遺産相続トラブルを回避する―『資産状況ヒアリングシート』で親の資産を把握しよう!

昭和50年は25.7歳だった第一子出生時の母の平均年齢は、2015年から2019年にかけて30.7歳となっているのはご存じでしょうか。女性の社会進出、そして晩婚化・晩産化が一般化した現代では、仕事・育児に加え親の介護が重なってくる可能性が高まっています。

以前は20代がメインだった出産年齢が30~40代に切り替わってきている今、仮に44歳で出産した場合、54歳で子どもは10歳。まだまだ手がかかる時期ですが、親の介護に直面する年齢にも差し掛かる時期です。

もし介護のことを何も知らない状態で仕事・介護・育児のトリプルワークに突入した場合、介護離職の問題に加えて介護費用などの金銭的負担・介護による心理的負担を同時に抱える可能性が高いです。

何も知らないことで起こる未来の負担を軽減するために、長男嫁の視点から介護関連のお役立ち情報をシリーズでお届けしていきます。
 

「遺産分割で裁判になるなんて資産家だけ。うちには当てはまらないよ」
なんて思っていませんか?

実は裁判所が扱う遺産分割事件のうち、約8割が5000万円以下(※1)。遺産には預金などの金融資産以外に建物や土地などの不動産も含まれるため、多くの家庭が当てはまる可能性を持っています。

資産の大小に関わらず、誰にでも発生する相続の問題。上記のように実家と普通預金がある一般的なお宅でも遺産分割で揉めていることを見ると、事前の対策はとても重要であることがわかります。

今回は親子共に幸せな老後を過ごすために、司法書士法人ミラシア代表の元木氏に資産状況把握の重要性を伺います。簡単に資産状況をヒアリングできるシートをご用意したので、事前対策にぜひ役立ててください。

※1 遺産分割事件総数が7224件、1,000万円以下が2448件で33.9%、1000万円超~5000万円以下が3097件で42.9%。つまり5000万円以下が5545件で76.8%と約8割を占めています。

出典:裁判所 司法統計 令和元年度 「第52表 遺産分割事件のうち認容・調停成立件数(分割をしないを除く)―遺産の内容別遺産の価額別―全家庭裁判所」

親の資産、把握していないとどうなる?

ーー遺産分割なんて私には関係ないと思っていたので、裁判の多さに驚きました!子供が親の資産を把握していないと、どんなリスクがあるのでしょうか。

元木

子供が親の資産を把握していないこと自体が大きな問題につながることはないのですが、資産を把握していない状態で親が倒れたり、認知症になったりして意思表示ができなくなると、下記3つのリスクが発生します。

①預金の引き出し、定期預金の解約、不動産売却などができなくなるリスク
②医療・介護など 保険の加入状況がわからなくなるリスク
③相続に関する事前対策ができなくなるリスク

①預金の引き出し、定期預金の解約、不動産売却などができなくなるリスク

元木

1つ目のリスクは預金の引き出し、定期預金の解約、不動産売却などができなくなることです。親のお金が使えないため、子供たちが急遽お金を工面することになります。

親が倒れて入院すれば入院費の支払い、要介護状態になれば介護施設の入居費用などを急いで用意する必要があります。こういった支払いは額も大きい上に、すぐに支払わなければならないため、自分たちの生活に支障をきたす可能性もあるでしょう。

②医療・介護など保険の加入状況がわからなくなるリスク

元木

2つ目のリスクは、親の医療・介護保険の状況がわからなくなることです。どのような保険に入っているかを知らないわけですから、入院・手術・介護に適用される保険があるのかもわかりません。

保険は申請型のため、入っている保険とその適用条件を把握していなければ申請すらできないのです。本来だったらもらえるはずのお金も、もらえなくなってしまうのは双方にとって残念なことですね。

ーー親御さんがせっかく用意していても、無駄になってしまうのは悲しいですね。資産状況を把握していないリスクが予想以上に大きいことを実感してきました。

③相続に関する事前対策ができなくなるリスク

元木

3つ目のリスクは、相続の事前対策ができなくなるとです。相続の事前対策には、遺産分割対策と相続税対策の2つがあります。

遺産分割対策は、自分が亡くなった際の財産の分け方を事前に決め、遺言書に残しておくこと。相続税対策は、生前贈与・生命保険の利用等で節税することを指します。

相続税は、財産の合計額が【3,000万円+600万円×法定相続人の数】から計算された金額(基礎控除額)を超えた場合に、かかります。例えば、相続人が1名の場合には、基礎控除額は3600万円で、それ以下であれば相続税はかかりません。

しかし、法定相続人に応じて基礎控除額が上がっていくため、2人なら4200万円、3人なら4800万円、4人なら5400万円、それ以上は1人600万円ずつ基礎控除が増加していきます。

