僕は46歳の会社員。中間管理職。今、老後に対して、強い危機感と不安を感じている。
そのきっかけは、親しくしていただいた同僚の定年退職である。その同僚に「会社を辞めたあと、何をするのか」と質問した際、「特に考えていない」「これから考える」と言われた。ふと自分の身に置き換えて「それじゃ遅くないか?」「もし、やることが見つからなかったらどうするの」と不安になったのだ。
もちろん、老いてからあれこれ試行錯誤するのもアリだ。実際にそういう考えを持つ人は多いだろう。だが、事前に計画しておいた方が、いい老後になる確率が高くなるのは間違いないと思う。僕は、何も考えずに老後を迎え、やることもなく一日中、公園のベンチにボーッと座っているだけの自分の将来の姿を想像して、不安になってしまったのだ。
そもそも、老後とは何だろう? 老いた後という語感がずいぶん遠い未来を連想させるが、一般的には職業人生が終わった後と捉えることが多いように思う。46歳の僕が65歳で定年退職すると仮定すると、定年まで19年。遠くはない。皆さんも一度、自分の引退の年齢から今の年齢を引いてみてほしい。老後はずっと先のようで近い存在なのだ。
それに、70代のお年寄りといえば、僕が子供の頃のイメージでは腰が曲がっているようなじいさんばあさんの姿を思い浮かべるが、今の70代は元気で、現役と変わらずに働いている人もいる。
認識をあらためよう。もはや老後は「老いた後」ではないのだ。
さらに老後は、近いだけではない。人生の上でかなりのウエイトを占めている。厚生労働省の簡易生命表によると日本人の平均寿命(2018年)は男性81.25歳、女性87.32歳だから、65歳でリタイアした場合、20年ほどの老後が待っている。
僕は22歳で就職したが、遅くとも60歳で引退したいと考えている。大きな持病もないので85歳まで生きると仮定すれば、職業人生は38年、老後は25年。僕のように少し早くリタイアをするつもりなら職業人生は短くなるし、大きな病気をしなければ寿命は長くなる。つまり、老後はより長くなると予想される。
そして60歳で引退するなら、老後のスタートラインに立つまでに14年しかない。準備は整っていない。不安にならない方がおかしい。
僕の祖父の老後は長かった。僕が生まれた時、祖父は63歳で、僕が37歳の時に100歳で死んだ。祖父は40年近くの老後を過ごしたことになる。幸運なことに、亡くなる直前まで健康を維持していたので、時々アルバイトをするなどしてアクティブな人生を送っていた。そして金銭面で困っているという話を聞いたことがないので、ある程度、計画的に老後を設計して生き抜いたのだと思う。
何十年もの老後を無計画に生きるのは、リスクでしかない。言い換えれば、職業人生と同じレベルの長い老後を充実したものにすることが、人生そのものを充実させることになる。苦痛とストレスだらけで胃薬の欠かせない営業マン人生でも、その後、長い老後を充実したものにできれば、終わりよければ全てオッケーとなるのだ。
老後をどう過ごすか、現状を分析して、準備することが大切だ。特に、お金の準備は早い方がいい。なぜなら、早いうちに始めることで軌道修正できるからだ。
僕の年齢からでは大きな失敗ができない。失敗できないというのは、チャレンジができないということ。例えば、今から宝くじをバンバン当ててクルーザーを買い、太平洋でマグロを釣るという老後を夢描いても、60歳までに年末ジャンボ宝くじは十数回しかない。60歳まで年末ジャンボを40回チャレンジできる20歳の若者とはわけが違うのだ。
定年を迎えてから、あるいは「定年が近くなったら老後を考えるわ~」というスタンスでは、チャレンジすることすらかなわず、手遅れになっている可能性もある。例えば、定年後に大金を借りようとしても、銀行から「仕事をしていない人にお金を貸せるわけないでしょ」と相手にされない可能性が大だ。それなりにマネーのかかる老後を送りたいならば、現役世代のうちから対策を講じるべきだろう。ただし、ご利用は計画的にしていただきたい。
誤解を恐れずに言ってしまうと、実は、こうしたお金の問題はささいな問題である。お金が必要という課題が明確なため、対策も明確だからだ。実現できるかどうかは別として、借金、貯金、投資……手段はいくらでも思いつく。
最も大事なのは、どんな老後を送りたいのかイメージすること。お金と健康は、どのような老後を生きていくのかの前提条件にすぎない。
どんな老後にするか、どういう生活をしたいのか考えることは、大事なわりにないがしろにされている気がする。僕の周りで具体的にイメージしている人はいない。一般的にも少数派だろう。年を取ってからでも間に合うという楽観があるようだ。
しかし楽観はできない。お金や健康以外に、老後に必要となる仲間、技術、経験はなかなか得難いからだ。優秀なチームを作るには時間がかかる。体力的にきつくなってからでは遅い。引退して時間に余裕ができてからでは遅いのだ。現役世代のうちに、時間を割いてでも準備を進めていくべきだ。老後の充実を人生の充実と捉えるならば、僕の年代なら今この瞬間から動いても、おかしくない。
では、現実的に老後、何をすればいいのだろう? 何でもいい。これまで時間的・経済的な制約でできなかったことでも、今やっていることの継続でもいい。反社会的行為や、他人に危害を加える行動以外なら何でもありだ。ありがちだが、子供の頃、かなえられなかった夢を目指すのもいいだろう。僕は、今からそんな時間が楽しみでならない。そうだろう? 肩書や上司やノルマから解放されて好きなことができるなんて最高だ。
