「ケアマネジャーと一緒に決めましょう」
親が突然倒れた、さぁどうする?
会社員歴20年、その後クリエイティブコンサルタントとして独立し7年。
仕事一筋で生きてきた、介護のことなんてまるでわからない独身ワーキングウーマン、中村美紀49歳。
大好きな母、馬が合わない父の、突然の同時多発介護にてんやわんやしながら、仕事人間としての特性を活かし、「ビジネス思考」で介護を乗り切っていく、壮絶だけど、コミカルな記録。
母が突然倒れ入院し、父も具合が悪くなり半年後に入院。
それまで健康だった親が、立て続けに二人とも入院することになり、ストレスのせいか私の体調も悪化し通院。
数カ月が経ち、父の退院の目処が立ってきたものの、母のいない家に戻って体調が悪化しないか、それを受けてますます自分の体調も悪化しないかと、不安を覚えるばかり。
この状況を、地域包括支援センターに相談したところ、介護認定調査を受けてみてはという助言を受けました。
結果、父は要介護1。
これで介護サービスが利用できる状態になりましたが、その先の進め方がわかりません。
地域包括支援センターに再び連絡し、どう介護サービスを決めたらいいか見当がつかないと相談してみました。すると、地域包括支援センタースタッフがまた助言をくれました。
「ケアマネジャーと一緒に決めましょう」
「けあまねじゃー?」
聞くと、介護サービスを利用する場合は、「ケアマネジャー」という担当者がつく、というのです。
介護の専門家が担当につくなんて! なんてありがたい仕組みなんでしょう。
つまり、介護サービスに関しては、地域包括支援センタースタッフ、ケアマネジャーに相談しながら決めていけばいいのです。
であれば。
いいことを思いつきました。
地域包括支援センタースタッフ、ケアマネジャーだけでなく、父の病状に詳しい担当看護師の方にも相談した方がいいのでは!と思いました。
父が退院したら、すぐに介護サービスが利用できるのが理想です。退院直後になるので、介護プランを考えるにあたり、担当看護師さんの目線も加わるとプランの精度が上がるのでは、と考えたのです。
であれば。
またまた思いつきました。
だったらみんな集まって一緒に考えればいい、みなさんの英知を結集する場を設ければいいのでは!と思いました。
地域包括支援センタースタッフ、ケアマネジャー、看護師のみなさんが一堂に会し、介護プランについて考える場が作れれば、一発で精度高い介護プランが決められそうです。
つまりこれは、これはいわゆる「専門家会議」の実施!
まるで「政府専門家会議」のよう。そう、専門的見地から意見をもらう、という観点での考え方は一緒です。
これはいけそう、そう思いました。
では、どのような形で会議を行えばいいのか、さっそく実施方法を考えてみます。
父の介護プランを考えるのに、「専門家会議」を実施することにしました。
いざ専門家の方を呼ぶとなると、円滑かつ効果的な会議を行わなければならないと、気が引き締まります。
介護領域の会議を実施する、と考えるとわかりにくいので、私にとっては考えやすい「ビジネス」に置き換えることにしました。
私が考える、円滑にビジネス会議を進めるためのポイントは、以下3つです。
【効果的な会議を行うためのポイント】
①目的が明確であること
②会議のゴールが明確であること
③必要メンバーが参加し、専門領域の見解・発言を積極的に行うこと
そして、それを実行するための大事な役割と考えているのが「ファシリテーター」です。
何かの事柄を円滑に進めるよう促す人のこと。
会議等の場で、発言や参加を促したり、話の流れを整理したり、参加者の認識の一致を確認するなどの行為で介入し、合意形成や相互理解をサポートすることで、議論の活性化や協働を促進させる行為をファシリテーション(facilitation)という。その実施者。
※著者調べ
これらの知識を「父版 専門家会議」に応用してみることにしました。
