この施設、各居室が独立していて、入居者同士の距離感が近すぎず、離れすぎない部屋のつくり、趣味で集まることのできる共有スペース……。ここはかなり理想に近いと感じました。正直、明日にでも住みたいレベルです。そして、隣の森林ノ牧場で売っていたアイスクリームがおいしいです(もぐもぐ)。
「趣味で繋がる老後」ってアリ? バンギャル(ヴィジュアル系バンドのファン)のライター・藤谷千明と、おなじくバンギャル漫画家・蟹めんまさん、そして「tayorini」編集部の大田さんと共に、「バンギャル老人ホーム」の可能性を探っていく連載第4回。
今回は、数々の高齢者コミュニティをプロデュースし、その内の一つである栃木県・那須郡那須町にあるサービス付き高齢者向け住宅「ゆいま~る那須」で暮らしている近山恵子さんを尋ねました。
別荘地の空いた土地を活用し、町全体を巻き込んで、多世代で構成されたコミュニティを目指している「ゆいま~る那須」。この後編では、コミュニティ運営のノウハウについてお伺いしました。
この施設、各居室が独立していて、入居者同士の距離感が近すぎず、離れすぎない部屋のつくり、趣味で集まることのできる共有スペース……。ここはかなり理想に近いと感じました。正直、明日にでも住みたいレベルです。そして、隣の森林ノ牧場で売っていたアイスクリームがおいしいです(もぐもぐ)。
あら、ありがとう。ここの品物は、無印良品のカフェにも卸しているのよ。
へえ~(もぐもぐ)。
牛たちも可愛かったですね。そういえば、ここはどうして隣に牧場があるんですか?
ここに住んでいる人、それから地域の方、若い世代も働ける仕事をつくるため誘致したのよ。いずれは若い世代も一緒に暮らせるようにしていきたいの。高齢者住宅だけを作ったとして、10年後を想像してごらんなさい、あっというまに限界集落よ。
たしかに…。
そもそも年齢による特別な暮らし方なんてないから、混じり合うのが当たり前なの。
では、多世代の人で構成するコミュニティを作るには、どうしたらいいのでしょう。
ここみたいに町や地域を巻き込んでもいいし、それこそ趣味なんて大人から子どもまで参加してるものもあるでしょ?
近年、バンドのライブでもファミリー席や託児所といった、家族を想定したサービスが増えています。そう考えると、趣味でつながる多世代コミュニティがあってもいいのかもしれないですね。
きっかけは、そういうものでいいのよ。開かれたコミュニティであることが重要。誰が入ってもいいし、出てもいい。そうしないとダメなのよ。
そして、実際にそういったコミュニティを作るには、どうしたらいいんでしょうか。
特別なことのように捉えなくてもいいのよ。趣味の仲間で集まっているだけでも、もうコミュニティの始まりじゃない?
つまり、私たちがライブのあとにファミレスで集まってグダグダするのもコミュニティ……!? そういえば参加してるメンツの年齢層は幅広いです。
小さいお子さんのいるバンギャル友達のために、レンタルスペースを借りて子どもOKのバンギャル集会をセッティングしたことはあったな〜。規模は違えど、それの延長線と考えたらいいのかな?
なんだか身近に感じてきました。
スタートはそれでいいんじゃない?
最近のニュースを見ると、「まともな老後を送るには、年金以外にもウン千万円蓄えが必要」なんて、世知辛い話も多くて。自分が介護される立場になっても子供や家族に頼れる人ばかりではないでしょうし、漠然とした不安を抱えてモヤモヤしてしまうんです。
そもそも、家族に任せるのは間違っているわ。介護は社会的なもので、個人的なものではないの。日本の介護制度は優秀なんだから、そこを活かしていくには、どうしたらいいのか考えないと。もう血縁の時代じゃないでしょ、自分が「一緒に住みたい」と思った人が「家族」じゃない?
自分が「一緒に住みたい」と思った人が「家族」、金言出ました。
はっ!
どうしました?
わたしが高校生くらいのころ、バンギャルの集会やケータイのプロフィールサイトなどを通して、「旦那」や「嫁」、果ては「子供」や「ペット」になりきったグループを作るのが流行ってたんです。
そういえば、15年くらい前にそんな擬似家族ブームもありましたね。
つまり、自分で選べる家族とはそういうことでは?
バンギャル 、時代を先取っていた…!?
近山さんの共著(『どこで、誰と、どう暮らす?』(彩流社))にも「血縁には限界がある」とありますね。
血縁にとらわれると、ロクなことにならない。そこは自分本位で、自分がどう暮らしていくのが幸せなのかを、追求したほうがいいのよ。他人の介護なら、ある程度距離を持って接することができるけど、家族ではなかなか難しい。だから、ずっと前にホームヘルパーの研修もやっていたけど、最初に「自分がヘルパーで稼いだお金で、親の介護は他のヘルパーに頼みなさい」と言ってましたよ。社会の課題は、社会にやらせないとダメ。
「家族の介護は難しい」とは、以前資格をとったスクールでも教わりました(※めんまさんは、介護職員初任者研修資格持ち)。
私がこの仕事を始めたきっかけは、母親の介護なの。いろんな施設に行ってみたし、自宅の改修などいろいろなことを試したけど、彼女は最後まで「自分らしく生きる」ということに満足できなかったように感じたのよ。そもそも、介護・看護は何のためにするのかというと、自立のためでしょう。けれど、「患者」や「利用者」として対応されると、依存してしまい自立も難しくなってしまう。
この施設は、入居者の方同士で、出来ることはやっていくというスタンスだそうですね。
入居者が、ハウス内でいろいろ働いているようですが、ワーカーズ・コレクティブ(※住民が共同で出資して、全員の意見を取り入れ事業を進めていくスタイル)を採用していたそうです。(※現在、ワーカーズ・コレクティブは休眠中)
もちろん、管理費でできることはスタッフに頼むこともあるけれど、やれることは自分たちでやっているし、逆にできないこと、やりたくないことも大事にしているの。そうそう、ここは「施設」じゃないの。
前回のさくまの家と同じパターンじゃないですか!
