大阪市平野区について

大阪市平野区の概要

大阪市は基礎自治体としては横浜市につぐ人口270万人をかかえ、域内総生産は約22兆円(2014年度)と、全国一の経済規模を誇ります。市内は24区で構成されていますが、平野区はその東南端に位置し、大阪府全体から見れば、ほぼ真ん中に位置する内陸の区です。

1974(昭和49)年に東住吉区から分区されて誕生しました。1975(昭和50)年以降、人口は横ばいまたは減少傾向ですが、それでも195,755人(2016年10月現在)と大阪市内では最大人口となっています。区内の一部は、大阪市で唯一、大和川より南側に位置することも特徴です。

大阪市平野区の交通

JR関西本線と地下鉄谷町線が区内を横断する形で走り、この二路線が幹線となっています。道路網は、近畿自動車道と阪神高速松原線がほぼ南北に貫通する形で走っているので、大阪都心または近畿一円へのアクセスは便利です。

いまでは、ベッドタウンとして、また市内最大の霊園がある町として知られますが、古くは渡来人によって形成され、「平野」の地名は平安時代にはすでに見られます。また、大坂夏の陣では徳川方の本陣が置かれたように、歴史的な地層が深く眠っているエリアでもあるのです。町の中心は、中世に置かれた環濠集落で、現在も赤留比売命(あかるひめのみこと)神社と平野公園の境目などにその遺構を見ることができます。

大阪市平野区の特徴

平野区出身の著名人で、よく知られるのは笑福亭鶴瓶さんと笑福亭鶴光(つるこ)さんです。鶴瓶さんは、京産大に進学するまで平野区で生まれ育ち、鶴瓶さんの兄弟子の鶴光さんも同じく平野区出身です。また、タレントの久本姉妹も平野区出身ですので、その顔ぶれからも「大阪らしさ」を感じさせます。

もうひとつの区民の誇りは、いまや世界的なゲーム会社となったカプコンが、前身のアイアールエムから改名し、あらたに本社機能をもったのが平野区でした。その後、大阪市に本社移転し、ストリートファイター、モンスターハンターなどで躍進を遂げますが、その原点は「下町」平野区にあったのです。

大阪市平野区の老人ホーム状況

2017年2月現在、LIFULL介護に掲載されている大阪市平野区の有料老人ホームは17施設あり、そのうち15施設で入居金ゼロの料金プランが用意されています。入居金を支払う料金プランの月額費用は約9〜12万円、入居金ゼロ円プランの月額費用は11〜13万円となっています。入居金の最高額は370万円で、平均すると15〜20万円程度ですので、大阪市内ではかなりリーズナブルといえます。

1施設の居室数は最も少ない施設で15室、最も多い施設で65室、平均で約40室というのは、大阪市内の各区と比較しすると、やや小規模な施設が多いと言えます。

平野区には平野、喜連など5か所の地域包括支援センターがあり、高齢者の総合的な相談窓口を担っています。それぞれに「ブランチ」と呼ばれる連携施設があり、区内では合計6か所の

平野地区について

JR関西本線の平野駅から南側に広がるのが「平野郷」との呼び名でも知られる平野地区です。その中心にあったのが、中世に造られた環濠集落でした。現在の国道25号線もかつて堀と土塁が巡らされ、「外の町」とは13の門(「惣門」と呼ばれていました)で仕切られていたのです。集落内は碁盤の目状に整備され、堺や富田林などと同じく「自治都市」として自由に交易したと考えられています。特に綿の交易に力を入れ、なかには末吉家のように御朱印船交易によって海外に飛躍した大商人もいました。

「環濠」の遺構を残す杭全神社

「環濠」のあとは杭全(くまた)神社にも見ることができます。

平野駅の南側、イズミヤ平野店の東隣にあるのが平野宮町の杭全神社です。平安時代862年の創建というたいへん長い歴史を有する神社で、イザナミノミコト(伊弉諾尊)を祀ります。境内には、池と土塁が見られますが、これは環濠集落の一角であったとされています。杭全神社で毎年7月11日から執り行われる夏祭りでは、9基のだんじりが曳かれ、大阪市内では指折りのだんじり祭りとして知られます。

歴史ある平野本町商店街

かつての環濠集落の中心で、いまも東西400メートルにわたって商店がつらなるのが平野本町通り商店街です。

中世から続く碁盤の目状の街路が残り、商店街はちょうど東西に走っています。往時と比べるとかなり寂しくなっていますが、アーケードのある商店街の雰囲気は「昭和」のイメージそのまま。町歩きをする「カメラ女子」などの人気になっています。

平野宮町には、大阪市立平野北中学があり、かつての摂津・古河(こが)藩陣屋の跡が平野小学校となっています。1872年創立の平野小学校は、大阪市内でも指折りの歴史をもちます。

杭全神社と並んで由緒があるのが赤留比売命(あかるひめ)神社です。住吉大社の末社として創建され、現在は杭全神社の飛び地摂社となっています。隣接する平野公園には、環濠の名残りが見られます。堀割にいまは水はありませんが、橋が残るなど、歴史を感じさせる一画となっています。

