「平気です」「元気です」
親が突然倒れた、さぁどうする?
会社員歴20年、その後クリエイティブコンサルタントとして独立し8年。
仕事一筋で生きてきた、介護のことなんてまるでわからない独身ワーキングウーマン、中村美紀50歳。
大好きな母、馬が合わない父の、突然の同時多発介護にてんやわんやしながら、仕事人間としての特性を活かし、「ビジネス思考」で介護を乗り切っていく、壮絶だけど、コミカルな記録。
母が突然倒れ入院し、ショックを受けた父も半年後に入院。母だけでなく父も、要介護になりました。
今は退院し、在宅で介護サービスを受けているのですが、病気のせいなのか老化のせいなのか、後ろ向き発言が多くなり、以前のように活動的ではなくなってしまいました。
父の体調が気掛かりなのはもちろんのこと、最近は言っていることとやっていることが違いすぎ…振り回されるばかり。
例えば…
「具合が悪い」と言われて、病院に同行するも、医者の前では、
「平気です」「元気です」
さらに例えば…
「デイサービスで気になることがある」と言うので、ケアマネジャーと面談する時に伝えよう、と決めたのに、いざ面談時になると
「問題ありません」
医師や介護関連専門家の方々は、本人の意思を一番尊重してくれますし、高齢者がうまく説明できないもの充分理解してくれているので、安心してはいるのですが、結局、毎回私がしゃしゃり出て、全て説明し直すことになります。
そのたびに、家に戻ると、父に怒りをぶつけることに。
「私に言ってることと、医師や専門家に言ってることが毎回違うじゃない! それじゃ意味ないじゃない!」
父の(自分もですが)老化は進むわけで、この先このようなやりとりが増える一方かと思うと、父も私も辛いだけ。
何か解決方法を見出さないと、と思いました。
そこで思いついたのが「アンガーマネジメント」です。
「アンガーマネジメント」とは、Anger(怒り)をコントロールすること。
1970年代にアメリカで発祥した「怒りの感情と上手に付き合うための心理教育・心理トレーニング」です。
「怒り自体は悪いモノでは無い。よって抑制するのではなく、コントロールすることが重要」という考え方のもと、怒りをコントロールする技術を、「衝動・思考・行動」からアプローチします。
その3つ「衝動・思考・行動」からのアプローチ方法をみてみます。
① 衝動のコントロール
<最初の6秒をやりすごす>
怒りの感情は最初の6秒でピークを迎えるとのこと。
よって「最初の6秒をやりすごす」ことができれば、大半の怒りを抑えることができる。
② 思考のコントロール
<「べき」の境界線を広げる>
相手の言動が、自分が考えた「やる(べき)」とギャップがあると怒りが生まれる。
よって「自分のやるべき」という考えの範囲を広げる。
③ 行動のコントロール
<できるものだけコントロールする>
自分で行動できることのみに注力し、自分の力でコントロールできないことには、エネルギーを使わない。
次に何か、父に怒りを感じたら、この「アンガーマネジメント」を応用しよう、と心に決めました。
とある日、史上最大の台風が来る、という報道が出ました。
つい先日も、観測史上最強クラスの台風が来て、大きな被害が出たばかり。大きな看板が倒れ、倒木が道路を塞ぎ、近所の道路は通行止め。信号が機能せず、警官が手信号で交通整理を行い、スーパーやコンビニからは物が消えました。
まだ街は完全に元に戻ったわけではないのに、また大型台風が来るの!?
