はじめまして。フリーイラストレーターのさとういもこです。
2012〜2017年までの約5年間、夫と共に在宅で義母の介護をしていました。
介護のきっかけは、同居していた義母が外出先で転倒したこと。足の付け根の大腿骨を骨折したため入院し、関節置換手術とリハビリで4カ月あまりを病院で過ごすことになりました。
なんとか退院したものの回復は思わしくなく、杖をついてやっと歩ける程度。長期入院によるせん妄(一時的に意識障害や認知機能の低下が起こる症状。入院などがきっかけで症状が悪化することも少なくないとされる)もあったため、退院=在宅介護スタート、といった状態になりました。
実はそのとき、「在宅介護を始める」という覚悟は全くありませんでした。
そもそもデイサービスに通ったり、介護用品を購入したりする場合、各自治体に申請し「要介護認定」を受ける必要があると知ったのは、退院直前。慌てて勉強し始めたので、退院直後のいちばん大変なときには施設への通所手続きも、介護用具のレンタルも何ひとつ準備できていない状態でした。そもそも義母が「要介護状態」だという認識すらなかったのです。
意識が変わったのは、退院後ほどなくして初めて義母の要介護認定の調査を受けたときです。「薬を飲む水は本人(義母)が用意しますか?」といった調査員さんからの質問を受けてハッとしました。
退院してからは私か夫が義母の飲む水を用意しており、そのことに誰もが疑問を持ちませんでしたが、「それって普通のことじゃないんだ!」と驚いたのです。そういえば顔を拭くタオルも、毎日の着替えも、当然のように家族が準備していました。
介護とは食事やお風呂、トイレの補助だけではない。義母の生活に支障がないようにフォローしていることが「在宅介護」であると気付かされました。
その発見が、私たちにもたらした影響は大きく、かえって介護に前向きになれるようになりました。
夜間のトイレに起こされ睡眠不足でフラフラになっている瞬間も、「Twitterで言うところの『在宅介護なう』なのだ」と思えるように。困っている状況に名前をつけてもらえたことで、この先どうすればいいか、どういうサービスが利用できるのかと解決策を考える起点になったような気がします。
身体の介護と同時に「せん妄」による症状、物忘れなどにもフォローが必要でした。しかし、在宅で義母の世話をしていても、常につきっきりになれるわけではありません。一人でテレビを見てぼうっとする時間が多くなってしまいます。「脳のために何か良いことを!」といつもアンテナを張り、趣味や楽しみを見つけなければと私と夫で試行錯誤する日々。
そんなあるとき、本屋さんで『大人の塗り絵』が目にとまりました。それまでは、存在は知っていても「流行ってるなあ」としか思っていなかったのですが、急に「これ、やれるかも!!!」と感じたのです。
トランプなどのカードゲーム、オセロ、タブレットの脳トレアプリ、漢字の読み書きアプリなど、思いつくままいろいろ取り組んだ中で塗り絵は特に反応がよく、じっくり色を選びながら集中している姿を見たとき、「まだ義母にはできることがある!」と嬉しくなったことを覚えています。
後にデイサービスに通うようになってから「塗り絵」のプログラムがあることを知りました。あのときの本屋でのひらめきはなかなかだったぞ、義母に必要なものが見つけられたぞとニンマリするのでした。
同じ頃、テレビで「買い物は脳の刺激になる」といった内容を目にしました。
買い物だけでなく外出でリフレッシュすることは誰にでも経験のあること。義母は以前から外出が好きではなく、本人からの要望もなかったので、唯一の外出といえば病院との行き来だけとなっていました。「脳の刺激」になるなら、病院以外の外出…買い物や散歩に連れて行ってあげたい、気分転換させてあげたいという気持ちが強まっていきました。
はじめのうちは、家から一歩出るだけでも夫と二人がかり。転倒が怪我の原因だっただけに、神経質過ぎるくらい気を使っていました。倒れそうな体を支え、靴を用意して、しゃがみこんで履かせ、外では常に手をつないで、行き交う自転車や歩行者に気を配り……たった10分程度の散歩でも、気を抜ける瞬間がありません。
それでも外に出てみれば近所の方が義母の姿を見つけて「久しぶりね、早く良くなってね」と声を掛けてくださることがあり、入院中から表情が乏しかった義母も他愛ない会話にニコニコと答えていました。家の外に出ただけでも刺激になる。外の空気に触れることは大事だなあと思わせてくれました。
噂を聞いてわざわざ家まで来てくれることもあり、「義母ってわりと慕われているんだなあ」と、意外な人付き合いの良さを垣間見ることができました。
家族は知らない外の世界での義母。それも、介護を通して知った新たな発見でした。
外出には転倒などのリスクもあるけれど、それは家の中にいても同じこと。無理のない外出で日常の幅を広げてほしい。今すぐには無理でも、外食や旅行などの目標になるイベントを設定して、それに向かってリハビリや運動をすることは生活の張り合いになるのではないか。「生活の中で楽しみを見つけること」が新たな目標となったのです。
「義母を連れて外出したい」
