50代、60代に差し掛かり、子育てからも仕事の第一線からも手が離れていく中では、自由に使える時間が増え、「自分自身の暮らし」に目を向ける機会が多くなることでしょう。年齢を重ねる中で、豊かに、機嫌よく過ごしていくためには何が大切なのでしょうか?
『65歳から心ゆたかに暮らすために大切なこと』などの著書があるブロガーのショコラさんは、42歳のときに夫と別居し、のちに離婚。57歳で会社を辞め、66歳の現在はパート勤務をしながら、シンプルな一人暮らしを楽しんでいます。
ショコラさんは50代の終わりから、老後を見据えて暮らしをコンパクトにしようと、不要なものを積極的に手放す「老前整理」に取り組みました。そうする中で、この先の自分に必要なものは何かを考えるようになり、やがて自分にとっての本当の「豊かさ」とは何なのかが見えてきたといいます。
決して多くのお金をかけるわけではなく、自由な時間を自分らしく、身軽に楽しんでいるショコラさん。今回、年齢を重ねる中で、無理なく自分に合った豊かな暮らしを実現するためのヒントについて教えていただきました。
私が「生前整理」という考え方に興味を持ったのは、60歳を間近にした頃でした。
当時は「ミニマリスト」という言葉とライフスタイルが注目されていた時期でした。ネットや雑誌で盛んに特集されているのを見て、私も無駄なものが何もない広々とした部屋での暮らしに憧れを感じていました。とはいえ、実際に考えてみると手放せないものも多く「ミニマリストにはなれないな」と感じたのですが、「手放すことができないものも確かにあるけれど、実は捨てられそうなものも多いんじゃないか」と考えるきっかけになったのです。
ちょうど同じ頃、テレビで親世代の片付けについてのドキュメンタリーがよく放送されていました。大型トラックが家の前まで乗り付けて、いらないものをどんどん運び出し、荷台がぱんぱんになっていく。その光景を見て「将来、自分の息子たちに片付けで迷惑をかけたくないな」と思うようになりました。ある程度重いものでも自分で運べたり動かしたりできるうちに、片付けをやっておこうと思ったのです。
当時から、年齢を重ねるにつれ、いままでできていたことができなくなっていくのを実感していました。これから先、さらに体力も気力も減っていく。そうなった時、自分は「生前整理」をしようと思うだろうか? いや思わないはず。であれば、すぐにでも取り掛かるべきだと思いました。でも、当時まだ50代だった私にとって「生前整理」という言葉はとても抵抗がありました。そこで「老前整理」と称して、自力で動きづらくなる前に、自分の身の回りのものをいろいろ片付け始めることにしたんです。
まずは、あまり使わない家具の処分から取り掛かりました。数年かけて大幅に処分し、いまでは部屋に残っているのはベッドとベッドサイドのテーブル、ライティングビューローと椅子、テレビボード、そしてソファだけになりました。
フライパンや鍋といったキッチン用品も、普段使っているもの以外は処分し、ミキサーやコーヒーメーカーなども捨てました。コーヒーは毎日飲むほど好きですが、最近はインスタントコーヒーやドリップパックがずいぶん進化しているので、家で飲む分にはこれで十分です。しかし、オーブントースターを捨ててしまったのは失敗でした。オーブンレンジのトースター機能を使えばいいと思ったものの、パンを焼いた直後は内部の熱の影響でレンジ機能が使えなくなるんです。これが非常に不便だったので、トースターだけは買い直しました。こんなふうに、捨ててから自分にとって必要なものに気付く、という経験もありました。
服は、会社員時代に営業職だったこともあってジャケットやスーツなどたくさん持っていたのですが、いまの自分には必要ないもの。ヤフオク!に出品して手放しました。高かった服ほど手放すことに躊躇(ちゅうちょ)しがちですが、そんなときは旅行用のスーツケースに入れて、数カ月保管するようにしました。衣替えなどのタイミングでスーツケースを開けてみると、存在を忘れていた服ばかり出てくるので、手放す決心がつきます。捨てることに迷う場合は、このように冷却期間を置くのも一つの手です。
