川崎市宮前区について

川崎市宮前区の概要

川崎市は川崎町、御幸村、大師町が合併して1924年に誕生しました。1945年までの太平洋戦争で市街地が焼け野原になるも、1957年に人口が50万人に達し、1972年には政令都市に移行します。このとき川崎区、幸区、中原区、高津区、多摩区の5区が誕生。翌年の1973年には人口が100万人を突破しました。その後も人口は増え続け、2014年には人口が145万人に達し、現在も発展し続けている都市です。

宮前区は、1982年に高津区、多摩区が分区され、麻生区とともに生まれました。これにより、川崎市は現在の7区制となりました。

宮前区の区名は一般公募によって決められたものです。区名はかつてこの地にあった「宮前(みやさき)村」に由来します。宮前と書いて「みやさき」と読みますが、読みを「みやまえ」と変え、名前を継承しました。

宮前区の2017年3月1日時点での人口は22万8298人(川崎市)です。1966年に溝の口、長津田間に東急田園都市線が開通したことと、名高速道路の東名川崎インターチェンジが開設されたことをきっかけに人口が伸び始め、現在も増え続けています。宮前区は、東京のベッドタウンという面もあり、住民の多くは仕事や学校のため東京都内へ通っています。

多摩丘陵の一角を占める宮前区は、平地は川沿いなどにいくつかあるだけで、起伏に富む地形をしています。そのため坂が非常に多く、生活する上で不便ですが、宮前区区民会議は、坂道を生活資源と捉え、地域の活性化や区民の健康づくりに役立てています。2012年発行の「みやまえ坂道ウォーク」によると、区内に愛称のついた坂が18ヶ所あるそうです。

川崎市宮前区の老人ホーム状況

2017年2月現在、LIFULL介護に掲載されている宮前区の有料老人ホームのうち入居金ゼロ円の料金プランを用意している施設は32施設あります。入居金の平均額は1000万円を超えていますが、25万4000円を下回る入居金を設定している施設もあります。入居金を支払う料金プランのうち、いちばん安い月額料金は13万8千円であるのに対し、入居金0円のプランのうち、いちばん安い月額料金は14万2千円とあまり差が見られません。施設全体の平均月額料金で比べてみると、入居金を支払う料金プランでは約27万円、入居金ゼロ円プランでは約26万円と入居金ゼロ円プランの方が安くなっています。LIFULL介護に掲載されている川崎市の他の区と比較して、特に高くもなく安くもなくといった金額です。

居室数は最も少ない施設で20室、最も多い施設で160室で、1施設あたりの平均居室数は69.1室となっています。

水沢について

水沢は宮前区の西部に位置する町の名前です。駅からは離れているので、公共交通機関はバスが主ですが、東名川崎インターチェンジまでは、水沢を東西に貫いている尻手黒川道路を使うと車で約7分の距離にあります。車で移動する場合は、交通の利便性が高い地域です。

川崎市中央卸売市場北部市場

尻手黒川道路に面した場所に、川崎市中央卸売市場北部市場があります。敷地面積は168.587平方メートル。約2,335台を収容できる駐車場があり、青果、水産物、花卉、加工食品などを扱っている市場です。

市場での流通をごく簡単に説明すると以下のようになります。生産者から買い付けた生鮮食品などを仲卸業者や売買参加者に販売するのが卸売業者。卸売業者から買った生鮮食品などを市場内のお店で買出人と呼ばれる街の八百屋や魚屋や花屋などに販売するのが仲卸業者。卸売業者から直接仕入れることができるスーパーマーケットや八百屋などは売買参加者といいます。

こう説明すると「市場は一般客には関係ない」と思うかもしれませんが、ここ川崎市中央卸売市場北部市場では、一般客も買い物することができ、家族連れや友人同士で買い物をしている人の姿を多く見ることができます。

扱っている商品は多岐にわたり、食料品だけでなく、料理道具や業務用洗剤などを売っている雑貨屋や衣料品店などもあります。食堂街もあり、市場に集まる新鮮な食材を使ったメニューが人気です。

水沢の森

川崎市中央卸売市場北部市場から道路を挟んで南側に水沢の森があります。水沢の森には西地区と東地区があり、川崎市中央卸売市場北部市場の南にあるのは東地区です。菅生緑地として区民に親しまれており、アスレチック遊具やボール遊びができる広場、そり遊びにもってこいの急斜面などがあり、休日には親子連れで賑わいます。東屋などの休憩できる場所がいくつかあるので、家族連れだけでなく、散歩やジョギングを楽しむ人などもたくさんいます。春には桜が咲き、多くの人の目を楽しませてくれます。

菅生緑地西地区は東地区から住宅街を挟んだところにあります。こちらは里山再生を目的とした静かな公園です。雑木林や竹林、池などがあり、落ち着いて森林浴をするのに適しています。この豊かな自然環境は地域住民の活動によって守られています。

水沢を流れる川

水沢の地名は湧き水が多かったことから来ているそうです。水が豊富だったこの地からは川が二本流れていました。一本は、尻手黒川道路の北側、水沢三丁目を源流とする平瀬川で、川崎市を西から東に流れ多摩川に合流します。もう一本の矢上川は川崎市を南東に向かって流れ、幸区で鶴見川と合流します。かつて菅生緑地のあたりに「清水頭」と呼ばれる湧き水があり、これが矢上川の源流と言われていましたが、残念ながら今はもう、その痕跡は見られなくなってしまいました。現在の矢上川の源流は犬蔵の宮前美しの森公園と言われています。