相続税がかかると想定される場合には、事前の対策をしておくことをおすすめします。

このように、資産を把握していない状態で親が意思表示できなくなると、子供はさまざまなリスクにさらされることになります。そのタイミングで預金や保険などの状況を確認しようと思っても何がどこにあるかわからないため、探すのに大変な手間と時間がかかります。

事前に認知症対策などをしていれば資産凍結も回避できるのですが、事前に準備されている方はそう多くないのが実情です。実際私どものところには、「資産が凍結されてしまってどうしたらいいかわからない」というご相談がよくあります。

未来の自分や兄弟姉妹が大変な思いをすることになるため、今から対策しておくことをおすすめします。

ーー仕事や育児をしながらこの状態に陥ったらと考えると、気が遠くなりそうです。このようなリスクを回避できるなら親の資産を把握し、事前に対策するメリットは大きいですね。

元木

そうなんです。子供側としては、事前に対策をしておけば親が倒れる・認知症になるなど予測できない事態にも対応できるというメリットがありますし、親側も子どもに迷惑をかけずに済むだけでなく、配偶者や自分に起きる不測の事態にも対応できるというメリットもあります。

まず資産を把握し、その後に家族信託(※2)を検討することをおすすめします。

※2 家族信託については過去記事をご覧ください。

現状把握ではどんなことをチェックすればいい?

ーーとはいえ、確認すべきことがたくさんあって何から手を付ければいいのかわかりません。まずは何から始めればいいですか?

元木

まずは家系図を書いて、相続に関連する人の状況を把握しておきましょう。

ーーなるほど。兄弟姉妹と配偶者、子供なども含めて書いておけばなんとなく状況は把握できそうですね。

元木

そうなんです。書いてみると「この人の状況はどうなんだろう?」と考えるようになり、情報収集もしやすくなります。

STEP1 家系図の中で法定相続人が誰かを明記し、現状を把握しておく

元木

親御さんが離婚している場合は、双方の状況把握が必要です。再婚された場合は、配偶者やその子供によって相続の状況も変わります。状況が変わったタイミングで、なるべく早く把握しておくほうがいいでしょう。

ーー家系図で全体把握ができたら次はいよいよ資産状況の確認でしょうか。

元木

はい。下記のような項目が資産にあたります。プラスの資産だけでなくマイナスの資産=借金なども相続対象となりますから、よく確認しておきましょう。特に親御さんが事業をやられている場合は、事業の借り入れ額・返済予定なども確認しておくことをおすすめします。

STEP2 具体的な資産状況を把握

①投資(有価証券/手形・小切手・株式・債券、FX、iDeCo、NISAなど)
②不動産(山など住宅以外も含む)
③借り入れ(事業系・住宅ローン含む)
④保険(医療・介護・貯蓄等含む)
⑤金融機関にある預貯金(定期・名義預金含む) 
⑥年金収入
⑦骨董品、美術品
⑧仮想通貨

元木

⑤の預貯金で相続の際よく問題になるのが、こんな事例です。

お父さんが亡くなって、お父さん名義の口座や他金融資産を確認したところ、相続税の支払い対象外だとわかって安堵していたら、突然税務署から相続税の支払い連絡が来た。

なぜかと調べてみると、実はお父さんがお母さん名義の口座に一定額を振り込んでいたことが判明。全部を足し合わせると相続税支払い対象に該当したというもの。

このように自分が稼いだお金を別の人の口座に預けておくことを名義預金といいます。財産は名義ではなく「本当は誰のお金なのか」で見るため、お母さんの口座に預けていたお金も、お父さんが稼いだお金ならお父さんの財産としてカウントされるのです。

税務署は相続税の確認の際、家族全員の通帳や確定申告状況を確認できるため、お父さんの通帳履歴を見れば、名義預金ということはすぐわかります。資産の現状把握のときに、別名義で預けているお金がないか、あわせて確認しておくといいですね。

トラブルにならずにヒアリングするコツとは?

ーー現状把握の重要性はわかったのですが、「もしものとき」を想定した話をするとなんだか揉めそうです。うまくトラブルにならずにヒアリングするコツはないでしょうか。

コツ1 感情的にならない切り出し方のコツ

①倒れる・認知症などのリスクを切り口に話す

元木

経験上相続を切り口にヒアリングすると「なんで自分が死んだ後のことなんて話さなきゃいけないんだ」と嫌がる親御さんも多いので、「倒れたりして何もできなくなると大変だから」という切り口や 、「認知症になったら意思表示できなくていろいろ大変らしい」などの切り口の方がおすすめです。

人生100年時代を迎えた今では誰でも認知症や要介護状態になる可能性があるから、と言えば納得される親御さんも多いのではないでしょうか。

②第三者を挟んで話す

元木

相続関連に詳しい司法書士など、第三者を挟んで話すのもおすすめです。お互い冷静になれますし、聞きに来ているという目的があるのでスムーズにヒアリングができます。あるいは親御さんの保険の担当者などに依頼するなら、保険内容の見直しや契約内容の確認ということで来てもらい、一緒に話を聞くと切り出しやすくなるのではないでしょうか。