一方で、私がものをたくさん捨てられるのは、一人暮らしで、全部自分のものだから、というのはあります。家族と住んでいる場合、共有物の整理は自分の意志だけではできません。家族と一緒に住んでいて老前整理を検討している方は、必要なものとそうでないものについて、家族とコミュニケーションを取りながら進めていくのがいいと思います。
私は2021年に65歳を迎えたのですが、実は老前整理をしながらずっと「65歳になる」のを待っていました。なぜなら企業年金にプラスして、国からも年金がもらえるようになるからです。本当は、65歳になったらパートタイムの仕事を辞めて、いろいろなところを旅行しようと考えていたのですが、新型コロナウイルスの流行で自由に行動できなくなって、その願いはかなっていません。「このまま退職してしまっては家にいるだけになってしまうし、いま辞めたらもったいないかも……」と思うようになり、いまもパートタイムの仕事を続けています。もう少し状況が改善したら、今度こそ本当に区切りをつけたいですね。
一方で、この歳になって気付いたことがあります。それは、暮らしにおいて本当の「豊かさ」とは何か、ということです。
きっかけは、2021年に出版した『65歳から心ゆたかに暮らすために大切なこと』という本。このタイトルは担当編集者さんが付けてくれたのですが、この「心ゆたか」という言葉にハッとしました。
私はそれまで、「豊か」って金銭面に使う言葉だと思い込んでいたんです。日本が上り調子だった時代を経験している私たちの世代には、お金で何かを手に入れたりサービスを受けたりすることが豊かだという考えが根強くありました。いまでこそこんな本を出していますが、実は私も昔は物欲の塊で、仕事用の服やバッグばかり買っていたのを覚えています。
でも、いまの日本ではお金をかけずに豊かさを追求する人たちが増えている。豊かさの捉え方が、時代とともに変わってきているんだなと実感しました。
振り返ってみると、私自身の中でも、豊かさに対する価値観が変わってきているのを感じます。一番の転機は、会社を退職してパートタイムに切り替えた57歳の時に、収入が大きく変化したこと。退職後、企業年金が受け取れる60歳までの3年間はそれまでの年収の3分の1以下で過ごさねばならず、本当に大変でした。
ただお金は本当になかったけれど、時間はたっぷりできたので、先述の通り、この時期に「老前整理」を徹底して行いました。家中のものをどんどん減らして、最終的には「これだけあれば十分生きていける」と思えるようになりました。そうするうち、以前のようにものを買わなくなったんです。
決して物欲がなくなったわけではありません。いまでもあれこれ欲しいと思うことはしょっちゅうありますが、「欲しい」と思うだけで十分になったんです。昔は欲しいと思ったら手に入れるまで追い続けていましたが、いまは欲しいものを想像するだけで満足できるようになりました。
私は「欲しいものリスト」を手帳に書いていて、定期的に見返しています。毎年のようにリストに書き続けている道具や服もあります。でも、リストに載り続けているのに未だに手に入れてないものって、結局「心の底から欲しいわけではないもの」なんだなと思うようになりました。
パートタイムで働き始めて自由に使える時間が大幅に増えたことで、図書館に通い始めたり、自転車でいろいろな場所に出掛けたりと、お金をかけないで楽しく過ごせる方法を見つけました。正社員だった頃は、マンションのローンの返済や、老後のための貯金、生活費のことなどを考えながら必死に働いて、日々の余裕があまりありませんでした。平日仕事で疲れ果て、土曜日なんてお昼過ぎまで寝ていましたし。いまは、こういう自由な時間って大切だなと思います。
また、「人と自分を比べなくなった」ということも大事だと感じます。この心境に至ったきっかけは、離婚して子供たちとも離れ、一人になったことが大きいですね。子供たちが小学生、中学生の頃は周りもほぼ同じような家族構成ばかりだったので、自分自身の生き方よりも子供の成績や夫の仕事や収入、暮らしぶりを比べてしまうことが多かったです。
