「見学した施設を一覧にしてまとめたよ。まずは、ひとつずつ振り返るから、各自思い出しながら屈託のない意見をお願いね」
親が突然倒れた、さぁどうする?
会社員歴20年、その後クリエイティブコンサルタントとして独立し8年。
仕事一筋で生きてきた、介護のことなんてまるでわからない独身ワーキングウーマン、中村美紀。
突然母が倒れ、その半年後に父も倒れるという同時多発介護になったのが48歳。
その後仕事と介護の両立にてんやわんやしながら、仕事人間としての特性を活かし、「ビジネス思考」でなんとか介護を乗り切っていくという、
壮絶だけど、コミカルな記録。
母が突然倒れ、脳の手術を受けて数カ月。
大きな後遺症が残ってしまったこともあり、退院後は介護施設に入居することに決めました。
入居候補の介護施設を事前に見学すること約10件。
いよいよ今回は、家族会議を開いてどこの施設にするのかを決定します。
家族会議を開くにあたり、スムーズに決定するために、2つの事前準備を行いました。
1つめは、「見学レポート」の作成。
複数見学をすると、どこが何だったか記憶がごちゃついてしまうと考えた私。見学レポートを作成し、振り返りやすいよう「見える化」を図りました。
なぜなら、曖昧な記憶をもとに話し合いをすると、記憶の確認だけに時間がかかってしまうと考え方からです。
2つめは、「意思決定プロセス」の確立。
母の入居する介護施設は、どのような話し合いをして、どういう基準で決めるのか、事前に議論のステップを整理しておいた方がいいと思いました。
なぜなら、意見が割れた時に収拾が付かなくなるリスクを避けたかったからです。
介護はひとりでは背負えません。
身内の協力が不可欠になりますが、何か物事を決めるのに、意見が割れたままだったり、無理矢理決められた、納得していないという状態のままでいると、近い存在なだけにすぐ空中分解する恐れがある、と私は思っています。
主介護者は、親の介護に関して、命や生活に関わる初めての事柄についてグイグイ決断を迫られますが、一番気を遣ったのが、この「母の入居介護施設決定」です。
もやっとした部分は全て吐き出した上で、みんなが納得する結論を出そう、心に決めました。
「意思決定プロセス」とは言っても、「経営的アプローチ」「分析的アプローチ」「行動科学的アプローチ」などなど、世にある種類は様々。
今回は、純粋にリーダーである私目線で、議論のステップとしてイメージしやすい、決断という着地まで必ず持っていけそうだと思えるステップで進めればいい、と割り切りました。
まず、Step1として大事だと考えたのが、「意見の吐き出し」です。
もやっとしたまま物事を決断すると、最終的に意見がひっくり返ったり、分裂してしまう、というケースが多々あります。
そういうことのないよう、最初に、各自の純粋な思いの丈を発言できる場を作りたいと思いました。
次に、Step2として決めたいのが「判断基準」です。
何を重視するのか、どういう基準で決めるのか、目線が合っていないと、意見がまとまりません。
いろんな視点や、考えがあれば、十分に話し合おうと思いました。
そして、Step3は「取捨選択・優先順位付け」です。
各自の意見が吐き出され、判断基準が見えてくれば、該当する施設・しない施設が見えてくるはずです。
違うものは削除し、残ったものに優先順位をつければ、入居施設候補が見えてくる、と思いました。
最後にStep4として「根拠ある決断」をします。
この施設にする!と最後は気持ちよく決めたいもの。そのためには、判断理由を明確にしておくことが大事です。
よって「人に説明できる」くらいの明確な理由を持って決断する、という目安を持ちました。
【Step1】見学「振り返り・感想」共有
作成した「見学レポート企画書」を説明しながら、各見学先を振り返る。ざっくばらんな感じたこと・気になったことなど、思いの丈を各自の意見として吐き出す。
【Step2】何を重視するか、「判断基準」の目線を合わせる
何を持って判断するのか、優先すべきはどの項目かなど、判断基準の目線を合わせる。
【Step3】取捨選択をし、「優先順位」を決める
判断基準に照らし合わせると、どの施設が該当するのか、取捨選択をし、施設の優先順位を決める
【Step4】根拠を持って「決断」する
施設を決断する。その際、人に説明できるくらいの明確な理由も合わせて整理する。
なんとか、議論のイメージが持てました。
これで家族会議を実施するため、いよいよ父と姉を招集します。
議論が進めやすい場、かつ、意見の出しやすい場を作るのはリーダーのつとめ。
最初に家族会議を実施するにあたり、メンバーである父と姉に、会議目的と進め方のイメージを共有。
そして、作成した「見学レポート」を説明していきました。
「見学した施設を一覧にしてまとめたよ。まずは、ひとつずつ振り返るから、各自思い出しながら屈託のない意見をお願いね」
「えーわかりやすいじゃん」
「これを見ればいいんだな」
見学レポートは概ね好評。各施設を振り返りながら、各自思ったこと・感想などを聞き出していきます。
「この施設は、駐車場は充実してたけど、公共交通機関の便は悪いよね。行きにくい親族も出てくると思うけど、どう考える?」
さすがねーちゃん、鋭くてびっくり。
施設見学先を絞り込むのに、重視した項目の一つが「家からの距離」。見学した施設は、家からの距離的にはさほど遠くはないのですが、交通の便となると話は別です。距離は近いが便はイマイチ、という施設は少なくありません。
「そうだね。一番施設に通うことになるのが我々家族。我々はマイカーでの移動が前提となるから、駐車場を優先しよう。公共交通機関を利用してくる親戚の皆さんには、その旨説明するようにして、交通の便は優先順位を下げよう」
交通の便より駐車場優先。判断基準がひとつ明確になりました。