そこで、ひとつひとつ整理していきます。
目的は、「父の介護サービスを考える」。
退院後の父の日常生活に不安があるので、介護サービスを利用して安定させたい、ということです。
つまり父の日常生活に「不安」を感じている私。何が心配なのか…自分に問いただします。
まずは、引きこもりにならないか。
今までは、母が仕切り役。旅行に行くのも、何かを買うのも、判断はすべて母。父はどちらかというと従うだけでした。
司令塔を失った父は、何もせずに引きこもってしまうのではないか。これが一番気がかりです。
つぎに、父の薬。
もともと常用している薬に加え、今回の病気でさらに薬が増えました。薬の管理が自分でできるか、飲み忘れをおこさないか。これも気がかりです。
そして、最後の心配は父の食事。
母が入院した直後は、私も仕事を工夫しながら食事を作っていましたが、そろそろ本格的に仕事を再開しなければならない状態。私の仕事は不規則な上、夕方17時頃には夕飯をとる父に、安定的に食事を提供するのは難しい。
食事を過度に気にする父。このままでは、また精神的に不安定になり、体調悪化を招くのではと気がかりです。
課題がみえてきました。
これらの課題を解決する形で、利用する介護サービスの目処が立つのが会議のゴールです。
そして、会議実施タイミング。
退院してすぐに利用できるよう、退院前に実施したい。とすると父は入院中になるので、場所は父の病院の面談ルームを借りて行えたらスムーズそうです。
【「父版 専門家会議」実施要綱】
課題①「人とのコミュニケーション」
母が家にいない中、家にこもりきりにならないよう、父が人とのコミュニケーションを保てるようにするにはどうするか
課題②「薬」
父が薬を間違えずに管理・内服するにはどうするか
課題③「食事」
父への食事を安定的に供給するにはどうするか
そしてファシリテーターは私。
良いファシリテートとは、会議目的を達成するために、参加者全員が話をするよう促し、話が逸れたら戻すことで目線を合わせ、時にまとめ整理すること。
ビジネスでの会議は、スキルあるファシリテーターがいるといないじゃ大違い、とされています。
うまく、「家族が抱える不安」を提示し、「父本人の希望」も確認しながら、介護プランの見当をつける議論ができるか。
ファシリテートのポイントを再確認し、会議に臨むことにします。
【私が考える「ファシリテート」のポイント】
① 話を促す
参加者全員が、話ができるように場を作る
② 目線を合わせる
話が逸れたら戻し、行き詰まったら議論を先に進めるように働きかける
③ まとめ整理する
議論を見失ったり、論点がずれてきた時には、まとめ整理し、理解の底上げを図る
仕事に例えると、考えやすい自分。
あれよあれよと、頭の中でいろいろなことが決まっていきました。
準備ができたところで、関係各位に招集をかけることにします。
父の病院の面談ルームを借り、専門家のみなさんに集まってもらいました。
すると地域包括支援センターの方が口火を切ってくれました。
「お父さんの退院後の介護サービスをどうするか、ということですよね」
まるで司会のようです。ありがたい。
なぜ集まったのか「会議目的」の共有が図れました。私は早速、家族の状況と、家族が抱えている不安を説明します。
「退院後の父の日常生活が不安なんです。今家は、母は入院中でいない、私も仕事をしているので常時いない、という状態です。父が退院したら、ひとり一軒家にぽつんとし、孤独感に襲われ、また体調を崩さないかと心配です」
そして課題を提示しました。
「特に、父の日常生活で不安を感じている部分は3つ、①人とのコミュニケーション ②薬 ③食事です」
専門家のみなさんが、一斉にメモを取り始めました。課題を整理し、提示できたのは正解のようです。
そこで父が発言しました。
「おれは平気だと思ってるんだけどね〜」
でたー! 受け流す感じの拒否反応!