ニュースでは、最大風速だと自転車が飛ばされる、という実験が。相当な大きさです。これはまずい。
先日の台風被害を目の当たりにした恐怖もあり、緊張感が走ります。電気や水道が止まった時の対策、避難所に移動しなければならなくなった時の準備などを、本気でしなければと思いました。
一人では大変なので、父にも3つ頼み事をしました。
・庭にある、高台に置いてある植木鉢を下に置いて欲しい
・父の防災リュックの中身は、自分で確認して欲しい
・お風呂の水を溜めておいて欲しい
植木鉢は父の趣味なので全て父の物。防災グッズは各自あるので、父にとっては自分の分の確認。一番風呂に入る父は、湯船に水を溜めるのはいつものこと。全て父にとって難しくない、やりやすいものだと判断した3つをお願いしました。
「やっとくよ〜」
快く引き受けてくれた父。助かった!と思い、私は二人分の水や食料の準備、避難場所の確認、薬や包帯などを準備しました。
準備をしながら、小さい頃は何事も全て親が準備してくれたな…などと考え、センチメンタルになってしまった自分。
両親ともに介護になった今、親の分も含めてほぼ全てのことを私が準備するようになりました。それが災害の備えとなると、プレッシャーが伸し掛かります。
外は横殴りの雨。サッシに当たる雨音が尋常じゃありません。
間違いなく近づいている台風。
暴風雨の中、父を避難所に連れて行かなければならなくなった時、私一人で対応できるか…などリスクばかりが頭をよぎり、一気に不安に襲われました。
ひとしきり私の準備が終わったので、父へお願いした災害準備の進捗具合を確認しにいきました。
すると、父はベッドで横になっています。
あれ? もう終わったのかな、と外を見たら…父にお願いした高台の植木鉢たちは、微塵も動かされていないではありませんか!
やると言っておきながら、なぜやらないのか理解ができず、声を荒らげてしまう私。
「なんで! 高台の植木は下に置いてって言ったじゃない(怒)!」
「だって、雨が降ってるから」
えー!そんなことある!? と耳を疑いました。
災害に備えなければいけない状況で、雨だからやらなくていいって思考にどうしてなるの!やってないのに何で寝てるの!と怒りがこみ上げてきました。
いっかーん!そうだ!ここでアンガーマネジメントです。
まずは「①衝動のコントロール」。
最初の6秒やりすごして…。気を落ち着かせて…。
6秒待つと、怒りが治まるというよりは、台風が近づいているので、急がないと!と思考が切り替わりました。
冷静になり、改めて父に、台風が近づいてきて急いでいるから手伝ってくれ、と声をかけ、二人でずぶ濡れになりながら、一緒に植木鉢を下ろしました。
ふーやれやれ終わった、と思ましたが、終わった途端、防災リュックはどうなっているのか気になりました。
ま、まさか?
父の防災リュックを確認しにいくと…リビングにポツンと置いてあるだけ。中を確認した様子はありません。
やると言っておきながら、なぜやらないのか理解ができず、また声を荒らげてしまう私。
「なんで! 防災リュックの中身を確認してって言ったじゃない(怒)!」
「だって、そこに置いただろ」
えー!そんなことある!?と耳を疑いました(二回目)。
災害に備えなければいけない状況で、出すだけでいいって思考にどうしてなるの?中を見ないと意味ないでしょ!? と怒りがこみ上げてきました。
いっかーん!そうだ!ここでアンガーマネジメントです。
今度は「②思考のコントロール」。
「べき」の境界線を広げて考えてみると…。
私が思う「防災リュックの確認」の意味は、リュックの中身を確認すること。
父が思う「防災リュックの確認」の意味は、リュックの存在を確認するだけ。
今までの父は、防災グッズなどの意識が高く、管理もマメに行っていました。そのイメージがあったので、私も当然の如く、率先して中身を確認してくれるはず、と思ってしまった部分があります。
それはもう難しいのか…と考えているうちに冷静になっていきました。
結局、中身の確認は私が行い、必要なグッズを詰め込みました。
ふーやれやれ終わった、と思ましたが、終わった途端、お風呂の水はどうなっているのか気になりました。
ま、まさかまさか?
お風呂場に確認しにいくと…湯船がからっぽではありませんか!