「この施設は、雰囲気が暗くて良くなかったな」
あららとーちゃん、鋭くてびっくり。
パンフレットやホームページではわからなかった各施設の違いは、複数見学するにつれはっきりわかっていきました。活気がある施設とない施設というか、スタッフさんや利用者さんの表情がある施設とない施設、というか。
私も一番気になっていた部分です。
「そうだね。他の施設でも、なんとなく雰囲気が“惹かれない”施設あったよね!思い切って、消去法で落としていいと思う」
見学した施設は10件弱。活気の有無で物理的に線を引くのは難しいのですが…ここはみんなで話し合い、直感に従って違うと思ったものは思い切って削除していきました。
このような形で感想を共有しながら、取捨選択をしていったのですが…。
むむ、ちょっと待って。
一番大事にすべきなのは母のことです。目的を見失ってはいけません。
「調べたら、リハビリテーションは術後半年が大事なんだって。母はまだ手術してから半年経っていないから、リハビリテーションを重視した方がいいんじゃない!」
リハビリテーションがある介護施設は、行政管轄だと「介護老人保健施設」や、リハビリテーションのある民間の「有料老人ホーム」などに絞られます。
「確か介護老人保健施設はずっとは居られないよね。いずれまた引っ越しをすることになるけど…母はもちろん、私たちもまた施設探しで負担になるよ」
さっすがねーちゃん、またまた鋭くてびっくり。
介護老人保健施設は基本的に、在宅復帰を目指す人の受け入れを目的とした施設。入居期間に限りがあるため、ずっと居られる施設ではありません。
「ここははっきり、リハビリテーション重視、と決めよ。引っ越しによる母の体の負担はケアするとして、再度入居施設を探す我々の負担は、母のために飲み込むとしたい!お願い」
姉も父も、そうねー、という雰囲気。力強いリーダーシップで主張すると、二人とも準じて協力してくれるタイプです。
「とすると、該当する施設はこの3つね」
最終候補は、介護老人保健施設の「施設A」「施設N」「施設Y」となりました。
「基本的なリハビリテーションは、理学療法、作業療法、言語療法の3種類があるよね。一番歴史が浅く人数が少ないのが言語療法をする言語聴覚士なんだって。言語療法が受けられる施設を探せば、他2種は受けられるんじゃないかな」
介護やリハビリテーションについて、以前は全く無知だった私。
母は今、病院のリハビリ病棟で、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)の方々にお世話になっています。最初は説明を受けても全くなんのことか分からなかったので、自分で調べ、疑問点は直接お話を伺って補っていきました。その知識が、今ここで役に立ちました。
「ほんとだ、言語聴覚士って少ない!対応できる介護老人保健施設はこれだけみたい」
残った候補は「施設A」。調べたら、言語療法はもちろん、理学療法、作業療法も行っていました。
「施設Aの特徴は…建物は新しく、リハビリテーション設備が充実。対応はシステマティックな印象。よく言えば合理的、悪く言えば少々冷たく感じることも。駐車場は充実してるけど、公共交通機関の便が悪い。スタッフさんの印象は明るくて良い、とあるね。良いと思うんだけど、どう?」
「いーんじゃない」
さすが、準ずるタイプの二人。異議はないようです。
これで「施設A」に決定。なんとか意見がまとまりました。
家族会議の末、母の入居希望先は「施設A」としました。
判断理由を忘れないよう、結論とともに、再び企画書にして見える化。これを元に、まずは病院にフィードバックしました。
「病院退院後は『施設A』に行きたいと思います。これから申し込む予定です」
「わかりました。それでは、お申し込みをされたら施設の方とやりとりを開始しますね」
聞くと、退院後の受け入れに関しては、母の病状や運動機能のレベル、食事の状態など、医療関連情報を元に双方でやりとりをし、問題のないように準備を整えてくれる、とのこと。
内容が専門的で難しいので、直接やりとりをしてくれるのはとてもありがたい、と思いました。
退院後に介護施設に入居する決断をしたことは、母親族にも伝えました。
母の兄弟姉妹にあたる伯父・伯母たちは、とても仲が良く、母の容態についてとても心配してくれました。
時に、母の入院先の病院や、退院後の生活について、意見してくれたことも。
その気持ちはとてもありがたかったので、私は母親族には今までの経緯を丁寧に説明したい、と常に気にかけていました。
そして、私の企画書を元に、退院後は介護施設に入居すること、その施設は「施設A」で、その理由はリハビリテーションを重視した結果だということを、きっちり説明しました。
高齢である伯父・伯母は、企画書なんか見たことないのでしょう、見た途端驚いて、目をぱちくりさせていましたが、説明を受け入れ、逆に感謝してくれました。
退院後の受け入れ先が確定したところで、ひとまず落ち着きました。
これで私も仕事中心の生活に戻れる…と思いきや、またもや問題勃発!?
私の介護ストーリーはまだまだ続きます!
次回は、
ケアマネジャーを変えたい!?まずは「なぜなぜ分析」で原因から探ろう。をお送りします。
(株)リクルートフロム エー、(株)リクルートに20年在籍し、副編集長・デスクとして10以上のメディアにかかわる。2012年に独立し、紙・WEBメディア設計、編集コンテンツ企画制作、クリエイティブ研修講師、クリエイティブ組織コンサルタントなどを請け負う。 国家資格キャリアコンサルタント/米国CCE,Inc. GCDF-Japanキャリアカウンセラーでもある。
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