いやいや、これも想定内。「父目線」は以前、介護認定調査を受ける際に学習しました。説得に苦労し、やっと介護認定調査を受けた、という苦い思い出が蘇ります。
拒否反応は、父の本音ですから無視するわけにはいきませんが、上手に相手をしていかないと、たぶん会議が進みません。
技量が問われるな〜と思いつつ、ここは「ファシリテーション」観点で議論を戻します。
「心配事3つ、①人とのコミュニケーション ②薬 ③食事。特に①人とのコミュニケーションを一番心配しています。どう思われますか?」
すると、ケアマネジャーさんが答えてくれました。
「①人とのコミュニケーションについてですが、デイサービスの利用を考えてはどうですか? 同じ状況の方はいらっしゃいますし、なるべく同性・同年代の方が多い施設を利用されたら、ご友人も作りやすいのではないでしょうか」
おーそれはいい!
声を出しそうになった私を遮るように、父が発言しました。
「おれは、そんなところ利用しなくても平気だよ〜」
でたー!受け流す感じの拒否反応!(二回目)
ここは「父目線」で、父の強みを意識して説明します。
「友達作るのは得意じゃない。家にいるより外に出た方がいいよ」
「…」
父反応せず。
「自分はまだ衰えていない」というプライドもあってか、すぐには受け入れられないのでしょう。
父は分け隔てなく人と接し、すぐに友人になれるタイプ。この年代の男性は、人とうまく付き合えない方も多いと聞く中で、父の人類皆兄弟的性格は、大きな長所だと私は考えていました。
デイサービスに行けば、すぐに友人が作れ、のちに楽しく過ごせるようになると確信しましたが、利用すること自体を本人が受け入れるまでは大変そうです。
一旦心の中で「①デイサービス利用は父まだ拒否」とし、議論を先に進めます。
「他はどうでしょうか」
「②薬についてですが、訪問看護を利用してはどうですか。お家に看護師が訪問し、バイタルチェックを行います。内服のチェックはもちろん、薬のセッティングも可能です」
「訪問看護で何かあれば、病院に連絡が来ます。情報は連携するので安心ですよ」
おーそれはいい!!
看護師さんが家に来て、体調のチェックをしてくれるなんて!何かあれば察知し対応してくれる、緊急であれば連絡先になってくれる。そんな仕組みがあるなんて知りませんでした。
これはありがたい、と思った矢先、また父が反応しました。
「家に毎回誰か来るのやだな〜」
でたー!やんわりとした拒否反応!(三回目)
私は、入院中の父が、「病院は、看護師さんが飲む薬を手渡ししてくれるんだよ。楽だよ〜」と言っていたのを思い出しました。その都度薬を手渡ししてくれ、朝・昼・晩・就寝前と、言われた通りに飲むだけ。薬の管理をしなくていいことに喜んでいたのです。
早速それを伝えます。
「薬のセッティングもしてくれるんだって。入院中は看護師さんがしてくれるけど、退院したら自分でやらなきゃいけないよ。今回の病気で薬の種類が増えたから、今までより面倒になるよ」
父は面倒くさいのが大嫌い。敏感に反応しました。
「んーそなの。やってくれる…か。じゃいっか」
お!納得したようです。「父目線」での説得、成功です。
そして最後の課題、③食事について。
母が入院すると、自分の食事がどうなるのか、毎日不安を口にしていた父。食事は、退院後の大きな課題です。
「③食事に関しては、介護サービスの範疇外です。介護保険は使えず、全額実費となりますが、『高齢者向け宅配サービス』など、家に食事を届けてくれるサービスがありますよ」
おーそれはいい!!! と思った瞬間、父の失礼な発言が。
「それ、まずそうだな〜」
「食べる前から決めつけちゃダメでしょ!怒」
うっかり言い返してしまいました。すると看護師さんが父説得の助け舟を出してくれました。
「高齢者向けの食事は、カロリーと塩分が計算されているんです。入院してせっかく血圧が下がったんだから、維持しないと」
そうです、父は高血圧。入院し、病院食にしたら、血圧が下がってきたのです。高齢者向けにカロリー・塩分計算をしてくれる宅配サービスがあるなんて。家事炊事の苦手な私にとって救いの神、利用しない手はないと思いました。