ふと、自分の老後について考えてみて驚いたことがある。引退したら、これまで興味がなかった鉄道模型をやりたいという気持ちになったのだ。
鉄道模型に興味を持ったのも老後について考えたのがきっかけだ。「リタイアしたら欧州に住むのも悪くない」とぼんやり思って欧州の暮らしをネットで調べているとき、欧州では鉄道模型が親子三代で夢中になるほど定番の趣味になっているという記事を見かけた。欧州で充実したシニアライフのためには鉄道模型がマスト、そう僕は考えたのだ。その後、当初の欧州暮らしへの憧れはしぼんでしまったが、鉄道模型への興味は増すばかりである。
家族の白けた視線に耐えながら、鉄道模型を部屋いっぱいに展開させて走らせる。エクセレントだ。一方で、夢や遊びに興じるだけで長い老後を終わらせるのはもったいない、とも考えるようになった。
そこで今僕が考えているのは「趣味的」に働くことだ。趣味的とは、生活のためではなく(生活の助けになればいいけれど)、ゆるく、自由に働くこと。現役世代の今、僕らは、会社員であれ、自営業であれ、お金のため、生活のために働いている。ノルマや〆切や予算や方針といった制約のもとで働いている。仕事が面白くないと思えるのはこうした制約のもとで働いているからだ。引退して、老後を迎え、そういった制約から離れてしまえば、趣味的に働くことができる。イヤだったらやらない。誰からも強制されない。そういう働き方ができると考えたのである。
ときどき、定年退職後にまるで燃え尽きたように無気力になってしまった人の話を耳にする。仕事が生きることのハリになっている人は、仕事がなくなって社会から断絶されることで、自らの立ち位置が分からなくなってしまうのだろう。僕がそうなってしまうのかは分からないけれど、もしかしたら趣味的に働くことで、社会的な断絶と燃え尽き無気力状態を回避して、生き生きと過ごせるのではないか。そう考えている。
どのように趣味的に働くかも、自由だ。現在の仕事で培った知識や技術や経験を生かすのもいいし、まったく違う分野の仕事をしてもかまわない。
現役の今から、趣味的に働く準備、技術や資格や人的ネットワークを構築していくことが、老後だけでなく、今を充実したものにするだろう。ぼんやりと学ぶよりは「将来、老後はこんなことがやりたい」と考えながらやった方がわくわくするだろう。効果も上がるはずだ。つまり、老後を考えることが、今を、人生を、楽しむことにもなるのだ。老後は別の、遠い世界の話ではなく、今の僕らの生活のすぐ近くにあるものなのだ。今からあれこれ考えることも含めて、楽しくしようじゃないか。
僕は、いくつか資格(士業)を持っている。士業で食べていくのは難しいかもしれないが、趣味的な働き方、例えば友人やご近所にアドバイスをするような感じのゆるい働き方ならば、できるかもしれない。とりあえず、試験を合格したまま放置している資格を登録して実際に使えるようにしようと、実際に動き始めている。
老後の生活を具体的にイメージする上で、課題や不安はもちろんある。未来は不確定なので当然だ。できるだけ具体的なイメージを持ち、それに対して必要なお金と健康を準備しておくしかないが、健康だけは計算通りにいかない。日々ジョギングやジムに通ったり、瞑想をしたり、身体に優しい食生活を心がけたりしていても、残念ながら深刻な病気にかかることはあるし、突然の交通事故で大けがをすることもある。僕の祖父も100歳まで元気で、街中を歩き回り、不死身のゾンビかと疑われたが、自宅の庭で足を怪我したことで急速に衰え、亡くなってしまった。
だから、老後についての計画を考えるついでに、ある程度、計画通りにいかなかったときを想定しておいた方がいいだろう。健康を損なったときの「プランB」である。計画通りにいった場合のプランAに比べると、プランBを考えるのは、正直、あまり楽しくない作業だ。だから、面倒をかけてしまう人にあらかじめの方針を伝えておく程度でいいだろう。
可能ならば(僕はそのつもりでいる)、身体が動くうちに老人ホームを見つけておくことをおすすめしたい。元給食営業マンの経験から言わせていただくならば、老人ホームは食事で決めるといいだろう。「食」は老人ホームでの生活のうち、大きなウエイトを占めている。入居したら1日3食、そこで食事をすることになるからだ。慎重に選んでおくに越したことはない。
だいたいの有料老人ホームは予約申し込みをすれば試食ができるので、健康なうちに家族と一緒にいくつか回るのはいかがだろうか。不安を少し、ポジティブなものにできると思う。
僕自身、老後を意識していろいろとアクションを起こし始めることで、今をポジティブな方向に変えられている。できるかぎり具体的なイメージを持って、そこへ向けて動かしていくことが大事なのだ。
偉そうに老後についての心構えを語ってしまったが、僕自身はたいしたことはしていない。健康を維持するためにフィットネス・ジムにも入会したが、まだ一度しか顔を出していない。自分に合うものと合わないもの、老後に向けて、いろいろ試行錯誤していくことも、今ならまだできるのだ。ではまた。
編集:はてな編集部
海辺の町でロックンロールを叫ぶ不惑の会社員。ブラック企業勤務〜フリーター〜再就職を経て本稿の話題にいたる。90年代末より現在まで、日々の恥をブログに綴り続ける。昨年、『ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる(KADOKAWA)』出版。
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