宮崎について

宮崎は宮前区の中央付近、北東寄りに位置し、高津と接しています。東急田園都市線が東西に走っており、南部に宮崎台の駅があります。

名前の由来

地名は川崎市立宮崎小学校からとって「宮崎」となりました。この小学校は、かつて「尋常高等宮前(みやさき)小学校」という名前でしたが、1938年に川崎市が宮前村を編入するときに、川崎市にはすでに川崎市宮前尋常小学校という小学校があったため、混同を避ける目的で「川崎市宮崎(みやざき)尋常高等小学校」と改称しました。読みの音を継承して「宮前」から「宮崎」としたわけです。

電車とバスの博物館

太平洋戦争時、この場所の一部は陸軍東部62部隊によって接収されました。軍用地として使われていた土地が戻ってきたのは1951年のことです。軍用地として使われていた当時は住民はおらず、土地が戻されたときから東急田園都市線が開通するまでは、のどかな田園風景が広がっていました。

宮崎の地に東急田園都市線とともに開業した駅が宮崎台駅です。駅前の高架下に東急電鉄の電車が展示されている「電車とバスの博物館」があります。実物大の運転席で電車の運転を体験できる「8090系運転シミュレーター」が人気です。実写の映像を使用し、実際の音を再現しているため、まるで本物の電車を運転しているような気になれます。「ノーマルモード」だけでなく、朝のラッシュ時に運転する「エキスパートモード」や、運転する路線も田園都市線、東横線、大井町線など選ぶこともでき、何回体験しても飽きません。

この博物館はこのほかにもシミュレーターがあります。親子で並んで座って運転体験ができる「キッズシミュレーター」や、昔のバスに乗れるバス運転のシミュレーター、東横線の自由が丘から横浜までの運転をCGで体験できるシミュレーターなどがあります。また、シミュレーターだけでなく、昭和30~40年代の縦書きの運賃表など高津駅を細部にまでこだわって再現したコーナーや、模型電車を運転できるジオラマなどもあります。

1982年に高津駅の高架下にオープンしたこの博物館は、2003年に宮崎台駅前の高架下に移転し、現在に至ります。むかし親に連れられ訪れた子どもが、今度はお父さんになって自分の子どもを連れてやってくるということもあるようです。

けやき平について

けやき平は宮前区の中央部、東名川崎インターチェンジのすぐ北にある町名で、土地の大半を団地が占めています。

地名の由来

けやき平の周辺は江戸時代のころ平村と呼ばれていました。けやき平の町名は1985年に住居表示が実施され生まれた町名で、けやき平の「平」はこの平村からとられました。

宮前区のほとんどがそうであるように、けやき平も谷と丘が入り組んだ坂の多い地形です。このような地域がなぜ平村と呼ばれていたのでしょうか。江戸時代後期に編纂された「新編武蔵風土記稿」によると、江戸時代よりさらに昔にこの地を治めていた領主の名から取ったとされていますが、その理由ははっきりとはわかっていません。

五所塚について

五所塚は宮前区の北に位置し、北側の境界は多摩区に接しています。

見晴らし坂

斜面に住宅街が広がっているため、上の方は見晴らしが良く、宮前区内に18ヶ所ある愛称がつけられた坂道のひとつ、その名もズバリ「見晴らし坂」という坂があります。五所塚第一公園の西側にあるこの坂は高低差が大きく、途中で左に大きくカーブするところと終点付近では、眼下に西南方面の街並みを見ることができます。富士山も見えることがあるようです。

5つの塚がある五所塚の公園

五所塚第1公園内には直径4メートル、高さ2メートル前後の塚が南北に5つ並んでいます。この5つの塚があることから、この辺りは古来より五所塚と呼ばれてきました。古墳に似ていますが、十三塚と同様の民間信仰による遺跡だと考えられているそうです。十三塚とは、中世に作られた13個内外の塚からなる構造物です。全国で見られ、丘陵や村境などによくあります。供養塚と思われますが、詳しいことはわかっていません。地域地域に伝承が伝わっていることが多く、この五所塚の5つの塚も、平将門の家来の墓だとか、長尾景虎の従者の墓だとかいわれることがあります。五所塚第1公園に設置されている解説板には「民間信仰に基づく塚であると考えられている」と書かれています。

五ヶ所塚があるこの公園にはもうひとつ遺跡があります。権現台遺跡という縄文時代中後期の集落跡です。1958年の発掘調査では、竪穴住居4軒、炉跡2基と狩猟の祭事を行ったと思われる配石遺構が見つかっています。

介護付き有料老人ホームや特別養護老人ホーム(特養)、グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅、その他介護施設や老人ホームなど、高齢者向けの施設・住宅情報を日本全国38,000件以上掲載するLIFULL介護(ライフル介護)。メールや電話でお問い合わせができます(無料)。介護施設選びに役立つマニュアルや介護保険の解説など、介護の必要なご家族を抱えた方を応援する各種情報も満載です。
※HOME’S介護は、2017年4月1日にLIFULL介護に名称変更しました。