住居と介護提供が繋がっていると「施設」のように感じられ、社会から隔絶して「閉じて」しまいがちじゃない? 私は介護と住居は分けるべきだと考えている。じゃあ住居はどう豊かにしていけばいいのかというと、さっきあなたたちが言ったとおり、趣味や価値観の近い人がいることなの。
なるほど。
母の最期の望みは、「(自分の職業である)看護師として、当時の同僚と職務を全うして死にたい」ということだったの。そこでその同僚の方を探して連絡をとったら、彼女も寝たきりになっていて、やっぱり母と同じ願いを持っていたの。もしも2人が同じ場所、あるいは近所に住んでいたら、その願いは叶っていたのかもしれない。
お母様の世代だと、今みたいにSNSでゆるく近況報告したり、連絡もとれないですしね。
だから、あなたたちの言うように、趣味でも仕事でもいいんだけど「生き方の近い人」が側にいることは、とても大事なことだと思う。介護をしてくれる人は、お金を払えば来てもらえる。でも、その人自身の生き方をわかってくれる人は中々いない。それが、自分たちでコミュニティ作りを始めたきっかけなのね。
そんな経緯があったのですね。
最後に、ひとつ聞いてもいいですか? 今は裕福な高齢者も多いけれど、今後そうではない人も出てくるじゃないですか。
我々の世代って老後に対してのポジティブなイメージがまったくないので、将来について考えると「5億円ほしい!」みたいな現実逃避にしかならないんですよね。
あなたたちの世代のほうが大変よね。でも考えてみて。根拠のない不安は抱える必要はないの。脳にはキャパシティの限界があると思っているから、不安をたくさん抱えていたら、その分人生を楽しむキャパシティが減っていくよ。「自分が何を不安に思っているのか」を考えて、知識をつけて人生設計をしていくしかない。それに、生活と政治は密接してるから、当然選挙には行くことね。選挙も行かずに文句をいうのはダメ!
は~い。これからも選挙は毎回行きます〜。
自分たちで助け合う仕組みを作るのも大事。私たちも、最初はコレクティブハウス(入居者で空間と時間をシェアするタイプの集合住宅)のような仕組み考え、助け合いをしていて、じょじょに参加者を増やして、自分たちでできず困ったときはスタッフをお金で雇えるようにしたの。じょじょにそういう仕組みを作って広げていったのね。お金が無いならマンパワーでやればいいのよ。どうであれ、絶対に人間の尊厳豊かな暮らしというものは捨てたらダメよ。
尊厳…。
結局ね、私は何がしたいかというと、若い人たちには自分で学んで自分で判断する力をつけてほしいの。私と同じ考えを持つ必要はなくて、人生において、自己表現するために「知ること」はとても意味のあることだし、そういう人が育ってほしいのよ。最後に私の人生の師匠である小西綾さんが残したいい言葉があるのよ、「皆さんこんないい時代はありません、お手本の無い時代です、自分の頭で考えて生きてください」ってね。
「知ること」「考えること」って大事ですね。
ばくぜんと「怖い」と思っているだけじゃだめで、知っていかないと。
今日は勉強になりました。
5億円分くらい学んだ気がする!
近山さんのお住まいや、ゆいま~る那須を案内していただいて感じたことは、大自然や美味しいご飯はもちろん素敵なのですが、図書室だけでなく、廊下やカフェ、いろいろな場所にたくさんの本があったことが印象に残っています。人の尊厳を守るのは、さまざまな知識、問題に向き合う心だと言われているような気持ちになりました。老後に限らず、知識があることで、人生において様々な選択肢が増えるのは間違いないことですから。
奈良県出身の漫画家・イラストレーター。小学生の頃V系バンドに目覚め、以後約20年をバンギャルとして過ごす。主な著書はバンギャル人生をネタにしたコミックエッセイ『バンギャルちゃんの日常①〜④』(KADOKAWA)。趣味はスーパー銭湯めぐりとプロレス鑑賞。
1981年生まれ。自衛官、書店員、DTPデザイナーなどの職を節操なく転々として、フリーランスのライターに。趣味と実益を兼ねたサブカルチャーの領域での仕事が多い。共著に「すべての道はV系へ通ず。」(シンコーミュージック)、「想像以上のマネーとパワーと愛と夢で幸福になる、拳突き上げて声高らかに叫べHiGH&LOWへの愛と情熱、そしてHIROさんの本気(マジ)を本気で考察する本」(サイゾー)など。
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