でも一人になってみると「子供と離れる離婚のロールモデル」となる先輩が周りにいないので、生きていくにあたって、自分でやり方を見つけて進んでいくしかありませんでした。誰かと比較して自分に足りないところや自分の方が優れているところを見つけて悩んだり喜んだりすることが、前進するために意味のないことだと分かり、自然といまでも、人と比べることがなくなりました。
ちなみに、社員からパートタイムに切り替えて本当につらかった時期に、救われたのがこの新聞広告です。
禅の教えの本の広告だったようですが、当時弱っていた自分にはぴったりで、切り抜いて壁に貼っていました。結局本は買わなかったのですが(笑)いまも時折眺めています。
特に「大地黄金――今いる場所で輝く人になる」という言葉は、パートの仕事を始めたばかりでやりがいを感じられなかった頃に励みになりました。
「怒りの感情は頭まで上げない」などは、本当に大切だなあと思っています。例えば仕事で怒りの感情が湧いてモヤモヤするときは、家に帰ってコーヒを飲みながらAmazon Prime Videoなどでテレビドラマを見る。視聴している間にすべての気持ちを切り替える。こうして1時間、怒りの感情と全く別のことをやって過ごすと、私の場合、全部ではないですがたいていの仕事の疲れやストレスは消えています。
そんなふうに自分の気持ちを切り替える方法、気持ちよく過ごす方法を見つけ出して、毎日の習慣に組み込んでいくのがいいと思います。私の場合は、寝る前の読書もその習慣の一つです。毎晩22時くらいからベッドに入って、眠くなるまで本を読んでいます。他には、週に1回くらい、友人たちとちょっとだけいい食事を外でするようにしています。一人あたり2,000円とか3,000円くらいの予算ですが、それでも日頃ほとんど自炊かお弁当の私にとっては、特別に感じます。
そしてポジティブに生きようとするならば、日光と睡眠はとても大切。しっかり睡眠を取って、お散歩などで日光を取り入れるだけで、かなり気持ちが晴れやかになっていきます。
よく私の暮らしについて「丁寧な暮らしですね」とおっしゃっていただけるのですが、そんなことはないと思っています。コーヒーはインスタントだし、冷凍食品も電子レンジも活用している。掃除が苦手で、好きな言葉はおばの口癖の「ほこりじゃ死なない」。丁寧にしようとはしていなくて、ただ無理をしていないだけなんです。
最近、新たな趣味として、昔弾いていたピアノを再開しました。近所に島村楽器の貸しスタジオがあって、そこでピアノを弾けるんです。最初は30分だけ借りたんですが、集中してあっという間に終わってしまい、もう30分延長してしまいました。最近は2週間に1回のペースで通って、1時間半くらい弾いています。
久しぶりなものだから、最初は音符が読めなくなっていることに自分でも驚きました。特にヘ音記号が全然読めない。なので楽譜にフリガナをふり、少しずつ思い出しながら弾いています。部屋にピアノが1台置いてあるだけで、誰とも接しないし、声を出すこともない。この時期でも気兼ねなく楽しめるのがいいですね。
これからも自分が気持ちよく過ごせることを大切にしながら、無理せず、楽しく暮らしていきたいと思います。
取材・構成:浦島茂世
編集:はてな編集部
2016年、60歳のときにブログ「60代一人暮らし 大切にしたいこと」をスタート。シニアブロガーとしては異例の月間60万PV。 42歳のとき別居、5年後に離婚。パート主婦から一転、バリバリの営業ウーマンとして自活してきた。57歳で退職、現在はパート勤務。『ひとり暮らしの時間とお金の使い方』(主婦の友社)に著者として参加。近著に『65歳から心ゆたかに暮らすために大切なこと』(マガジンハウス)。
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