スウェーデンの福祉理念やケア手法を積極的に取り入れている「舞浜倶楽部 新浦安フォーラム」。入居者の平均年齢は87歳以上で、8割の方に認知症の症状があるそうです。それでも、みなさん穏やかに、そして、生き生きと暮らしています。

同ホームが目指しているのは、入居者の”QOL”(Quality of Life 生活の質)を守る介護。具体的にどんな取り組みをしているのか、株式会社舞浜倶楽部 代表取締役グスタフ・ストランデルさんに聞きました。


はじまりは、学生時代に日本で出会った恩師と介護の現場


――グスタフさんが介護の道に入ったきっかけを教えてください。

きっかけの一つは、1997年に北海道東海大学に交換留学生として来日したときに、『クリッパンの老人たち~スウェーデン高齢者ケア』(ドメス出版)の著者である、外山義先生と出会ったことです。その外山先生はスウェーデンの介護現場にも詳しく、建築の視点から福祉を研究されていて、私は日本の介護現場を訪ねたり、介護に詳しい方と出会ったりと、その後の勉強につながるチャンスをいただきました。

それと、来日した1997年に初めて日本の老人ホームを見学しました。そこはベッドだけがある4人部屋で、寝たきりの老人ばかりという非常に悲しい場所でした。しかし、老人ホームの悲しい現状を変えたいと、ものすごい勢いで新しいケアの展開や提案をしていた方々と出会い、私も小さなことでもいいから日本の介護現場に少しでも役に立ちたいと思いました。また、日本とスウェーデンの間で介護の理念や仕組みを伝える役割を見つけたいと考えるようになりました。





4つの緩和ケアの理念を満たすと認知症の人が変わる


――舞浜倶楽部の代表取締役になるまでの経緯を教えてください。

新浦安フォーラムのオープンの際に、株式会社舞浜倶楽部の親会社で、新浦安フォーラムの建設を始めていた株式会社ダイニチの代表取締役・六井元一さんに「グスタフが日本とスウェーデンの間でやりたいことは、私たちが考えていることと同じことではないですか。ぜひ、新浦安フォーラムで一緒に実現させましょう」と誘われたのが直接のきっかけです。

六井さんと知り合ったのは15年ほど前です。当時、私はスウェーデン大使館内にある日本スウェーデン福祉研究所で、スウェーデンの介護の具体的手法や福祉器具を日本に紹介していました。2004年には、株式会社舞浜倶楽部が浦安市内に認知症ケアや看取りまでをする有料老人ホーム「富士見サンヴァーロ」をオープンさせ、次の課題として介護事業を長く続けていくための人材確保・人材育成のための情報や手がかりを求めるようになり、六井さんとの交流が増えていきました。

富士見サンヴァーロで働く若いスタッフのスウェーデン研修も2回実施しました。このような経緯があり、舞浜倶楽部の事業に私を誘ってくれたのです。これはとても意味のあることだと思っています。


――新浦安フォーラムで取り入れている“スウェーデンケア”とはどのようなケアですか?

スウェーデンの福祉の理念や手法を取り入れたケアで、特に認知症緩和ケアが充実しています。

具体的には、入居者の身体的側面、精神的側面、社会的側面、生存的側面(人生の意味や存在の意味と役割など)を満たし、その人が自分らしさを保てる「環境」と「生活」、 “QOL”(Quality of Life 生活の質)を守る介護を目指しています。


その4つの側面を満たし“QOL”を支えるために必要なのが、薬やケア・療法による「症状のコントロール」、専門職と家族による「チームワーク」、本人のことよく知っている「家族支援」、チームワーク内のスムーズな「コミュニケーションと関係」という4本の柱です。この4本の柱で4つの側面を満たすケアができれば、認知症の緩和ができるのです。

また、“スウェーデンケア”の手法としては、タクティールケア、音楽療法のブンネ・メソッド(※)、コンタクトパーソン制度(※)、排泄ケア、そして、その人にあった福祉用具の提供などがあります。


――スタッフ教育で最も力を入れている点について教えてください。

認知症緩和ケアの理念を、社内・社外研修だけではなく、実際の介護現場のケアプランにまで浸透させることを目標としたスタッフ教育をしています。介護は人が人に提供するものですから、人を育み・伸ばすこと自体も当ホームのサービスの一部にほかならないと考えています。


研修に入っている新入社員たちに入居者のエピソードを話すと「ここまでやるんだ、自分にそれができるのか……」とショックを受けますが、もちろん一人では誰もできません。最初は、入居者と家族と私たち専門職で、コミュニケーションと関係を作り上げることから始まります。それに基づいて入居者のケアについてのチームワークを作ります。チームワークがあれば、認知症の緩和ケアができるんです。介護職も調理師も事務課も協力しあって、一人の入居者の方を中心にケアを心がけられる、誰もが介護の一員だと考えられるような人材育成を行なっています。



――入居者から学ぶことも多いと聞きますが、どのようなことがありますか?