平野の鉄道遺構

JR平野駅といえば、国鉄時代の脱線事故を思い起こす人もいるかも知れません。1973(昭和48)年12月に平野馬場のポイントで起こった脱線事故で、3名が死亡、約150名が負傷するという大事故でした。その後にATS(自動列車停止装置)の普及へとつながりました。事故があった平野馬場には、かつて国鉄宿舎があり、現在のJR社宅へと引き継がれています。

また、かつてをしのぶ鉄路に南海平野線をあげる人も多いでしょう。南海平野線は現在の阪堺電気軌道阪堺線の今池駅から田辺などを経て平野までの約6キロをつなぐ路線でした。しかし、地下鉄谷町線の開通などもあり、1980(昭和55)年に廃線となりました。終点の平野駅は現在の平野本町にあり、いまは平野駅跡プロムナードとして整備されています。

喜連地域について

平野地区の「杭全」(くまた)も難読地名ですが、「喜連」もかなり難易度が高いでしょう。「きれ」と読むこの地名は、平野区のホームページによると、「河内の堺なり、昔は河内に属して、万葉に河内国伎人郷とある處なるを、久礼を訛って喜連と云うなり」と古事記伝に記されているそうです。

また、「久礼」とは、もともと朝鮮半島「呉」の国からの渡来人であったと言います。特に機織り職人が多く住まい、先進的な技術がもたらされました。その「呉(人)の郷」が喜連の語源と伝えられています。

団地の町、喜連西

喜連地域は平野区のほぼ中央部に位置して、喜連西、喜連、喜連東の住所表記になっています。

阪神高速松原線の西側に位置する鵜喜連西には、大阪府立東住吉総合高校があります。一帯は大阪市営住宅となっていて、西喜連第一から第五までありますので、「団地の町」といって過言ではないでしょう。

多くの人口を抱えるだけあって、ライフ喜連瓜破(きれうりわり)店をはじめ、スーパーや大型衣料品店が軒を並べています。

風景を変えた阪神高速

喜連西と喜連東の中間にある喜連は、低層住宅が並びます。マンションも少なくありませんが、小さな路地が多く残ることから、どこか懐かしい感じのする街並みです。喜連北小学校と喜連小学校を有し、大教大付属特別支援学校もあります。

喜連の風景が一変したのは、1980(昭和55)年の阪神高速松原線の開通でした。阪神高速としては14号線となる松原線は、天王寺から近畿自動車道の松原ジャンクションまでを結ぶ12キロの路線で、1970(昭和45)年に部分開業しています。喜連地域のほぼど真ん中を南北に貫き、国道479号線の高架となっています。

喜連地域の東側にある喜連東も大阪市営住宅が多く並びます。東喜連住宅は、第一から第四まであり、低層集合住宅から、高層団地まで色々なタイプの団地が並んでいます。

このあたりの最寄り駅は地下鉄谷町線の出戸(でと)駅になります。大阪環状線とのターミナル駅である天王寺まで15分の距離ですので、大阪市内に通勤するのもとても便利です。

瓜破地域について

喜連地域と地下鉄谷町線あるいは長居公園通りを境に、南側に接するのが瓜破(うりわり)です。こちらも難読地名と言えるでしょう。しかも、瓜破地域の中心駅は、喜連との間にあり、その名も「喜連瓜破駅」ですので、大阪以外の人には、なんとも読みづらい駅名だと言えます。

当初、谷町線は喜連駅となる予定でしたが、喜連に負けない伝統をもつ瓜破(弘法大師さまが高野山へ登る途中で住民から瓜を割ってもらったとの言い伝えも)が「待った」をかけ、現在の駅名になったそうです。

元祖ショッピングモール

駅前には、イオン喜連瓜破店があります。1970(昭和45)年に「西日本最大級のショッピングモール」との触れ込みでオープンしたダイヤモンドシティ東住吉ショッピングセンターが前身で、同店が閉店した跡地に2005(平成17)年に現店舗が建てられ、イオンとして営業を始めました。

一駅隣りの出戸駅前にもイオン長吉店があり、JR平野駅南口のイズミヤなどと激しい競争を繰り広げています。

市内最大の瓜破霊園

古代の古墳が多く散在する畿内ならではですが、平野区にも古墳が実在します。代表的なものが花塚山古墳です。直径25メートルで、方墳または円墳の説があります。発掘調査はなされていませんが、「五世紀頃 この地域の豪族によってつくられた円墳」との説明碑が建てられています。この碑によると、近在の百舌鳥の大古墳群とは様式が異なるといいます。

1500年前のお墓の隣には、市内最大の霊園である大阪市営の瓜破霊園(公営墓地)があります。1940(昭和15)年に開園し、280,000平方メートルの広さを誇ります。霊園内には、全国でも指折りの規模である30基の炉を備えた瓜破斎場が併設されており、それもあって、瓜破霊園以外のお寺などにお墓のある人でも、瓜破斎場を訪れたことのある人は少なくありません。

霊園は、大和川にほど近く、また喜連瓜破駅からも出戸駅からも徒歩圏内ですので、利便性にすぐれる霊園と言えます。

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