コツ2 親の希望をヒアリングするコツ

ーーできれば親子ともに幸せな老後を過ごすために親の希望を聞いておきたいと考えているのですが、どういう風にヒアリングしたらいいでしょうか。

①「どういう暮らしがしたいか」を聞く

元木

そうですね。「これからどういう暮らしがしたいか」という切り口がおすすめです。例えばこんな風に返答があれば、「その暮らしにはこれが必要だよね、それにはこのくらいお金がかかるけれど、老後資金がこのくらいだから…」と具体的な話ができます。

例)
・ずっと自宅で暮らしたい → 老後に暮らしやすいようバリアフリーなどのリフォームが必要
・施設に移る       → どういう施設がいい?環境は?場所は?
・マンションへ住み替え  → 一戸建てを売却してマンションを購入or賃貸に出す

親が準備したお金なので子供が勝手に決めてしまうのではなく、希望を通せるようにヒアリングできると、お互い納得した形で幸せな老後を迎えられるのではないでしょうか。

また、希望という点では、介護状態になったとき誰に面倒を見てもらいたいかということもヒアリングしておけるといいですね。

②誰に面倒を見てもらいたいか

元木

介護をする相手は家族かヘルパーさんという形になりますが、男性は奥さんを希望される方が多く、女性はプロのヘルパーさんを希望される方が多い傾向にあります。

事前に「家族が 面倒を 見られない可能性が高いけれど、そうなった場合はどうする?」と話しておくことは重要だと思います。また、簡単な介護であれば家族が面倒を見られるけれど、常に介助が必要になったら施設に入るなど、どのくらいの介護状態になったら施設に入るかという段階を決めておくことも重要ですね。

コツ3 兄弟姉妹との役割分担を決めるコツ

ーーありがとうございます。具体的な話ができるイメージが湧いてきました。あとは兄弟姉妹との役割分担を決めるコツなどがあれば教えてください。

元木

そうですね。配偶者がいる方の場合は、それぞれが 実家や兄弟姉妹の状況について確認しておくことが重要です。子供の年齢や住まいの場所などによって資金的な支援なのか、物理的な支援なのかなんとなくの方向性は確認できるはずです。

親御さんの希望や資金状況によっても必要な支援が異なってきますので、その状況を基に親御さんに話に行って、要望を聞いた後にどんな分担ができそうか話し合ってみるのがいいのではないでしょうか。

相談先はどうすればいい?

ーー希望を基にどんなことができるかの方が、確かに話が進みやすそうです。こういった相続などの関係でどうしたらいいかわからなくなって相談したいときはどこに相談すれば解決できるでしょうか?

元木

相続の場合は成年後見・家族信託などが密接に関わってくるので、これら に詳しい弁護士か司法書士にご相談されるのが一番だと思います。その際に税金の問題が出てくればその弁護士や司法書士の知り合いの税理士さんを紹介してもらえるので、相続関連のことはクリアになるはずです。

ーーお話を聞く前は不安でいっぱいでしたが、やることが明確になったので気持ちが楽になりました。本日はありがとうございました!

最初は「うちには無縁の話」と思っていた方も、元木さんのお話を聞いて「すぐに取り組まなくては」と思った方も多いのではないでしょうか。親子ともに幸せな老後を迎えるためには、現状把握と親御さんとの話し合いが重要です。

いざというときに皆が幸せになる道を選べるよう、今から取り組んでみませんか?

ーーー

ヒアリングにすぐ使える!資産状況ヒアリングシートはこちら↓

取材・文・撮影=高下真美

監修者
元木翼(もときつばさ)
元木翼(もときつばさ) 司法書士法人・行政書士事務所ミラシア、株式会社ミラシアコンサルティング、生前対策実務家倶楽部ミラシア代表。家族信託、後見、相続、遺言などが専門。相続関連の相談実績は累計1,000件を超える。豊富な経験・事例を基に、“オーダーメイド”の終活・相続対策サービスを展開している。

【メディア実績】
フジテレビ「とくダネ!」、朝日新聞、産経新聞、東京新聞、毎日新聞、夕刊フジ、ハル
メク、週間朝日、サンデー毎日他多数

高下真美
高下真美 フリーライター

人材ベンチャーや(株)リクルートジョブズでの営業を経て、2016年よりフリーランスのライターとして活動。Webメディアで採用からサービス導入事例など幅広い企業インタビュー、SEO記事などを執筆。最近ワーママとなり、子供が手のかかる時期に親の介護問題が浮上してくる可能性が高くなったため、自らが気になることを調べて記事にしています。

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