昨年、ボランティアに来ていた大学生のレポートで、入居者が学生たちに「頭も体もこんなに馬鹿になっちゃっているのに、この期に及んでもまだ生きたいと思っているからね」と声をかけていたことを知りました。認知症になって体も大変な状態になっていても「生きていたい。生きている意味がある」と、若い人たちにメッセージを熱く伝えていたんです。

今、日本のあちこちで「認知症になりたくない」「認知症になったら生きる意味もなくなる」というイメージが強くあります。でも、本当の認知症ケアや看取りケアが行われている場所では、どんな状態でも生きている意味があり、本人は生きていたいと思うのです。ただ、それを可能にするには認知症を緩和するために作られた施設・設備などのハード面に加え、それを行う人と心と、専門的な知識と行動のすべてがそろって初めて実現できると考えています。




 

「孫の花嫁姿を見るまで長生きします!」と言ってくれた入居者


――入居者との印象的なエピソードがあれば教えてください。

認知症の疑いとパーキンソンなど、複数の病気を抱えた70代の男性のエピソードを紹介しましょう。入居時には車椅子を使っていて、病気の症状が酷いだけでなく、暴言や暴力、セクハラなどもすごかった……。「もういつ死んでもいいんだ」と言っていました。家族との関係もあまり良くなかったのですね。

身体的ケアとして、彼がおいしく食べられる料理を用意し、歩行器を使って少しでも歩けるようにリハビリをし、排泄プランを立ててオムツを外しました。オムツを外すことは精神的なケアとしての側面が大きいです。こうした中で、ご家族との関係も良くなって、娘さんやお孫さんもよく遊びにくるようになり、社会的な側面も満たすことができました。

当ホームでは、毎年1回、スウェーデン大使館を借りて介護の事例発表会を行なっているのですが、彼が大使館セミナーの話を聞いて「オレも行く。ちょっと話したいんだ」って参加されたんです。入居されて3年目のことです。壇上でマイクを持って「孫の花嫁姿を見るまで長生きします!」と約束してくれました。生存的側面も満たされたんです。今思い出しても、彼の行動には喜びの涙が出ます。

その方はすでに亡くなられたのですが、本人が亡くなってからも娘さんやお孫さんが何度も当ホームに遊びにきています。遊びにくるお孫さんは、ホームで暮らしている方々が成長を見ているので、みんなにとっての孫でもあります。ご家族にとっては、おじいちゃんが最後に住んでいた場所であり実家なのだと思います。本当にうれしいことです。


――地域ケアについても積極的に取り組まれているとお聞きしました。どのような取り組みですか?

当ホームは、1階に小規模多機能型居宅介護施設、認知症対応型通所介護施設(デイサービス)、居宅支援事業所、クリニックがあり、2階には研修センターもある、複合型の施設になっています。

2013年からは私たちから浦安市に提案して、認知症カフェや認知症初期集中支援チーム(※)、認知症サポーター養成講座などを当社のスタッフがやっています。有料老人ホームとしては、かなりユニークな取り組みといえます。認知症対応型通所介護施設(デイサービス)などは、浦安市民なら誰でも介護保険があれば利用できます。利用者のご家族も含めると何百人もの人が日常的に関わってくる地域ケアにつながっています。2014年からは私たちと浦安市が有する知識・経験・人材を活用して、家族支援・事業者支援・地域支援の3つの事業を一体的に行う浦安市との協働事業「認知症対策三位一体化計画推進事業」もスタートしました。

また、昨年からは北京の有料老人ホームと業務提携をし、ソフト面とハード面、人材育成についてのノウハウ提供もしています。

――舞浜倶楽部では、富士見サンヴァーロも運営されていますが、新浦安フォーラムとの違いはありますか?

富士見サンヴァーロは既存の建物を改築したのですが、新浦安フォーラムは認知症緩和ケアができるように一から作り上げました。入居金や人員配置も異なっていますが、同じ手法で同じ方針でケアをしています。




 

願うのは、私たちの行っているケアが珍しくなくなること


――現状課題と感じていることと、今後の課題について教えてください。

現在、福祉を学ぶ大学生や専門学校生をはじめ、さまざまな団体が週に1回くらいの割合で当ホームを見学に来ます。施設の作りや入居者の生き生きとした様子を自分の目で確かめることができると、みなさん感動します。それは入居者や職員にとっても誇りにつながっています。

ただ、今後は当ホームで私たちが行っているケアが珍しくなくなることが願いです。

それには人材確保と人材育成が大切です。介護の仕事は誰でもいいわけではなく、深い知識をもった専門職が必要になります。そして、私たちがやっているケアで高齢者の方の生活が目の前で変わっていきます。それは最高に素晴らしいことです。みんなで協力しあって「ここが魅力的な職場である」と言い続けることが、経営者としての最大の課題です。


(川野ヒロミ+ノオト)



※ブンネ・メソッド

スウェーデンの音楽療法士、ステン・ブンネ氏により開発された音楽療法の一つ。楽器は、笛やチャイム(ハンドベル)、ベースがあり、基本的には、左手でレバーを左右に倒して3つ和音を切り替え、右手で弦をつま弾く。初めての人でも認知症の人でも弾くことができる。


※コンタクトパーソン制度

コンタクトパーソンを呼ばれる入居者の担当スタッフが、入居者の生活暦や家族関係、住まい環境、病気や痛み、悩み、1日の過ごし方、習慣や食べ物の嗜好、趣味などを家族や本人から聞き取って把握した上で、一人ひとりに適した接し方やケアプランを決め、同じユニットを担当する介護スタッフや、食事部門、看護部門、事務部門などと、情報を共有し連携を取りながら生活を支える制度。


※認知症初期集中チーム

専門医と医療・介護福祉の専門職からなる認知症の専門知識と豊富なケア経験を持つチーム。家族や周囲の方の相談を受けてご家庭を訪問し、早期に専門医療機関の受診・治療につなげ、適切な医療やケアが受けられるよう支援する。