絶対受け入れてほしいという願いを込め、「父目線」で説明を続けます。
「いったん試して、嫌だったらやめたら? あと、体は元気なんだから、足りないと思ったら自分で好きな物を買いに行けばいいよ。気分転換にもなるし」
父はプレッシャーが大嫌い。「嫌だったらやめればいい」という言葉に敏感に反応しました。
「んー。嫌だったらやめればいい…か」
「食事を一から自分で用意するとなると、大きな負担だよ。弁当があれば気持ち的にも楽になるから、頼むといいよ」
「楽」。父の大好きな言葉です。
「んーそか…楽か。んじゃ、いっぺんやってみるか」
お!納得したようです。「父目線」での説得、またもや成功です。
これで、3つの課題に対し、解決方法がみえました。
しかし、①デイサービス利用については、まだ受け入れられない様子。
これに対しては、「とりあえず、デイサービスとはどんなものか施設見学をしてみよう、それから考えよう」という形にしました。
ここで会議は一旦終了。
取り急ぎ、利用する介護サービスの見当がついたので、会議目的達成です。
【「父版 専門家会議」決定内容】
最後に、ケアマネジャーに、父と同性・同年代利用者が多いデイサービスのリストをもらえるようお願いし、施設見学の段取りをつけ、解散としました。
ケアマネジャーさんと施設見学についてやり取りする中で言われた、印象的なひとことがあります。
「娘さんの実行力は、すごいですね」
私? ありがとうございます…ん? どういうこと?
「専門家会議」は、退院後の父の介護サービスを決めたくて開きました。
これは、父の日常生活の不安を解消しないと、父はもちろん私の体調も危ない、という危機感から思いついたものでもあります。
ですが、のちにわかりました。
ケアマネジャーの役割として、「介護関係者、医療関係者、当事者、当事者の家族などが一同に会するサービス担当者会議を開く」のは、業務の一貫のようなのです。
つまり。
介護関係者を集めたい場合は、ケアマネジャーさんに言えばいいのです。
それを知らなかった私。
退院後すぐに介護サービスを利用したい、しかし担当ケアマネジャーはこれから探す、という状況だったので、「父版 専門家会議」実施のための段取りは、全て私が動きました。
さすがに、ここまでする利用者家族はいないらしく、この行動力をケアマネジャーさんが褒めてくれたのでした。
しかし、この経験が大きかった。自ら動いたからこそ、気づけました。
介護サービスを決めるのに大事なのは、「家族の不安」や「抱えている課題」を事前に整理し、積極的に専門家に伝えること。
なぜなら、これは家族にしかわからないことだからです。
専門家の皆さんは、解決しなければならない課題がわかったら、知識・経験を駆使し、力を尽くしてくれます。その貢献的な姿勢に、本当に頭が下がります。
逆に、家族の不安や、気になっていることが伝えられずに、曖昧のまま介護サービスを決めると、専門家として的確なサービスの提供がしにくくなるでしょう。
その結果、利用者側は、こんなはずじゃなかったと感じ、人やサービスに対する不満となりやすい。
介護サービスを初めて利用する際は、「利用しようと思ったきっかけ」や、「日頃困っていること」などを洗い出して、遠慮せず、積極的に伝えた方がいいと思いました。
そして、私の体調は…
不安が解消され、ストレスが軽減されたからでしょうか。
あんなにひどかったのに、次第に回復していき、通院も自然と終えることができたのでした。
次回は、『デイサービスも嫌がる親!「チームビルディング」を応用し、「介護支援体制」を自ら作ってしまおう!』をお送りします。
(株)リクルートフロム エー、(株)リクルートに20年在籍し、副編集長・デスクとして10以上のメディアにかかわる。2012年に独立し、紙・WEBメディア設計、編集コンテンツ企画制作、クリエイティブ研修講師、クリエイティブ組織コンサルタントなどを請け負う。 国家資格キャリアコンサルタント/米国CCE,Inc. GCDF-Japanキャリアカウンセラーでもある。
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