そう思ったときから、全ての外出が「義母が来る前提の下見」になりました。すると、スーパーやショッピングセンターなど、一人で出掛けても目につくものに変化があることに気付いたのです。
どこに行っても「ここに義母が来ることができるかどうか」を考えるようになりました。車で移動するので、駐車場の有無、駐車場の広さ、アクセスがまず気になります。
それまで「駐車場が広くて停めやすい」と感じていた大型ショッピングセンターは、家の周りを散歩するのがやっとの義母にとって負担が大きいと感じるようになりました。雨の日の屋外駐車場はNG、人気のある店舗、混んでいるところもNGです。入り口や店内に段差があるところも意外と多く、思ったよりも社会がバリアフリー化していないことに軽く憤慨したりしました。空いている店、通路の広い店、フラットな通路の店舗を見つけると「ここはGOOD!」と心の中で二重丸をつけていたのです。
実際に行くかどうかは別として「義母OKの店」かどうかをチェックする癖がつきました。店内で休憩用のベンチを見かければ、そこに座る義母の姿を思い浮かべるようになりました。わたしにはなんてことのない2、3段の段差でも、ここに手すりがあればOKなのに……と心のチェック欄にバツをつけました。
外食していても、固定されたベンチタイプのイスは座るのが難しそうだなとか、座敷席は靴を脱がないといけないから無理だなと、予定もないのに想像していました。文句なしにOK!という場所はあまり思い当たりません。その場所に義母を置いたらどうなるか。周りの環境や配慮、工夫と諦めのバランスを常に意識するようになりました。
エレベーターの有無も重要な要素でした。義母のことを考えなければ存在すら気にしていなかったと思います。よく行く店舗でもエレベーターの位置を把握しておらず、目立たない場所にあることに疑問を感じることもありました。
トイレの使いやすさもポイントのひとつでした。わたしが女性トイレに同行する場合はまだ良いのですが、夫と一緒の場合は女性トイレに義母一人で行かせるわけにもいかず、障害者用のトイレやユニバーサルトイレに一緒に入るという利用方法をとっていました。そういったトイレがある場所は限られています。トイレ設備が充実した大型店舗は駐車場が混んでおり、駐車場がコンパクトな小型施設には使いやすいトイレがない。どちらを天秤にかけるか、悩むところでした。
また、大型ショッピングセンターには買い物用カートなどと一緒に共用の車椅子が置いてあることがあります。図書館や美術館などの公共施設でも申請すれば貸し出してくれることもあります。施設を利用するたびに、車椅子の空き状況などをチェックし、数に余裕があるか、どういった手続きが必要かを調査するようになりました。利用する施設に貸出用の車椅子があるかどうかなんてそれまで気にも留めなかったことです。
それと同時に実際に車椅子に乗っている人が目にとまるようになりました。電車やバスや店舗やレストラン、さまざまな場所で。「車椅子利用者ってけっこういるんだな」「こんなところにも来られるんだ」という驚きとともに希望を感じました。友人から、80代のお祖母さんを連れて飛行機で沖縄に行ったという話を聞いたときも「義母でも旅行できるかもしれない」となんだかうれしくなったのです。
多少足が不自由でも、義母にはまだ行けるところ、できることがたくさんある!
そう思うと、まるで自分のことのようにわくわくしました。
漠然と始まった在宅介護は一つ一つの作業よりも、「このまま良くならないのでは」という先の見えなさが苦しく、悪い想像ばかりしていました。
しかし、毎日義母と向き合っていると昨日より話せるようになったとか、歩けるようになったとか、日記の文章が増えたとか、わずかな変化を見つけることが何よりも嬉しかったんです。そのことを一緒に喜ぶことで義母からの信頼も感じるようになりました。信頼され、上手に甘えられると、不思議と悪い気はしないもの。義母自身が不自由な身体でも卑屈にならず、介護をのほほんと受け入れてくれたことも、在宅介護が成立した要因の一つだと思います。
それに義母のことが常に頭にあると、街中にあるものがまったく違って見えます。ずっとそこにあるのに見えなかったエレベーター、車椅子、ベンチ、手すり、塗り絵や介護保険の制度まで!
住む場所も行く場所も変わっていないのに、自分の立場が変わると見える世界が変わる。今まで覆われていたものが、介護というフィルターを通してクリアに見えてくるようになったのです。
残念ながら、あれこれと想定したほどには義母の外出計画は進みませんでした。ですが、この時に見た世界は義母のいない今も続いています。それまで意識していなかった「困りを持つ人の世界」に触れたことで、私の目はちょっとだけ世界を広く見られるようになったんじゃないかなと思うのです。
編集/はてな編集部
在宅介護中のあるあるや、義母のユニークな言動にまつわるコミックエッセイをブログで発表しています。2歳になる息子を鋭意育児中。息子がかわいい漫画と日常のスケッチも描いています。落語、漫才、戦隊モノが好き。ハマると同じものばかり見てしまうタイプ。
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