の取組みに対しては、どんなことを望みますか?

井出さん

行政が旗振り役となって進めていくことは良いことなのですが、よくあるパターンとしては、担当者が変わって活動がストップしてしまったり、新しい担当者になって以前とまったく違う施策が始まったりすることです。地域を育てていくような、一貫した町づくりを続けてほしいと思いますね。
また、私の個人的な意見としては、行政が常に中心になって町づくりを推進しても、あまり活動は育っていかないように思います。やはりその地域で暮らしている人たちが中心となり、行政は裏方に回ってサポートに徹した方が上手くいくことが多い。たとえば行政の方で多種多様な人が集まるチーム作りをけん引し、チームができたところでメンバーに運営を委ね、その後はバックアップするという形で活動を育てていくといいと思います。

認知症まちづくり基金「be Orange」での活動報告会の様子(2019年)

――最後にDFCの今後の展望についてお聞かせください。

井出さん

最終的に目指すのは、我々のような団体がなくなることだと思っています。
本当に認知症の人が安心して暮らせる社会が実現すれば、我々がそうしたスローガンを掲げる必要もなくなるはずです。そうした社会が実現するまで、できる範囲で粛々と活動を続けていくことが私たちの使命なのだと思います。
認知症の人との共生社会といっても、都会と田舎でまったく状況が異なるように、地域ごとに特徴も違えば足りないものも違うものです。ですから私たちのような団体が主導していくというより、それぞれの地域で独自に考えて町づくりをしていくことが大事だと考えていますし、そうした地域での活動を今後もバックアップしていきたいと思います。

――本日は貴重なお話、ありがとうございました!

浅野 暁
浅野 暁 フリーライター

週刊求人誌、月刊カルチャー誌の編集を経て、2000年よりフリーランスのライター・編集者として活動。雑誌、書籍、WEBメディアなどでインタビューや取材記事、書評や企画原稿などを執筆。カルチャー系からビジネス系までフィールドは多岐に渡り、その他、生き方ものや旅行記など幅広く手掛ける。全国津々浦々を旅することがライフワーク。著書に矢沢ファンを取材した『1億2000万人の矢沢永吉論』(双葉社)がある。

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