やると言っておきながら、なぜやらないのか理解ができず、またまた声を荒らげてしまう私。
「なんで! お風呂に水を溜めてないじゃない(怒)!」
「だって、足の裏が濡れるから」
えー!そんなことある!?と耳を疑いました(三回目)。
災害に備えなければいけない状況で、足が濡れるからやらないって思考にどうしてなるの?日頃そんな細かいことを気にしないタイプなのに!? と怒りがこみ上げてきました。
いっかーん!そうだ!ここでアンガーマネジメントです。
ここで「③行動のコントロール」。
「できることだけコントロールする」を意識してみると…。
つい先日、父は自分の車を売却しました。高齢者が車の運転を諦めるのは、そうとう大変だとされている中、病気になって車の運転に不安を感じたからでしょうか、父はあっという間に手放しました。
その切り替えは見事でした。懇意にしている営業担当に素早く連絡し、価格交渉を自分で行い、手続きも自分で対応しました。
車好きだった父。思うところはあったはずなのに、態度には微塵も出しませんでした。
つまり、自分がよく知る得意領域で誰かと一緒に行うなら率先して行動できるが、ひとりで壁にぶつかると立ち止まって、やめてしまう。
高齢者だからか、病気だからかわからないけれど、ひとりで問題を解決しながらゴールを目指すのは難しく、「壁」は我々が思う以上に大きい、と解釈しました。
自分ができるからといって、父ができるわけではない。
足の裏が濡れたら、風呂の水を溜めるのは躊躇するものだ…ん?うそ!なんで!足の裏が濡れたくらいでやめるな!という気持ちは拭えませんが、考えていてもしょうがないので、自分で水を溜めることに。
自分でやった意味を持たせることで、自分を納得させようと考え、風呂磨きをしてから水を溜めました。父がやらなかったおかげで、お風呂はビカビカになりました。
真夜中、台風は上陸しました。ひどい雨音と心配で、あまり眠れませんでした。
一夜明けると、テレビではどの局も台風被害の報道がされていましたが、幸い我が家は、庭に下ろした植木鉢がゴロゴロと転がっているだけ。大きな被害はありませんでした。
安心したら、疲れがどっと出た私。
振り返ると、この台風の経験は、いろんな意味で勉強になりました。
父のやれること、やれないことの把握。この境界線の理解は、今後一緒に過ごす日常の中で活きそうです。
災害の準備。今までは自分だけなんとかすればいい、という考え方でしたが、父の分まで背負うことをあたりまえとしないと、と考え方を切り替えました。
そして「アンガーマネジメント」。まだ、自分のアンガーをマネジメントできているとは思えませんが、怒りの中で冷静になる・違った角度から物事を捉える、という経験をしたことは、今後もプラスに働くと思います
介護の父に「変われ」なんていうのは無理な話。
「他人は変えられない。自分が変わるしかない」
父に何かをお願いするときは、尻拭いをする前提でないとダメそうです。こりゃ訓練だ、慣れるしかない、と覚悟を決めました。
・高齢になると、話が聞き取りにくくなったり、細かい部分まで意識がまわらなくなるのか、返事がその都度変わってしまうケースがある。側からみると、受け答えがいい加減な印象を与えるかもしれないが、逆に我々も高齢になったらそうなるもんだ、くらいに受け止めたい。
・高齢者の意思を尊重しようとすればするほど、毎回変わる受け答えに振り回される感が大きく、比例して怒りも大きくなりがち。その場合は、「アンガーマネジメント」を活用しよう。
・できれば問題解決への行動は一緒に行ってあげるのがベスト。一緒に行ってあげるのが無理な場合は、最初から尻拭い前提、としておいた方が気が楽。
・結局「他人は変えられない、自分が変わるしかない」。介護の親の変化に、自分が対応していくしか無いのだ、と悟る(が、全て割り切れるわけでは無いので、その場合は笑って愚痴を言いたい)
次回は、「ケアマネジャー」が気に入らない!? 「ソーシャルスタイル」を把握して、相性問題を解決する
(株)リクルートフロム エー、(株)リクルートに20年在籍し、副編集長・デスクとして10以上のメディアにかかわる。2012年に独立し、紙・WEBメディア設計、編集コンテンツ企画制作、クリエイティブ研修講師、クリエイティブ組織コンサルタントなどを請け負う。 国家資格キャリアコンサルタント/米国CCE,Inc. GCDF-Japanキャリアカウンセラーでもある。
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